軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【28:背命】

エディルには、村の規模には似つかわしくなく、二重の囲壁がある。もともとが旧王国の港湾都市であった名残りで、そのようになっている。旧王国の衰亡から久しい現在となっては、都市そのものはほぼ遺構としてしか残っていない。外壁は近隣の畑や放牧地、そして新たな住民たちの家の建材として石材の多くを持ち去られ、まばらに残る程度。

内壁はまだ防御拠点としての利用に堪えるとはいえ、塔や胸壁の一部が破損し、万全の状態とは言い難い。往時は太守の居館であったという城館が内壁の更に内側、海の際に建てられている。モーレス大尉たちの中隊と、そしてレフノールの輜重隊が駐留するのは、この城館の敷地の一部だった。城館そのものは領主、エディル子爵の居館として使われている。

城館の更に背後には小さな港。これも往時は都市としての規模に相応の港だったが、現状は小規模な漁港としてしか使われていない。たまに領主御用の船が着くことはあっても、王都や、あるいは他の都市との間に定期船が行き来するような港ではない。

ともあれ、使えるものを使えるだけ使えば、抗戦そのものは不可能ではない。だからこそ、大規模侵攻への対応として、砦とエディルを使った防御戦闘が計画されている。無論、それは一時的なものでしかありえない。独力で支えられないような侵攻を受けた場合には、大隊主力が、あるいは第4軍団が来援することが前提とされている。

だが、その前提は崩れた。抗戦はできるにせよ、それは援軍のない籠城戦になる。つまり、時間を稼いだとしても、その結末は全滅しかありえない。だが、時間を稼ぐことはできるのではないか。モーレス大尉はそう言っている。

「全滅前提じゃ大して持たない。せいぜい1日か2日、もしかしたらもっと早いかもしれん」

首を振りながらレフノールが言う。

「全員が最後まで士気を保てるならもっとずっと長いと思うが、そこまでは期待できんだろう。死ぬとわかってて冷静に戦い続けられる奴はそうそういないよ。自暴自棄になるか逃げるか、まあ結果はどっちでもさほど変わらない」

「……どうにもならないものでしょうか」

「援軍……というか、助けが来るのなら、案外持つんだよ。いつまで耐えればいい、って終わりが見えてるからな。空手形で兵をうまく騙せればやれないことはないが、そういうのは案外漏れるからなあ。自分でも信じてないことを部下に信じさせるのは、多分結構難しいぜ」

来ない援軍でも、全員が来ると信じれば踏み止まるための力にはなる。とはいえそれは、甚だ危うい橋でもあった。

「露見したら俺も貴官も、というかここにいる全員、後ろから刺されて死ぬことになる。失敗した籠城の結構な割合で、大将が味方に殺されてるわけでな。単に失敗するだけじゃなく、兵を騙して死地に送るんじゃ尚更だろ」

「……」

命令に従って退却すれば民を見捨てることになる。命令に違反して戦うなら、部下の犠牲は避けられない。少しでも長く抗戦しなければならないが、そのためには『いずれ助けが来る』という希望が不可欠で、現状、援軍はけっして手に入らないものになっている。

援軍ではない救いの手であれば、レフノールにも心当たりがあった。普段ならば頼ろうとはしない手段だが、贅沢を言うべきときではない。

「当ては――なくもない。問題は、それが間に合うかどうか」

「当てというのは……どのような?」

「俺の生家は交易を生業にしてる商家でね。王都の港には船がある。そしてここには港がある。今のところ海から襲われる様子はないから、間に合いさえすれば陸側から囲まれていても撤退はできる」

「王都へ早馬を飛ばしても……」

うっすらと見えた希望に、モーレス大尉は飛びつかなかった。早馬でかかる時間と船をエディルまで差し回す時間を考えれば、船が着く頃には全てが終わっている可能性が高い。

「大隊本部に戻れば、その生家に直接連絡を入れる手段がある。大隊本部まで1日弱。繋ぎが取れさえすれば、俺の家が俺を見捨てることはない。あとは間に合うかどうかだけだ。こればかりはやってみないとわからない」

「アルバロフ大尉が使者を?」

「なんだ、足抜けさせてくれるのか?」

冗談めかしたレフノールの言葉に、モーレス大尉が小さく笑う。

「期待しちゃいないよ。自分で言うのもなんだが、俺や冒険者も計算に入れてどうにか、って話だろ?」

「まあ、仰るとおりです。あなたには実績がある。それも、特大の」

「使えるものは何でも使うのがいい将校の条件だな。だからまあ、伝令は若い下士官か兵にやらせる。中佐に手紙を書いて、実際に繋ぎをつけるのは中佐にやってもらおう」

「あとは間に合うかどうか、ですか」

「間に合えば背命で処分、間に合わなければ民を守って名誉の戦死。いま命令に従えば、後味の悪い思いをするだけで済む」

どこか投げやりなレフノールの台詞に、モーレス大尉がにやりと笑みを浮かべた。

「大義名分がある方を選びたいですね、自分は」

「では命令どおりに?」

「いいえ。民を守らずして何のための軍か。我々の大義名分はそこにあります」

「……ということだそうだ。確かに大義名分は立つ。命令違反であることを除けば、だが。諸君の意見は?」

レフノールが、集まった将校たちを見回す。誰からも反対の意見は出ない。

「わたしも、両大尉のご意見に賛成です。救いうる民を見捨てては名分が立ちません」

集まった一同の中で、リディアは一番の若手だ。背筋を伸ばし、口許を引き締めて言い切る表情を、レフノールは美しいと思い、そしてその感想を慌てて振り払った。それは本心ではあったが、いくら何でも場違いに思えた。

「では、アルバロフ大尉、自分は子爵閣下にこのことを伝えねばなりません。同席いただけますか?」

「わかった。そうさせてもらおう」

気を取り直して、レフノールが頷く。

「領民の避難計画は少々見直す必要があります。エディルの住民も逃がさなければ。それについても相談させてください」

「そのあたりは、子爵閣下との話次第かな」

「はい。では皆、防戦の準備は、ひとまずこれまで通りに。新たな命令は追って伝える。一旦解散だ」

モーレス大尉の言葉に、小隊長たちが部屋を出てゆく。

レフノールとモーレス大尉も、連れだって部屋を出た。そのまま、領主の居館へと足を向ける。

「俺と貴官は最後まで残るとして、間に合わなさそうでもできるだけ脱出はさせたいな。この位置関係なら港は最後まで使えるだろうから……小ぶりな帆船でもあれば、それに乗れる人数だけでも。手漕ぎじゃさすがに厳しいが」

「扱える者がいればよいのですが」

「冒険者連中に訊いてみよう。大きな船はともかく、小型船程度なら何とかなるかもしれん」