軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【27:躊躇】

「勅命の件については、大隊本部からも同じ話が。全ての軍団と独立大隊で越境が禁じられており、第4軍団からの援軍を期待できないから、すぐに撤退してこい、ということのようです。加えて、動員も禁じられている、と」

モーレス大尉が、手で書面を示しながら補う。

「もともと動員は軍務省の仕事です。なぜわざわざ、改めて……?」

小隊長のひとりが首を傾げた。レフノールには、ぼんやりと話の輪郭が見えてきている。

「改めて禁じた、というのは、やった奴かやりそうな奴がいるからだろう。はっきりそうとは書いていないが、どこかで叛乱か、叛乱の兆候があった。たとえば――何らか名目をつけて、勝手に動員を始める、というような」

「……第4軍団が?」

リディアが尋ね、レフノールは首を振った。

「第4軍団がそうなら、俺たちは今頃生きちゃいないよ。第4軍団じゃないどこかの軍団だろう」

「ではどこが……?」

「可能性が高そうなのは……第1軍団だな。ランバールの」

「第1ですか。いったいなぜ」

「軍団司令が今は実際に赴任しておられるし、司令殿下と陛下の間にはいろいろとあったわけだし、副司令は司令殿下のご子息とやり取りができる間柄で、しかもランバール侯の係累だ」

指折り数えるように状況証拠を並べ上げたレフノールに、その場の全員が絶句する。意外だから、という理由ではない。あまりにも綺麗に揃ってしまった状況証拠に、皆が言葉を失っている。

「まあ、実際どこの誰が始めたかは、この際どうでもいい。良くはないが、いま確かなことを知ったところで何もできない。王都からの命令もなく動員が始まったか、あるいは何か別の、叛乱に繋がるような情報を王都が掴んだとしよう。王都と陛下がまず知りたいことは何だと思う?」

「叛乱の規模や目的……?」

モーレス大尉が応じる。レフノールがうん、と頷いた。

「それもそのとおり。ただ、要は『誰が敵か、どこに敵がいるか』だと思うんだよな。王都にいるのは近衛の2個軍団。そこが叛乱側についてたらもう終わってるわけだが、慌てて他所の軍団を呼んだら呼応された、じゃ目も当てられない」

「それは確かに」

「だとしたら、まずは各軍団にそれぞれの担当地域を守らせておいて、軍団司令に忠誠の宣誓でも求めるあたりだろう。越境や動員は叛乱と見なす、くらいのことを言って。従わない奴がいればはっきり敵とわかるし、従ってるうちは背中を刺される心配はない」

叛乱の、あるいはその疑いが生じているような事態にあっては、それはある種の定跡と言ってよい。

「問題は、叛乱と侵攻が同時に起きるというところまで想定しての対応じゃない、ということなんだが」

それもある種、やむを得ない部分と言うほかはなかった。定跡はあくまでも「たいがいの事態に対して、現実的に可能であり、その中で最適な結果をもたらすであろう最大公約数的な対応」というものだ。内憂と外患が同時に発生するという異常な事態まで想定したものではない。

「偶然では……」

「ないだろうな。玉座に座りたかったんだろう。王国の一部を切り売りしてでも」

呻くようなモーレス大尉の言葉を、レフノールはすっぱりと切って捨てた。

「こんな状況じゃ、第4軍団の司令も困っていることだろう」

「どういうことです?」

別の小隊長が質問した。

「俺たちの送った情報は握り潰すわけにいかない。だが、軍団を動かすこともできない。王都に情報を送って判断を求めたとして、叛乱のための偽装と誤認される可能性もある。どう動いても、どこかで責任を取らされうる」

さて第4軍団の司令はどんな人物だったか、と思い返す。特段の悪い印象もよい印象も、レフノールの記憶にはなかった。良くも悪くも『普通の』指揮官と仮定しておく他はない。だとすれば、足は引っ張られないまでも、勅命に逆らってまで救援を出してくれる、という期待は無理筋と言えた。

「中佐も、そのあたりを勘案して『即時撤退』の命令なんだろう。我らが大隊長は、援軍の来ない籠城をしろ、と部下に命令するようなお方じゃあない」

机の上に広げられた書状の片方、大隊本部からのそれを手で示しながらレフノールが言う。誰からも反論はない。大隊長、グライスナー中佐は、まさにそのような人物であるからだった。

「それで、モーレス大尉、ここに俺を含めた全員を集めた上でこういう話をしているというのは」

「はい」

「――ここまでの話が本題じゃあない、という理解でいいんだよな?」

今やレフノールには確信があった。命令に素直に従うだけであれば、あらかじめ定められた系統に従って命令を伝達し、レフノールにはその結果を伝えるだけでよい。そうでない、ということは。

「そのとおりです、アルバロフ大尉。小官は……考えている。命令に従ったあと、何が起きるかを」

「命令に従って、俺たちが撤退すれば、か。最良の想定でも第4軍団の担当地域までの間、まともな抵抗ができる部隊は存在しない」

領民たちの避難の計画は、中隊がエディルで抵抗することを前提に組み立てられている。そして、中隊の抵抗は、第4軍団の来援を前提に計画されている。その前提が崩れた。

「仰るとおりです。撤退するということは、つまり、領民の多くを見捨てる、ということに」

グライスナー中佐とて、それを意識しなかったはずはない。ラーマゴルトによる大規模な侵攻の情報は送られている。その上での撤退命令なのだ。中隊ひとつを磨り潰して時間を稼ぐか、部隊を手許に置いて効果的に使うか。中佐は後者を選んだ。部下に死ねと命じず、そのかわりに領民の犠牲を看過することを選んだ。

「そこを迷っている?」

「はい」

モーレス大尉の返答は、指揮官にあるまじき態度と言えるかもしれない。判断は、すでに下されている。そして、その判断はおそらく、中佐なりの配慮でもある。この判断の責任と重荷を現場に――エディルに駐留する部隊に負わせることを、中佐はよしとしなかった。

「率直だな」

素っ気ない言葉だが、発音はむしろ丁寧だった。レフノールに、モーレス大尉を非難する気分はない。

「ならば俺も率直に言わせてもらおう。撤退すれば、俺たちは責任を負わなくていい。だがそれは――線を引くことだと、俺は思う」

「線」

モーレス大尉が、鸚鵡返しに呟く。

「生きる者と死ぬ者の間に。撤退すれば俺たちは生きる側、領民たちが死ぬ側だ。中佐はそういうふうに線を引いた。つまりはその線の引き方を受け入れるかどうか、という話なんだが」

レフノールは、俯いて深く長く、息をついた。吐いた息に乗せるようにして呟く。

「……俺に、その線は引けない。その引き方は、無理だ。俺には」

――そこがつまり、自分の軍人としての限界なのだ。

幾人かの生と死を分ける線が引かれるところを見た。

数百人を死んだものとして扱う線を、自分で引いた。

数千人を見捨てて自分たちを生き残らせるために引かれた線を、レフノールは受け入れられなかった。

「……ここで我々が全滅するまで抵抗するとして」

モーレス大尉が、あまりにも重い言葉を口に乗せる。静かな口調だった。

「何日稼げると、思われますか?」