作品タイトル不明
或る公女(2)(エリザベート視点)
隣国アズールブラウラントで真珠の養殖が成功したのです。
ララ公女は亡命するにあたり、財産を全て宝石に変えていました。そして、そのほとんどを最も高価な宝石である真珠に変えていたのです。
しかし『養殖真珠』の存在が噂になった時点で、真珠の価値は暴落しました。優良流動資産の代表であった真珠は伝染病が流行っていた時に価格が異常なまでに高騰し、そして更に上がり続けると思われていました。
それが事実上100分の1ほどの値段になったのです。
それを知ったララ公女は部屋中の調度品を叩き壊して怒ったそうです。その時の様子を
「凶悪な動物霊に取り憑かれたかのようだった。」
と私がガルトゥーンダウム家に潜入させている間諜は言っていました。
そのようなわけで、ララ公女はヒンガリーラントで影響力の強い人達から完全に無視されていました。
仕方なくたいして影響力のない人達にも接触を試みていたようですが、彼女に興味を持った人や、彼女を可哀想な人と勘違いしている馬鹿者には私が手を回し、粉微塵になるまで粉砕しておきました。
それであの女がこの国に見切りをつけて、出て行ってくれたら命まではとるつもりはありませんでした。しかし、あの女はアウグスティアンにとって宿敵とも言える人達のいるこの国に根をはる事を諦められなかったようです。
仕方がないので私は、ゴールドワルドラントにいるブラウンツヴァイクラントの王太子に連絡をとりました。
『彼女、あなたの御父上の居場所を知っているようですよ。王女殿下達にそう言っていました』
と報告したのです。
あの女は王女達には情報を決して教えず、知りたければ自分の言う事を聞くようにと言って、王女達の事を精神的支配下におくつもりだったのでしょう。
そんなあの女は物事が上手くいかない事に焦り、切ってはいけないカードを切ったのです。私はそのカードをゴールドワルドラントに転送してやりました。
王太子は未成年の王女達のように甘くも優しくもありません。あの女がもったいぶって、情報を秘匿しようとしたら拷問にかけてでも情報を引き出すでしょう。元々、王太子はララ公女の事を蛇蝎のように嫌っていました。
あの女の持つ情報が有益なものでも無益なものでも関係なく、あの毒蛇の頭を物理的に叩き潰すに違いありません。
案の定、王太子はララ公女の引き渡し請求をして来ました。そして王室もガルトゥーンダウムもそれを受け入れました。
王太子に引き渡されれば殺される事がわかっているので、あの女は必死に抵抗しているようです。だけど、無駄な努力でしょう。ヒンガリーラントはゴールドワルドラントに逆らって、ゴールドワルドラントと戦争をするつもりは全くありません。あの女が死んでもいいからゴールドワルドラントの言う事を聞こう、というのがヒンガリーラントの総意なのです。
この顛末に関して私が責任を感じる事も良心が痛むという事もありません。
何故なら『明日は我が身』だからです。
それが公女という地位にある者の宿命なのです。
権力の甘い果実を味わえるかわりに、破滅の 顎(あぎと) が常に側で大きく開いている。そういう星の下に私もあの女も生まれたのですから。
「本当よ。ゴールドワルドラントに行かれるの」
と私は言いました。そしてベッキー達三人の様子を眺めました。
もしも三人のうちの誰かが
『可哀想』
『何か力になってあげられないかしら』
と言い出したら、私はそう言った者を叩き潰さねばなりません。
「ゴールドワルドラントには・・。」
とベッキーが言いました。
「アイスバインという郷土料理があるんだって。塩漬けにした豚のスネ肉を香辛料と一緒に数時間煮込むとか。どんな味なのか一度食べてみたいなあ。」
・・・本当にベッキーという人の思考回路は私には窺い知る事ができません。だからこそ私は彼女が大好きなのです。
「私、食べた事あるわ。」
「さすがです。エリーゼ様。複数の香辛料に何時間も煮込む為に使う大量の薪。選ばれし成功者の為の美食を。」
「あなたに言われる覚えはないですけどね。」
「ところで、どんな味でした?」
ベッキーが目を輝かせて聞いて来ます。
「豚肉の味です。」
穏やかな午後はそうやって穏やかに過ぎて行きました。