軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約式(7)

カチャ。と音がした。

シュテルンベルク家のメイドさんが、冷めてしまった紅茶を温かいものに代えてくれたのだ。

「・・北大陸の神秘的な話を聞く事ができて感無量です。」

私はつっかえつっかえ言った。グラハム博士が柔らかく微笑み

「そう言って頂けて嬉しいです。北大陸に良くないイメージをお持ちだとは思いますが、北大陸にも様々な国いろいろな人々がいて、良い所もたくさんあるのだという事を知って頂きたくてお話ししました。」

と言った。

「その通りですね。素晴らしい話を聞かせてくださりありがとうございました。」

私がそう言った直後、クラウス様とヒルデブラント侯爵がコンラートとカサンドラ陛下に挨拶に来られた。本日の主役を長く独占しておくわけにはいかない。私は紅茶を一気飲みしてヒルデブラント侯爵に席を譲った。同じタイミングで、ルートヴィッヒ殿下とユリアとコルネも立ち上がった。

私達四人はなんとなく一緒に歩いた。

それにしても。私はとても意義のある話が聞けた、と思うがルートヴィッヒ殿下には面白くも何ともない話題だったろう。殿下はきっと、カサンドラ陛下と高度に政治的な話とかがしたかったはずだ。なのに悪い事をした、と思う。今のルートヴィッヒ殿下は少し不機嫌そうだ。

「ベッキーは、稀人に興味があるの?」

この人には珍しい、抑揚を抑えた硬い声で殿下が聞いてきた。

「ロマンティックだなあ、と思います。会うと繁栄をもたらしてくれるそうですし。」

「僕は少し怖いなと思ったよ。もし自分が、誰も知り合いのいない、言葉も通じない世界に落とされたらと思うと。」

はっ!とした。

そうか。違う世界からこっちの世界に来る人もいるけれど、こっちから違う世界に迷い込んでしまう人ってのもいるんだ。

もしかしたら。私は思う事があった。

私が修学旅行の最中に読んだ『ヒンガリーラント王宮犯罪録』の事だ。

誰か、王宮の事情に詳しい人がこっちの世界から地球に行ってしまって、それで本を書いて出版したのではないだろうか?

「さっき、グラハム博士は95%くらいの稀人が一年以内に死亡する、って言っていたけどね。その中には元の世界に戻る方法を見つけて、戻ってしまったのでは?という人もいるんだ。」

とルートヴィッヒが言った。

何と!

それなら尚更、1日でも早く北大陸へ行きたい。せっちゃんが元の世界に戻る方法を見つけて帰ってしまう前に。

私は心の中でぐっ!と握り拳を作った。その時だった。

「エーレンフロイト姫君でいらっしゃいますか?美しい午後の日ですね。お会いできて大変嬉しく思います。」

と背後から声をかけられた。

誰?

そう思いながら振り返った。

公式の場では、身分の低い人から高い人に声をかけてはいけない事になっている。そして、侯爵令嬢である私よりも身分の高い人はそんなに多くない。

振り返った先にいたのは精悍な顔立ちの若い男性だった。ルートヴィッヒ殿下やコンラートと同じくらいの年齢だろう。背がすらりと高く、騎士のように鍛えた体格をしている。

ヒンガリーラント人には珍しいスポーツ刈りをしていて、耳にものすごく派手な赤いピアスをつけていた。

絶対に今まで会った事はない。もし会った事があったら忘れないと思う。妙に迫力のある人なのだ。

「エディ。ゴールドワルドラントから戻って来ていたのか?」

とルートヴィッヒ殿下が言った。王子は親しい知り合いらしい。

「お久しぶりでございます、ルーイ様。エーレンフロイト姫君は初めましてですね。ルーイ様が声をかけてくれないかな?と思って周辺をちょろちょろしていたのに、ルーイ様はエーレンフロイト姫君しか目に入っていないみたいなのでお声をかけさせて頂きました。」

そう言って爽やかな笑顔を見せる。白い歯がキラリと光った。

「エディアルド・フォン・ハーゼンクレファーと申します。エーレンフロイト姫君。それにハイドフェルト姫君、レーリヒ姫君。お初にお目にかかります。顔を覚えて頂ければ光栄です。親しくさせて頂ければもっと光栄です。」

げっ!

と言いそうになってしまった。

元光輝会員かよ!

ものすごく爽やかな笑顔で、絵に描いて色を塗ったような好男子だが、光輝会員は信用できない。ついでに言うとハーゼンクレファー公爵家自体がものすごくうさんくさい。だから親しくなりたくない。

ルートヴィッヒ殿下は元々光輝会に深入りしていた人なので、エディアルドと親しげに会話している。

エディアルドは事あるごとににこっちにも会話をふってくるのだが、愛想が良すぎて逆にキモい。

「飛ぶ鳥を落とす勢いのヒルデブラント家とシュテルンベルク家の縁組みですからね。ゴールドワルドラントからお祝いに駆けつけて参りました。なにせヒルデブラント家はクラウス様が入られる家門でこれから王族との結び付きが益々強固になるでしょうし、シュテルンベルク家は燃えて輝く灯火の如き一族です。二人の婚約を、ジークレヒトも暗い水の底からお祝いしている事でしょう。」

・・キモさがカンスト寸前である。

ユリアとコルネの方を見たら、ユリアはぼーっとして明らかに別な事を考えているし、コルネはなんか怯えていた。

かつて光輝会には、泥棒の濡れ衣を着せられかけた。今回も何か騒ぎに巻き込まれたら嫌なので、エディアルドの振る舞いを嫌だけど注視しておいた。だけど「レベッカ嬢が熱い視線でエディアルド卿を見つめていた」とか噂になるとエリーゼが怖いので、適度な頻度で視線を外す。

「僕はジークレヒトと親しかったんですよ。彼からはよくエーレンフロイト姫君の話を聞いていました。」

絶対嘘だろ。と思う。ジーク様からこの人の話を聞いた事は一度もない。

だけど、口げんかになるのも怖いので

「そうですか。」

と言って曖昧な笑顔を浮かべておいた。

「まあ、楽しそうね。」

と声がした。目医者行ってこーい!と言いたいのをグッと耐えた。怖いから。

エリーゼ様のご登場だった。私の苦手な人の三巨頭が出そろった、って感じだ。エリーゼはいつもと同じアルカイックスマイルを浮かべていて、心の中をうかがい知る事ができない。

「うふふ、せっかく二人が楽しそうにしているのに邪魔をしては駄目よ。それより、私をエスコートしてちょうだいな。ねっ。」

と言ってエリーゼが腕を絡めたのは私の腕だった。「えっ?」という表情をルートヴィッヒが浮かべる。

「じゃあね〜。」

と言って、エリーゼは私を引っ張ってフェードアウトした。本音を言えばほっとした。