軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約式(3)

人形劇が終わったタイミングで、ルートヴィッヒ王子に声をかけられた。人形劇を上演している間に会場に到着したらしい。

「素敵な物語だったね。ベッキー、僕は今君に伝えたい事があるんだ!遠慮なくお腹・・・。」

「ああ、わかってます。カサンドラ陛下にご挨拶をしろってんでしょう。どちらにいらっしゃるのですか?」

何故、この世の終わりみたいな表情をしているのだ、この人は?相変わらず意味不明な人だ。

私はステファニー妃とティナーリア様に一言声をかけて側を離れた。私のすぐ後ろをユリアとコルネがぴったり張り付いてついてくる。

今日の二人は私の侍女としてではなく、ジークルーネの友達枠で呼ばれているのだから一緒に行動しなくても。と言ったのだが、そしたらルートヴィッヒ王子が

「ハイドフェルト男爵令嬢とレーリヒ男爵令嬢の事もカサンドラ陛下が呼んでおられるんだ。」

と言った。

それ早く言って。大事な事だから。

もう一度言う(心の中で)。大事な事だから。

カサンドラ陛下かあ。一回会った事あるけれど。たぶん、私の印象最悪だったろうなあ。と思う。あれは、私が12歳の冬の終わりの事だった。

ヒンガリーラントを訪問されたカサンドラ陛下がアカデミーの女子寄宿舎を視察されたのだ。既にジークルーネが退学していたので、私とエリザベート様が女子寄宿舎のツートップだった。なので、私とエリザベート様がカサンドラ陛下の接待を命じられた。

その日の前日、冬の終わりでありながら既に卵から孵っていたカルガモのヒナ達が女子寄宿舎の庭を引っ越しした。

令和の日本と同じで、その引っ越しに密着して観察する人間がヒンガリーラントにも数人いた。その人々(女子生徒)の前でカルガモのヒナのうち三羽が下水溝に落ちたのだ。下水溝の上に置いてあった石の蓋に雨水を流し込む為の穴が開いていて、そこから転落したのである。

何故、そうなる前にヒナを守らなかった!と思うが、泣きながら報告に来た少女達を叱り飛ばすわけにもいかない。

下水溝の上の石の蓋は、重くて少女達の力では持ち上がらなかったそうだ。私はカモが落ちた現場に向かい、アカデミーの寄宿舎にある暴漢撃退用の鉄の棒を使って、テコの原理で蓋を持ち上げた。

この話は後日、私が『すごく重い石の蓋を持ち上げた』というエピソードだけが広く伝わり、私が怪力の持ち主という噂が広く流れたのだが、今もって納得がいかない。

とにかく、私は下水溝の中を覗き込んだ。三羽のヒナは汚水の中でもがいていた。汚水の表面から地面までは2メートル近くある。ヒナが自力で壁を這い上れる可能性は0%だろう。人間でさえ落ちたら、懸垂ができる人でないと這い上がれまい。そしてジークルーネがいない今、女子で懸垂ができる人間は私しかいなかった。私は下水溝の中に降りた。

下水の深さは私のふくらはぎくらいだった。私はヒナを一羽ずつ手に取り地面に向かって手を伸ばした。汚水まみれの汚いヒナを迷わず手に取ってくれたのはユリアだった。三羽目を手渡した時頭上から

「レベッカーーー!あなたはいったい何をしているのーっ‼︎」

と怒鳴り声が聞こえた。見上げると般若の形相をしたお母様が私を見下ろしていた。その後ろには副校長やエリーゼ様それにエリーゼ様のお母様、そしてカサンドラ陛下がいた。カサンドラ陛下が予定よりも1日早くアカデミーにやって来られたのだ。

なんでも、取り繕っていない素の女子学生達が見てみたかったらしくて、わざと1日早く訪問したのだという。その『素』の姿が限りなく貧相な私としては蒼ざめる以外なかった。

「おまえは毎日こんな事をしているの⁉︎」

「入学以来初めてですよ、お母様!」

「言い訳は結構!ビルギット。このまま石の蓋を閉めてしまいなさい!」

「待って、待って、待ってーっ、お母様ーー!」

危うく、お母様の護衛騎士のビルギットに下水溝内に閉じ込められそうになった私はジャンプして地面をつかみ懸垂の要領で這い上がった。

「汚い!臭い‼︎こっちに近寄らないでちょうだいっ!とっとと風呂に入って来なさい。靴と靴下は捨てるのよ!」

「ほーい。」

「はいと言いなさい!」

「エーレンフロイト令嬢。石の蓋を戻してください。あなたでないと動かせませんから。」

副校長にもそう言われ、私は重たい石の蓋をずりずりと引きずり元の場所に戻した。

その後風呂に入ったが、洗っても洗っても臭いが三日落ちず、結局私はカサンドラ陛下の前には出られなかった。私の代わりにアーベルマイヤー伯爵令嬢コンスタンツェ様がカサンドラ陛下の接待をしたと聞いている。

あの日以来、5年ぶりの再会である。正直再会したくなかった。『匂い』は最も人の記憶の中で個人に直結する感覚だという。私の顔を見た途端、ハンカチで鼻を押さえられたらどうしよう。

カサンドラ陛下は、コンラートと一緒にテーブルに着き楽しそうに会話をしておられた。あの、コンラートと会話が弾むなんて王太后陛下は素晴らしいな。いったい何を話しておられるのだろう?と思って耳を澄ませてみたら『カルガモ』というワードが聞こえてきた。絶対聞こえた。幻聴ではない。

コンラートが私達に気付き、カサンドラ陛下に私達を紹介してくれた。

「まあ、お懐かしいわ。エーレンフロイト姫君。また会う事が出来てとても嬉しいわ。わたくしとてもあなたに会いたかったの。あなたの事はいつもヘレンさんから話を聞いていて、まるで昔からのお友達のように貴女の事を思っていたのですよ。私もヘレンさんのように貴女をベッキーと呼んでも構わないかしら?」

拒否権は無い。

んだけどヘレーネよ。君は遠い異国で人の個人情報ダダ流ししているのか?

「座ってちょうだいな。ベッキーさん。後ろの御令嬢方も。」

私達は順番にカーテシーをして定型の挨拶をし、カサンドラ陛下と同じテーブルに腰掛けた。

何というか、カサンドラ王太后陛下は。

あんまり王族っぽく見えない御方だ。

どどーんと貫禄のある国母という感じではなく、冷たい権力者のようにも見えない。

例えて言うなら、地球で最も有名な女流ミステリー作家がこの世に生み出した探偵の『老嬢』みたいな人だ。

小柄で優しげでほんわかとしているが、悪人を躊躇う事なく処刑台に引きずり上げられる意志の強さと賢さの混じり合ったオーラを発している。

ステファニー妃とは違う意味で、嫌われたら人として終わりそうだ。

私はカサンドラ陛下の隣の席に視線を移した。陛下の背後には侍女や護衛が何人も控えているが、一緒に座っている女性は一人だけだ。

長い銀の髪に細身の眼鏡をかけたインテリジェンスな美人だった。年は30前後だろう。

私の視線に気がついたカサンドラ陛下が、優しく微笑み女性を紹介してくれた。

「ヘンリエータ・グラハム博士よ。ユリアーナさんとコルネリアさんに会いたいと言っていたので連れて来たの。」

「え!」

と思わず声が出てしまった。