作品タイトル不明
婚約式(2)
図(はか) らずもステファニー妃と一緒に行動する事になり、私はどっと緊張した。
一応、彼女は私の未来のお姑様だ。
ステファニー妃はとても優しくて親切な人なので、嫁いびりとかはされないとは思うけれど、だから尚更彼女に嫌われたら『人として終了』という気がする。社会的にも物理的にも。
「人形劇の台本はレベッカ姫が考えられたのですってね。モニカに聞いたわ。」
とステファニー妃がおっしゃられる。
その通りだ。人形劇の演出をしているのは私の家庭教師だったモニカ夫人の夫なのだが、脚本の原作を書いたのは私だ。
というか、私がジークルーネの為に作った絵本を人形劇にしたのである。
人形劇の題は
『モグラの王子様と虹色のバラ』
という。
私がジークルーネに絵本を贈ったのは、それが本人の希望だったからだ。
私はリナさんとジークルーネにそれぞれ婚約祝いは何が欲しいか?はっきり聞いた。
欲しくもない鉄板商品を贈られるより、欲しい物をもらった方が嬉しかろうと思ったからだ。
そして、リナさんの欲しい物は『珍しいお菓子のレシピ』
ジークルーネの欲しい物は『新作の絵本』だった。
「王子様とお姫様と妖精ともふもふとお花畑が出て来る絵本が欲しい。」
とジークルーネは言った。
やたらファンシーな事を言っているが、それがジークルーネの趣味だから、な訳ではない。
ジークルーネは絵本にした時、絵がバエる絵本を欲しがったのだ。無論それは、離れて暮らす兄にバエる絵を描いて欲しいからである。
しかし。
私は悩んだ。
王子様とお姫様と妖精ともふもふが全部出て来る童話を思いつかない。
そもそもグリム童話にもアンデルセン童話にもろくな王子が出てこない。死体にキスしたり、一人寂しく階段にタールを塗ったり、カエルのケロ様な御姿だったり。
結局私は『泉のほとりのガチョウ番の娘』と『いばら姫』と『美女と野獣』を足しっぱなしにしたような物語を作成した。
新しい絵本は当然のようにお母様に検閲された。
私としてはお姫様の父親がひどいとか、姉達の心の声が怖いとか言われるのではと思っていたのだが、お母様の感想は
「姉達の夫が絶妙に嫌な男達ね。」
だった。
「どうして、幻想的な話なのにここだけリアルなの?」
「え?2メートルのモグラと同じくらい私の中ではあり得ない人達ですけれど。」
「そんな事ないわ。意外に多いわよ。」
「2メートルのモグラがですか?」
ストーリーのラスト。妖精の呪いは結局解かないという選択を王子はする。
このラストに納得できないという人もいるかもしれない。
だけど、私『美女と野獣』の映画のラストを見て思ったんだよ!野獣の時の方が良かったな。と。
それはつまり、王子様が私のストライクゾーンから大暴投に外れていたって事なんだけど。
私がヒロインだったら「詐欺だ!」と言って自分の家に帰ったと思う。なんか、あの映画はあらゆる意味でモヤっとしたんだよね。
私って、そんなにも世間の皆様と価値観が違うのか?と。
そんな私に王子様とお姫様ともふもふが出て来るラブストーリーなど所詮無理ゲーなのだ。
なので、お母様にダメ出しされたら、「設定を変えてくれ」とジークルーネに頼みに行こうと思っていたのだが。
「できたら、姉の夫達にぎゃふんという目に遭って欲しかったけれど。でも私は今までにあなたが書いた話の中で一番好きですよ。」
と言われてしまった。
何故だ⁉︎
これがいわゆる、もふもふのパワーいう奴なのかっ!
まあ、確かにもふもふは偉大だよね。
人形劇も、もふもふなモグラが出て来るたびお客様達は大喜びをしている。
こんな短期間でよく人形が用意できたなあ、と思うが、王様もお姫様も使用人も妖精も全て他作品で使った人形を使い回しているらしい。巨大モグラだけ新調したのだそうだ。
人形劇が終わるとお客様達は拍手喝采で。
グリム童話や美女と野獣は、普遍的に人の心を打つ話なんだな。としみじみ思った。