軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不帰川(17)

「はあーーー!」

というジークの叫び声が響いた。

「落ち着いて、ジーク様!」

と言ってみたが、現実の行動としては私は後ずさってジークとの距離をとった。この人を落ち着かせるのはカメにベンチプレスさせるくらい無理だ。

ちなみに今室内にいるのは、私とユリア、ジーク様にジーク父、そしてジーク様のお父様が連れて来た従僕が一人。の計五人。

メイド達は、さっきジーク様が下がらせた。オルヒデーエ夫人とヤスミーンはお茶とお菓子の準備をする為一回本館に下がっている。

ユリアはクッションを盾のように構えたままガクブル震えているので、アテにはならない。私は助けを求めて侯爵の従僕の方を見たが、目をそらされた。

「ブチ殺してやる!アノ◯△▽×✳︎☆・・・。」

後半何を言っているのかよくわからなかった。人名を言おうとして呂律が回らなかったのかもしれないし、出版禁止用語とかを叫んだのかもしれない。あるいは、何かの呪いの呪文を唱えたか・・・。

「おまえが自分で手を下す必要はない。おまえはこの件からもう手を引きなさい。」

対照的なほど抑揚の無い声で侯爵は娘に言った。

「お父様!」

侯爵は従僕の方を振り返った。

「人が近づかないよう廊下に立っていてくれるか。」

「かしこまりました。」

と言って従僕が部屋を出て行った。

「あの、私達も・・。」

と言って私もフェードアウトしようとしたのだが

「お二人は、ここにいてくれるかな。」

と、侯爵に言われてしまった。私達にも聞かせたい重要な話があるのだろうか?

「二人きりになるのは怖いから。」

父親のセリフですか、それが⁉︎

「それにお二人は、ジークレヒトが家を出て行った次の日、すぐにうちに駆けつけて来てくれただろう。」

・・・バレてたんですね。あの日のドーベルマン事件。

侯爵はジークの顔をじっと見て言った。

「おまえは、このまま死んだ事にしてしまった方がいい。」

「私が、恩賞で男爵位をもらう事になったからですか⁉︎それが、一族の弱みになるから!」

「まあ、それもある。だが、一番の理由はコンラート君の為だ。おまえは、彼を守りたいのだろう?」

「どういう意味ですか?」

ジークの表情が一層険しくなった。

「おまえは、今回の事件は今後どう展開していくと思う?」

と侯爵はジークに聞いた後、私やユリアの方も一瞬見た。

「司法大臣の努力次第じゃないですか?カス共の身内は、貴族の身分を盾になんとか罪を免れようとするでしょうから。馬車の中で聞いたけれど、被害者の子はアズールブラウラント人の平民なのでしょう。外国人で平民だと立場弱いですよね。でも、被害者の子はまだ14歳だ。そこをぐいぐいと押せば、カス共を罪に問えるかもしれない。」

「では、この件でアズールブラウラントはどう動くと思う?アズールブラウラントの王太女、ブリュンヒルデ殿下はどう思われるかな?」

「ブリュンヒルデ殿下は、ヴァイスネーヴェルラントのカサンドラ王太后の孫の中で、最も彼女に似ていると噂されている方です。ようするに国民に寄り添った考え方をする方なんでしょう。同性のしかも子供が被害者だし、とても怒るのではないですか。自国民が犯罪に巻き込まれた事に誇りを傷つけられるとも思われます。」

「そうだね。」

「ただでは済ませたくはないでしょう。犯罪者の引き渡し請求とかしてくるんじゃないですかね。」

「もし、犯罪者の引き渡し請求があったら、国王陛下や我が国の貴族達はどうするかな?」

「・・・反発するでしょう。従属国でもあるまいに、言いなりになるという事に誇りが許さないと思います。そもそも鼻つまみものの平民ならともかく、貴族を引き渡すわけがありません。」

「それで、アズールブラウラントが諦めると思うかい?」

「諦めるしかないでしょう。軍隊を王都に差し向けて加害者をふん捕まえ、略取して逃げるわけにはいかないのですから。」

「何故?」

「え?」

「何故、できないと思う?何故、そんな事が起こらないと思うのだ?」

「何故って・・国力が違い過ぎます。五年前なら互角だったかもしれないけれど、天然痘の大流行で、噂ではヒンガリーラント人の百倍の人間がアズールブラウラントでは死んだと聞いています。貿易が最大の産業なので、東大陸との貿易が何年も止まった事は痛手だったはずです。外国と戦おうにも、人も物も金も足りません。その状況で、戦争に発展しかねない事をするわけがありません。」

「それがおまえの考えか。でもね。私の考えは違うんだ。ジークルーネ。人間はね、物や金が無くなると簡単に思うんだよ。持っている者から奪えばいいって。」

「ヒンガリーラントから奪おうというわけですか?無謀でしょう。一応、人格者と言われているブリュンヒルデ殿下がそんな真似をするとは思えませんが。」

「王太女殿下は、非常に優秀な方だが、女性という理由で中央ではその能力を発揮できなかった。その為、彼女は15歳で海軍に入り、そこで能力を伸ばして将軍の地位にまで登り詰めた。今、彼女の最大の支援者になっているのは、海軍とアルト同盟に所属する海運商達、そして女性だ。

そして、今回の事件の被害者は、海軍とアルト同盟の本拠地ヴァールブルクに住む商家の娘さんだ。つまり、ブリュンヒルデ殿下はこの事件をなあなあで済ませてしまったら、自分の支持母体の全てを失うんだ。殿下は自らの命を賭けてでも犯人を断罪するはずだ。」

「命を賭けてですか?」

「玉座を巡る争いに敗れたら、どうせ命は無い。」

「それは、そうですけど。」

「ブリュンヒルデ殿下は、もし引き渡し請求を突っぱねられたら100%ヒンガリーラントに戦争を仕掛けて来るだろう。彼女は軍人だ。戦争や暴力を厭う思考回路をそもそもしていない。」

「・・・。」

「戦争は、国内の失業問題を一瞬で解決する。失業者達に金を払い、戦地に送り込めばいいからだ。ブリュンヒルデ殿下が信頼する海軍の側近に地位と身分を与える為には、目に見える功績が必要だ。戦争は軍人にそれを与えてくれる。ブリュンヒルデ殿下はな。戦争がしたくてしたくてたまらないんだ。そしてその戦う先は内陸国では駄目だ。海軍が栄光を手に入れる為には、敵は海に接した国でなくてはいけない。」

「結果負けたら、栄光も何もあったもんじゃないでしょうに。」

「ヒンガリーラントが勝つと思っているのか?」

「お父様の考えは違うのですか?」

「ブリュンヒルデ殿下の祖母であるヴァイスネーヴェルラントのカサンドラ王太后は六人の娘がいて、全員が外国の王妃や大公妃になっておられる。ブリュンヒルデ殿下が五人の叔母と祖母に協力を要請したら、ヒンガリーラントは負けはしなくても絶対に勝てないだろう。」

「それらの国には、ヒンガリーラントととても友好的な国もあります。全部の国が協力するでしょうか?」

「するに決まっている。性犯罪者を断罪したい国とかばう国。正義は向こうにある。」

私は息を飲んだ。

侯爵の言う事は筋が通っている。

ようやく。ようやく!伝染病が収まって、平和な世の中になったと喜んでいたのに、次は戦争とか冗談じゃない!

しかも、その戦争の始まる原因が、私達の国が性犯罪者をかばったから。なんて理由、本当に嫌!

なのに、侯爵はもっと嫌な事を言い出した。

「戦争が始まれば戦闘員を出すのは、犯人の引き渡しを拒否した貴族達じゃない。騎士団を持っている貴族だよ。ディッセンドルフ公爵家とハーゼンクレファー公爵家は、ブラウンツヴァイクラントと国境を接していて難民問題で手が離せないから、出す事になるのはオーベルシュタット公爵家、エーレンフロイト侯爵家、シュテルンベルク伯爵家だね。当主を前線に立たすわけにもいかないから、実際に立つ事になるのはコンラート君やヨーゼフ君だ。加害者をアズールブラウラントに渡すな。国の誇りを踏みにじらすな。戦争賛成。ヒンガリーラントが負けるわけは絶対に無い!と言っている者は絶対に自分は戦争には行かないんだよ。もし、兵士を出すようにと言われたら、金で傭兵を雇うか犯罪者を差し向けるかだ。」

その通りだ!戦争を礼賛する奴は、絶対に自分は戦争に行ったりしない。銀◯英◯伝◯でもそうだった。

冗談じゃないぞ!そんなくだらない戦争なんかに、ヨーゼフや騎士団のみんなを行かせられるもんか!

「戦争は悲惨だよ。暖かく快適な家から離れて、硬い土の上に毛布を広げて毎日眠るんだ。雨が降れば天幕は雨漏りする。毛布が濡れて冷気が体温を奪っていく。食事といえば、毎日毎日石のようなパンと干し肉と干し芋ばかり。たまに出てくるスープは水っぽく実家の食事には遠く及ばない。眠れない夜と栄養の無い食事で体力はどんどんと削られていく。衛生状態も悪く、風呂も洗濯もままならない。周囲は虫だらけで、寝ている所を遠慮なく這い回って刺してくる。それで病気になっても、ろくな薬や医療器具も無い。王都の剣術大会で優勝するような猛者が、病気で呆気なく死ぬのが戦場だ。」

私は肩を震わせた。

最近、寄宿舎の料理のレベルが下がって来て悲しー、と思っていたが、戦地の食糧事情の悪さはそんなモンじゃない。レトルト食品もフリーズドライも無い世界なのだ。本当の本当にろくな食べ物が食べられないだろう。

「そんな戦争にコンラート君を行かせたくないだろう。でも、ジーク。おまえが死んだら、そんな事にならなくて済むんだ。」