軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不帰川(18)

「ひどい事を言っているのはわかっている。」

と侯爵様は言った。

「おまえにだって、この五年間積み上げて来た人生と人間関係がある。ヒルデブラント家の跡取りとしておまえは家門の名声をこれ以上ないほど高めてくれた。王室から爵位を賜るほどに、おまえは徳を積んできてくれたんだ。そんなおまえの『死』だからこそ意味がある。

『ジークレヒトが死んだ』という事になったら、おまえが死ぬ原因を作った者達が殺人の罪で裁かれる。国際法上、殺人罪は略取や強姦未遂より重い罪だ。だから、アズールブラウラントが略取犯を引き渡せと言って来ても、裁判をこちらで行うと言って引き渡しを拒否できる。そうすれば、戦争を回避できるんだ。」

「殺すつもりなんかなかった。不幸な事故だとか言い張りそうですけどね。」

「そんな言い訳は通じない。おまえの方が、加害者達より身分が高いからだ。おまえは、筆頭侯爵家の嫡長子で、おまえの母は国王陛下の従姉妹、ようするにおまえは先先代国王の曾孫だ。そんなおまえに暴力を振るうという行為すら本来許されない。被害者が外国人の平民と聞いたら、加害者の味方をする日和見貴族達も、被害者がおまえという事になったら加害者に厳罰を求めるはずだ。」

「・・・。」

「それに一応私だって怒っているんだ。おまえは正しい事をしたのに、そんなおまえをウサギ狩りのウサギのように追い回して、挙句水の冷たい運河に突き落とすなんて私は犯人達の事が許せない。そして彼等がもしも無罪放免になったら、彼等はおまえに復讐しようとするだろう。そんな事をさせない為に、私はたとえ奸計を巡らしてでも犯人にトドメをさしてしまいたい。ジーク。お願いだ。ジークルーネに戻ってくれ。」

ヒルデブラント侯爵は、興奮なんかしないでずっと淡々と話した。だからこそ、侯爵の話は心にすっと入って来た。

そして一から十まで共感できた。

私も犯人が許せない。犯人には厳罰を受けて欲しい。

そうでなければ恐ろしい。性犯罪はあらゆる犯罪の中で再犯率が最も高い犯罪だと言われている。犯人が無罪になって反省していなければ、絶対罪を繰り返すと思う。その時被害者になるのは、私の友人かもしれないし私かもしれないのだ。

そして、ジークやコンラートが王妃派貴族の報復の対象になるのも嫌だ。そして何よりも、犯人が無罪になったら戦争が起こるかもしれないというのが嫌だ。

『ジークレヒト様』が死んだらその全てが避けられるというのなら、正直言って、私も死んで頂きたいくらいだ。

「私が死んだって、犯人が絶対罰を受けるとは限りませんよね。」

ジークがつぶやくように言った。

「もし罰を受けなかったら、この父が司法省の門の前で泣きながら転げ回ってやる。」

「必ず戦争になるかはわかりませんよね。たとえ戦争になってもすぐ終わるかもしれない。」

「戦争は始めるよりも終わらせる方がはるかに難しいんだ。アズールブラウラントの勝利条件は犯人の引き渡しと、巨額の賠償請求だ。それを叶える為にヒンガリーラントの国土全てを焦土にして、国民全員を殺す必要はない。少しずつ少しずつ侵略と防衛を繰り返しヒンガリーラントから国力と領土をそぎ落としていけばいいんだ。対してヒンガリーラントの勝利条件は、アズールブラウラントとそれに味方した国を全て滅ぼし、王族と政治家を皆殺しにするか捕虜にするかだ。でも、そんな事は事実上不可能だ。戦争をやめたければ、アズールブラウラントの要求を呑むしかない。それを意地を張って呑まなかったら何十年も、百年でも戦争は続くだろう。歴史上、そんな戦争は数々ある。」

一日で終わった『関ヶ原の合戦』って、逆にすごい戦争だったのだなあ、と私は思った。

「ジークレヒトが死んで、ジークルーネに戻ったらもうコンラートの側にいられない・・・。髪を切った時自分自身に誓ったんです。必ずコンラートを幸せにしてみせる。コンラートに押し寄せる障害や不幸は全部僕が追い払う。コンラートが誰かと幸せになる姿をずっと側で見守るのだって。」

「だが、おまえもコンラート君も今年アカデミーを卒業する。そうなれば、もう側にはいられなかったんだ。おまえの役目はコンラート君の親戚であるレベッカ嬢と、シュテルンベルク家の御用商人の娘であるユリアーナ嬢に引き継いでもらいなさい。側にいて手を引いてあげる事だけが愛じゃない。離れる事も優しさだ。」

「OK、任せて!」

とか言ったら、サンドイッチがのった皿が飛んで来るかもしれない。

ジークは傷つき苦しんでいる。コンラートの側に居たくて泣いている。涙を流してはいないけれど、彼女は確かに泣いている。

再びジークがつぶやくように言った。

「・・私は国王陛下の良心を信じたいと思っています。陛下が、貴族達の圧力に負けずに犯人に罰を下してくださると。犯人をアズールブラウラントに引き渡してくれるって。」

「そうだな。その時は『親切な人に助けられて看病されていた』と言ってジークレヒトとして戻ってくればいい。」

「そうですね・・・。」

侯爵とジークは顔を見合わせて微笑んだ。その微笑みが語っていた。それは絶対にない!と。

侯爵の発言に嘘は無い。語った言葉は皆真実だろう。だけど言っていない事もある。

侯爵はジークルーネを女の子に戻してあげたいんだと思う。女の子としての幸せを手にして欲しいんだと思う。

でも、ジークの幸せはコンラートの側にいて幸せを見守り続ける事だった。コンラートの傘となり盾となりコンラートを傷つける全ての物から守ってあげる事だった。いつかコンラートが非の打ち所がない女性と恋をして、結婚して、幸福な家庭を築いて、その全てを守ってあげたかったのだ。それがかつて、コンラートをずたずたに傷つけたジークの贖罪であり幸福だったのだ。

ジークを見ていると、愛とはこれほど深く強い物なのかと考えさせられる。

一切の見返りを期待する事なくただ相手の幸福を願い、どんな逆境があっても、時に憎まれたり八つ当たりされても、変わる事なく側で相手を支え続ける無償の愛。

ジークのコンラートへの思いを見ていると私のルートヴィッヒ王子に対するドキドキなど、ただの自律神経の誤作動でしかない。と思ってしまう。

私はいつもルートヴィッヒ王子の側にいたいとか思わないし、正直時々存在を忘れているもんね。

その時思った。

ルートヴィッヒ王子は今どこで何してんの?