作品タイトル不明
不帰川(16)
雨の中私達は、エーレンフロイト家の屋敷に戻って来た。
「あなたとジークとユリアは西館へ行きなさい。本館の使用人達には、寄宿舎から帰る途中にヒルデブラント家の別邸に寄ってジークルーネを連れて来たと伝えますから。」
とお母様が言った。
西館は、比較的長期滞在するお客様を泊めるのに使う館だ。つい最近までは、シュテルンベルク伯爵の姉妹のリエ様とメグ様とメグ様の息子のルオが使っていた。
だから、他の離れなどよりも掃除や手入れが行き届いている。ジークが泊まる為の部屋もすぐ用意できるはずだ。
「でも、私これからシュテルンベルク家とヒルデブラント家に報告に行かないと。」
「それは他の者にさせるので、あなたはジークについていなさい。ジーク。御父上は今どちらにいらっしゃるの?」
「別にいいですよ。あの親に連絡なんて。」
「駄目です!エリザベート様にも連絡を入れるように言われていますし、連絡は入れますからね。」
「そうですかー。たぶん王都にいますよ。母上の墓が王都にあるから命日の頃はいつも王都で過ごしてます。王城特区の屋敷にいるかはわからないけれど、執事に手紙を渡したらたぶん届くはずですよ。」
「だったら私が手紙を書くわ。ゾフィー、シュテルンベルク家にはあなたが行ってくれるかしら。難しいとは思うけれど、できるだけリヒトを興奮させないように報告してね。」
「それはカメに腹筋運動を強要するより難しいと思いますぜ。」
とジークが言う。誰も否定しなかった。
「レベッカ。あなたには私の代わりにリエとメグに連絡を頼みたいの。事件の詳細を手紙に書いてこちらに来てくれるよう頼んでくれるかしら。」
とお母様に頼まれた。
「えー、ついこの前帰って行ったばかりなのに、また呼びつけるの?大丈夫?旦那さんに怒られない?」
「来るかどうかは二人が決める事です。情報を伝えないでいる方が怒られます。」
「ほーい。わかった。」
と言った後、ふっと思った。
「だったらエリカ様にも連絡していい?」
エリカ様はシュテルンベルク伯爵やリエ様、メグ様のお姉様だ。
だけど、光輝会事件があった時、私を会場に誘導した事の罰としてシュテルンベルク家の屋敷と領地を出禁になった。
正直エリカ様には何の悪意も無かったんだし、この処分は重過ぎると私は思う。
あれから三年以上経った。光輝会メンバーの王城への登城が許されるまで出禁にするという事だったが、メンバーの一人だったフィリックス公子は既に王城への登城を許されているし、自宅謹慎も解けてアカデミーに通っている。
だったらエリカ様だって許されるべきだ。
とゆーか、私が原因でいつまでも姉弟に不仲でいられると心苦しい。
これを機会に仲直りをして欲しい。
「あなたがしたいのならばしなさい。その代わりエリカに連絡するならマリにもするのよ。一人だけ連絡しないってわけにはいかないのだからね。」
「ほーい。」
と言って私達は、西館の入り口で馬車を降りた。西館にも常駐のメイドが何人かいる。彼女達がすぐさま、暖炉に火のついている部屋に案内してくれた。
「すぐにお茶を御用意致します。他に御入用の物はございますか?」
「夕食。私もユリアもジークルーネ様も夕食がまだなの。何か食べる物用意してくれる。」
「かしこまりました!」
と言って、すぐにサンドイッチと暖かいポタージュスープを持って来てくれた。
「おお!トンカツサンドだ。すごい!豪華‼︎」
「今日、お越しになったお客様方にトンカツをお出ししたんですよ。」
「やったあ、今日家に帰って来てラッキー。ささ、ジークルーネ様、どうぞ。」
カツサンドとジャムサンドは大皿に盛られている。私は一番身分の高いジークルーネにまずサンドイッチを勧めた。
「体調が悪いからスープだけでいい。」
「豚肉は栄養の宝庫ですよ。体調が悪い時こそトンカツを食べて元気出さなきゃ。」
「いや、そもそもトンカツ食べられる人間は体調が悪くないだろ。ところで。」
「何ですか?」
「コンラートの事何か聞いてない?」
「・・現在20歳になったのに、まだ独身ですね。」
「・・・。」
今、メイドさん達が周囲で給仕をしてくれているのだ。その横でジークルーネ=ジークレヒトという事がバレるような迂闊な事は言えないのである。私は誰でも知っている事を敢えて言った。
というか、そもそもこの人の反応が怖くて本当の事が言えない。
ジークは半笑いを浮かべ、メイドさん達に出て行ってくれるようお願いした。
まずいな。私も出て行きたい。でもサンドイッチがおいしくてこの場を離れられない。
と、そこへ。
オルヒデーエ夫人と次女のヤスミーンが現れた。
「レベッカお嬢様。ヒルデブラント侯爵がお越しになられました。」
いいところに来てくださった!わざわざ訪ねて来てくださるなんて、きっとジークを心配して駆けつけて来てくださったのだろう。
「すぐお通しして!」
「待て、ベッキー。君との話し合いが先だ。」
「何言ってるんですか!この嵐の中、ジークルーネ様の為に駆けつけて来てくださったんですよ。お父様に会う方が先でしょう。」
「あの人はどうせくだらない事しか言わないから後でいい。」
「・・あの、もうお出でになっておられるのですけれど。」
おずおずとヤスミーンが言った。
「食事中に失礼するね。」
そう言って、ヒルデブラント侯クリストハルトが部屋の中に入って来た。
ヒルデブラント侯爵と私が会うのは彼此十年ぶりくらいである。いや、『文子』の人生が間に挟まっているから三十年ぶりくらいだ。侯爵は私にとってある意味ものすごくノスタルジーを掻き立てる顔の人だ。
浮世絵のように細い目に低い鼻。そして全体的に平たい顔面。髪の色が焦茶色なのも相まって、なんていうか、文子が暮らしていたど田舎の街の農道を歩いていたとしても、まるで違和感の無い人なのだ。正直この人が日本人で異世界召喚された人だと言われても信じられる。
つまり、ジークレヒトとジークルーネはとっても母親似なのである。
私とユリアはすぐさま立ち上がり、貴族令嬢としての礼をとった。
「美しい夜でございます。」
「大嵐じゃないか!」
ジークが呆れたように言う。
「挨拶はいいよ。座って、食事を続けておくれ。」
と侯爵は笑顔で言った。
コンラートの事から話がそれた。と思って私はほっとした。これでしばらくは時間が稼げる。
「災難だったね。」
沈痛な表情で侯爵が言った。
「別にたいした事じゃありませんけど。」
「シュテルンベルク家のコンラート君だ。おまえをかばって十数人から殴る蹴るの暴行を受け、意識不明で救急医療センターに運ばれたって?」
・・・秒でバレた。