作品タイトル不明
不帰川(15)(カレナ視点)
その後、私は救急医療センターまで、へロイーゼさん達を案内しました。国立医大の救急医療センターはアカデミーと同じ文教地区にあるので、馬車なら五分ほどで行く事ができます。
救急医療センターに着くと、すぐに受付の方がミュリエラさんのいる病室に案内してくださいました。ミュリエラさんの病室は廊下から広い吹き抜けのホールに出て、螺旋階段を上った先の三階にありました。お部屋の名前は『林檎の間』というものでした。ちなみに向かいの部屋は『桜桃の間』というプレートが付いていました。可愛い名前がお部屋についているのね、と思いました。
部屋のドアをノックすると、ヘレーネ様がドアを開けてくださいました。部屋の中は一人部屋で、高級ホテルの個室のようです。ミュリエラさんはベッドに横になっていて、エリザベート様がその手を握り、子守唄を歌っておられました。
「ミュラ!」
と叫んでへロイーゼさんとエッカルトさんがミュリエラさんに駆け寄られました。
「お母様。お兄様。」
ミュリエラさんは、ベッドから体を起こし、へロイーゼさんの腕に縋りつきました。
「お母様、ファラは?」
「ファルーカは無事よ。ちゃんと見つかったわ。エフィミアと一緒に待ってくれているわ。」
「良かった・・・。」
そう言った後、ミュリエラさんは声をあげて泣き始められました。
「ごめんなさい。ごめんなさい、私・・・。」
「謝らなくていいの。あなたが無事で良かった。本当に良かった・・。」
へロイーゼさんはミュリエラさんをギュッと抱きしめられました。
エッカルトさんも泣いていました。
私ももらい泣きしそうになりました。
良かった。本当に良かった。辛い事件だったけれど、ご家族が無事再会できて良かった。心からそう思いました。
ご家族の再会をいつまでも眺めているのも野暮なので、私とエリザベート様ヘレーネ様、ミレジーナ様は帰る事にしました。
「ありがとうございました。あの、どうかお名前を。」
と聞かれたエリザベート様は
「名乗るほどの者ではありませんわ。それでは、失礼しますわね。」
と言って颯爽と部屋を後になさいました。
「私は、更なる情報を得る為にこれからエーレンフロイト家に行くけれど、カレナはどうする?」
とエリザベート様に聞かれ、私は
「ご一緒させてください。」
と頼みました。
「悪い人達、ちゃんと罰を受けますよね。」
つい、思っていた事が口から出てしまいました。
エリザベート様は悩む素振りもなく
「無理でしょ。」
と言われました。
「・・・え?」
「加害者が典礼大臣の息子や元司法大臣の甥で、被害者が外国人の平民よ。外国人の子が旅先で、娼婦の真似事をして騒ぎを起こしたという事で片付けられるのがオチよ。」
「そんな!」
「きっと今頃、王妃派貴族が徒党を組んで、捕えた子供を返せって司法省に怒鳴り込みに行っているわよ。司法大臣がそれを拒んだら、王宮に直訴するでしょうね。」
私は怒りで頭の芯が熱くなりました。
「ミュラはとても良い子なんです。」
と言っていたへロイーゼさんや
「犯人にはちゃんと法の裁きが下りますか?」
と怒っていたエッカルトさんの事を思うと、ミュリエラさんを娼婦扱いして罪を免れようとするなんて事は許せない!と思いました。
でも、平民の立場が貴族に比べてずっと弱い物だという事も理解できます。
そうだから、私は婚約者を貴族に奪われてしまったのです。
世の中は不条理だわ。と嘆きつつ螺旋階段の近くに行くと、どこからか、軍隊の足音のような音が聞こえて来ました。
規則正しい、ざっざっざっ!という複数人の足音で「いったい、何?」と思っていると、エリザベート様に柱の陰に引っ張り込まれました。
「声をかけられたら面倒なのが来た。」
柱の陰から、吹き抜けのホールを見ると、騎士を従えたシュテルンベルク伯爵が階下に見えました。二十人近い騎士が伯爵の後方に並び整然と歩いています。
その集団に安心感やカッコ良さを感じるよりも恐怖を感じたのは、その集団が遠くからでもわかるほどの凄まじい殺気を放っていたからです。
武装した集団の突然の登場に、ホールのソファーでくつろいでいた入院患者達が
「ひいっ!」
と叫んで壁まで飛びのいていました。
「伯爵様、どうしてここに?」
と私が言うと
「向かいのさくらんぼ部屋にコンラートが入院しているのよ。まだ意識不明だって。」
とエリザベート様が言われました。
それは・・怒りますよね。激オコですよね。
シュテルンベルク伯爵は、とりわけ子煩悩な方として有名な方ですもの。
「何があったのか、問いただされたら面倒よ。向こうの階段から降りましょう。」
とエリザベート様が言われます。
「面倒、ってそんな。」
「適当な嘘で誤魔化すわけにもいかないし、かといって正直に答えたら、暴動を起こされるかもしれないじゃないの。権力を愛している人間の行動は予測しやすいけれど、子供を愛している親は何をしでかすのかわからないのよ。コンラートが、このまま意識を取り戻さずに死んだりしたら、あの集団王家に反逆するかもしれないわ。」
そんな、まさかと思いますが、あながちあり得ない話ではありません。
加害者に公正な罰が下らなければ、被害者の家族は激怒するのが当たり前です。今でさえ、あれほどの怒りのオーラを発しているのです。コンラート様の身にもし最悪な事が起こったりしたら・・・。
そして伯爵様はミュリエラさんのご家族と違って、質問されたら返答せずに済む相手ではありません。我が国では大臣の地位は国王以外の王族を超える、とされていますので、エリザベート様にとってもそうなのです。
そして、狭い螺旋階段で、気づかれずにすれ違えるはずもありません。
私達は慌てて、廊下を逆方向に走りました。
背後にざっざっざっと行進音が響きます。
まさか、本当に反逆とかしませんよね・・・。そんな事になったら、エーレンフロイト家も巻き込まれる事になってしまいます。
いえ、エーレンフロイト侯爵様が、司法大臣である以上エーレンフロイト家は否応無しに巻き込まれていくのでしょう。
侯爵様が大臣になって、まだ一ヶ月も経っていないのにこんな事件が起こるなんて、侯爵様は不運なのかそれとも逆に『持ってる』御方なのか?私にはわかりません。わかりませんが、私はただ恩人であるユリアーナ様とエーレンフロイト家に従うのみです。
ガラス窓の外には大粒の雨が降っています。
嵐がひどくなっているようでした。