作品タイトル不明
不帰川(14)(カレナ視点)
アカデミーの女子寄宿舎は、生徒の父兄以外の男性は入れない事になっているのですが、エッカルトさんは中に入る気満々です。護衛の方達も側を離れる気はないようです。どうやって諦めてもらおうかと、頭を悩ませたのですが、門番の方達が「今日は特別だと副校長に言われています」と言って中に入れてくださったので、ほっとしました。
ところが!
ミュリエラさんは寄宿舎の中に既にいませんでした。診察したお医者様が入院させると言って連れて行ってしまったのだそうです。
「そんなに、ひどい怪我をしていたのですか⁉︎」
とへロイーゼさんが副校長に聞かれました。
副校長は熱い紅茶を勧めながら説明を始められました。
「まず、一番最初にお伝えしておきますが、お嬢さんは性的暴行は受けておられません。本人もそう証言されましたし、診察されたお医者様もそう言われました。」
「そうですか。」
と言ってへロイーゼさんは大きなため息をつかれました。口に出されなかっただけで、その可能性を考えておられたのでしょう。目に涙が滲んでいました。
「怪我は、運河に落ちた事が原因の打ち身とすり傷です。お医者様の話では、運河の中には石やゴミがいろいろと浮かんでいますので、水流に揉まれるとすり傷がたくさんできるものだそうです。でも、それほどひどい傷はありませんでした。入院が必要な理由は、体ではなく心の傷の為です。」
「・・・娘の身に何があったのでしょうか?」
へロイーゼさんの問いに副校長は沈痛な表情で説明を始められました。
「お嬢さんは、人混みの中でご家族を待っておられました。ところが、妹さんとそっくりな帽子を被った子供の姿を人混みの中で見つけ追いかけてしまったそうです。そして、ある老婦人に『赤いリボンのついた帽子を被った子供がこちらの方に来ませんでしたか?』と聞きました。そうすると近くにいた、貴族の若者が『その子ならあの通りに入って行くのを見たよ』と言って来たのだそうです。その言葉を信じ通りに入って行くと、若者達に体を押さえつけられ、アトマイザーで体の自由が効かなくなるような薬剤を吹きかけられたそうです。」
その後、副校長は司法大臣に報告したという内容を言われました。
へロイーゼさんもエッカルトさんも、黙って話を聞いておられましたが、寝台に横たえられたというくだりや、運河に飛び降りた経緯を聞いた時は激しく手が震えていました。それでも、話を聞き終えたへロイーゼさんがまず口にされたのは感謝の言葉でした。
「娘を助けてくださった全ての方々に心から感謝致します。ありがとうございます。」
へロイーゼさんは、胸の前で手を合わせてそう言われました。
「特に、ヒルデブラント様という方と、運河に飛び込んで助けてくださったという通行人の女性に。・・直接お礼が言えたらと思うのですが、どちらにその方々はいらっしゃるのでしょうか?」
「それが・・・。」
と副校長は口ごもられました。
「その通行人の女性という方は消えてしまったんです。司法省の方が詳しい話を聞きたいと言われたのですが、いつの間にかいなくなってしまわれていて。病院から人が来られたり、生徒の保護者が生徒を迎えに来たり人の往来が多かったので、門番も出て行ったのに全く気が付かなかったそうです。」
「まあ、黙って立ち去られるなんて、なんて奥ゆかしい。では、ヒルデブラント様は、どちらにおられるのでしょう?病院ですか?」
「・・ヒルデブラント卿は行方不明です。通行人の女性が救出したのは、お嬢さんだけですので。司法省の方々が今も捜索しておられます。」
「え・・・。」
と言って、へロイーゼさんは震え始めました。
そうですよね。事件発生から、もう一時間近く経っています。川に落ちて一時間行方不明というのは、森にベリーを摘みに行って一時間行方不明になったというのとは全く違います。前者の生存の確率はほぼゼロでしょう。
ヒルデブラント卿は、ユリアーナ様の大切なお友達です。私も幾度も会ってお話しもしました。気さくで優しい、立派な方でした。その方の身に起きた事を思うと私も胸が引き裂かれるようです。
「この事はお嬢さんには伝えておりません。今は話さないであげてください。とても今の精神状態では受け入れられないでしょう。」
と副校長が言われました。
「ええ、勿論です。娘には、とても耐えられませんわ。ああ、なんて事!」
「この件に関してお嬢さんには何の責任もありません。お嬢さんは被害者です。悪いのは全て加害者の少年達です。ですからどうか、お嬢さんの事は決して責めないであげてください。今のお嬢さんは余りにも心が傷ついていて、僅かな風にも耐えられない状態です。決して責めたり叱ったりされないでください。お嬢さんは被害者なのですから。」
「わかっています。あの子が無事だったというだけで十分なのです。何を言う必要がありましょう。」
「最後になってしまいましたが、このような事件をアカデミーの生徒が引き起こした事を、教師を代表して謝罪させてください。本当に申し訳ありませんでした。」
副校長が深く頭を下げられました。
「犯人はどうなったんですか?」
とエッカルトさんが硬い声で聞かれました。
「司法省の方達が連れて行かれました。」
「この国は性犯罪の罰がたとえ未遂でもとても重いのですよね。犯人には、ちゃんと法の裁きが下りますか⁉︎」
「それは司法省と国王陛下が判断なさる事ですので私にはわかりません。」
「それがわからぬ状態で謝罪されても受け入れられません!」
「エッカルト、やめて。副校長様はミュラを助けてくださったのよ。」
母親が息子を諌めましたが、エッカルトさんの怒りは収まらないようでした。
「あの、救急医療センターの場所を教えて頂けますか?」
とへロイーゼさんが言われました。
「カレナさん。もし良ければ案内をお願いできますか?」
と副校長に頼まれました。
ちなみに。ユリアーナ様はエーレンフロイト侯爵夫人が迎えに来られてお屋敷へ連れて帰られたそうです。
「カレナさんにも、お屋敷の方へ戻って来て欲しいとおっしゃっておられました。」
と教えてもらいました。
というわけで、私はもう一仕事、救急医療センターまでご家族を案内する事になりました。