作品タイトル不明
打倒、仮面舞踏会
夜になって寝床につく前に、鏡の前でベティーナが髪を梳いてくれた。
一周目だったら、あと数十日、いや数日後にはベティーナとは永遠の別れになった。ベティーナはまだ15歳だった。
「あの、お嬢様。」
「何?」
「あの・・何人かのご令嬢方は、仮面舞踏会に行かれるつもりみたいです。どうか、許して差し上げてくださいませんか?」
「ベティーは、仮面舞踏会に行きたい?」
ベティーナは言葉を詰まらせた。母親の目を気にしているようだった。
ベティーナだって、アズールブラウラントの貴族の娘だ。父親が生きていれば、普通に社交界デビューをして、上流階級の人達も集まるようなパーティーに参加していただろう。本当はベティーナは、ユリアやミレイよりはるかにお嬢様なのだ。
「正直行ってみたいです。仮面舞踏会なんて、まるで小説かオペラの世界みたいです。想像するだけでドキドキします。きっと夢の国みたいなんだろうなあって。」
『夢の国』か。
文子のいた世界にも、そう呼ばれる場所があった。その場所では、ハロウィンやクリスマス、イースターの季節に楽しいイベントを行なっていたという。文子は行った事無かったけれど。
若い女の子が憧れるのは当然だ。逆に言えばそういうイベントを、ハーゼンクレファー公爵家はこんな時期にぶっ込んで来たのだ。インフルエンサーとしては一流だと言えるだろう。
社交界、というより王都は当分この話題で盛り上がるに違いない。
「私はみんなを守りたくて閉じ込めようとしているのを、みんなは監禁されているように感じるんだろうね。」
「お嬢様が、奥様を心配される気持ちもよくわかっているんです。」
「うん。ありがとう。」
私は考え込んだ。
できる事なら自分の意思で、仮面舞踏会には行かないと皆に決めて欲しかった。
どうしたものか。
何ができるのか?
私は考え込んだ。
考えた結果。
私は仮面舞踏会と同じ日に、エーレンフロイト邸内でお楽しみ会を開く事にした。
「みんなでゲームをしまーす。賞金や粗品も用意していまーす。強制じゃあないけれど、できたらぜひ参加してね。」
と私は、屋敷中の皆に言って回った。下働きのメイドさんや騎士達は「楽しみです」と言ってくれた。けど、たぶん楽しみなのはゲームではなく賞金の方だろう。アグネスやリーゼレータは渋い顔をしていた。
食べ物を出す会なのだから料理人のセナの協力は必須だ。あとユリアとカレナにも協力してもらった。
そしたら、コルネにも「参加者側ではなく協力者側になりたい」と言われた。
せっかくだから、ゲームを楽しむ側になってよ。と言うと、「ベッキー様に嫌われてしまった」と、部屋にこもってグスグス泣き出したので、仕方なく協力者になってもらった。そしたら、ものすごくユリアの機嫌が悪くなった。
最近いろんな人の顔色を窺いすぎて、正直胃が痛い。癒しが欲しい。
「ゲームって、何をするのかしら?」
とアグネス達はひそひそひそひそ話している。
「賞品が出るという事は『宝探し』ではないかしら。」
「謎解きとかだったら、とてもベッキー様やユリア様の知識のレベルには敵わないわ。」
「大人も子供も騎士の方々もみんなが楽しめるゲームなんてある?」
どんなゲームをするかについては、お母様とゾフィーに報告させられた。ゲームの内容を聞いて、お母様達には
「それ、面白いの?」
と聞かれた。
たぶん大丈夫だ。面白いはずだ。文子だった頃はめちゃくちゃ盛り上がった。小学校のお楽しみ会での事だったが。
ハーゼンクレファー家の仮面舞踏会は、平民の間でも話題になっているらしい。教えてくれたのはデリクだ。
平民の間でも『賛成派』と『反対派』がいるそうで、賛成派は「いいなー」「私も行ってみたい」と言い、反対派は「こんな時に」「そんな金あったらこっちによこせ」と言っているらしい。
そんな中で、宰相家であるブランケンシュタイン家から、仮面舞踏会を非難する声明が出た。
中止するよう直接抗議し、その記事が複数の新聞にのったのだ。しかし、ハーゼンクレファー家はそれを無視した。
宰相であるブランケンシュタイン家は筆頭公爵家だが、家門の歴史はハーゼンクレファー家の方が長い。公爵夫人は共に王女だが、腹違いで仲が悪かった。
この事実は、舞踏会に行こうと思っていた女の子達にかなりの衝撃を与えたらしい。ブランケンシュタイン家のエリザベート様は、アカデミーの『ドン』だ。逆らったらタダでは済まない。
仮面舞踏会の良いところは参加した事が、他人にバレないところだが、我が家に居候している子達の場合は、その時間に不在になるので行った事がバレる。
皆、私を怒らせるのは怖くないが、エリザベート様を怒らせるのは心底怖いらしい。その事実を悲しむべきなのか喜ぶべきなのかは悩むところだ。
そうこうしているうちに、仮面舞踏会の日がやって来た。