作品タイトル不明
仮面舞踏会
仮面舞踏会!
一瞬、文子だった頃の一番の親友のお母さんがいつもカラオケで熱唱していた、昭和の名曲が脳内を流れた。
そういう舞踏会って、都市伝説じゃなくて本当にあるんだ。
「仮面舞踏会で、どういうチャリティーをするの?」
「会場に入るのに入場料を取るそうですよ。その入場料を被災地に送るんですって。入場料さえ払ったら、誰でも参加できるんです。平民だろうと子供だろうと。」
「不審者が入り込んだらどうすんの⁉︎」
「開催される場所が、王城特区のお屋敷だから大丈夫ですよ。不審者は王城特区内には入れませんもの。」
どういう事だ⁉︎
私の脳内ではパニックが起きていた。
一周目でクラスターが発生したのは、普通の音楽会だった。いくら、私の中で二十年以上前の事とはいえそこは間違いない。
それが、なんで仮面舞踏会なんかに変わってしまったの?それとも一周目でも、私が知らなかっただけで仮面舞踏会もあって、その後音楽会があったの?
「素敵ー!」
「楽しそう。」
と、友人達は浮かれている。しかし私は言った。
「行ったらダメだよ。天然痘に感染したりしたらどうするの!」
「種痘を打ってるから大丈夫ですよー。」
とリーゼレータが言う。
「種痘を打ってるから、絶対感染しないかはわからないんだよ!まだ作られたばかりの予防薬でエビデンスが少ないのだから。それに、発症しなくても、原因菌が体に付いてこの館に持って帰っちゃう、って可能性もあるでしょ。お母様やラヴェンデルさんは、種痘を打ってないの。二人にうつったらどうすんの!」
「でも・・。」
「もしも仮面舞踏会に行ったら、その後我が家には立ち入り禁止にするからね!」
そう言うと、アグネスやリーゼレータ、オルガマリーやミレイがショックを受けたような顔をした。
「そんな!王都内に天然痘の感染者はいないんだから大丈夫ですわ。」
「ただの舞踏会じゃない。チャリティーなんですよ。ライゼンハイマー伯爵家の為なんです。ライゼンハイマー伯爵夫人にはアカデミーでお世話になっているんです。」
「少しくらい楽しい時間を過ごしたって良いじゃないですか。若くて健康な時は短いんですよ。」
行きたい。という人間の気持ちもわかる。伝染病のせいで、我慢ばかりを強いられているのだ。10代の最も楽しく美しい時期を無駄にしているような気がするのだろう。
それに『仮面舞踏会』というのは、普通の舞踏会より面白そうな響きがある。日本の、七五三とかハロウィンとかと同じで変装とかコスプレとかには、人はテンションが上がるものなのだ。素敵な出会いがあって、ロマンチックな恋が始まるかも。とか思っているのかもしれない。
だけど、一周目の悲劇を知っている身としては絶対に賛成できない。音楽会ではなく舞踏会だから、もしかしたらクラスターは発生しないかもしれない。でも、するかもしれない。どこの誰ともわからぬ相手と手を繋いで、体を密着させて踊るような会だ。むしろ椅子に座って楽器の演奏を聴く音楽会より、感染の危険度は高い。
「絶対にダメ!」
と私は言った。そしたら、アグネスが思いっきりむくれた顔をした。
「ベッキーお姉様は薄情ですね。ライゼンハイマー伯爵夫人の為の催し物なのに。災害に見舞われた伯爵夫人の事を可哀想って思われないんですか⁉︎」
「アグネス様!ベッキー様に謝ってください。ベッキー様は・・。」
「ユリア。」
私はユリアの発言をさえぎった。
私がライゼンハイマー領に支援物資を送った事を知っているのはユリアだけだ。他の子達は知らないのである。
「アグネス様の事を心配しているの。天然痘は恐ろしい病気なのよ。ものすごく死亡率が高いの。たとえ治っても後遺障害に死ぬまで苦しむのよ。」
「・・・。」
「生きていれば楽しい事や嬉しい事は、いくらでも経験できる。だから今は我慢しよう。たった一回の楽しみで人生を失うような、そんな危険を犯して欲しくないの。」
「いつまでですか?」
「ん?」
「いつまで我慢したらいいんですか⁉︎十年後に伝染病が収まっているって、そんな保証があるんですか⁉︎」
一周目では伝染病は二年ほどで収まった。でも、それを言うわけにはいかない。
ふと。ジークの言葉を思い出した。
「たとえ、不幸な最期を迎えようとも人は自分の生き方を、本来自分で選ぶ権利がある。『あなたの幸せの為なのよ』と言って、自分の思い通りに子供の人生を決める人間は良い人間か?」
あの時は、ジークが正しいと思った。でも、天然痘だよ。人生につまづいて「えへへ、つまづいちゃったね」ではすまないんだ。死んでしまうかもしれないのに。ここにジークがいてくれたらジークはなんて言うだろう。いつも通りの、ぶっきらぼうな態度で
「ほっとけ。」
と言うだろうか?
「どんな結果になっても、その責任を受けいれる。誰のせいにもしない。その覚悟はある。あるなら、自分で決めたらいい。」
と私は言った。
その言葉は優しさからではなく、自らがアウグスティアンになるのが怖くて言ったセリフだった。