作品タイトル不明
新しい家族達(3)(アルベルティーナ視点)
ゾフィーとリエに引きずられるようにしてやって来た病院ですが、来た瞬間私は後悔しました。
エーレンフロイト家には主治医がいるのです。それなのに、病院に来ている事を知り合いに見られたらどんな噂をたてられるかわかったものではありません。
しかも、受診するのは産科です。たとえ妊娠が勘違いだったとしても、妊娠しているらしいと噂が駆け巡る事でしょう。
帰りたくて帰りたくて、待ち時間が永遠にも感じました。
そして、診察結果はやはり妊娠しているというものでした。
診察室は
「おめでとうございます!」
の大合唱です。
看護婦達が満面の笑顔で祝福の言葉を述べ、リエは
「きゃー、良かったわね!アルベル。」
と私に抱きつき、ゾフィーとビルギットとフローラはなぜか拍手。
「レベッカの勘、恐るべしね。」
とメグはレベッカを褒め称えます。
産科医に至っては、なぜか涙を流しています。
「おめでとうございます!侯爵夫人。良かった。本当に良かった。本当におめでとうございます!」
・・なぜ、十年不妊治療をしてきて、ようやく第一子を授かった妊婦のように皆は騒ぐのでしょう⁉︎私は経産婦ですよ。
「ありがとう・・ございます。」
「本当におめでとうございます、侯爵夫人。嬉しいです。とても嬉しいですわ。だって、ものすごく久しぶりに心から『おめでとうございます』と言える患者さんを診察できたのですもの。」
「そんな・・全員に言ってあげてください。」
「わたくしだって本当は言いたいのですけれど。だって、妊娠や出産は奇跡ですよ。素晴らしい事なのですよ。でも・・。若い娘さんが一人で受診して、『妊娠してます』と伝えたら、この世の終わりのような顔をして、川に身投げでもしてしまいそうな様子で診察室を出て行くのばっかり最近は見ていたから。まるで段々、自分が死刑囚専門の裁判官にでもなっているような気がして、私が全て悪いような気がして。段々と診察なんかしてごめんなさい、と言いたい気分になってきて、う、ううっ、私、今日という日を忘れませんわ!侯爵夫人、おめでとうございます。診察させてくださってありがとうございます!今日は、素晴らしい日ですわ!」
なんだか、社会の闇を感じる台詞ですね!
今、先生は『若い夫人』ではなく『若い娘さん』と言われました。独身の女性が妊娠して、受診をしているという事でしょうか?
勿論、人それぞれの事情があるのでしょう。だけど妊娠して嬉しい訳ではなく、自死しそうな表情で戻って行くというのなら、望まない状況での妊娠だという事だと思います。社会や経済が不安定になっている中で、望まない状況に追いやられている方達がたくさんいるのかもしれません。
というか。私だって、手放しで妊娠を喜んでいるわけではありません。
今は、とてつもない国難の時なのです。強大な軍隊が、すぐ側まで侵略戦争を仕掛けて来ているのと同様の状況です。そんな中で妊娠するなんて、周囲にどう思われるでしょうか?こんな状況で生まれてくる事は子供にとって幸せな事なのでしょうか?
難しい年頃のレベッカとヨーゼフは、私の妊娠をどう思うでしょう。あの子達だってもう幼い子供ではありません。赤ん坊はコウノトリがキャベツ畑から拾ってくるとは思っていないはずです。親の妊娠に、拒絶反応を示すかもしれません。そう思うとたまらなく不安になりました。
私も三人目が欲しくて、とても努力していた時期があったのです。でも、その時にはどうしてもできませんでした。そして30歳を過ぎて、自分にはもう子供はできないのだと自分で自分を納得させました。健康な子供が二人いるのだから、満足しなくてはと自分に言い聞かせました。
なのに、なぜ今⁉︎
出産はいつだって命がけです。どんなに若くとも、出産の時に命を落とす可能性はあるのです。そしてその可能性は、年をとればとるほど上がります。
そう考えると恐ろしくなりました。
だけど、この『幸福感』が爆発しているような空間で、そんな事とても言えません。
私には
「いえ・・こちらこそ、どうもありがとうございます。」
としか言う事はできませんでした。
そして私は、ゴトゴトと馬車に乗って屋敷へと戻りました。
「揺らさないで!できる限り揺らさないで。揺らさないでってば!」
ゾフィーが御者に何度も叫んでいます。そんな事を言ったって、馬車とは揺れる物なのです。あまり無理を言っては、御者がかわいそうです。
私は馬車の中で、何というふうに子供達に話そうか?と、ずっと考えていました。考えていると頭が痛くなってきます。
結局、答えが出ないまま馬車は屋敷に到着しました。玄関ドアをくぐると、執事が出迎えてくれます。今は午後の三時です。レベッカもヨーゼフも、畑へ行っていてまだ留守でしょう。
そう思っていたら。
ドドドドドッ!と何やら音がします。誰かが大きな音をたてながら廊下を走って来ているようです。
私は目の前の階段を見上げました。全速力で廊下を走り、摩擦熱で煙が出るのではというくらい、ずざぁっ!とと急停止して階段の上に立ったのはレベッカでした。土砂降りの雨が降った日でも畑に行った子が、今日は家にいた事に驚きました。
「お帰りなさいーっ!お母様。どうだったーっ?」
そう叫びながら、突進して来るバッファローのように階段を駆け降りて来ます。私は思わず、お腹を押さえて後ずさりました。
「お嬢様!飛びつかないで!尻もちをついたら大変な事になりますからっ!」
ゾフィーとビルギットが私の前に立ち塞がります。
「えっ?尻もちついたらダメって、そういう事?やっぱり、そういう事?ねえ、そういう事?」
そう言いつつ、レベッカは私の周囲をぴょんこぴょんこ跳ね回ります。そこに更に、ドタドタドタと足音が聞こえてきました。
「お母様。どうだったの?ねえ、ねえ、どうだったの⁉︎」
ヨーゼフが駆け寄って来ました。こちらは「お帰りなさい」さえありません。珍しく、ヨーゼフに対してイラっとしました。
「あなた達、今日は畑に行かなかったのね?」
「だって、気になるんだもの。大丈夫。ユリアとコルネは行かせたから。で、どうだったの⁉︎」
「着替えて来るから、居間で待っていなさい。お茶にしましょう。その時話します。」
「いや、『はい』か『うん』かだけ教えてよ!」
それ同じ意味じゃないですか!
ビルギットが子供達の護衛騎士に目配せし、二人は居間に引きずって行かれました。私は「はー。」とため息をつきました。
「にぎやかだこと。」
「お二人とも、大の子供好きですもの。来年の今頃はもっとにぎやかになっているはずですわ。」
とゾフィーが笑顔で言い、これ以上うるさくなるのかと私はげんなりしました。
着替えた後、私は覚悟を決めて居間へ行きました。
中に入ると、既に居間に来ていたリエとメグに子供達が
「ねえ、お願い!教えて。ねえ、ねえ、ねえ!」
と詰め寄っています。
「お母様、遅いー!」
「落ち着きなさい、レベッカ!」
私は深呼吸をして、ソファーに座りました。レベッカとヨーゼフは、ワクワクという表情で身を乗り出しています。
ここに来るまでは、いろいろと遠回しで貴族的な表現を考えていたのですが、急にどうでも良くなってきました。
私は何でもない事のように、まるで天気を語るような口調で言いました。
「わたくしは妊娠しています。冬頃出産予定です。」