作品タイトル不明
我が家へと続く道(5)(フランツ視点)
旅商人の男が、「王都の中に入るには金がいる。」と言ったので、村人達は僅かな蓄えの中からお金を出して、旅商人に渡していた。
更に少しとはいえ礼金も渡していた。
それなのに、男は一時間ほど歩いたところでこう言った。
「近くの川に水を汲みに行こう。10代の2人だけ一緒に来てくれ。後の者はこの木の下で座って待っていてくれ。」
妥当な言い分に思えた。幼児に力仕事は無理だし、川の側に行くのは危険だ。そして幼児を置いて行くなら、誰か大人が一人見ていなくてはならない。
男は少女二人を連れて荷馬車でそこを離れた。だが、10分経っても川が見えて来ない。
おかしい。と感じ出した少女達は、「止めて!」と叫んだ。
男は荷馬車を止め、少女達に言った。
「王都に行けば食いっぱぐれないなんて大嘘だ。王都も失業者が溢れて、貧しい人間達はその日の食事にもありつけないんだ。そもそも、あいつらが渡したはした金では、王都の中にも入れない。王都に行っても中に入れず、城壁の側で全員野垂れ死ぬだけだ。だけど、おまえらだけは俺が助けてやる。俺と一緒に来い!」
少女達は「嫌だ!」と叫んだ。そして、皆のところに戻ると言った。
13歳の少女が走り出そうとした。男は少女を殴り、地面に引き倒して馬乗りになり叫んだ。
「俺に逆らうんじゃねえ!」
そして、少女の服を引き裂いた。
それを見ていた12歳の少女は、道に落ちていた太い枝を拾い男の頭に振り下ろした。
男は
「うがあっ!」
と叫んで倒れた。少女達2人は手を固くつないで逃げ出した。男が追ってくる気配があったが、少女達は必死に走った。荷馬車の音と動物の声が聞こえてきて、少女達は
「助けて!」
と叫んだ。人がいる事に気がついた旅商人の男は、Uターンして自分の荷馬車のある方へ戻って行った。
通りかかったのは、やはり旅商人の兄妹だった。20代の兄と10代後半の妹だった。
殴られて服が破れた少女の姿を見て、少女達に何があったのか兄妹はすぐに理解した。妹は、自分の予備の服を13歳の少女に着させてくれた。
兄妹は、少女達を他の子供達が待っている場所まで連れて行ってくれた。少女達は自分達が騙されていた事を皆に話した。
兄妹は、これからどうするか?と聞いた。村にはもう帰れない。王都へ行くと子供達は言った。旅商人の兄妹は、麻布を仕入れて王都へ売りに行く途中だった。だったら一緒に行こう。と兄妹は言った。
兄妹も貧しい商人だった。それでも、わずかしかない干し芋や炒り豆を分けて食べさせてくれた。幼い子供が疲れて歩けなくなると、ロバが引く荷馬車に乗せてくれた。
そして子供達と、旅商人の兄妹は王都に辿り着いた。
子供達は毎日無料のパンをもらいに来て、カーテローゼ達と仲良くなった。水と塩と粉で作るパンだけでは栄養が足りなくなる。カーテローゼは畑で実ったトマトやキュウリを持って来て子供達にあげた。
そんなカーテローゼの保護者が侯爵だと知って、旅商人の兄は相談をした。
「あの子達を王都に入れる為の通行税が払えないんです。」
たぶん彼は、貴族の口利きでこっそりどこかから入れてもらえないかと相談してきたのだろう。だが、カーテローゼは言った。
「わかりました。私があの子達の通行税を払いましょう。」
カーテローゼは明日お金を持って来ます。と言った。その横にいたデイム・クリューガーは、人のいない所まで兄を引きずっていって胸ぐらを掴んで言った。
「アイヒベッカー家は貧乏な侯爵家なの。王都の侯爵家の中で一番貧乏なの!パンを無料で配っているくらいだから、お金が余っている苦労知らずの貴族なんだろう、と勘違いしているやからがいるけれど、あの子の人生は苦労の連続連続、また連続な人生なの。そんな子だから、弱い立場の人に優しいの!」
「・・そうなんですか。」
「カリンは、たくさんの蜜が採れる花の種を買う為、大切に大切に貯金していたお金を出すつもりでいると思うの。だから、あのお人好しそうなお嬢さんに、悲しげな顔をして頼んだらお金をほいほい出してくれた、とか言いふらすんじゃないわよ!そんな事をペラペラしゃべったら、永遠におしゃべりできなくなるようにしてやるからね!」
「勿論です!」
そして二週間が経ち別れの時が来た。
「ユーバシャール孤児院へ行きなさい。」
と、デイム・クリューガーは言って孤児院の住所を伝えた。
「エーレンフロイト侯爵家が後援している孤児院よ。エーレンフロイト領は、伝染病が流行していて大変という話だけど、あの孤児院が助けてくれなかったら助けてくれる孤児院なんかもう王都にはないと思う。どうか元気でね。」
そして子供達は王都の中に入って行った。
「あの子達がどうしているか、確かめてあげてくれませんか?」
とデイム・クリューガーは頼んできた。
話の途中辺りから、私はずっと号泣だった。悲しい。なんて悲しい話なんだ!
いくら、他の家族が生き残る為とはいえ口減しをしなくてはならないなんて!
私も二人の子供がいる。でも王室から
「貴族家は、子供を一人外国に捨てるように。」
と命令されたとしても、絶対捨てられない!どちらか一人なんて選べない。絶対、絶対、捨てられない!
我が子を捨てるだなんて。親達はどれほど辛かった事だろう。
それに捨てられた子供らが本当に哀れだ。どれほど心が傷ついた事か。もしも、貴族家は家族の中から一人誰かを外国に捨てるように。と命令されたとして。
「お父さん、いらないよねー。」
「お父さん私達の為にどっか行ってねー。」
「じゃあ、さよならだねー、お父さん。」
とか言われたら、ショックで死んでしまう!
領主は何をやっているんだ!
政治家は何をやっているんだっ!
と腹の底から怒りが湧き上がってくる。
それと後許せないのは、お金を騙し取った旅商人だ。弱い立場の人間を騙すような真似をするなんて!
子供を思う親の心につけこんで、貧乏な人間から更にお金を騙し取り、死ぬとわかっていて幼児と年寄りを置き去りにした。更に未成年者に対する強姦未遂。万死に値する男である。
商人ギルドとかに問い合わせたら、名前や素性がわかるのではないだろうか?今聞いた話が全て本当だったとしたら、到底許す事はできない。とっ捕まえて正義の鉄槌を下すべきだ。
「きっと、その子達は大丈夫だよ。そんな子供達の為にレベッカお嬢様は畑を作っているのだもの。」
とハルが言った。
「レベッカお嬢様は、社会が不安定になると『子捨て』をする人が増えるかもしれないと言って、自分が援助している二つの孤児院にそれぞれ20個のハンモックをレーリヒ商会から買って寄付したそうだよ。だからきっと大丈夫だ。」
とデリクも言った。
ハンモックとは船乗りが使用するベッドの代替品だ。船の中でネズミにかじられないよう宙に浮かせて使う物だと聞いている。
「必ず確認します。」
と私はデイム・クリューガーとカーテローゼに約束をした。
私達が乗って来た船には、余分の穀物や蜂蜜が積んである。
私はその一部をデイム・クリューガー達に寄付した。
「無料でパンを配る活動を可能な限り続けてください。」
「ああ、ありがとうございます。侯爵様。お礼にウシガエルを持って来ます!鮮度が落ちないよう生きたまま。」
「いえ、お気持ちだけで結構です。」
船の中では火が使えないので、生肉をもらっても調理できない。そしてカエル肉を生食する勇気は私には無い。
手紙を書くので、レベッカとアロイス侯爵に届けてもらえませんか?とカーテローゼに頼まれたので届けると約束した。
アロイス・フォン・アイヒベッカーは教育省で働いている役人だ。収穫祭の時期の前後には、王都の外の屋敷に戻って来たらしいが、普段は王都の官舎に住んで働いている。
仕事が辛いらしくて心の中では辞めたいと思っているらしいが、アイヒベッカー家は貧乏なのでやめられないらしい。
収穫祭の休みの後「帰りたくない。ううっ、帰りたくない・・。」と言いつつ、官舎に帰って行ったらしいので、カーテローゼは心配でたまらないそうだ。
「教育省の仕事ってそんなに大変なんだ?」
「仕事じゃなくて人間関係ですよ。」
とデイム・クリューガーが代弁した。
現教育大臣は、後数年で定年退職する。爵位持ちの貴族が大臣を務めるのが暗黙の了解になっているので、次の大臣は教育省で働いている某男爵家の長男がなると誰もが思っていた。その男爵家はバリバリの王妃派貴族だ。ところが、アロイスが急に侯爵家を相続し、アイヒベッカー侯爵になってしまった。
どれほど貧乏で、猫の額ほどの領地しか持っていなくても侯爵は侯爵だ。男爵家より遥かに身分は高い。
しかも、アロイスは国王陛下に直々に指名されて侯爵になったのだ。となると次の大臣になるのはアロイスだろう。
自分が大臣になれると信じていた男爵令息は怒った。そしてアロイスを、教育省から追い出すべく嫌がらせの限りをつくしているのだという。
アロイスだって、そんな気弱な性格ではない。前侯爵夫婦を処刑に追い込むくらいの苛烈さは持っている。教育省の一員として、モンスターペアレントや、暴力教師と戦う覚悟も持っていた。しかし、同じ省員からのネチネチした嫌がらせには精神力をじわじわと削られているらしい。
ものすごく気持ちがわかる!
ハインリヒのアホには本当に不愉快な思いをさせられた。あいつと同じ空気を吸っているだけでメンタルにダメージを受けたくらいだ。
ハインリヒを事故に見せかけて海に突き落とそうか。と言ったジークをリヒトは叱りつけたが、後一週間あいつがエーレンフロイト領にいたら、私が奴を海に突き落としたかもしれない。
だから、次にやって来たゲルハルトは速攻で領地から叩き出したのだ。
アロイス卿もお可哀想に、と思うが、私が味方をすると王妃派貴族がますます怒るかもしれない。実に悩ましい問題である。
せめてアイヒベッカー家の経済問題に少しでもプラスになれるよう、毎日ハチミツバターロールを買いに来ようと心に決めた。
そして、私は二週間の待機期間を過ごした。
王都の中に入って来た時「ああ、やっと戻って来たんだ!」
と嬉しかった。