軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

我が家へと続く道(6)(フランツ視点)

しかし、王都の中は様変わりをしていた。船が通る河の側の土地は商業区だが、道の至る所に暗い目をした人がたくさん座り込んでいる。店のほとんどは昼間なのに閉店しているようだった。

一軒だけ、やたら賑わっている様子の店が船から見えた。何の店なのか?とレーリヒ商会の者に聞くと「リサイクルショップです。」との事だった。古着や古道具を売ってお金を少しでも手に入れようとしている人達が殺到しているようだった。

船はレーリヒ商会の前に停まった。まずは運んで来た品物を、これは税金これは支援物資、これは家族へのお土産。と振り分けねばならない。レーリヒ商会が雇った人足達がテキパキと運び出しをしてくれる。皆、日雇い労働者のようで「久しぶりの仕事だ!」と喜んでいた。その間に、エーレンフロイト邸に帰宅の連絡も入れておいた。

ようやく運び出しが終わり、支店長に

「中でお茶でも。」

と誘われたが断った。1秒でも早く家族に会いたかった。

「乗せてくださって、どうもありがとうございました。」

と言って帰ろうとするデリクとハルを「こらこら。」と言って私は引き止めた

「ハルはドロテーアに顔を見せに来なさい。デリクも、ハルが野犬に食べられかけた事をきちんと報告するように!」

私は馬車に乗って家路へと急いだ。家が近づいて来るにつれ、胸の中に熱い思いが溢れてくる。

ふと、三年前の建国祭の少し前の事を思い出した。あの時は、レベッカ一人を館に置いて領地に戻っていた。11歳になり、大人っぽくなってきたと思ったけれど私達の顔を見たレベッカは大号泣だった。家の外にまで聞こえるくらい足音をさせて家の中から走って来たのだ。戸惑ったけれど、とてもとても嬉しかった。

さすがに、もうそれはないかな?でも、ヨーゼフはあの頃のレベッカと同じ11歳だ。ヨーゼフなら涙を流すかもしれない。

そして馬車は、エーレンフロイト邸に到着した。

執事がすぐに玄関に出て来て私達を迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、旦那様。旦那様のお帰りを皆心よりお待ち申しておりました。」

そう言う執事の後ろのドアの向こうから

「お父様が戻って来たーっ!」

というレベッカの大声と、バタバタバタ!と走る足音が聞こえて来た。

「お父様ーっ!」

ドアが開いて、レベッカが飛び出して来た。私の元に走ってくる足取りがやたらぴょんこぴょんこしていて、まるで巨大な野ウサギが跳ねているかのようだ。

「お帰りなさい!」

と叫んで、私の腕に抱きついてくる。三年前と違って今日は満面の笑みだった。でも、喜びのオーラが全身から溢れていて、私は嬉しくてレベッカをぎゅっと抱きしめた。

「ああ、ただいま。」

「お嬢様!はしたないですよ!」

と言いつつゾフィーや他の侍女達が追いかけてくる。私の顔を見ると彼女達は頭を下げた。

「お帰りなさいませ、旦那様。」

「ああ、今帰った。」

「お父様、私ね。お父様に話したくて話したくてたまらない事があるの!」

レベッカがそう言うと、侍女達がぎょっ!とした表情で顔を上げる。

「でもね。お父様が戻って来るまで知らせたらダメって言われて、手紙にも書けなかったの!」

そう言っている間も私の腕を掴んだまま、ぴょんこぴょんこ跳ねている。正直、肩の関節が外れそうだ。

「お父様。お帰りなさい!」

と言いつつ、ヨーゼフも駆け出して来た。こちらも満面の笑みだ。

「ただいま、ヨーゼフ。この数ヶ月で背が伸びたんじゃないか?成長したような気がするぞ。」

「ふふふふふ。お父様、僕だっていつまでも、ちっちゃい弟ではありません。僕はお兄ちゃんなのですよ。・・つまり、もう僕は11歳で。」

エリザベート令嬢の手紙がなくても、これだけ匂わせられたらさすがに気がつくと思う。

でも、私は何も気がつかないふりを続けた。

「中へ入ろうか。」

と言って、子供達と玄関の中に入った。そこでアルベルが待っていてくれていた。

「お帰りなさいませ、旦那様。本当に、本当にお疲れ様でした。」

アルベルの目に涙が滲んでいた。

アルベルの顔は少し痩せてやつれていた。体型はIラインのドレスを着ているので、さっぱり変化がわからない。

「今帰ったよ。」

「はい。旦那様は私達皆の誇りですわ。」

私はレベッカから離れ、アルベルとぎゅっと抱き合った。そんな私達の事を、ワクワクとした表情でレベッカとヨーゼフが見ている。

そんな二人を

「さあさあ、旦那様はお着替えになられますからお二人は離れて、旦那様とアルベル様を二人だけに・・。」

と言ってゾフィーが引き離しにかかる。そしたら

「やあだー。お父様と一緒にいる。」

「側にいるー。絶対いるー。」

と子供達は大騒ぎだ。まるで小さな幼児のようだ。コンラートやジークがものすごくしっかりしている姿をずっと見て来たので、尚の事幼く思える。でも、そんな姿も可愛くてたまらない。

「お茶の用意をしておりますから、居間で旦那様が着替えられるのを待っていてください!」

とゾフィーが言う。

結局二人は侍女達に引きずられて行った。

「熱烈歓迎だな。」

「しつけが行き届いていなくて申し訳ありません。旦那様。」

「嬉しいんだよ。ああ、家に帰って来たんだな、って気がする。」

と私はアルベルに言った。そして着替えをするため私室に戻った。

普段私の着替えを手伝うのは従僕や男性騎士達だ。しかし、今日はアルベルが部屋について来て、新しく着る服の用意をしてくれる。

私は執事に、預かって来ている手紙の配達を頼んだ。リヒトから、姉妹達や家臣に宛てた物。ジークからエリザベート令嬢に宛てた物。コール医師からリーゼレータ令嬢に宛てた物。カーテローゼ嬢からアイヒベッカー侯爵に宛てた物。カイからゾフィーに宛てて出された手紙もある。

そして、コンラートとジーク、カーテローゼ嬢からレベッカやヨーゼフに宛てて書かれた手紙だ。

「リエとメグが、リヒトとコンラートの事を聞きたがっています。夕食に呼んでも良いでしょうか?」

とアルベルに聞かれた。

「勿論だよ。」

「エーレンフロイト領の事は都でも大変な噂になっております。ガルトゥーンダウム卿の件は大変でしたね。エーベルリン卿の件もルートヴィッヒ殿下がお手紙で教えてくださいました。トゥアキスラントからの亡命者や、ヴァイスネーヴェルラントからの使節団についても聞いております。本当にお疲れ様でした。何より旦那様がご無事で良かった。旦那様の身に何かあったらと思うと、わたくし・・。」

そう言ってアルベルが涙ぐむ。気持ちは嬉しいが、気になる事があって話に集中できない。

「子供達はずっと元気だったのかい?それに君も?どこか体調が悪くなったりとかはしなかった?」

私はあえて『子供達』という言い方をした。『レベッカとヨーゼフは』ではなく。

「ええ、みんな元気ですわ。コルネとユリアも変わりありませんし。レベッカは元気が余りすぎていましてね。アカデミーが休校になったのですけれど、じっとしていられないらしくて、第二地区の別邸の庭に野菜畑を作り始めたのですよ。ネギやニンジンはもう収穫できているそうです。今夜の食卓に並べますわ。」

ネギやニンジンが大好物というわけではないので正直野菜の話はどうでも良い。そんな事より気になる事があるのだ!

その話はいつ出るのだろうか?

「普段は粗食にしていたのですけれど、今夜はセナが腕を振るって大ごちそうを作ると言っていますわ。旦那様が好きな物を作ると言っていましたけれど、何か旦那様からリクエストはありますか?材料が揃うかどうかはわかりませんが、出来得る限り揃えますわ。」

「いや、子供達や君が食べたい物、というか食べられる物を揃えてくれ。」

「まあ、そんな。」

と言って、アルベルが微笑む。

もういっそ、こちらから聞いてみようか⁉︎とも思うが、私の頭の中でジークが「やめれ。」と囁いていた。

私の着替えは終わってしまった。

「・・じゃあ、子供達の所へ行こうか?」

というと

「・・あの、旦那様!」

とアルベルが思い詰めた表情をして言った。

「あの、お話がありますの。」

「・・なんだい?」

アルベルは一回深呼吸した。私も呼吸が止まりそうだ。

「私・・子供が出来たんです。」

「・・・。」

「今、五ヶ月になります。旦那様が領地に戻られて少ししてわかって。でも、旦那様がこちらにお戻りになるまでは、黙っておくよう子供達にも伝えました。旦那様は大切なお仕事をしておられるのですから、お心を煩わせたくなくて・・それに私もいい年ですし、安定期に入るまでどうなるかもわかりませんし・・。」

「・・・。」

「・・あの。旦那様?」

「・・・嬉しい。」

私はアルベルを抱きしめた。

「そうなのか⁉︎すごく嬉しい。・・嬉しい。君のこの体の中に新しい命があるんだな。とても嬉しい。すごく嬉しい。・・余りにもたくさんの『死』を見てきたから。」

私の目から涙がどんどんと溢れてきた。

仕方がない。

今できる事をするんだ。

そう、考えてきた。余計な事は考えないようにしてきた。ただ目の前にある現実だけを見つめてきた。

でも、本当は辛かった。

27歳の青年が死んだ時も、死にたくない、と言い続けた女性が死んだ時も、串焼き屋の少年に親切に振る舞った御者が死んだと聞いた時も、トゥアキスラントから必死になって逃げて来た子供が死にその側で両親が号泣していると聞いた時も、ラディカ令嬢が自死したと聞いた時も。他にも数えきれない瞬間、瞬間が。

でも、私は戦いの総司令官で誰にも甘えたり弱音を吐いたりは出来なかった。むしろそれを聞く側だった。たくさんの人達が力になってくれた。皆助けてくれた。でも抱きしめて、胸の中で泣かせてくれる人はいなかった。

本当は声をあげて泣きたかった。苦しい、辛い、と叫びたかった。

「旦那様。」

アルベルは何も言わずに抱きしめてくれた。背中を優しくさすってくれる。その手がたまらなく暖かかった。

「わたくし達の所に帰って来てくださってありがとうございます。」

「ああ、今帰ったよ。」

私は泣きながらそう言った。

この家と、この腕の中が私の帰る場所だった。

私はようやく。長い旅から帰って来る事が出来たのだった。