軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(22)(フランツ視点)

ハインリヒと四人の部下がいなくなって、領内が少し平和になった。

悲しい事件が起こったのはそんな時だった。

ラディカ・フォン・キルフディーツ令嬢が自殺したのである。

ラディカ令嬢は、一番最初に領内で天然痘に感染したグループの人だった。病院に運ばれて来た時点で相当に重篤な状態だったが、周囲の献身的な看護で命は取り留めた。

だけど、彼女の心はいつまで経っても元気にはならなかった。

父親は既に亡く、母親も天然痘で死んでしまった。その天然痘を領内に持ち込んだのは、彼女の兄だ。その天然痘が原因で、たくさんの人達が亡くなった。母親と一緒に暮らしていた家も燃やされてしまった。私がそう命じたからだ。

病が治っても、顔にはひどい痘痕が残った。若い娘にとっては、とてつもなく辛い事だっただろう。

そんな中、彼女の伯父であるキルフディーツ伯爵が死刑宣告を受けたという事を知ってしまった。

天然痘が領地で発生した事を必ず報告するように、と政府に命令されていたのに隠蔽し、無責任にも王都に逃げて来て、たくさんの人間を危機に晒した伯爵を国王陛下は許さなかった。しかも、伯爵は蜂蜜の密輸までやっていた。伯爵には死刑判決が下り、領地も没収される事になった。ラディカ令嬢は、後見人と帰る故郷を失ったのだ。

医療スタッフが目を離したほんの僅かな間に、近くの崖から飛び降りたのだという。

一生懸命、看病しなんとか助かった患者が自死してしまうなんて、医療スタッフ達は相当ショックだった事だろう。自殺は連鎖する事がある。他の回復した患者が影響を受けないようスタッフは神経をすり減らしているはずだ。医療スタッフ自身も疲れ果てているだろうに。

少しでも慰めになればと思い、私はチェリーパイを何個か領館の料理人に焼いてもらい、梅酒と一緒に届けに行った。

甘い物と甘い酒を見て、医療スタッフ達の顔は輝いた。梅酒の瓶は以前にも一瓶届けていたのだが、それがもうじき無くなるところだったという。

「どんなに辛い事があっても一日の終わりには梅酒が飲める、と思うと頑張れるんです。」

「疲れ過ぎて眠れないって時も、甘くて酸っぱいお酒を飲んだら眠れます。」

「こんな甘くておいしい物、初めて飲みました。ここに来て良かったってそれだけで思います。」

皆笑顔でそう言うが、本当はもう心の中ではギリギリで疲れ果てているのだな。という事が言葉の端々からわかる。

「君達には、とても感謝しているんだ。言葉にできないくらいだ。」

と言うと感極まって泣き出す者までいた。

私は、病院の中を見て回る事にした。患者の数はだいぶ少なくなっている。もう重病の人はおらず、回復途上の人や後遺症に苦しんでいる人がほとんどだ。

いつまでも倦怠感がとれない人や、微熱がちな人もいる。高熱が原因で髪が抜けたり歯が抜けたりした人もいるらしい。そして皆、大なり小なり痘痕が残っている。

体調がいつまでも良くならない人をどう支援していくか、感染した人を周囲の差別や偏見からどう守っていくかを考えていかなくてはならない段階に移ってきているということだ。

ラディカ令嬢の悲劇を決して繰り返す事がない為にも。

子供を失い絶望している人、夫や親を失い途方に暮れている人もいる。そんな人達にも、できる事なら命が助かって良かったと思って欲しい。死んだ方がマシだったとは思わないで欲しい。その為に領主としてできる事を考えていかなくてはならない。

歩いていると、ちょうど話し中のリヒトとミヒャエラ令嬢に会った。考えてみるとミヒャエラ令嬢とじっくり顔を合わすのは初めてだ。彼女はずっと病院にいたし、私はほとんど病院には来なかったからだ。

私達は挨拶を交わした。ミヒャエラ令嬢は緊張しているようだった。リヒトが

「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。フランツは、ハインリヒや王都で権力を振りかざしている貴族達とは違うから。」

と言うとミヒャエラは、はにかんだように笑った。

「何か困っている事や、嫌な思いをしている事はないかい?」

と私は、ミヒャエラに聞いてみた。

「いいえ、大丈夫です。皆さんとっても良くしてくださいます。ありがとうございます。」

そのセリフが嘘だと言う事を私は知っている。食べる物の事でトゥアキスラント人達が差別を受けているという話をリヒトから聞いた。

なのに何の文句も言わず笑顔で感謝の言葉を述べる。健気な子だと思った。

「シンフィレアでご一緒した皆さんがすごく良くしてくれるし、ジークさんがいろいろ細かいところにも気を使ってくれるし。ジークさんってとっても良い人ですよね。しっかりしていらして、僕より年下とは思えない・・あ・いえ、私より年下に・・。」

しどろもどろになった後

「すみません。」

とミヒャエラは言った。

「令嬢らしい、というか女の子らしい事が苦手で。僕、十歳まで自分を男の子だと信じていたんです。それで・・。」

「え⁉︎どうして?・・と聞いても良いのかな?」

「はい、別に。何で信じていたのかというと、母にそう言い聞かせられていたからなんです。おまえは男の子なのよ、って。」

ミヒャエラはそう言って苦笑した。

「十歳以下の子供なんて、男の子も女の子も胸はぺったんこですし、普通の生活をしていたら他人の下半身なんか見る機会はありませんからね。だから騙されていました。」

「御母上は、どうしてそのような・・・?」

「父の正妻になりたかったんです。愛人のままじゃなくて。父には息子がいなかったので、男の子を産んだら妻にしてもらえると思ったみたいです。馬鹿ですよねえ。僕が生まれた頃にはもう、父の気持ちは完全に離れていたのに。」

おそらく離れていたからこそ、妻の座に執着したのではないだろうか?と思った。母親は確かに愚かだ。しかし、男の自分からすると、父親が一番悪い。と思う。

「母にも意地があったのでしょう。田舎の貧乏貴族の娘に生まれて、上昇志向が鬼高だったみたいです。『私はお母様みたいなつまらない人生は絶対に送らない』ってのが口癖で。貧乏な下級貴族の妻になるより、上級貴族の愛人になりたいと言って田舎を飛び出して行ったから、おめおめ田舎には帰れなかったのです。幼い頃猫を可愛い、と言ったり、花が綺麗と言って見惚れていたりしたら『男の子のくせに何を言っているの!』と怒鳴りつけられました。だけどいろいろあって、祖母に私の事がバレて『おまえみたいな人間に子供を育てる資格なんか無い』と祖母は言って、僕を引き取ってくれたんです。」

「御母上はその後どうなったの?」

「僕を虐待していた罪で、島流しにされました。皮肉な物ですよね。田舎は嫌いだと言っていたのに、生まれた土地よりもっと寂れた場所で死ぬまで暮らす事になったんです。流されて二年で死んだそうです。生きていても、会う事なんか二度となかったでしょうけれど。」

「・・・。」

「祖母は、男の子の格好でも女の子の格好でも好きな方をしたら良い、と自分の意見を押し付けたりせず僕の好きにさせてくれました。勉強も遊びも何でも自由にさせてくれました。その代わりその責任は自分自身でとらなければならない。誰にも押し付ける事はできないと言われました。」

「立派なお祖母様だね。」

「はい。僕が医者になろうと思ったのは、男と女は何が違うのか知りたかったからです。無知であるから騙されて、それに気がつけない。たくさんの知識が欲しかったんです。」

「そうか・・。お祖母様は、君が今ここにいる事を知っているの?」

「さあ・どうでしょうか。わかりません。でも、シンフィレアに行く時も『自分で決めた事ならば、それで良い。その代わり後悔したり他人のせいにはしないように』と言われました。だから、今ここにいる事も祖母は理解してくれると思います。平和になったら、手紙を出します。僕はもうトゥアキスラントには帰れないだろうけれど、祖母が遊びに来てくれると思います。」

そう言ってミヒャエラは笑った。その笑顔は眩しかった。

「でも。」

とミヒャエラは言った。

「自分がそういう風に育ったからジークさんの事が気になるんです。」

・・・ん?もしや恋バナ。と、ちょっと身構えた。こういう相談は苦手なのだ。

ミヒャエラは、私とリヒトとカイに聞いた。

「どうして、ジークさんは男装をしているのですか?」