作品タイトル不明
エーレンフロイト領の戦い(21)(フランツ視点)
バウアー氏との商談が終わったので、今度はダニーとの商談を開始した。
備蓄している米や蒸留酒にはまだ余裕があるが、確保出来るなら確保しておきたい。
ブルーダーシュタットで天然痘が流行したら、一切手に入らなくなる可能性があるからだ。
「南東諸島の夏刈りの米が、既に60トン、ブルーダーシュタットに届いております。いくらでも融通が可能です。」
とダニーは言った。
「冬刈りに比べると病虫害の影響が出やすいので、量は少なめですが、太陽の光をよく浴びて大粒の穀粒です。味は保証します。」
・・別に少ないとは思わない。米俵千個分だ。米の値段は麦より安いから、お金の方はそれほど気にならないが、倉に入るかな?という事が気になった。
「秋になると、東大陸から秋刈りの米も入荷します。こちらは100トンです。」
「ふっ!」
とハインリヒが冷笑した。
「港町の商人のくせに知らないのか?東大陸の国々は、西大陸から来る船の入港を、全ての国で禁止したんだ。天然痘が入って来ないようにな。」
「恐れながら把握しております。東大陸は南東諸島との交易は禁止しておりませんので、東大陸にあるレーリヒ商会の商館から、一旦南東諸島の商館を経由させて運ばせる予定でおります。日数は余計にかかりますが、穀粒は日持ちする作物ですから。」
「・・なっ!そもそもおかしいではないか?東大陸への立ち入りが禁止された後、ヒンガリーラントの複数の商会は貴族の依頼で米や茶の確保をする為、南東諸島に船を走らせた。それなのに、商会同士の奪い合いで量が手に入らず、しかも南東諸島の商人達は米の出し惜しみをして値をつりあげているという。そんな、何十トンも買い付けられるなど明らかにおかしい⁉︎不正な密輸をしているのではないか⁉︎」
「西大陸での米人気の上昇を受け、昨年の終わり南東諸島のとある地域と専属契約を結んだのです。レーリヒ商会で新田の開拓や品種改良の研究資金を出す代わりに、米を当商会にだけ売る事、値段は十年値上げせずに据え置く事を契約しました。今年になって伝染病が流行した事は驚きでしたが、契約は契約です。なので、米が優先的に手に入るのです。」
・・いや、米人気の上昇を受けたんじゃなくて、『水蜜』の情報をいち早く掴んだからだろう?と思うが、それはハインリヒの前では絶対に内緒だ。
「そうか。」
と言って、ハインリヒは、にやあっと笑った。
「不正な米ではないというのなら良い事だ。我がガルトゥーンダウム家でも、米を買ってやろう。喜ぶがいい。伯爵家がおまえ達の商会と取り引きしてやると言っているのだぞ。栄誉な事だと喜ぶがいい。」
「ありがたい申し出でございます。しかし、ブランケンシュタイン公爵家、シュテルンベルク伯爵家、ファールバッハ伯爵家、バーベンブルク子爵家と、既に複数の家門から売買の依頼を受けておりまして、お渡し出来る商品は大変残念ながら残ってはおりません。エーレンフロイト家は我が商会が取り引きをしている最も古くからの家門でして、なので最優先で商品をご提供しているのでございます。」
「残念というのならどうにかしろっ!」
とハインリヒは叫んだが
「ブランケンシュタイン家をないがしろにする事はとても出来ません。小さな商会でございますゆえ、商品の数に限りがあるのでございます。申し訳ございません。」
と言ってダニーは相手にしなかった。
米をトンの単位で運んで来られる商会は小さくはないけれど、ディッセンドルフ系の銀行に数々嫌な目に遭わされているレーリヒ家としては、ディッセンドルフ派閥の貴族と関わりたくないのだろう。
それに、ブランケンシュタイン家もシュテルンベルク家もファールバッハ家も当主は現役大臣で、シュテルンベルク家は筆頭伯爵家、ファールバッハ家は次席伯爵家だ。ガルトゥーンダウム家より家格が上なのに、それらの家をないがしろにしてガルトゥーンダウム家を優先するわけが無い。
しかし、ブランケンシュタイン家もファールバッハ家もユリアーナが親しくしている令嬢の家門だが、バーベンブルク子爵家というのは聞いた事がないような気がする。ユリアーナやレベッカの友人にそんな名字の子がいただろうか?
「カイ。バーベンブルク子爵家を知っているか?」
と私はカイに小声で聞いてみた。
「先代の当主が、教育大臣を務めておられた方です。現在の当主の御母上は、アカデミーで副校長をされておられるはずです。」
なるほど。それはレーリヒ家としては、宰相家のエリザベート姫よりもゴマをすらないとならない相手だ。
さっきから上から目線で商人達を不快にさせているハインリヒにイライラしていたので、私は
「レーリヒ商会の人達は、当家にとって大切な人達だ。私の領地で私の前で横柄な態度をとる事は許さない。これ以上、ダニーに圧力をかけるような真似をしたらここから叩き出すぞ。」
と言ってやった。
ハインリヒの顔が怒りで蒼ざめ、対照的にダニーの顔は感動で紅潮していた。
米は60トン融通可能という事だったが、本当に60トン全部買ったら、他の家門に恨まれるだろう。リヒトも気になるみたいで、少しそわそわしていた。
とりあえず、この数ヶ月で消費した分を補充するだけの量にしておいた。そして手付け金として、先刻イザークから渡された金貨をそのまま横流しした。レベッカのお金だが、王都に戻れば金庫の中に金貨は十分あるのでそこからレベッカには支払えばいい。ハインリヒの金貨を見つめる視線が尋常ではないので、このまま領館に置いておくと盗まれるかもしれない、と思った。だから手元に置いておきたくないのだ。
もちろんエーレンフロイト騎士団は優秀だから、簡単に盗まれたりはしないだろうけれど、正当防衛でハインリヒに怪我をさせたりうっかり殺してしまったりするとめんどくさい事になる。余計な揉め事は遠慮したかった。
しかし、私の考えは杞憂だったかもしれない。ハインリヒが
「ブルーダーシュタット経由で私も王都へ戻る。船に乗せろ!」
と言い出したのだ。やっと領地から出て行ってくれるらしい。ダニーは大変だろうけれど、私は心からほっとした。
後、私はダニーに椿の木を注文した。私との話をまとめた後は、リヒトがダニーと商談をし始めた。しかし、商談も金銭のやり取りも既に王都のリーリエ殿が済ませていたようで、契約内容の確認だけしていた。ブルーダーシュタットの貸し倉庫に預けている米をヴァイスネーヴェルラントに船で送るので、その途中に領地のあるシュテルンベルク領にも届けるという事だった。
そうして話し合いを済ませ、翌日ヴァイスネーヴェルラント人達とダニーとハインリヒは帰って行った。
正直ほっとした。
ハインリヒがようやくいなくなってくれたし、シュテルンベルク家の人間とギルベルト・イステルが騒ぎを起こす事もなかった。ようやく一安心だ。
と思っていたら、神妙な顔をしてリヒトが私に会いに来た。
「ヴァイスネーヴェルラント人が帰ってからずっと、コンラートが領館の中庭で素振りをしているんだ。」
「・・へえ。」
「もう二時間以上しているし、心配なんだ。体を壊すんじゃないかって。本物の剣だから重いし。それに、一応刃物だから、もしそれこそ孤児院の子供達に何か危険な事があったら、と思うと・・。頼む!コンラートと話をして来てくれないか!」
・・・。
まあ、心に闇を抱えたコンラートがいきなり猟奇殺人に走ったりしたら私も困るので、様子を見に行く事にした。
でも、なんとなくコンラートの気持ちもわかるような気がするけどね。ギルベルト・イステルに会ってモヤモヤした気持ちになっただろうし、こういう時人がする事といえば、体を動かすか寝るかのどちらかだろう。
中庭に向かう途中で、ポツポツと雨が降り出した。孤児院の子供達が慌てて、干していた魚の干物を屋根のある場所に移動させている。
雨も降り出したし、コンラートも素振りをやめているかも?と思ったが、コンラートはやめていなかった。鬼気迫る迫力で、雨に濡れながらひたすら剣を振り下ろしている。
なるほど。これは声をかけ辛い。迂闊な事を言ったらバサッと、唐竹割りに斬られそうだ。
そんなコンラートを物陰からじっと見ている人間がいた。ジークレヒトだ。ジークレヒトも雨に打たれながら、コンラートをじっと見守っている。表情は、彼には珍しいほど悲しげだった。まあ、こんな時にハインリヒに対してしていたようなニヤニヤ笑いをしていたら神経を疑うが。
コンラートが雨に打たれるのをやめなければ、ジークレヒトも建物の中には入らないだろう。考えてみたら雨が降り出したのはラッキーかもしれない。もうやめて、中に入りなさい。と言い易い。
「コンラート。」
私は少し遠くから呼びかけた。コンラートは剣を振るのをやめない。
「コンラート!」
と、もう少し大きな声で呼びかけた。コンラートが剣を降ろしゆっくりと振り返った。
「雨が降り出したから中に入りなさい。風邪を引いてしまうぞ。」
ギルベルト・イステルの事。ジークルーネの事。何か言おうかと思ったが、言葉が浮かばなかった。
コンラートと同じ経験をした事があるわけでもないのに、良いアドバイスができるはずもない。同じ経験をしたとしても感じ方は違うはずだ。
天然痘と同じだ。軽症で済む人もいる。重症化する人もいる。後遺症でいつまでも苦しい思いをする人もいる。人は皆、一人一人違う。
コンラートが私を見て、それからジークレヒトを見た。コンラートは一瞬天を見上げた。
私は近くに寄って、雨で濡れたコンラートの顔をハンカチで拭いた。
「強くなりたいんです。」
とコンラートはつぶやいた。
「君はとても強い人だよ。」
「もっと、強くなりたいんです。守る事ができなかった事を後悔しないですむように。」
「君はたくさんの物を守っているよ。この領地には君に救われた人達がたくさんいる。私も救われているよ。本当に感謝している。」
コンラートは答えなかった。
コンラートは遠い所を見ているのだと思った。それはもしかしたら、ヴァイスネーヴェルラントなのかもしれない。
「中に入ろう。」
この時にはコンラートの気持ちがわからなかった。理解したのは、何年も先の事だった。