作品タイトル不明
エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(4)(ゾフィー視点)
お茶会は二日後に行われました。
リヒャルト様のお友達は四人泊まりに来ているのですが、アルベル様のお茶会に参加されたのはフランツ様だけです。
残りの三人のお友達は、本館で行われているお茶会に出席して、アントニアとペトロネラがこちらに来ないよう引き止めているのだそうです。
お茶会の参加者は、アルベル様、メグ様、リヒャルト様、フランツ様、そしてリエ様とエレオノーラ様です。
和やかに始まったお茶会でしたが、始まって10分もした頃、本館からメイドが一人やって来ました。
「あの、坊っちゃま。奥様が本館に戻るようご命令です。」
メイドは蒼ざめて震えながらそう言いました。
リヒャルト様は
「えー。」
と言われましたが
「戻らないと、君がひどい目に遭うんだろうな。わかった。戻るよ。」
と言って立ち上がられました。
「ごめんよ、エレン。また手紙を書く。」
「仕方ないね。可愛い女の子を泣かせられないもの。」
そう言うエレオノーラ様の額にリヒャルト様はキスをされました。
そうしてリヒャルト様がいなくなった後は、年上の女の子達によるフランツ様への質問攻めです。リエ様は、エレオノーラ様のお兄様と婚約していたそうですが、その方は病気で亡くなられたそうです。なので、昔からリエ様とエレオノーラ様は姉妹のように仲が良いらしく、二人が息ぴったりにフランツ様を質問攻めにするので、フランツ様はたじたじです。
それでも、アカデミーでのリヒャルト様の話を聞いて、エレオノーラ様もリエ様も喜んでいました。
アルベル様は、ひたすら聞き役ですし、メグ様もひたすらお菓子を食べています。メグ様はリヒャルト様に冷たい態度をとられますが、リヒャルト様が母親の所へ行ってしまうと、ものすごく不機嫌になられたので、本当はお兄様ともっと一緒にいたかったのでしょう。
エレオノーラ様も思うところあると思うのですが、それを態度には出されませんでした。
そして、季節は冬になりやがて春になりました。
私は、シュテルンベルク邸でアルベル様やメグ様と楽しく過ごしていました。
時々、デーニッツ夫人が私を訪ねて来られて家族からの手紙を渡してくれます。デーニッツ夫人は、私が西館で働く事になって本館を出禁にされたそうです。でも、今は開き直って、アルベル様やメグ様に擦り寄っておられます。ちゃっかりしてるなあ、と思いますけれど、家族からの手紙を届けてくれるのはありがたいです。
私も、デーニッツ夫人にお願いして、家族に元気でやっている、と手紙を出しています。
フランツ様からアルベル様には、月に一回くらいの頻度で手紙が届きます。アカデミーでの日常が綴られていますが、いつも最後には『またお会いしたいです』という一文をつけられています。
アルベル様もだんだんと、手紙が来るのが楽しみになってきているみたいです。届いた手紙は大切に箱にしまってとっておられます。
そんなある日突然、本館の執事さんに言われました。
「本館の仕事をして欲しい。」
と。
本館は今、伯爵夫人の姪のアントニアの社交界デビューの準備で大忙しです。
社交界デビューは、15歳になった貴族の女の子がするもので、家族の男性か婚約者にエスコートされてお披露目のパーティーをします。
西館の侍女やメイド達は
「何で、シュテルンベルクの血を引いてないアントニアがシュテルンベルク邸で社交界デビューするのよ!」
とカンカンに怒っています。私も怒っています。
それなのに、その私にその社交界デビューパーティーの準備を手伝えというのです。
本来、本館と西館は別の組織ですから、私に手伝う義務はありません。ですが、準備の手が足りない理由というのが、本館の使用人の間でタチの悪い風邪が流行していて何人も寝込んでいるからなのだそうです。
それを聞くと、それは仕方がないかな、という気もしました。それに、本館の執事さんは、伯爵様に信頼されている人で良い人です。
執事さんが毎日伯爵夫人に怒鳴られていると聞くと、何だか可哀想な気もしました。
それで、アルベル様が勉強をしている午前中だけ、という条件で手伝いに行く事にしました。
行って、30分で後悔しました。
手が足りないなんて事はないのです。本館には、働かずにダラダラしている使用人が多すぎるのです。
そいつらは、皆伯爵夫人の親戚やら友達の子供で、コネで使用人になった伯爵夫人のお気に入り達です。そいつらの『仕事』は伯爵夫人の側でダラダラする事で、まるで働こうとしないのです。働かされるのは、伯爵夫人に気に入られていない使用人で、その使用人達がオーバーワークの果てに過労で風邪をひいたのです。
私がまずやらされたのは、招待状を書く事です。
「何であの人達にやらせないのですか⁉︎」
と、私は執事さんに聞きました。
「無理だよ。あの子達、読み書きできないから。」
「あの人達貴族ですよね?」
「真面目に勉強してこなかったんだろうねえ。」
招待状は300通以上あるのです。手が腱鞘炎になりそうです。
アントニアは、毎日ドレスを試着したり、アクセサリーを選んだり、エステをしたりしています。当日のパーティーでは2回もドレスを着替えるそうです。
「私の時はもっと派手にしてもらうんだ。」
と妹のペトロネラは言っています。その発言を聞くとムカムカします。
ええ、正直に言います。私は嫉妬しています。私と同じ下級貴族のくせに、何であいつらはこんなに良い思いができるんだろうって。
私はこんなに一生懸命労働しているのに、何であいつらは働きもせずに贅沢してるんだろうって。
怒ると字が震えて文面を書くのに失敗しそうになります。最高級品の羊皮紙を使っているので絶対に失敗はできません。
私は深呼吸して、気持ちを落ち着けました。
そんな私の側にアントニアが寄って来ました。
「貴女アルベルの専属侍女なのよね。私の為にありがとう。」
「もったいないお言葉です。」
「アルベルは気難しい子だから大変でしょう。西館は人手も少ないから、する事も多いし。」
「・・・。」
「もし良ければ、本館で働けるよう私が伯母様に言ってあげるわ。どうかしら。アルベルも貴女の事、田舎者で気が利かないし、天真爛漫過ぎて自分とは合わないって言っていたもの。お互いに合わないなって、思いながら働くのは大変でしょう。」
アルベル様がそんな事言うわけないでしょう!
だいたいあなたは西館に来ないし、アルベル様は西館から出ない。散歩する時は、いつも私がお供をする。それなのに、いつそんな話をしたっていうの!
この人、話をするのは今日が初めてというのに、私がお嬢様よりもこの人の事を信じると思っているのかしら⁉︎
腹が立つよりぞっとしました。
私の妹達もよく嘘をつきましたが、嘘をつく時は挙動不審になったり、早口になったりするのですぐわかりました。
だけどこの人、息をするように嘘をついたのです。
「あの、私本館での勤務は駄目だと伯爵夫人に言われたのですけれど。」
「私が口添えしてあげるわ。」
「申し訳ありませんがけっこうです。今の状況に満足していますので。」
「そう。じゃあ、気が変わったらいつでも言ってね。」
変わるわけないでしょう!
ますます気分が悪くなりました。さっさと、招待状書きの仕事が終わらせて、西館へ戻ろう。それだけを考えて残りの仕事を終わらせました。
だけど、本館での仕事はやめられませんでした。仕事が早いと褒められて、次から次へと仕事を押し付けられるのです。
最初は午前中だけという約束だったのに、だんだんと午後にまで仕事を押し付けられるようになりました。
「当日も手伝ってくれるかい。」
とまで言われてしまいました。
嫌だ、と伝えましたが、自分も本当に困っているんだ。君がいてくれないととても回らないんだ。と言って泣かれてしまい困ってしまいます。
西館の侍女長のヨハンナさんに、何とかならないだろうか、と相談をしてみました。それと同時にアントニアとの会話を伝えました。
「お嬢様とあなたを引き離したかったのでしょうね。お嬢様があなたと仲良くしていて楽しそうにしているから、お嬢様からあなたを奪いたかったのよ。」
「何ですか、それ!」
「今の状況も、お嬢様とあなたを引き離す為にやっているのかもしれないわ。私から本館に伝えておくので、あなたはもう本館に行かなくていいわよ。それで、準備が間に合わない、パーティーが失敗しそう、というならあなたにではなくて、奥様に泣きつくべきなの。社交界デビューに失敗して恥をかいたら困るのは、奥様とアントニアさんなのだから。あなたやアルベルお嬢様には関係ないわ。」
「そうですよね。」
「それにしても奥様にも困った事。お金を湯水のように使って。リヒャルト様まで困らせて。」
「リヒャルト様がどうかされたんですか?」
「アントニアさんの社交界デビューのエスコートをするよう言っておられるの。アントニアさんには、父親もお兄様もいるんだから自分がするのはおかしいとリヒャルト様は言っておられるのだけど、奥様が聞かれなくて。きっと、奥様そのうち病気になるわよ。そして、あなたが私に冷たいから自分は病気になったんだって言ってリヒャルト様を泣いて責めるの。いつもそう。仮病だってわかっているけれど、結局煩わしくてリヒャルト様が妥協するの。」
最っ悪!
お嬢様もだけどリヒャルト様も可哀想。
でも、今の私も同じような物です。執事さんにあれこれ言われて妥協させられているのですから。
もう、絶対本館には行かない!と決意しました。
騒動があったのは、その日の夜の事でした。