作品タイトル不明
エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(5)(ゾフィー視点)
夕食が終わり、居間でアルベル様とメグ様がお茶を飲みながらおしゃべりしていた頃。
館の中が急にザワザワとし始めました。
何だろう?と私と、アルベル様の護衛騎士のビルギットが顔を見合わせていると、侍女長のヨハンナ様が居間に入って来られました。
「本館の方で騒ぎがあったので、伯爵様から西館の人間は西館を出ないようにと伝達がありました。アルベル様とメグ様も決してお一人にならないでください。」
「何があったの?」
メグ様が聞きました。
「伯爵様と伯爵夫人がケンカをなさったそうです。」
・・・えっ?それで、この厳戒態勢?
そんなに激しいケンカだったのでしょうか?
「ふーん。お父様も頑張ったじゃない。いつも言いなりになってるのに。」
「そんなにも、あのお兄様が怒るような事があったの?」
「伯爵家の家宝の翡翠のティアラを、アントニアさんの社交界デビューでアントニアさんにつけさせる、と伯爵夫人が言われて、伯爵様が反対されたのです。」
話を聞いていた、護衛騎士達が殺気立ちました。
「『翡翠のティアラ』といえば、聖女エリカ様が結婚式で着用したという、伯爵家最大の家宝じゃないですか!」
ビルギットが叫びました。
「何それ⁉︎去年エレンが社交界デビューした時、お父様がエレンに被らせてあげたいって言ったのを猛反対して、結局被らせなかったのに、アントニアに被らせるっていうの?そんなのダメに決まってるじゃない。そんな事させたら、世間の人達はアントニアがお兄様の婚約者かと勘違いするわよ。」
メグ様もびっくりしています。
「その通りでございます。『翡翠のティアラ』は代々伯爵家の令嬢と、後継の婚約者だけが身につけてきた特別なティアラです。ですが、家宝の宝石の管理は伯爵夫人である奥様の権限です。奥様は、伯爵様が何と言っても知った事ではないと言われ、そしたら伯爵様は、『翡翠のティアラをアントニア嬢につけさせたら、パーティー当日騎士達に門を封鎖させ招待客を中に入れさせない。』と言われて、奥様が激怒されて、そんなまねをしたら、西館に火をつけると。」
すごく激しいケンカでした。
西館の住人が身の危険を感じるのもわかります。
「でも、いくら何でも火をつけるというのはないのではないでしょうか?貴族の館を放火したら死刑ですよね。」
と私は言いました。それに西館には実子のメグ様だっているのです。
しかし、みんなしらーっとした表情をしています。
「奥様なら、人に命令してやらせるよ。で、そいつが勝手にやったって、しらを切るに決まっている。」
とビルギットが言います。奥様って、そこまでゲスなんですか⁉︎
「アントニアさんは『私は伯父様の事を本当の父親のように思っているのに、そんな言われ方をしたら悲しいです。』と言ってすすり泣いていたそうですけど、伯爵様は『そんな事を言ったら、君の父上が悲しむよ。』と言って相手にされなかったそうです。」
とヨハンナさんが言うと、メグ様は「けっ。」と言って笑われました。
「なーにが、本当の父親のように思っている、よ。いつも、取り巻き連中と一緒になって、お父様の事陰でバカにしているくせに。あの、嘘つき女!」
ああ、やっぱり嘘つきだったんですね。あの人。
「何が起こるか予測できませんから、皆細心の注意を払ってください。」
とヨハンナさんが言われました。
不安な気持ちになったからでしょう。アルベル様とメグ様は一緒の部屋で眠る事にされました。ビルギットがドアの側で不寝番をします。
「外国の軍隊や、他領の貴族に襲撃される可能性は考えた事あるけれど、まさか当主夫人に襲撃されるかもなんて考えた事なかったよ。」
とビルギットが言います。全くです。
よく小説や演劇で、貴族が同族内で揉めるストーリーがありますが、大概は兄弟で家督を争うとか、継母が継子いじめをするとかです。
夫婦ゲンカの果てに放火予告って、そんな事普通あるでしょうか。
夜遅くにまた動きがありました。
ヨハンナさんに、アルベル様の荷物と私の荷物をまとめるよう言われました。
「湖水地方にある別荘に、アルベル様とメグ様、侍女達と護衛騎士とで向かいます。出発は明日の朝早くなので、急いで荷物をまとめてちょうだい。」
「明日の朝ですか⁉︎急ですね。」
「明日、アントニアさんの社交界デビュー用のブローチが盗まれる予定だそうです。」
「・・・え?」
「犯人はゾフィー、あなた。」
「えええええ!どういう意味ですか?それは!」
「明日、本館に手伝いに行ったあなたをブローチのある部屋に一人きりにするそうです。その後、ブローチが無くなった、と騒ぎます。ブローチは西館の庭にでも隠すつもりのようです。アルベル様の命令で、あなたがブローチを盗んだという事にして、それを黙っていてやるから翡翠のティアラの件は自分の要求通りにしろ、と奥様は言うつもりのようです。」
ポカーンとしてしまいました。何なの、それ⁉︎
「えーと、でも、その計画はバレているわけですよね。」
「伯爵様は屋敷内の情報はきちんと把握しておられますから。奥様の取り巻きの中に、ご自分の部下を入れておられるのです。」
「・・そうなんですか。」
「そのようなわけですので、あなたとアルベル様は、館を離れていた方が良い、という伯爵様の判断です。この件がどう転ぶかどうかわかりませんので、アルベル様もメグ様もアントニアさんの社交界デビューが終わるまで、湖水地方へ行っていて欲しいとの事です。貴族の別荘の多い景勝地ですので、湖水地方につけば必要な物は何でも揃います。しかし、馬車で4日かかる距離にありますので、その間の必要な物を準備してください。」
「承知致しました。」
私はそう言いながら、情け無い気持ちになりました。
この数日、アントニアの社交界デビューの為に一生懸命働いていたのに、こんな仕打ちを計画されるなんて。計画が成功していたら、私はお館をクビにされたでしょう。もしかしたら、役人に引き渡されて牢屋に入れられたかもしれません。どんなに尽くしても、忠誠心を持って働いても無駄な相手というのがいるのだと思いました。
でも、落ち込んでいる暇はありません。伯爵様は、アルベル様だけでなく私の事も守ろうとしてくださっているのです。
危険が迫って来ているのですから、可及的速やかに行動しなくてはなりません。
私は急いで準備を始めました。
次の日の朝。館を出ようとしている事が伯爵夫人にバレたらどんな妨害をされるかわかりませんので、伯爵夫人が起きるよりも早い時間に私達は出発しました。昨夜遅くの決定であったにも関わらず、伯爵様がエレオノーラ様にも連絡してくださり、エレオノーラ様も同行してくださるように手配してくださいました。
それから、4日かけて私達は旅を続けました。当初は伯爵様やリエ様、マリ様の事を心配しておられたアルベル様ですが、初めて見る景色の連続に心が弾むようで、今まで見た事もないような笑顔で旅を続けられました。
たどり着いた湖水地方は、絵画のように美しい土地でした。ちょうどラベンダーが満開の季節で、丘の向こうまで紫色の絨毯が敷き詰められているようでした。
別荘に着くと、王都からの早馬がやって来て、お館の騒ぎを報告してくれました。本館の連中は、私が手伝いに行かなくても、計画を決行したようです。よりにもよって、ブローチは私の部屋のベッドの下から見つかったそうです。三人のメイドと二人の従僕が、ブローチの置いてあった部屋から私がコソコソとした様子で出ていくのを見たと証言したらしく、それで奥様が私の部屋を捜索してブローチを見つけたのだそうです。
「本当にゾフィーが、部屋から出て行ったのだな。」
「間違いありません。」
「時刻は正午過ぎで間違いないのか?」
「はい、そうです。」
「本当にゾフィーだったのか?」
「あの娘は最近毎日、本館を出入りしていたので顔を見間違えるわけがありません。」
という伯爵様と使用人のやりとりの後、伯爵様はアルベル様とメグ様と一緒に私が早朝館を出て、湖水地方へ行った事を話されたそうです。それを聞くと、五人の使用人は真っ青になったそうです。そして
「も・・もしかしたら、他の女性と見間違えたのかもしれません。」
と慌てて言い出したそうです。
「でも、アルベルの侍女の部屋からブローチが出て来たのは事実よ。アルベルが誰か侍女に命じてやらせたのよ!」
と伯爵夫人は言ったそうです。
「誰にやらせたというのだ?今、西館には男の使用人しか残っていないのだぞ。」
「そ・・それは。」
「どのような理由であれ、全く無実の者に『絶対に間違いない』と言って濡れ衣を着せようとした者達は絶対に許せない。全員解雇する。もちろん紹介状も持たせない。高価なブローチを紛失しかけたのも、このような卑劣な者共を雇用していたのも、パウリーネ。君の責任だ。一度だけなら見逃してやる。だが、もしこれ以上少しでも騒ぎが起きたら、社交界デビューのパーティーをこの館で開く事を禁止する。今からでも別会場を探すように。良いな。ティアラの件も含めて二度と私を煩わせるな。」
招待状はすでに発送済みですから、今から別会場など絶対に不可能です。伯爵夫人としても、もうこれ以上の騒ぎは起こせないでしょう。
何とか無事に問題が解決したようなのでほっとしました。クビにされる使用人達は可哀想な気もしますが、彼らが伯爵夫人の指示には絶対逆らえず、嫌な事も嫌と言えない状況なのなら、伯爵夫人とは縁を切った方が幸せでしょう。今回命じられた事は偽証でしたが、そのうち放火や暗殺を命令される日が来るかもしれないのですから。
そうして、私達は別荘地で穏やかな日々を過ごしていました。私も社交界デビューパーティーの当日の手伝いをしなくて済んだのでとても嬉しいです。
そして、シュテルンベルク邸でパーティーが開かれる当日。驚きの人が別荘にやって来ました。
リヒャルト様とフランツ様です。
「母上が、アントニアのエスコートをしろってうるさいから逃げて来たよ。」
と言ってリヒャルト様は笑われました。エレオノーラ様はとても嬉しそうです。
「エーレンフロイト様も、パーティーに参加されなかったんですね。」
とメグ様が言うと
「仲良くもない人の社交界デビューなんて興味無いもの。」
とフランツ様は言われました。
「あの、旅の途中でとても綺麗な花を見つけたのです。アルベルティーナ様、どうぞ。受け取って頂けませんか。」
そう言ってフランツ様は、白い桔梗のような花を一輪差し出されました。その花の中には、紫色の宝石が入っています。
「エーレンフロイト領でとれたアメジストです。」
「エーレンフロイト領は水晶の鉱山があるからな。」
とリヒャルト様が言われました。
「ありがとうございます。」
と言ってアルベル様が微笑まれます。
「あら、フランツ様。去年の秋お会いした時より背が伸びたのではないの?」
とエレオノーラ様が言われると、フランツ様は
「5センチ伸びたんです。」
と言って胸をはられました。
まあ、それは良かったですねえ。とシュテルンベルク家の侍女達は皆微笑ましい気持ちになりました。
アルベル様も5センチ伸びたのですけどね。
優しい気持ちで微笑む全員の上に、初夏の優しい風が吹いていたのでした。