作品タイトル不明
エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(3)(ゾフィー視点)
アルベルティーナ様は、とても優しいお嬢様でした。侍女長のヨハンナさんも気さくな方で、親切に私の事を気遣ってくださいました。
まず最初は、アルベル様の専属侍女のレオニーさんについて仕事を覚えます。
「やっと、後任が決まって良かったわ。奥様ったら、このまま知らないふりをするんじゃないかって思っていたから。」
おしゃべり好きのレオニーさんは、知っておいた方がいいと言って、いろいろな裏話を教えてくれました。
「先代の伯爵様には、息子が三人いたの。先代はコテコテの脳筋な軍人だったのだけど、ご長男のエルハルト様は、子供の頃に落馬して利き手を悪くしてしまって、だから軍人にならなかったの。だから軍人至上主義の先代は、次男か三男を後継ぎにするつもりで、次男と三男は自分の部下の娘と婚約させたのだけど、エルハルト様には好きに結婚しろって言ってたのね。ところが、エルハルト様の弟二人が両方共死んでしまって、それで爵位がエルハルト様に転がり込んできたのよ。だから先代は、今の伯爵夫人の事が気に入らなくて、ま、奥様もあの性格だし、だから先代と奥様はすごく仲が悪かったの。だから、奥様は、先代の末娘のアルベル様を嫌っていてすごく虐めてるわけ。アルベル様のお姉様達なんかあんまり奥様がいびるから、外国にお嫁に行っちゃって、二度と家に戻って来てないからね。」
「そうですか。」
「アルベル様の事虐める反面、自分の親戚は猫可愛がりしてるのよ。奥様の兄弟やらイトコやらが、もう本館にすっかり居ついちゃって贅沢三昧。で、そいつらにお世辞言われて褒め称えられて、悦に浸ってるってわけ。自分の取り巻きに順位をつけて気分次第で順位を入れ替えるから、もうみんな必死よ。奥様に媚びへつらっちゃってさ。今の特にお気に入りは、妹とその娘二人みたい。アントニアとペトロネラって名前の娘なんだけど、奥様にはヘコヘコする一方で使用人相手には威張りくさってほんと腹が立つったら。奥様のお気に入りポイントが下がった時には、アルベルお嬢様をいびったら上がるってみんな知ってるから、周期的にお嬢様の前に現れては嫌がらせをしてくるのよ、あの連中。とにかく奥様と取り巻き共はお嬢様に近づけないで。」
「はい。」
「まあ、護衛騎士のビルギットもいるし、いざとなったら騎士達に助けを求めな。騎士達はみんなエルハルト様とアルベル様の味方だから。奥様は騎士達の事『下水道と一緒で必要な物とわかっているけれど近寄りたくないわ。汚いから。』っていつも言ってるから、騎士達には嫌われてるんだわ。」
「はあ。」
「奥様はとにかく気分屋なの。奥様の機嫌をとらなくても奥様に無条件で愛されているのは一人だけ。一人息子のリヒャルト様よ。エルハルト様との仲ももうすっかり冷え切っちゃっててさ。リーリエ様とローゼマリー様はちゃっかりしてるから、まあなんとか奥様の機嫌を適当にとって上手くやってるけど、マルガレーテ様はダメね。お互い口も聞かないの。マルガレーテ様には1歳年下のエルネスト様って弟がいたのよ。奥様はエルネスト様を溺愛していてマルガレーテ様にはもともと冷たかったんだけど、その二人が王都ではしかが大流行した時、はしかにかかっちゃってね。マルガレーテ様は回復したけどエルネスト様は亡くなってしまったの。その時に『どうしてエルネストが死んでしまったの!マルガレーテが死ねば良かったのに!』って奥様が言っちゃったから、それ以来マルガレーテ様は奥様を許せないってわけ。で、奥様は自分に反抗的な子供の機嫌をとるタイプじゃないから、そのまんま絶縁状態ってわけよ。」
私にもろくでなしな父がいましたので、親は無条件に子供を愛する存在ではない、という事はわかっています。ただ、それにしても、伯爵夫人は自己中心的で気分の悪くなる方です。貴族云々という前に人として終わっています。
アルベル様を守ってあげなくては、と私は固く思いました。
私の仕事は、まずアルベル様を朝起こすところから始まります。
自分の支度を済ませた後、アルベル様の部屋に行き洗顔のお手伝いをします。けれど、伯爵邸は水道も温水道も通っていますので、私がかまどでお湯を沸かしたり、沸かしたお湯を洗面器に入れて運んだりする必要なんかありません。アルベル様が室内の洗面室に自分で行き、蛇口を捻って自分でお湯で顔を洗います。私の仕事は、側でタオルを持っておく事だけです。
その後、着替えを手伝い食堂へ一緒に行きます。給仕係の侍女は別にいるので、給仕は彼女達に任せて私は別の食堂で自分の朝ごはんを食べます。料理は、西館の料理人が作るのですが、とってもおいしいです。
午前中は、家庭教師が来られるのでアルベル様は毎日お勉強です。歴史や文学について学ばれるのですが、とても面白い内容です。私はずっと側に控えて、一緒に話を聞いているので私の勉強にもなります。週に2日は音楽の勉強でピアノやハープを弾くのですが、教師をされるのは、アルベル様のお父様の妹君、つまりアルベル様の叔母様です。カロリーネ様というお名前なのですが、ご自分にお子様がいらっしゃらないので、アルベル様やメグ様の事をご自分の娘か孫のように可愛がっておられます。
アルベル様とメグ様もとてもカロリーネ様を慕っておられます。ちゃめっ気のある優しい貴婦人で、私達侍女や騎士達にもとても優しく接してくださいます。
リーリエ様もカロリーネ様が大好きみたいで、カロリーネ様が来られる日は必ず西館にお越しになります。
勉強が終わって昼食がすむと、アルベル様は大抵散歩に行かれます。私は日傘を持ってお供します。散歩と言っても庭を歩くだけですが、その庭が迷子になりそうなほど広いのです。綺麗な花園を通る時もありますし、お庭で胡桃や椎の実を拾ったりもします。椎の木の下には大抵野生のリスが何匹もいて、とっても可愛らしいです。裏庭では卵を産んでもらう為、鶏やアヒルを飼っていますので、それを見に行く時もあります。
騎士達の訓練場を見に行く時もあります。私は初めて行った時、あまりの汗臭さにクラっときたのですが、お嬢様は慣れているのか全然平気そうでした。騎士達は皆お嬢様が大好きです。騎士達の許可をとって、馬にニンジンやリンゴをあげたりします。
楽しい時間ですが、万が一にも伯爵夫人とその取り巻きに出会ってしまわないよう注意が必要で、それに1番気を使います。
夕方から夜にかけては、メグ様と他愛無いおしゃべりをしたり、刺繍をしたりしておられます。私ともおしゃべりをします。アルベル様は王都の外へ出た事が無いそうです。なので、他の街に興味があるみたいです。私の生まれ育った街や、妹や弟の話を喜んで聞いてくださいます。
どんなに忙しくとも、伯爵様は必ず週に一度はアルベル様とメグ様と夕食を一緒に取られます。メグ様は、あまりお父上と話をしたがりませんが、アルベル様は嬉しそうに話をされておられます。
帰る時には必ず、私とメグ様の専属侍女に「何か変わった事はないか?」と聞かれます。そして私達にも「何か困っている事はないか?」と質問してくださいます。
リエ様やマリ様は、伯爵夫人や親戚の方々と他家のお茶会に行ったり、観劇に行ったりされますが、アルベル様もメグ様もずっと家に引きこもってどこにも行かれる事はありません。
そんなアルベル様の一番の楽しみは、お友達のエレオノーラ様が訪ねてくださる事です。エレオノーラ様は先代の伯爵様がお決めになった、リヒャルト様の婚約者です。
健康的な肌色をしたボーイッシュな美人で、いつも伯爵邸に馬に乗って颯爽とお越しになります。
そんなエレン様の事をペトロネラは
「男みたいな格好をして馬になんか乗って本当に野蛮だわ。あんな女が婚約者でリヒトお兄様が可哀想。」
と陰口を叩いていました。
皆様お分かりになられるかと思いますが。侍女の仕事はとっても楽です。
キノコ工場で働いていた頃の方がよっぽど体力がいりました。
文化的な邸宅。優しい同僚。素敵なご主人に囲まれて仕事はとっても楽しいです。正直、西館勤務になって良かったって思います。もし本館勤務だったら、嫌な思いをいっぱいしたと思います。
そんなある日。
建国祭の直前。リヒャルト様がアカデミーから、お友達を連れて戻って来ると連絡がありました。
本館は大騒ぎで、皆浮き足だっていました。でも、メグ様は渋い顔です。
「せっかく静かなのにうるさくなる。」
と言って不機嫌になっておられます。
正直、あの伯爵夫人に溺愛されている方だから、嫌な人なんだろうなあ、と私は勝手に思い込んでいました。
だけど、アカデミーから戻って来て西館に顔を出されたリヒャルト様は、溌剌としたとても優しい方でした。
伯爵様同様背が高く、清潔感と品があって、お顔立ちは伯爵様より整っています。
「メグとアルベルにお土産。」
と言って、枕ほどの大きさのあるメジロとホオジロのぬいぐるみを渡されました。
アルベル様は
「ありがとう。」
と言って笑顔で受け取っておられましたが、メグ様は
「またぬいぐるみ。」
と言って、渋い顔をされていました。
「アルベルに紹介したい人がいるんだ。私の友達のフランツだ。」
そう言って、一緒に連れて来た少年を紹介されました。
「初めまして。シュテルンベルク令嬢。フランツ・フォン、エーレンフロイトと申します。以前、こちらの館をお訪ねした時に、貴女の姿をお見かけして、その美しさを忘れる事ができなかったのです。どうか、この花束を受け取って頂けませんか?」
フランツ様はとてもハキハキとした声でそうおっしゃいました。
この時、リヒャルト様は16歳、アルベル様が14歳、メグ様が12歳、フランツ様が11歳でした。
リヒャルト様とアルベル様はもう大人と変わらない背の高さです。でも、フランツ様は幼い子供のように見えました。メグ様よりも背が低く、アルベル様の肩くらいしかありません。声も声変わりしておらず少女のようです。
おそらく、その場にいた全侍女が「やだー、可愛い。」と思った事でしょう。
アルベル様も
「まあ、嬉しいですわ。」
と言って花束を受け取られました。
思うのですが、この時花束を渡そうとしてきた相手が、16歳の女性慣れしている雰囲気の男性だったらアルベル様は花を受け取らなかったのではないかと思います。
だけど小さな男の子が、精一杯大人の真似をして、頑張っている姿に微笑ましいものを感じられたのでしょう。
といいますか、この状況で「いらない。」などという大人の女がいたら、その女は鬼です。
そしてアルベルお嬢様は、人一倍どころか人三倍くらい優しい女性なのです。
「あの、時々お手紙を差し上げてもかまいませんか?」
と、フランツ様は頬を赤くしながら言われました。
「お手紙ですか?」
アルベル様は淑女ですから、さすがにすぐにOKは出されません。
「難しく考えないでくれ。どうせアカデミーは、家族以外の異性からの手紙は受け付けていないから、フランツが一方的に出すだけだ。返事は書く必要がない。」
とリヒャルト様が言われました。
「そういう事でしたら。」
とアルベル様は言われました。それだったら読まずに捨ててもバレませんしね。
「ありがとうございます。あの、アルベルティーナ様とお名前でお呼びしてもかまいませんか?僕の事もフランツと名前で呼んでください。」
「わかりました、フランツ様。私の事も名前でお呼びください。」
「ありがとうございます。」
フランツ様が目をキラキラさせて言われました。まるで仔犬が尻尾をふっているかのような、そんな幻覚が見えてきそうです。
「さて、そろそろ本館に帰らないと母上がうるさいからな。一旦帰るけど、一度私と友人達をお茶会に招待してくれよ。」
「わかりました。明後日の午後はどうですか?」
アルベル様がリヒャルト様にそう答えられました。
「アントニアとペトロネラは連れて来ないで。西館には入って来て欲しくないの。」
とメグ様が言われます。
「わかった。それと、もしできたら・・。」
「わかっています。エレオノーラ様をお呼びしますね。」
「ありがとう。じゃあ、ほらフランツ帰るぞ。」
「・・はーい。またお会いしましょうね。アルベルティーナ様。」
そうして、フランツ様はリヒャルト様に引きずられて連れて帰られて行きました。
「お可愛らしい方ね。」
と言って、アルベル様は微笑まれました。
その時は、私もアルベル様も、あの小さな少年が将来アルベル様と夫婦になるなんて想像もできずにいたのでした。