軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(2)(ゾフィー視点)

王都は生まれた街とは比べ物にならないほど広く、見た事もないほどの人で溢れかえっていました。

こんな大きな街でやっていけるかしら?と不安になりました。家にあった服の中で一番良い服を着て来ましたが、それすらも野暮ったく貧相に見えました。私以外の全ての人は自信に満ち溢れ、とても輝いているように見えました。

シュテルンベルク邸はとても巨大な館でした。門の側に門番をしている騎士が二人いましたが、筋肉の塊のような体つきをしていて、鋭い視線で見つめられると恐ろしい気持ちになりました。私は、父の事があったので、騎士という人種が苦手でした。私が何者なのか、何の用事で来たのか、根掘り葉掘り聞かれると怖くて泣き出しそうになりました。私みたいな、貧乏な小娘は入ってはいけないと怒鳴られるのでは、と思えてようやく門を通らせてもらえた時は、涙が溢れそうになりました。

シュテルンベルク邸の広い庭はこのうえなく美しく、館はとても巨大でした。調度品の全てに、とてもお金をかけている事が高価な物を見慣れていない私でもわかります。私は、首にかけたオパールのペンダントをギュッと握りしめました。たくさんの旅費をかけてここまで来たのです。ここまで来たからには必ず雇ってもらわないと。その為には何でもしなくては、と思いました。

館の中にとても広い部屋があり、豪華なピアノも置かれていて、そこでお茶会が開かれている真っ最中でした。テーブルの上には溢れそうなほどお菓子が並べられ、ソファーに腰掛けた貴婦人達のドレスはとても色鮮やかで、まるでたくさんの花が咲いているようでした。

その中で、最も豪華なドレスを身にまとった中年の夫人がシュテルンベルク伯爵夫人でした。

その部屋に入って30秒ほどで、私をここまで連れて来てくれたデーニッツ夫人と伯爵夫人は友達などではない、という事がわかりました。

デーニッツ夫人は、無数にいる伯爵夫人の取り巻きの一人であり、それも末端の立場のようで、伯爵夫人はデーニッツ夫人の名前も正確に覚えていないようでした。デーニッツ夫人は、田舎で他の田舎者達相手に見栄をはっていたのです。

「うちで働きたいだなんて急に言われても困ってしまうわ。」

伯爵夫人は豪華な扇子の陰で大きなため息をつきました。

「そんな人達が毎日押しかけてくるの。だいたいは、身の程知らずで礼儀のなっていない無礼な子。伯爵家の品位にとても釣り合わないような子達ばかりなのだもの。」

そう言うと、周囲の貴婦人方がケラケラと笑い始めました。

「ねえ、あなた。田舎では、そんな服が流行っているの?」

と伯爵夫人のすぐ側に座っていた赤毛の女の子が言いました。年齢からいって、伯爵夫人の娘さんでしょうか。

「おかしい。そんな服初めて見たわ。ああ、おかしい。ねえ、皆さん。そう思われない?」

そしたら、皆がますます笑い始めました。デーニッツ夫人まで一緒になって笑っています。

「申し訳ありません、パウリーネ様。私は、あなた程度じゃ無理、と言ったのですよ。なのに、どうしてもパウリーネ様に一目お会いしたいと聞かなくて。」

とデーニッツ夫人は言いました。伯爵夫人の名前はパウリーネというのか、と何となく思いました。

「でも、けっこう顔は綺麗な子じゃないか?王都の水で洗ったら、だいぶ見られるようになるんじゃないか?」

と30代くらいの金髪の男の人が言いました。すると、伯爵夫人は明らかにムッとされました。

「そういう娘が一番困るのよ。田舎でなら一番美人だった、という子。身の程知らずにもリヒャルトに色目を使ってきたりして。リヒャルトは、特別な子なの。大事な息子にハエのように寄ってきて、付き纏われたらたまらないわ。あの子は優しいから、どんな女にも礼儀正しく振る舞うし。それで、勘違いして増長するバカな娘達が多くて本当に困ってるのよ。」

「そうそう、挙句にウジを産んでリヒト兄様の子だとか言い出すのよ。ほんとバカよね。デーニッツ夫人。伯母様は、そんな女視界に入れるのも嫌みたいよ。さっさと追い払うか叩き潰してよ。」

「まあ、ペトロネラはさすがに賢い子ね。私の気持ちをよくわかってくれるわ。ふふ、例えもとっても上手。」

そう言って、伯爵夫人は赤毛の少女の頭を撫でます。

「本当に申し訳ありません。パウリーネ様。」

デーニッツ夫人は平謝りをし始めました。

何なの、この人達!

怖いのを通り越し悔しくなりました。何でこんな事言われなきゃならないの?一応親戚でしょ⁉︎なのに何で、ハエとかウジとか言われなきゃならないの?こんな人達が『貴族』なの?お金持ってる事がそんなに偉いの?

デーニッツ夫人にも腹がたちました。デーニッツ夫人と伯爵夫人が友達でもなんでもないってわかっていたら、こんな所に来なかった!時間とお金を返してよ!と思いました。

それと同時に、私は貴族の家で働くって事がわかっていなかったんだ。と思いました。こんな、意地が悪くて冷たい世界。それが貴族の世界なんだ!夢見ていた世界がガラガラと崩れて、私は立っていられないような気持ちになりました。

その時でした。

一人の男性がお茶会の会場に現れたのは。

その男性は、お茶会に招待されている他の男性達よりずっと地味な服を着ていました。今ならわかるのですが、男性が着ていたのは外出用の茶会服ではなく、自宅用の普段着だったのです。それなのに、その男性には、その場にいた誰よりも気品がありました。

黒い髪に黒い瞳で、背が高く、別に驚くほどの美男ではありませんでしたが、人目を集めずにはいられない何かがありました。

招待されていたお客様達がザワザワし始めました。伯爵夫人も目を見開いていました。

「まあ、エルハルト。」

と伯爵夫人が男性の名前を呼びました。

「あなたが顔を見せるなんて珍しい事。でも、服装のマナーは守って頂きたいわ。そんなだらしない格好で私のお友達の前に出るなんて。」

「ああ、すぐ出て行くから気にしないでくれ。デーニッツ夫人が来られていると聞いてね。」

「ま、まあ、何でございましょうか。伯爵閣下!」

デーニッツ夫人がうわずった声で言いました。

私も慌てて、頭を下げました。下げた頭に伯爵様の視線を感じます。

ですが伯爵様は優しい声で

「楽にしてくれていい。夫人も。そちらのお嬢さんも。」

と言ってくださいました。

「門番をしていた騎士に聞いたんだ。デーニッツ夫人が侍女志望の女の子を連れて来てくれた、と。今ちょうど西館で働いてくれる子を探していてね。君、西館で働いてくれないだろうか?」

突然の事に驚きました。

「西館ですか・・。」

と、なぜかデーニッツ夫人は口ごもっています。

「あなた!侍女を差配するのは、私の権限です。勝手な事を言わないで!」

と伯爵夫人が大声をあげました。

「だが、1ヶ月も前から西館に侍女が一人欲しいと言っているのに、誰も西館に行きたがらないからと言って、侍女が決まらないではないか。西館は侍女を必要としていて、こちらのお嬢さんは働き口を探している。ならば何の問題もないだろう。デーニッツ夫人の紹介なら身元も申し分ない。ぜひ君に働いて欲しい。」

突然の展開にびっくりしました。だけど、願ってもいない話です。西館というところがどんな魔窟かは分かりませんが、私は帰る事はできないのです。

「ぜひ、お願い致します。」

と私は言いました。

「なら、西館へ行こう。ついておいで。」

「あなた!」

「私の決定だ。西館の事については君に権限は無い。」

伯爵夫人が怒りに震えていてデーニッツ夫人は怯えているみたいです。それでも、私はついて行きました。

この瞬間に私の運命が変わったのです。

本館自体が大きいので西館まではけっこうな距離がありました。その間に西館についての説明を伯爵様はしてくださいました。

「西館には、私の末娘と一番下の妹が住んでいるんだ。君には、妹の専属侍女になって欲しいと思っている。ずっと妹に仕えていてくれた子が結婚して外国に行く事になって後任を探していたんだ。妹とは母親がちがうので私と妹は年が離れている。妹は今14歳だ。君は何歳だい?」

「15歳です。」

「そうか、なら君の方がお姉さんだね。至らない点も多いかもしれないが妹をよろしく頼むよ。」

そう言って伯爵様は微笑まれました。

ああ、この人は本物の貴族だ。と思いました。思えば、この人こそが聖女エリカ様の子孫であって、伯爵夫人は子孫ではないのです。

やっぱり、聖女様の子孫は違う。と思いました。

西館に着くと、居間ではお茶会の最中でした。でも、本館のお茶会とは全然違います。素朴なお菓子とお茶が並べられ、四人の黒髪の少女達が和やかに会話を楽しんでいました。

「おや、リーリエとローゼマリーもこちらに来ていたのか?」

「あら、お父様。そうよ、今日は本館でお母様お気に入りの金髪歌手を囲んでの音楽会なの。あの、音痴な歌を延々と聞かされるのはたまんないから逃げて来ちゃった。」

髪をハーフアップにした、一番年嵩の少女がそう言いました。

「いい加減、あの歌手が売れないのは、世間がオロカだからではなく、あの男に才能が無いからってお母様も気づいて欲しいわね。30過ぎて、顔も劣化してきたし。」

髪をツインテールにした少女がそう言いました。

「お兄様、その方は?」

髪を結んでいなくてカチューシャをしている少女がそう聞きました。

「アルベルの新しい侍女だよ。」

と伯爵様が言われると

「やーっと決まったの?」

と一番年下に見える、四人の中で唯一髪にウエーブがある少女が言いました。

「本館で見た事のない顔ね?」

とハーフアップの少女が言いました。

「デーニッツ夫人のお身内だそうだ。」

「誰だっけ、その人?」

「お母様の遠い親戚よ。」

「お母様の方か。お父様の親戚の方がアルベルも良かったんじゃないの?」

「お兄様が決めてくださった方なら私はかまいません。」

と言って、頭にカチューシャをしたアルベルティーナ様は微笑まれた後

「私はアルベルティーナといいます。アルベルと呼んでくださいね。あなたのお名前はなんて言われるの?」

と聞いてくださいました。

「ゾフィー・フォン・バルシュミーデと申します。よろしくお願い致します。アルベルお嬢様。」

伯爵様は優しい目で私達を見た後

「この子は、私の次女のリーリエだ。」

とハーフアップの少女を紹介してくださいました。

「リエって呼んでね。」

とリーリエ様は笑顔で言われました。

「それから、この子が三女のローゼマリー。」

「マリよ。よろしく。」

ツインテールの少女がそう言ってウインクしました。

「そして、この子が四女のマルガレーテ。」

髪にウエーブのある女の子を紹介されました。

「・・・。」

「メグ挨拶なさい。」

とリーリエ様が言われました。

「・・メグです。」

「長女は、もう結婚して家を出ているんだ。後はリヒャルトという息子がいるが、今はアカデミーに行っている。じゃあ、詳しい事は西館の侍女長のヨハンナに聞いてくれ。西館は本館とは使用人の指令体系が違うから、本館の侍女長やパウリーネが何か言ってきたり、クビにしようとしてきても、従う必要はない。何かあったらヨハンナに相談してくれ。そうすれば私に話が通るから。では、よろしく頼むね。」

そう言って伯爵様は出て行かれました。

それが私とアルベルティーナ様との出会いでした。