軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 冷たい言葉

「印は、このスラムの支配者がシルヴィエという者になってから始まった習わしのようです。次に自分たちが攻撃する場所はここだと、宣言しているのですね」

ダリアがそう説明してくる。

……このスラムに支配者とかいたの?

なにその若い青少年が好きそうな言葉……。恥ずかしくないの?

というか、他人の家に落書きする習わしってなんだよ。ちゃんと掃除しに来いよ。

……と思ったけど、結局信者の誰かが掃除するから別にいいや。

「……色々と疑問点はありますね」

「ええ。そもそも、どうしてこんなまどろっこしいことをするのでしょうか? 相手に襲撃予告をすれば、備えられるのは必然。そうすると、襲撃する側の被害も大きなものとなるはずですが……」

「それ以上のメリットがあるのではないでしょうか? シルヴィエは完全にこのスラムを支配できているので、彼女の戦力は非常に大きなもので、恐れられています。これから攻撃すると予告されれば、抗うことよりも逃げることを優先してしまう者が多い。結果として、戦闘にならずに財物を奪うことができるのでしょう」

俺とユーリエの疑問に、ダリアが困ったようにため息をつきながら答えた。

……そんなにビビられるくらい、容赦ないの?

だとしたら、俺もおじけづいたんだけど。

「それに、むやみやたらに虐殺を楽しむような性格でもなさそうです。無駄に命を奪うことを避けるために、わざわざ予告しているのかもしれませんね。まあ、私たちにとってはまったくもって無駄な配慮ですが」

クスクスと笑うダリア。なにわらとんねん。

シルヴィエとかいうやつは、支配者だしやっていることは悪辣極まりないけど、快楽殺人鬼ではないということか。

全然安心できないんだけど。

もう逃げよう。ここ捨てて逃げよう。

最近信者増えてきて暮らしづらくなってきていたし、ちょうどいいじゃん。

お金は少しまとめてもらっていこう。それでしばらくは生きていけそう。

「しかし、どうして私たちに目をつけたのでしょうか……。スラムの武装組織とは、あまり関わり合いを持っていなかったつもりですが……」

「それは分かりません。私たちは何もしていませんから。当然、私たちは何も悪くありません」

「そ、そうですね」

微笑みながらきっぱりと断言するダリアに、なぜかうすら寒いものを感じた。

宗教家が何も悪くないとか言い出すの、なんか怖いんだよ……。

裏で何かやってそう。

……まあ、うちに限ってそんなことはないか!

「ですが、ここに至っては仕方ありません。ここは一度、避難をしなければ……」

「そうですね、教祖様。わたしたちはともかく、優しい信者の方々を危険な目に合わせるわけにはいきませんものね」

俺とユーリエは一瞬視線を交差させてうなずいた。

お互い、考えることは同じのようだ。

とりあえず、逃げる。これが大事。

ちなみに、逃走に失敗しそうになったら、お互いのことを生贄にして逃げるつもり満々である。

人間の屑がこの野郎……。

『……もしかして、このまま逃げてうやむやにしようとしている? 絶対に逃がさんぞ……っ! 君たちだけは……っ!』

姿が見えないのに、ものすごい呪いの気配を感じ取る……!

ふざけんな! どこが善神だ! 自分のしていることを顧みてみろ!

「……私たち程度の存在のことまで気にかけていただけるなんて……。教祖様と聖女様を戴くことができる私たちは、本当に幸せ者です」

目をうっすらとうるませるダリア。

うん、そういった反応が怖いんだよ。

普通でいいんだよ、普通で。

「ですが、ご安心ください」

「え? 安心?」

「はい」

ニコニコと笑うダリアに、俺とユーリエは首を傾げる。

何が言いたいんだ、この女は?

質問を投げかける前に、さらにダリアが口を開いた。

「すでに、こちらで手を打っております」

ズドーン! と重たい音が鳴り響いた。

そして、巻き上がる黒煙。

それが、スラムのあちこちで発生している。

何条もの黒い煙が、空高く昇っている。

……テロ?

「「…………」」

『うひょー』

俺とユーリエが呆然とする中、マガツヒ様の気の抜けた歓声が聞こえてきた。

善、神……?

「ぎゃああ!?」

「に、逃げ……ぐぎゃっ!!」

「あ、ああ……」

目の前で失われていく命を見て、男はただ震えることしかできなかった。

彼の人生は、それなりにうまくいっていたと自負している。

街で罪を犯し、スラムに逃げてきた。

ここはある種の治外法権のような地域で、官憲が追いかけてくることもなかった。

表社会ではまともに生きていけないはぐれ者が集まるのが、このスラム。

しかし、そんな閉鎖的な場所でも、捕食者と被捕食者に分けられる。

幸いにして、男は捕食者側。すなわち、このスラムを支配している組織に入ることができた。

それからの人生は、より男にとって満足できるものだった。

他者を虐げるのは気持ちがいいし、奪い取ったもので贅沢な暮らしができていた。

粗暴で乱雑な性格の彼にとって、ここは楽園のような場所だった。

それこそ、シルヴィエにさえ逆らわなければ、普通以上の生活が約束される。

他人に頭を下げなければならない仕事もなく、ただ他人から奪うことが仕事だ。

それは、彼の性格にとてもあっていた。

今回も、そんな簡単な仕事のはずだった。

対象は、スラムを拠点にしているマガツヒ教という宗教組織。

天使教の過激派みたいな連中なら相手にしたくないが、実態はスラムの孤児たちを集めて共同生活なんてしている、生ぬるい連中だ。

ガキを集めて何になるのか、ばかばかしい。

そんな甘ったれた連中が相手なら、万に一つもないだろう。

いつものように印をつけて、襲撃の準備をする。

自分のように他人を痛めつけて悦に浸りたい嗜好を持っていると、この印という前準備が不要だと思うのだが、シルヴィエの意向なのだから仕方ない。

襲撃の準備も整い、いざ行動に起こそうとした時だった。

「こんにちは」

彼らの前に現れたのは、一人の長身の女だった。

長く綺麗な黒髪の姫カット。眼鏡とところどころに点在しているほくろが特徴的。

思わず目を引き付けられるほどの美しい女だった。

何より、男の目を引き付けてやまないのが、衣服越しにもわかるほど大きな胸と尻だ。

それは、彼だけでなく、襲撃に備えていた仲間たちもそうだった。

「おいおい。こんな場所にどうしたんだよ。今から俺らは仕事があるんだ。そのあとでなら、いくらでも……」

ニヤニヤと笑う仲間。

だらしなく頬が緩むのも仕方ないだろうと思い、自分もそんな顔をしているのだろうと少し気を引き締める。

さすがにみっともなかったからだ。

それが、ほんの少し彼の命を伸ばすことに成功した。

「死ね」

女――――シーサイスのそんな冷たい言葉とともに、男たちの首が飛んだ。