作品タイトル不明
第1話 元凶の3人
立派な装束に身を包んだ男がいた。
彼の後ろには、大勢の兵が連なっている。
彼が抱える私兵団である。
しかし、ごろつきが抱えているようなチンピラ集団ではない。
何せ、彼は一つの街を収める貴族である。
その私兵というのも王国に雇われていないという意味であって、正規軍に他ならないのだ。
練度の高さも相応のもので、そんな彼らを従えていると満足感に浸れそうなものだが、彼の顔は曇っていた。
「まさか、このようなことになるとはな……」
「アリドーラ様……」
側近が気づかわし気な声音で名を呼ぶ。
名を呼ばれた貴族の男、アリドーラは苦笑いする。
自分を気遣ってくれるのは嬉しいが、今の状況でそれをされると、自分の惨めさが際立ってしまう。
「くくっ、これは一生の笑いものになるな。俺が死んだ後も、最も無能な領主の一人だと語り継がれることだろうさ。俺は大して力もない貴族で、歴史に名を遺すことなんてできやしないと思っていたが……まさか、このような形で名を遺せるとはな」
自分の愚かさに笑ってしまう。
歴史上で、賊に街を乗っ取られた貴族がいるだろうか?
自分が知らないということは、存在しなかったということだろう。
長い王国の歴史の中で、こんな不祥事は史上初だ。
アリドーラが自嘲する通り、彼の治める街は、現在乗っ取られていた。
自分の支配する街に、彼は入ることができないでいる。
どれほど滑稽なことか。自分と仲の悪い貴族が見れば、腹を抱えて笑うことだろう。
自分の家に帰れず、外でポツンと立ち尽くす貴族。
自分のことでなければ、アリドーラもげらげらと笑っていたことだろう。
「奴らはアリドーラ様が留守の間を狙って蜂起した恥知らずの連中です。我らは奴らをすぐさま八つ裂きにし、首謀者の首を御身の前に連れてくる所存です」
側近の言葉通り、この反乱はアリドーラが不在の間を狙って起こったものだった。
彼がそこにいれば、まさか叩き出されるようなことはなかっただろう。
仕事の一環で街の外に視察に出て、戻ってきたらこうなっていた。
街から追い出された兵に報告を受けたときは、たちの悪い冗談だと笑ったほどだった。
実際に、自分が街に入ることができず、趣味の悪い旗がいくつも立っている街の防壁を見れば、それが事実だと認めざるを得ないが。
「頼もしいな。だが、すでに結果として俺の街は乗っ取られた。歴史書に記されるのは、そのあたりだろうさ」
アリドーラの言葉は、ずっと穏やかなものだった。
側近も、前代未聞の不祥事を引き起こされているというのに、どうしてこんなにも平然としているのかと疑問に思っていたほどだ。
だが、それは決して彼が何も感じ入っていなかったわけではないのだ。
ギリッと強く歯を食いしばり、ついにその感情は爆発した。
「……っ! どうしてこんなことになった! 留守を任せていた兵もいただろう!? 少なくとも、一か月程度は籠城できるほどの兵力と備蓄は残しておいたはずだ! なのに、どうしてこんなあっさりと街を落とされた!?」
「そ、それは……。スラムの住人が蜂起したと……」
そう、アリドーラの治める街を乗っ取ったのは、なんとスラムの人間である。
最も気にされることがなく、だれにも気遣われることのない人々。
少なくとも、アリドーラにとってはそうだった。
施政者として、税を納めない人々のことよりも、納税者を優先するのは当然だと考えている。
その結果がこれだ。
「スラムの人間に落とされる兵があるか! クソ……! 街を取り返したとしても、俺はもう終わりだ! このことは、必ず王都に報告がいく。俺はもう……」
一度スラムの人間に街を奪われた貴族に、同じ領地を任せるとは到底思えない。
今の地位は存在しなくなるだろう。
だからと言って、不貞腐れて何もしないわけにはいかない。
そうなれば、今の立場を追われるだけでは済まなくなる。
「だが、ここで街を取り返せなければ、俺の命すら危ない。何としてでも、街を乗っ取った下手人どもを駆逐するぞ!」
「は、はっ!」
この怒りは、あの下手人どもにぶつける。
愚かな行動に走った奴らを、徹底的に痛めつけ、皆殺しにするのだ。
頭の中を切り替え、アリドーラは側近に問う。
「よし、敵の情報を教えろ。まさか、街を個人で落としたわけではあるまい? 何かしらの犯罪組織だろう?」
「はっ。奴らは宗教組織のようでして……。天使教ではないので、おそらく土着の新興カルトではないかと思われます」
「宗教だと……? この世界で新興宗教を立ち上げ目立つ行動するとは……バカなのか?」
眉を顰めるアリドーラ。
スラムの人間が、連帯感を持って今回の行動をとったとは考えていなかった。
同じスラムにいるというだけで仲間意識はないだろう。
何なら、自分のための踏み台、食い物にする獲物としか思っていないはずだ。
そんな彼らを取りまとめているのが、宗教ということだろう。
人種、性別、出生地。それらが違っていても一つになることができるのが、宗教である。
しかし、この世界では、すでにそのパイは一つのものに握られている。
天使教。世界最大の宗教組織である。
この世界の多くの国で国教として定められており、信者数もあらゆる宗教の中でも断トツのトップである。
世界は当然広いため、すべてを管理しきることはできず、いくつかの宗教は興っている。
だが、それらは決して天使教の意に反することや、歯向かうようなことはしない。
勢力の強大さが、そんなことを許さないのだ。
だというのに、アリドーラの街を乗っ取った奴らは、おこがましくも誇らしげに異教徒であると知らしめている。
たとえ自分が彼らを殺さなくとも、天使教によってつぶされることだろう。
それはいい気味なので、アリドーラは少し留飲を下げる。
「それで、その名前は?」
「はっ。名前は……」
街から逃げてきた兵から聞いた宗教の名前を言った。
「――――――マガツヒ教、です」
その名は、のちに天使教と激しく敵対し、世界中にその名を恐怖とともに知らしめる、おぞましいカルトの名だった。
一方で、そんなアリドーラ軍と相対する、街の中の反乱者たちの首謀者はというと……。
「……おかしい。どうしてこうなった?」
マガツヒ教教祖、ライアーは、激しく困惑しているのであった。
◆
街の壁の上から外をこっそりのぞき込む。
矢とか魔法とか飛んで来たら危ないからね。これはとても合理的な行動。
こそこそと外を覗き見て……俺は絶望した。
大地を覆いつくさんばかりの……というわけではないが、こちらを囲むようにしているのはこの街の領主の軍である。
そう、貴族だ。俺は、今貴族と敵対し、相対しているのである。
おかしい……おかしい……。
「何がどうなってこうなったんだ……? 誰が貴族と敵対して殴り合いをしたいと言った? そんなこと、微塵も考えていなかったんだけど」
「そんなのこっちが聞きたいくらいなんだけど……。私、あなたに騙されて付き合わされただけなのに……」
俺の純粋な疑問に答えたのは、隣で同じようにしてこそこそと外を覗き見ている女だった。
さすがにこんな姿をあいつらの前でさらすわけにはいかないが、こいつ相手なら今更である。
ユーリエ。
白くて長い髪が特徴的な、俺の腐れ縁である。
内面はクズだが、見た目がいいのと猫かぶりがうまいので、俺のために利用している。
……それはその通りなのだが、こいつ、ちゃっかり自分だけ逃げようとしているな。
すべての責任を俺に押し付けながら。
そうはいかん。死ぬのはお前だ。
「凄いな、お前。過去を改変しようとしているのか。神かな?」
「まあ、女神並みの美しさではあるわね」
「皮肉だよ」
ふふんと小さな胸を張るユーリエ。
惨めだからやめとけばいいのに……。
ただ、見た目は確かにいいので、あいつらからの支持も厚い。
人気集めにはちょうど良かったんだけどなあ……。
「しかし、困ったな……。これ、どうするかな……。逃げる、のは難しそうだ。戦うのも、鍛えられた軍人とスラムでウジウジしていた底辺だとなあ……。囲まれているし。となると、責任逃れか……」
じとっとユーリエを見る。
生贄にはいい塩梅だ。
しかし、あいつらはどうしてあんなにも好戦的になっているのか。
当たり前のように貴族と正面衝突しようとするのやめてくれる?
間違いなく負けるし、万が一貴族に勝てたとしても、今度は王都から討伐軍が出てくるだろ。
貴族に反抗して倒したなんて、ほかの貴族が認められるはずもないし。
つまり、死ぬまで終わりのない戦いを強いられることになるのだ。
……というか、もうなっていた。なんで本当にこんなことになってんだよ。
ともかく、ここまで来てしまったからには、もはやどうしようもない。
騒いでいるあいつらを利用し、乱戦のさ中に姿をくらます。
これしか方法はない。
その際には、俺と同じくらいに地位の高いこいつを生贄に捧げるほうが効率的である。
さて、どうやってこいつを……。
俺も戦う力はないが、ひ弱な女だ。縛り上げることくらいはできる。
そうやって逃げるしかないか。
と考えていると、ユーリエが鼻で笑ってきやがった。
「誰の顔を見て言っているのかしら? 教祖様」
「お前だよ、聖女様」
マガツヒ教教祖、ライアー。
マガツヒ教聖女、ユーリエ。
それが、俺たちの立場と名前である。
貴族からすれば、反乱の首謀者としてどちらかを捕らえることができれば、満足するだろう。
つまり、俺たちの中で生き残ることができるのは、どちらか一方のみ。
「…………」
「…………」
にらみ合う俺たち。
勝負は……一瞬……!
「全部の罪を被って死ねえ、ユーリエ!!」
「あなたのことは忘れないわ、5分くらい! ライアー!」
「なんで身内同士で殺し合いしそうになっているの!? この馬鹿二人!」
お互いにとびかかって頬を引っ張り合っているとき、とある女が止めに入ってきた。
彼女こそ、我らが女神、マガツヒ様である。
そう、今回の、すべての元凶にして最高責任者である。
処刑するのであれば、こいつの首でお願いします。