軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百七十九話 基本原則

これは大人の話だ。

感情を抜きにした話をしている。

それでも。

「貴重な宝物で納得すると思われるのは癪だな」

「シルバー」

「理解はできる。俺に四宝聖具を渡し、俺を強化したうえでノーネームに釘をさす気なんだろう? 先代はともかく今代はお前の忠告なら聞くだろう。帝国にはしばらく手を出さないかもしれない。それは理解できる」

「理解できるなら受け取ってほしいわね」

「帝国に手を出さないからそれでいい。俺が帝国の人間なら頷くだろう。だが、俺は冒険者だ。民のために。この基本原則にそって活動してきた。今更、それを蔑ろにする気にはなれんよ」

「その基本原則に私が誇りを感じてないと言うつもりかしら?」

「そうは言わん。苦肉の策だと理解している。だが、先のない、その場しのぎに協力する気にはなれん」

リナレスとて冒険者だ。

ノーネームを放置していいとは思っていないだろう。特に先代は。

だが、今代は先代の介入を受けており、先代に何かあればきっと抵抗するだろう。

先代自身も元SS級冒険者だ。排除するには大物すぎる。

現状維持がもっとも丸い。安定の方策だ。

しかし。

「弟子を大切に思う気持ちはわかる。力を行使するには今は時期が悪いというのもわかる。だが、いずれ来るかもしれないという機会を待つのは性に合わん。問題の先送りは時には重要だが、今回に関しては悪手だろう」

「ではどうしろと? SS級冒険者として討伐するとでも? その舞台になった国は大きく国力を落とすことになるわ。今は危ういバランスで各国が成り立っているのよ? それを冒険者が崩すことになるわ」

「そんなことはしない。背景は理解している。実力行使はご法度だ」

俺の転移で海上に飛ばすという方法もあるが、相手はノーネーム。

そう簡単にはいかないだろう。

失敗すればそこが大戦争の舞台だ。

民の被害も、国の被害もとんでもないことになるだろう。

必ず国家の戦争が起きて、世が乱れる。

だからリナレスもギルドも現状維持を望む。

「ほかに手はないわ。ノーネームを見逃すことで、多くの被害を避けられるのよ?」

「別に見逃すのは構わん。いずれ俺の手で報いは受けさせるが、今である必要はないからな。だがな、現状維持では何も変わらん。まさかお前の弟子がいずれ目を覚ますとでも? 一族の悲願だけを教えられてきた少女が自発的に先代から離れるとでも?」

子供にとって保護者は絶対だ。

ましてや親が犠牲になっている。

止まれるはずがない。

「無理やり引きはがすことができるなら、とっくの昔にそうしているわ! 私がどんな思いであの子を育てたと!? それでも! アナクレトの孫としてギルドの方針に従ったわ! あの子を先代の下へ返した! 今でも後悔しているわ! あの時、すべてを敵に回してでも逃げればよかったと! けれど、しなかった」

「先代にはギルドが協力するからな。抵抗すれば差し向けられるのはSS級冒険者だ。幼い子供を連れて逃げるには分が悪い。他のSS級冒険者を説得できたとしても、それは冒険者ギルドの崩壊を意味する。だからお前は弟子よりも世界の安定を取った」

「わかっているなら素直に受け取り、黙認しなさい。他に手はないわ」

リナレスの言葉に俺は幾度も頷く。

何度聞いても理解はできる。

理解はできるが、納得はできない。

納得できないのは感情の部分だと言われるかもしれない。

子供なのだと諭されるかもしれない。

しかし、いつでも大人が正しいとも限らない。

「――断る。お前やギルドのやり方では何も、誰も、救えない」

「救う? 甘えたことを言うのはやめなさい。力のない民を救うのとは違うわ。相手はSS級冒険者。下手な介入は世界をひっくり返す」

「力があるから救わない。救う者と救われる者ははっきりと分かれている。そんな教えを受けた覚えはない。俺が従うのは冒険者の基本原則。アナクレトが生み出した言葉としての〝民のために〟ではなく、五百年間、数多の冒険者が積み重ねてきた〝民のために〟という理念だ。困っているから助ける。国に救われない者を救う。間近で見てきた帝都の先人たちは、少なくともそうであった」

俺はその場で立ち上がる。

救うことを諦めて、腫れ物のように扱うのは簡単だろう。

だが、それではあまりに哀れだし、あまりに理不尽だし、あまりに俺たちは無力だ。

「今回の一件、黙認してやろう。だが、俺のやり方でやらせてもらう」

「――どうするつもりだ? 一応言っておくが、先代はアナクレトの魔導具で、ギルド本部の上層部に対して強制命令権を持っているからな? 下手に動くと厄介なことになるぞ?」

黙っていたクライドが口を開く。

その顔に映っているのは興味だった。

俺の案を楽しみにしている風があった。

だから俺はとびっきりの言葉を返した。

「今代ノーネームを一人で帝都に来させろ。アムスベルグ勇爵家を超えるというなら、間近で見ておくべきだろう。その力を」

「……馬鹿げているわ」

「お前は常々頭がイカれてるんじゃないかと思っていたんだが、実際、そうだったみたいだな」

「何とでも言え。先代と一緒にいる以上、今代ノーネームへの悪影響は避けられない。まずは二人を引き離す。好条件のはずだ。俺がいる以上、ノーネームが冥神をもって帝都に近づくのは至難の業だ。先代ならともかく、今代が帝都で聖剣やアムスベルグを目にする機会はまずないということになる。乗ってくるだろう」

いずれ戦う相手だ。

敵情視察はしたいだろう。

今の冥神はどれくらい聖剣に近づいたのか。

それを測るには良い機会だ。

「先代がその案を飲んだとして……帝都を崩壊させる一手になりかねんぞ?」

「相手の人となりを見抜くのは得意だ。今代ノーネームは悪人ではないし、最低限のラインも弁えている。帝都の人間を巻き込むような暴走はしないはずだ。それに、今代が個人として自立すれば、これからの問題は大きく減るだろう」

「まぁ先代に反発してくれれば、ほとんどすべての問題が解決するからな。だがなぁ」

「帝都を危険に晒すのは身勝手よ。あそこにどれだけの人が住んでいると思っているのかしら? 一人を救うために多くを危険に晒すの?」

万が一もあってはならない。

帝都だけの話ではない。

帝都でノーネームとエルナがぶつかり合えば、国家のバランスが崩れる。

大陸中央部の帝国が崩れるということは、大陸中が戦争になるということだ。

あまりにも危険な賭けにリナレスは眉をひそめた。

そして。

「ノーネームを放置すれば、やがて大きな犠牲を生むかもしれない。その未来の犠牲を防ぐために、今を生きる帝都の民を危険に晒す。それがまかり通ると思って? あなたには転移魔法がある。いざとなれば逃げられるでしょう。けれど、帝都の民はそうではないわ」

「帝都の民の命を俺が軽んじていると?」

「そう思われても仕方ないな。お前はいざとなれば、近しい者を連れて逃げられる」

「近しい者か……いくら俺でも多すぎて逃がしきれんだろうな。俺にとって帝都全体が家だ」

言いながら俺はため息を吐く。

言葉では信じられないだろう。

帝都の民の中に、俺の大切な者が入っていないならば、たしかに無責任だろう。

なんのリスクも負っていない。

計算される犠牲の中に、自分や近しい者が入っていないならば、それは無責任な策といえる。

だから俺はゆっくりと仮面を取った。

「――帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラー。帝国の皇子としてノーネームを帝都に招く。いざとなれば命を賭けて帝都を守ろう。だから俺の言う通りにしてもらう」

「アルノルト皇子……? あなたがシルバーだと? げ、幻術じゃないよな……?」

クライドが驚いたように立ち上がる。

驚きのあまり口を何度も開いたり閉じたりしている。

一方、リナレスは鋭い目つきで質問してきた。

「どうして……皇子であるあなたがそこまでするのかしら?」

「他人事ではないからな。ノーネームの狙いは俺の幼馴染だ。このまま放置すれば、いずれ怨恨の刃が幼馴染に向かうだろう。手遅れかもしれないが、手遅れではないかもしれない。今代のノーネーム次第では、怨恨は清算されるだろう」

勇者を超えて名を取り戻すことが目的ならば、互いに殺し合う必要はない。

一騎打ちでもして両者の力を比べればいい。

エルナが負けたら、ノーネームは一族の怨恨と妄執から解放される。

ノーネームが負けたとしても、聖剣を持ったエルナを追い詰めれば、それだけで名は取り戻せるだろう。

それができる者など片手の指で足りるほどしかいないのだから。

両者の死は必須ではない。

一騎打ちの場を設けることが難しいが、やってやれないことはないだろう。

そのためにはノーネームが冒険者として自立する必要がある。今のまま先代の傍にいればそれは叶わない。

だから。

「今代ノーネームを帝都へ。人に触れ、世の中に触れれば、先代と共にいるよりはずっとマシだろう。それでどうにもならんなら、その後に考えればいい」

「よくそこまでノーネームを信じることができるわね?」

「フィーネが仲良くなっていたからな。彼女のことを俺は自分以上に信じている。俺にはそれで十分だ。まぁそれは俺個人の判断基準だ。不安だろうから、万が一に備えて戦力を帝都に集中させておけ」

「戦力を集中させるといってもな……SS級を三人も帝都に置くわけにはいかんぞ? 二人だけでも問題なのに」

「ならばS級を置けばいい。たしか帝都にS級を置く話があったな?」

「ああ、皇国にいるS級冒険者だ」

「変更しろ。向こうが師弟ならこっちも師弟で挑む。俺の弟子を帝都へ来させろ。SS級並みに役に立つ」

そう言って俺はニヤリと笑うのだった。