作品タイトル不明
第四百七十八話 ギルドの闇
「因縁は五百年前からか……歴史に名を残せなかったからノーネーム。一族をかけての聖剣超えはそういう背景か」
「そうね。けど、冥神を聖剣に近づけるという計画はノーネーム発案ではないわ」
「なにぃ?」
聖剣さえあれば。
その考えで勇者に勝負を挑んだ。
魔王軍の攻勢に苦しむ人類にとって、勇者は希望だ。
その勇者に挑むのは人類に挑むに等しい。
だから、歴史から名を消された。
そこから勇者に対抗するために、聖剣を超えようとしてきた。
そういう話ではないというなら、ややこしいことになる。
第三者の意思が介入したということだからだ。
「冥神計画。成長する魔剣、冥神を用いて聖剣を超える魔剣を生み出すという計画を最初に思い付いたのは、五百年前、勇者のパーティーとして戦った男。名はアナクレト・リナレス。私の祖父よ」
一瞬、情報量が多くて処理に困った。
アナクレト。
その名は知っている。
初代アムスベルグ勇爵と共に戦った勇者パーティーの魔導師であり、戦後は冒険者ギルドのギルド長となった冒険者ギルドの中興の祖。
今の冒険者の在り方を作り上げた人物だ。
間違いなく五百年前の人物。
それが祖父?
「アナクレトは魔王の力を間近で見た人物だ。ゆえに、悪魔の再侵攻に過剰なほど備えていた。勇者が血と聖剣を継ぐことを選んだのに対して、アナクレトが選んだのは二つ。延命とその他の戦力の保護。戦力の保護はSS級冒険者という形で成し遂げられ、延命もまた成功していた」
古代魔法時代。
人間の寿命は今より長かったようだ。文献から読み取れる程度の情報だが。
そこから考えれば、人の延命は可能だろう。
だが、それにしたって限度はある。
「あらゆる延命策を取り続け、アナクレトと生まれたばかりだった息子は三百年以上、生き続けたわ。たどり着いた延命法は特異点に設置した特殊な結界に半日以上、入り続けること。けれど、アナクレトにとってそれは失敗だったわ。アナクレトが望んだのは全盛期の力を保つこと。徐々にアナクレトの力は衰えていたわ。そこでアナクレトは方針を切り替えたのよ。勇爵と同じ方針に、ね」
「自分の力を後世に受け継ぐ方法か。だが、信じられないな。三百年も生き続けた人間が生殖能力を保持していたとは」
生殖能力というのは種としての本能だ。
延命が成功すれば、その本能は不要になる。
不要になった本能は退化するのが常だ。
「アナクレトにとっても賭けだったわ。けれど、試みは成功した。息子が一人の女性を愛し、二人の間に子供ができたの。美しい愛の奇跡。それが私よ」
「自分で言うな、自分で」
「事実だもの。結果的にアナクレトの方法はどちらも成功したわ。私は魔導師ではないけれど、SS級冒険者になったし、冒険者ギルドのSS級冒険者という制度も機能しているわ。けれど、いいことばかりではないわ」
リナレスはふぅと息を吐く。
アナクレトは二つの方策を取った。
延命は結果的にリナレスを生んだ。成功といえるだろう。少なくとも無駄ではなかった。
もう一つ、その他の戦力の保護。
SS級冒険者という制度は規格外を保護するのに適している制度だ。
だが、五百年前の時点でその規格外の筆頭となるのは。
「アナクレトは、人類の敵と呼ばれ、迫害されて生きていたノーネームの祖先に冥神を与えたわ。代を重ね、いつか聖剣を超えるという目的を与えたの。いずれ来るかもしれない悪魔の再侵攻の時、その才が必要になると思ったから。そして、聖剣がもしも使えない状況になった時の保険も兼ねていたわ」
「一人の天才、一つの武器に頼るのは危険というわけか……大魔導師アナクレト。尊敬する魔導師の一人だったんだがな」
「尊敬は捨てなさい。悪魔の再侵攻に怯え、やれることはすべてやった男よ。人道的じゃないこともたくさんやってきた。当時は許容されたかもしれないわね。人類のためという免罪符を使えば、何でもできた。その闇の集大成が今のノーネームよ」
生きる目的を与えたといえば聞こえはいいが、結局は利用したに過ぎない。
五百年、ノーネームの一族を縛り付けた。それはきっと呪いに近い。
「聖剣を超えるために冥神を強化し続けたノーネームの一族は、やがて自分の血も強化し始めたわ。あらゆる血を取り込んだの。帝国の皇族のように、ね」
「やはりそうか……」
「まだ幼かった今代ノーネームが私の所へ来たのも、その一環よ。私の血が欲しかったの。情をわかさせようとしたのね」
「……なぜ止めない?」
明確にリナレスは嫌悪感を示した。
それはそうだろう。
リナレスは自分が美しい愛の奇跡だと言った。
愛が自分を作ったのだと自負している。
そんなリナレスにとって、血が欲しいという理由で子供を送り込むノーネームの一族は受け入れられないはずだ。
「私に止める権利があると思う? 私はアナクレトの孫よ。元凶といってもいいわ」
「ならば、ギルドは? 何をしていた?」
「残念ながら、ギルドもアナクレトの遺志に縛られている。詳細は伝えられていないが、ギルド長にはずっとある言葉が伝えられてきた。冥神所有者を最大限に支援せよ、と。だからギルドはノーネームをもて余しているんだ」
「馬鹿馬鹿しい……そうやってノーネームを庇護し、隠し続けてきたのか? 冥神の強化のために民を危険に晒すのも問題ないと言うつもりか?」
民のために。これを軽んじられてはギルドの存在意義がなくなる。
「今までのノーネームは最低限のラインを守っていたわ。民のために、その基本原則を超えたことはなかった。暴走し出したのは先代からよ。まぁ正確にいえば、六年前からね」
「六年前? 一体、何があった?」
「勇爵家の神童。エルナ・フォン・アムスベルグが弱冠十二歳で聖剣を召喚してしまったわ。勇者の再来。雪辱を果たすには絶好の相手であり、血が薄まっていないと判断するには十分な相手。そこから先代ノーネームは焦り……そんな先代を見かねた今代ノーネームの両親は、自分たちを冥神の餌としたわ。もうそこから……誰も立ち止まれなくなった」
予想外に出てきたエルナの名に、俺は何も言えなくなってしまった。
決して、エルナのせいではない。
だが、強力な力は意図せずに悲劇を起こしていた。
「先代ノーネームはそこから形振り構わなくなったわ。年老いた自分の代わりに今代を立てて、冥神の強化に全力を注いできた。すべてはエルナ・フォン・アムスベルグとの決戦のために」
「……悪魔が確認されている状況でも、それは変わらないというのか? 今ぶつかりあえば得をするのは悪魔だ」
「手段がもう目的になっているのよ。本来は名を取り戻すための戦いだったのに、今では勇者と聖剣を超えるという手段が目的となっている。また人類の敵となるとしても、一族の悲願として決戦に望むはず」
「厄介なのはノーネームは人類の戦力だということだ。SS級冒険者で討伐したとしても、無傷とはいかない。何人かで抑えたとしても、その他のことに対処できない。何をどうしても人類的には損失でしかない」
クライドが頭を抱えてそう言った。
もう悪魔が現れないとわかれば、動くこともできるだろうが、悪魔がまた現れる可能性は大いにある。
だから。
「冒険者ギルドとしては、悪魔の危険が遠ざかるまではノーネームに積極的な対応は取らない。エルナ・フォン・アムスベルグとの決戦さえさせなければ、それでいい。そして一番は……悪魔と相打ちになってくれること」
「なるほど……それで俺と帝国が納得するとでも?」
考えはわかった。
背景もわかった。
ノーネームの一族が悲劇的だということも、止めるのが困難だということも。
だが、それは俺が黙る理由にはならない。
「タダで見逃せとは言わないわ。私からノーネームには釘をさす。先代がいくら暴走しようと、今のノーネームは私の弟子だから。話は聞いてくれるはずよ」
言いながらリナレスはソファーから立ち上がる。
そしてクライドの後ろにある壁に手を当てる。
すると、その壁の一部が開いて、小さな箱が現れた。
それをリナレスは俺に渡してきた。
「これは?」
「四宝聖具の一つ、聖輪・ 陽炎(ヴェスタ) 。かつてアナクレトが使っていたものよ。あなたにあげるわ。それで今回だけは引き下がってちょうだい」
箱を開けるとそこには輝く指輪が収まっていた。
この一件は俺が帝国に黙っているかどうか。
それが肝となる。俺さえ黙っていれば、どうとでもなるからだ。
そのための取引材料として、四宝聖具を持ち出してくるとはな。使い方と持ち主次第じゃ、弱小国を強国に変えることもできる代物だ。
さすがに予想外と言わざるをえない。