作品タイトル不明
7話 「いざ女学園――後編」
くそ! ここまで僕が嫌われているだなんて思わなかった!
僕は階段を駆け上がると、周囲に人がいない事を確認してから廊下の壁を背にしゃがみ込む。
「はぁ……参ったなぁ」
僕がそんな独り言を呟いた時だった。
「あなた! もう一度言ってごらんなさい! いくら公爵家とはいえ無礼ですわよ!」
女の子の怒った声。それが遠い廊下の突き当りにある部屋から漏れ出している。
気になった僕は音をたてないようにしながら廊下を進むと、少しだけ開いている扉の隙間から様子を伺う。
すると部屋の中には女生徒達がいた。
一人の少女と三人の少女が向かい合うようにして険悪な雰囲気を漂わせている。
「あら、聞こえなかったのかしら? ではもう一度だけ言うわね。今すぐ私の前から消えなさい。目障りだわ」
そう言って一人の少女が優雅にその顔に微笑みを浮かべる。
すると向かい合っていた三人の少女の内、真ん中にいた金髪ツインテールさんが顔を真っ赤にして声を荒げた。
「一度ならず二度までも……! 後悔しますわよ!」
「あら、ぜひ後悔させてほしいものだわ。けれどそうやって群れている内は絶対に無理ね。グループ? カースト? なぁにそれ? おいしいの?」
美しい白銀の髪をなびかせながら少女は強気にもさらに三人を挑発する。
何故だろう。数だけ見れば有利なのは三人の筈なのに。一人でいる少女の方が圧倒的に強いように感じてしまう。
それにしても……怖い。怖すぎる。これがお嬢様たちの世界。見るべきじゃなかったな。
「そう……そうですの。よほど痛い目にあいたいようですわね」
金髪ツインテールさんが隣にいた栗色の髪をした少女に目配せをする。すると栗色の少女が驚くべき速さで床に何やら文字を書き始めた。
あれは……魔法陣か? 父上の部屋で読んだ文献に似たようなものがあった気がする。
「あら、何をする気かしら?」
白銀の少女が楽しそうに紫色の瞳を細めた。その瞬間だった。
「グギギ!」
「グギ、グゲゲ!」
赤い光を発する魔法陣から、二匹のゴブリンが現れる。
ゴブリン達は欲望に目をぎらつかせながら、白銀の少女を見て下品な笑みを浮かべている。
「……あなたたち自分が何をしたのか分かっているの? 神聖な学び舎にこのような魔獣を召喚するなんて、正気の沙汰とは思えないわ」
「さしものあなたも予想外だった様ね。けれど、いつも威張っているあなたにはいい薬になるのではなくて? この不浄な獣に犯されながら悔いるがいいわ! 私たちを怒らせたことを! それではごきげんよう。もう会う事も無いでしょうけれど」
金髪ツインテールはそう吐き捨てると、両脇を固めていた二人の少女を引き連れて、部屋を出ていく。
僕はというと、見つからないように天井に張り付き、その場をやり過ごしていた。
……見つかったらゴブリン以上の脅威だな僕。
さて、この状況、どうするべきか。
僕は再度、部屋の様子を伺う。
すぐに助けに向かわずいるのには理由がある。
それは、部屋に取り残された白銀の少女がとても落ち着いているように見えたからだ。
「グギギ!」
一匹のゴブリンが少女へと近づく。
すると白銀の少女は眼光鋭くゴブリンを睨みつけると圧のある声色で先制する。
「それ以上近づいてみなさい。後悔するわよ?」
「グギ!?」
ゴブリンも何かを感じ取ったのだろう。歩みをピタリと止め、白銀の少女を観察している。
膠着状態が訪れた。そんな中、先に動いたのは少女だった。
「どきなさい。いつまでもそこにいられては迷惑だわ」
ゴブリンは動かない。いや、僅かに笑みを浮かべて、もう一匹のゴブリンと顔を見合わせている。
ここらへんで僕は少しだけ考えを改める。
「グギギ!」
止まっていたゴブリンたちが動き出す!
絶体絶命。
だが、それでも少女の瞳は死んではいなかった。
それどころか、気高さを感じさせる優雅な足取りで、迫りくるゴブリンへと自ら進み出る。
「そう。いいでしょう。好きにするがいいわ。けれど、体は好きにさせても、心までは奪わせない」
そう言って少女は懐から短刀を取り出すと、自らの首に――
「ストーーーップ!」
僕は勢いよく部屋の中へと飛び出すと、まず少女の持っていた短刀を奪い取る。
「ちょっとあなた、いきなり――」
僕は奪い取った短刀を襲いかかってきたゴブリンの胸に突き刺すと、その勢いのまま、もう一匹のゴブリンめがけて突進する。
「グゲ!」
僕の右手はゴブリン二匹を 容易(たやす) く貫いた。
不快な血の匂いを漂わせながらゴブリン達が息絶える。
僕は自らの右手を軽く拭うと、ゆっくりと少女へと向き直った。
「ごきげんよう。たまたま通りかかっただけなんで、気にしないでください」
ここで名乗ればそれなりの好感度が稼げただろう。けれど僕はそうしなかった。
この手の女の子には関わり合いにならない方がいいと、僕の第六感が告げている。
容姿も性格も違うが、この少女はどこか姉上と似ているのだ。まずい。早く逃げねば。
「そう。一応礼を言っておくわ」
白銀の少女は観察するような目で僕を見つめる。
「じゃあ、僕、もう行くんで」
僕は少女に背を向けた。
「へぇ? 名乗らないのね。あなた、魔法騎士学園の新入生なのでしょう? この私に恩を売るチャンスなのではなくて?」
「はは、名乗る程の者じゃないので」
「「…………」」
沈黙が場を支配した。
しびれを切らしたのか少女が少し苛立たし気に声をあげる。
「ルナよ」
「へ?」
「ルナ・フレイム。それが私の名よ」
「はぁ、そうですか……」
「……驚かないのね。おもしろいわ。あなた」
ルナと名乗った少女はそう言って嗜虐的な笑みを浮かべる。
ぞくり。嫌な寒気が僕を襲った。
まずい早くこの場から立ち去らねば。
「じゃあ、また――」
「それで、あなたの名は?」
ルナの紫艶の瞳が僕を逃すまいと怪しく光る。
……まったく。どうも僕は強気な女の子が苦手のようだ。
同じ白銀の髪だというのに僕の神様とはえらい違いである。
「あら? どうしたの? まさか、私が名乗ったのに、名乗らないつもりなのかしら? 」
仕方ない。この場を切り抜けられるのならば、名くらい教えてもいいだろう。
僕はにっこりと微笑みながらルナへと告げる。
「バーン伯爵家が次男。マロ・バーンです。どうぞ今後ともお見知りおきを」
これがルナとの出会いだった。