軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話 「眠たい瞳」

神のいない街―― 神無(カンナ)

既に日は暮れ、月明かりだけのその町は仄暗い闇に包まれていた。

誰にも気づかれぬよう息を潜めて眠る者。空腹を和らげようと溜まった雨水をすする者。

その街に住まう者は、思い思いに夜明けを願う。

しかし、太陽が昇ったところで意味は無い。空いた腹は膨れる事はなく、渇いた喉が潤う事も無い。

けれど、空に浮かぶ太陽の眩しさに、生きる希望を見出す事はできるのだった。

「寒くないか? ネム」

そう声をかけられた少女は今にも崩れそうな腐敗した木の壁に背をつけながらその場でぺたりと座っていた。

少女――ネムは眠たそうな瞳を少しだけ開くと、ゆっくりと顔をあげる。

「「……」」

そこには見知った少年の顔があった。

「「……」」

その顔の後ろで輝く、月の光に少女は眩しそうに目を細めると――。

「…………くぅ」

眠った。

「……はは」

少年は満足げに笑みを浮かべると、視線を周囲へと巡らせる。

視線の先では、家々の間に設けられた狭い路地の中で、幼い子供たちが寄り添うようにして小さな寝息を立てていた。

「……」

それを再び満足げに眺めた少年は、ゆっくりと腰に下げていた短刀を抜いて真っ暗な背後へと視線を流す。

その視線の先――僅かに月の光が照らす通路の暗がりから一つの影が浮かび上がった。

「……あたしよ」

そう少年に声をかけたのは全身を黒で塗り固めた服装をした少女だった。

少年は安堵のため息をつくと抜いた短刀――ナイフを鞘に納めて、少女に向き直る。

「なんだか今日は街が殺気立っている。君は何か知っているかい?」

「……どうやら街によそ者が入ってきたみたいよ?」

「……そうか。この街に……」

少年はそうぽつりと呟いてその顔に笑みを浮かべる。

しかし、少年の緑色の瞳は、笑ってなどいなかった。

「それで?」

「……どういう意味?」

少女のその返答に少年は苦笑いを浮かべた。

「この街【カンナ】に外からよそ者が来た。確かに住民が殺気立っている理由はそれで説明がつく」

そう静かに語り始めた少年の言葉に、少女は黙って耳を傾ける。

「こんな掃き溜めの街にわざわざ来るなんて普通じゃない。大方理由があって逃げ堕ちた者なのだろうと予想がつくよ」

「……」

少女は何も答えない。否――まだ続きがあると悟っていた。

「けれど、 そ(・) の(・) 程(・) 度(・) の事で暗部がうごくかな? ナンバーズも動いている気配だ。それに君もね」

少年がそう言った瞬間、少女の顔に笑みが浮かんだ。

「さすがね。ランス……あなたの推測通り。ただのよそ者ではないみたいよ」

少女がそう嬉しそうに言った瞬間、少年――ランスは少しだけ困った様に苦笑いを浮かべた。

「……クロエ、少しくどすぎやしないかい?」

「あら? 心外ね。言葉ひとつが武器にもなり弱点にもなる。相手の思考パターンには常に気を張り、性格を推し量れ。ロイ……いいえ、あの人のお言葉よ。まさか忘れたの?」

「まさか。恩人の教えを忘れるはずがない。けれどそれは敵対者に対して……だろう?」

「……まぁね」

そう言って少し恥ずかしそうにする少女――クロエ。

その黒く染められた長髪が風になびいた。

ランスは再び口を開く。

「けれど確かに大切な事だ。あの人が僕と君を末端とはいえ暗部に引き入れてくれたおかげで、僕らはこうして生き延びられるのだから」

そう言ったランスの言葉に同意するようにクロエは小さく頷いた。

ランスとクロエは共に十二歳になったばかりの子供である。

しかし、周囲ですやすやと眠る子供たちの中では一番年齢が高く、子供たちのリーダー的な役割を担っていた。

親に捨てられた者。家族で逃げ延びた後、両親が他界し一人になったもの。そして、この最悪の街で生まれた者。

様々な理由によりこの街で生きる子供たちは孤独である場合が多い。

そういった少年、少女たちが一人で生き抜くにはこのカンナの街は過酷な環境だった。

食料はおろか、安全な飲み水すらも貴重な街。加えて言えば犯罪者や冒険者崩れといった腹に一物抱えた者が多く住まうこの街で生き残る為に、子供たちは知恵を働かせた。

個では脆弱でも、集団でまとまり協力し合えば選択肢が増える。

その事を 朧気(おぼろげ) に理解していた少年たちは、惹かれ合うように集まり、一つの集団を作り上げた。

それが、この暗い路地裏に固まるようにして眠る少年、少女たちの実態である。

しかし、そうして膨れ上がった人数により選択肢は確かに増えたが、デメリットも多く存在する。その一つが、食料の問題だった。

そしてその食料を手に入れる為には、金がいる。

その金を手に入れる為にリーダーである二人が藁にもすがる思いで頼ったのが、この街の噂の一つとして語り継がれてきた【暗部】であった。

「今日のぶん」

クロエはそう言ってランスに銀貨の入った小さな麻袋を差し出した。

「……お疲れ様。日が昇るまでに僕が調達してこよう。けれどその前に」

ランスはそう言って受け取った麻袋を懐にしまい込むと、再びクロエに視線をやった。

「……あたしも詳しくは分からない。けれど、この街に来たその人はどうやら暗部に用があったみたい」

「そうか……暗部に……。いや、この場合、暗部に招かれたとみるべきか」

暗部――【影の月】の実態は謎に包まれている。

事実、組織がこの街に本部を構えている事を知っているのはごく僅かだ。

「悪い事が起こらなければいいけどね」

そう言って不安そうにするクロエを元気づけようと、ランスの顔に明るい笑みが灯る。

「大丈夫さ。ナンバーズの強さは尋常じゃない。その事は君もよく知っているだろう?」

その言葉の裏には“良くも悪くも”という補足がつく事をランスは知っている。だが、それをあえて言葉にする必要はないと、ランスは考えた。

弱者が生き延びるには、強者にすがる他、道はない。

この場で眠る子供たちにとっての強者は二人の少年と少女、そして大人達であり、ランスとクロエにとっては【影の月】と【 幹部(ナンバーズ) 】である。

自らが生き延びる為、そして自分を頼ってきた子供達を生かす為に暗部に入り、交代で任務と子守をおこなうランスとクロエ。

そんな二人が頼るのは、強さの象徴である組織の幹部たちであり、恐れるのもまた一癖も二癖もある幹部たちだった。

「彼らには僕らが使える奴だって思ってもらわないとね。まずは幹部部隊の直属を目指そう。そうすればきっともっとお金も手に入るし、待遇だってよくなる筈さ」

「ええ。けれど……あたし達にはまだ力もなければ……実績もない」

そう言って寂しそうに笑うクロエに同意するように、ランスもまた苦笑いを浮かべた。

「触らぬ神にたたりなしってね。今はまず割り振られた仕事をこなすだけさ。今日みたいにね」

「……そうね」

そう二人が結論づけた時だった。

パタリ――という小さな音が響く。

同時に小さく肩を揺らしたランスとクロエの視線がその音の方向を向く。

二人の視線の先では、壁に背を預けて眠り込んでいた小さな少女――ネムが体勢を崩したのか、僅かに土煙をあげて横に倒れている姿があった。

ネムは、一度ゆっくりと瞳を開けて、周囲をきょろきょろとすると、再び眠りにつく。

「「……ふふ」」

二人はネムの様子を見て一度小さく微笑むと、再び向き合う様に視線を重ねた。

「彼女が来ているってことは……」

「ああ。街の雰囲気が変だって事に子供たちも気づいたんだろう。泣き出す子が多くてね」

「……そう」

ネムは集団の一員では無かった。だが、子供たちが泣きだすと決まって姿を現し、今日の様に寄り添うようにして眠りにつく。

そして子供たちが泣き出すのは、決まってランスが子守をしている時だった。

別にランスの世話の仕方が悪いわけでは無い。クロエがうますぎるだけの話である。

「きっと優しい子なのね」

「ああ。僕も落ち込んでいた時に、ふと気づけば彼女が傍にいてくれる事が多かった」

「いっそのこと仲間に……彼女、確か名前は……」

「 僕(・) は(・) ネムと呼んでいる」

「あら? 確かこの前子供たちから聞いた時は違う名前だったような」

「……名前が、無いみたいなんだ」

そうランスが言うとクロエは悟った様に、口をつぐんだ。

名前が無い。この街に住まう子供に限っては、珍しい話では無かった。

「それに……」

そう言ってネムへと視線を向けるランス。

クロエもまた視線をネムへと向ける。ランスの言いたいことはすぐに分かった。

くせっ気のある紺色の長髪。

その前髪の隙間からは、顔の半分を覆う程の火傷の跡が見て取れた。

新雪のような白い肌を持つ少女にとって、その赤みがかった傷跡は、酷く目立つ。

「……さいてい」

そうポツリと呟いてクロエは両の手を強く握りしめる。

ランスもまたそれに同意するように表情に影を落として目線をネムから逸らした。

「僕も一度、聞いたんだ。仲間に入れようと思って。彼女に心無い事を言う奴が少なからずいたからね。けれどネムは何も答えてはくれなかった。そもそも彼女の声を聞いたのは名前を尋ねた一度っきりさ」

「……何か、事情があるのかも知れないわね。トラウマになっているのかもしれ――」

クロエがそう言葉を紡ごうとした時だった。

ネムの瞳がゆっくりと開く。

「「「…………」」」

そして、気だるそうに目をこすりながらゆっくりと立ち上がると。

ランス達に背を向けて、トテトテとゆっくりとした足取りで走り出した。

その様子をみて、ランスは驚いたように目を見開く。

「……驚いた。ネムが走っているのを初めてみたよ」

「え!? 走ってるのあれ!」

二人の視線の先では歩く速度と違わず、寝ぐせのついた髪を小さく振って走る少女の背中。

「この夜更けだ。念のために僕が様子を見てこよう」

「そうね。お願い。この場所は私が」

ランスはその言葉に小さく頷くと、少女を守るために暗闇の中に身を躍らせた。

「……なにも……なければいいのだけれど」

クロエはそうぽつりと呟いて、夜空に浮かんだ満月を見上げる。

少年と少女は知らなかった。

ネムと呼ぶその少女が――野良神である事を。

いいや、気づく由も無かった。

この街の在り方が、今まで少女の正体を隠し通したのだ。

走る野良神とそれを追う少年、ランス。

運命が、今――廻る。