軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55話 「メルツ家にて」

「どうやら歓迎を受けたらしいな。それでもこの場所に辿り着いたという事が、お前の実力を示す何よりの肩書になるだろう」

そう言って笑うロイド先輩。

僕はとりあえず苦笑いを浮かべてそれに応える。

「いくつもの疑問が、ユノ、お前の胸の内に浮かび上がっている事だろう。だが、その前に一つだけ」

そう言ってロイド先輩は暗い笑みを浮かべて僕の瞳を真っすぐに見つめて、楽しそうな声色でこう言った。

「優勝おめでとう。願いは、叶ったか?」

ぞわりとした。

たぶん勘違いじゃない。

この人は一体、どこまで僕を驚かせてくれるのだろうか。

ロイド先輩の言った『願い』とは、闘技大会優勝の事では無く、もっと深い、僕の根底の部分。

それはつまり、女神アテナに関する事で――。

「ええ。ひとまずは」

そう笑顔と共に答えて、今度は僕が問いかける。

「なぜ、この街なんですか?」

まずは軽めの質問をしてみる。

答えはすぐに返ってきた。

「この街は闇そのものだ…………」

……………………。

長い沈黙。

それが答えなのだと気づくまでに、結構な時間を使ってしまった。

よく、分からない。

そんな感想を抱いている時、補足するようにロイド先輩が言葉を続ける。

「俺達は暗部、王国の闇。それを隠すのもまた闇が相応しい」

……ようやっとなんとなく理解する。

でも、考えてみれば好き好んでこの地に足を踏み入れる者は少ないだろうし、秘密を隠すにはうってつけか。

「なるほど……」

僕がそう呟いた時、ロイド先輩の顔が嬉しそうにほころんだ。

さてと、本題に入るとしよう。

そう思って僕が口を開きかけた時だった。

「約束の大地……理解できないのも無理はない。だが、そう、ユノ。きっとお前にとってこの地は避けては通れない運命の箱庭だ。そういう意味で使っている」

僕がその言葉の意味を理解しようとした時、ロイド先輩が立ち上がり、僕から見て右の本棚へと向かっていく。

「ついてこい」

そう言って、本棚の前で立ち止まるロイド先輩。

「……?」

僕はその言葉の意味をよく理解できずにいた。

なにせ、ロイド先輩の前にあるのはびっしりと本が詰まった棚が一つ。

「あの――」

僕がそう口を開いた瞬間だった。

ロイド先輩が掌を前へと突き出し、濃い魔力をその身に宿す。

「闇沈む 永久(とこしえ) に――」

「――ッ!?」

魔法詠唱――それが始まった瞬間、室内を突風が吹き抜ける。

「光り輝くその天地。我が 古(いにしえ) の契約に応え、眼前の扉を開け放て」

大きく乱れるロイド先輩の黒い髪。

目を開けているのがやっとの暴風の中、ロイド先輩の手のひらが床へと付けられる。

「―― 解(かい) ッ!」

そんな大声。

瞬間――爆発的に増幅するロイド先輩の魔力量。それが室内全体を満たした。

ゆっくりと静まっていく風と共に、ロイド先輩の体から溢れる魔力量も少なくなっていき、やがて何も感じなくなる。

「「…………」」

室内に変化はない。

そう僕が思った時、床から手を離したロイド先輩が、目の前にあった本棚の中に差し込まれていた赤い本を抜き出した。

瞬間――。

ゴゴゴゴゴという音と共に、隣り合う様にあっていた二つの本棚が前に進むように出てきて、次第に左右に分かれていく。

そうして物音と本棚の動きがおさまった時、元々本棚があった場所に、二つの扉が現れていた。

「……」

あまりの出来事に言葉を失う僕を誘うようにして、ロイド先輩の瞳が僕を見た。

「選ぶといい」

「……え?」

「二つの扉の内、一方がお前の運命だ」

そう言って扉から離れるようにして後ろへと下がるロイド先輩。

僕はひとまず指示に従って、左右あるうちの右の扉を開こうとしてドアノブを握る。

「――おすすめは左の扉だ」

そんなロイド先輩の声。

「……」

僕は少しだけ迷ってそのまま右の扉を開け放った。

一歩進み出て、左に目を向ける。

「……」

すると、そこにはもう一つ扉があって――。

僕はゆっくり背中越しにロイド先輩へと視線をやる。

「あの、ロイド先輩。もしかしてどっちを開けても同じだったんじゃ?」

「……クク」

僕の質問はそんな笑い声に流された。

「こっちだ」

そう言って僕の横を通り過ぎて、扉の先にあった無機質な階段を下っていくロイド先輩。

僕もひとまず続くようにして、その背中を追った。

硬い感触の階段をひたすら下る。

響き渡る足音以外に音は無く、僕もロイド先輩も無言だった。

おもしろいもので、進むたびに壁に貼り付けられている蝋燭に炎が灯っていく。

その様子をすこしだけ楽しく思いながら下っていった。

最後の一段。真っ暗な先。

長かったような短かったような。そんな感想を胸に抱きながら、僕はその一歩を踏み出した。

瞬間、その空間を照らし出すように天井から一筋の光が差した。

無機質な、少しだけテカテカと光に反射する壁に包まれた室内。

形は六角形に近い、不思議な造りをした空間だった。

そして――。

「……?」

僕はそれに気が付いた。

天井から差す光の柱が照らし出していたのは、腰の高さより少しだけ高い無機質な一つの展示台。

その上には一冊の分厚い黒い本が置かれていた。

なんだろう、あれ。

カツカツという固い足音と共に、ロイド先輩がその展示台の元へと歩いて行く。

そしてその本を、手に取って、僕に向かって差し出してくる。

「……それは?」

……なんでだろう。足がすくんでしまった。

代わりに僕の口から飛び出したのはそんな質問。

この空間が創り出す幻想的な雰囲気にのまれてしまったのかもしれない。

ロイド先輩は一度僕に差し出した本を腕ごとさげると、暗い声色で口を開いた。

「この場所に踏み入れる事のできる者は限られている。事実、百人から構成される【影の月】の中でも、ここを知っているのはナンバーズだけだ。目的はこの本を何人たりとも触れさせない事。ただそれだけを厳命してある」

そう静かに語り出したロイド先輩の言葉を、僕はただ、黙って聞いていた。

「そして、この本の中身を知っている者は、更に限られる。知っているのは、現時点で俺と兄上の二人だけ。ナンバーズでさえ、この本に一体何が記されているのかを知らないでいる」

「……」

「そこに、お前が加わるだけの話だ」

「……なぜ、僕に?」

僕のその問いに、ロイド先輩は笑みを浮かべる。

「言っただろう? 特異点にしか、分からない。お前の知りたがっている答えがここには記されている筈だ」

そう言って再び僕へと本を差し出すロイド先輩。

僕はそれを受け取ろうと足を進める。

コツコツと響く足音。

なんども唾を飲み込む音が、耳の奥で木霊した。

答え。答え。答えがある。

僕はその本を手に取った。

「この本の名は『真・黙示録』。俺がもっている黙示録のオリジナルと言っていい代物だ。代々メルツ家が担ってきた情報収集と管理の全てがここに記されている」

僕はロイド先輩の瞳を見つめる。

こくりと縦に振られる首。

僕は、震える手で、その本を――開いた。

――え?

ページをめくる。

ページをめくる。

ページをめくる。

ページをめくる手が、腕が止まらない。

何度も、何度も、何度もめくって。

僕は、ついに声を震わせた。

「……なんですか……これ」

「…………」

ロイド先輩は何も答えない。

「……先輩?」

僕はそれを提示するように、 真(・) っ(・) 白(・) なページをロイド先輩に向けた。

何も書かれてはいなかった。

一文字も、何一つそこには記されてはいなかった。

騙された? なんの為に?

混乱していた。状況をまるで飲み込む事ができずにいた。

そんな僕に冷たい視線を向けながら、諭すようにロイド先輩が囁く。

「何を言っている? ちゃんと記されているぞ」

そう言って僕の持つ本へと視線を落とすロイド先輩。

瞬間、寒気が体中を襲った。

この人は……何を……言っている……?

それともなんだ、いつまでも続く空白に、うっすらと文字でも書いてあるというのだろうか。

ページをめくる。めくる、めくる。

汗が体中から噴き出した。

何かあるなら、僕は手を止めてはいけない。

めくって、めくって、いつまでも続きそうな程、手を動かして――。

ページをめくる手を、ついに止めた。

あまりの衝撃にバサリと、本が手から滑り落ちる。

僕は、見た。見てしまった。

再度、確かめようとその場に膝をついて、僕はふたたび本を手に取った。

本を――開く。

何も変わらない。空白が目に余る。

けれど、そう。

今にも消えそうな形で、その一文は確かにそこに記されていた。

ゼ ウ ス

「……あ……」

…………答えだ。ああ。確かにそこに答えがあった。

けれど、けれど、なんでだ。

肌が粟立つ。何か、知ってはいけない事を知ってしまったような、そんな感覚。

僕はくらくらとする視界の中で、ロイド先輩を見上げた。

「……これ、は?」

声が震えた。けれど、抑える事はできそうにない。

そもそもなんで僕は、こんなにも動揺している。

「……その前に、俺の知っている事を話そう」

そう言って僕を追い抜くようにして足を進めるロイド先輩。

足音以外、何も聞こえないその場所でロイド・メルツが低い声色で言葉を紡いだ。

「単刀直入に言おう。その黙示録は、偽りだ」

「……え?」

「代々、メルツ家の当主はこの国の情報。中でも神々の動きを記録する任務を国から仰せつかっていた。いわゆる、フェイク。暗部であるメルツ家の 表(・) の仕事がそれだった」

カツカツとした硬い足音。もう何度も耳にしたその音と、心臓の音が重なり合う。

「だが、ご覧の通り、そこには何も記されていない。 十(・) 二(・) 年(・) 前(・) を皮切りに、それ以前の記録が抜け落ちている。改竄されていると言い換えてもいい。あった筈の事が、無かった事にされている。事実、一番新しいページにはしっかりと神々の動きが記されている筈だ」

言われた通りにページをめくっていくと、確かにそこには小さく神々の事が記されていた。

■神獣の森にて【アスタロト】【フェンリル】【青い流星(呼称名・ノア)】動きアリ。

つまり、このような記載が本当はビッシリされていたという事だろう。

十二年前から更に昔の情報が消えている。

……それが、空白の答え?

僕は必死に頭の中で情報を整理する。

空白のページで埋められていた『真・黙示録』。

そこに本来記されていた筈の神々の動きに関する一切が抜け落ちた結果、生まれたのが白いページなのだとロイド先輩は言った。

いや、まってほしい。

「なんで、ロイド先輩は、その黙示録が改竄されたと言い切る事が出来るんですか?」

元々、何も書かれていなかった。そう考える事もできるはずだ。

「たしかに。何も知らなければ、そう考えるのが道理だな」

ロイド先輩が薄笑いを浮かべながら背中越しに僕へと視線を向ける。

「俺は知っている。その本の意味を。空白のありかを」

確信めいたその声に、思わず僕は唾を飲み込む。

悠然とした足取りで僕の方へと歩いてくるロイド先輩。

その歩みが、すれ違うようにして僕の横に来た時、ピタリと止まる。

そして、小さく囁いた。

「俺は見ていたんだ。その 瞬(・) 間(・) を――」

「…………え」

「俺とお前が疑問に感じている神々の事。世界の秘密。それを知っている者が俺の知る限り一人だけいた」

「……じゃあ、その人に聞けば――」

「――もういないさ」

そう言ってロイド先輩が僕の方へと体を向けて、手のひらで右目を覆い隠した。

「全てを知っていた筈のその男は、もういない。死んだのさ。俺達の今いる、 こ(・) の(・) 場(・) 所(・) で」

「……ッ」

ずっと、ずっと気になっている。事あるごとに、『十二年前』という単語が僕の胸に引っ掛かる。

いいや、それよりも今はまず――。

「その男の名前はオルガ・メルツ。先代のメルツ家の当主にして、俺の父だ」

「……お父君が……? この場所で……?」

その情報を知ってしまっただけに、今いるこの空間に重い雰囲気が広がるのを感じていた。

けれど、もう知ってしまった、戻れない。

しかし、まだ、僕は何も知らない。それが『真・黙示録』に記されていた『ゼウス』という単語とどうつながっているのかを。

けれど、その答えは、唐突に訪れた。

「第十位階魔法を――知っているか?」

「……え?」

思わず間の抜けた声が出た。

その質問への答えは『はい』だ。

別に、難しい質問でもなんでもない。

魔法の難易度――位階は十段階。それを知らない者を探す方が難しい程だ。

もちろん僕はうなずき返す。

「では、第十位階の魔法とは何だ?」

「……ロイド、先輩?」

質問の意図を測りかねていた。

基礎として第十位階魔法とは『ある』とされているだけの概念のような魔法の位階だ。

まだ、何も明らかになっていないその魔法は、おとぎ話の中で何度も登場し、今まで後世へと語り継がれてきた。

僕としては、以前、フェリ女との共同授業の際、月組で先生が話していた事が記憶に新しい。

第十位階魔法――ただでさえ奇跡の体現である『魔法』の究極形態。

それは不可能を可能にする奇跡に等しい魔法だとされている。

だが、デメリットがある事もまた有名だ。

発現の代償とされているのは膨大な魔力と――――。

「……いの……ち」

全身が震えだした。

頭の中で、パズルのピースがはまっていく。

「気づいたか。おおよそお前の予想通りだ。俺が覚えているのは血を吐きながら、 金色(こんじき) の光に包まれる父の姿。必死な形相をしてこの本に何かを施していた」

「……それが、第十位階魔法だったと……?」

「俺はそう睨んでいる。同じく目撃した兄上とも意見は合致している。そして仮説を立ててみた」

そう言ってロイド先輩は僕の手にあった黒い本を手にとると、「ここから先は俺の憶測が含まれる」そう前置いて語り始めた。

「第十位階魔法は奇跡の体現だとされている。そこで俺はおとぎ話を参考にしてみた。ある物語では、強大なドラゴンを討伐せしめんと一人の冒険者が十位階魔法を使い、聖剣を召喚し見事に討伐してみせた。また違う物語では、最悪の飢餓から家族を救うため、一人の少年が魔法を使い、溢れんばかりの食料を配給したとされる伝承が残っている」

……僕もその物語は耳にしたことがある。

同時に、ある憶測が脳裏をよぎった。

――『願いを叶える魔法』

重なった言葉。

ロイド先輩の顔にはっきりとした笑みが浮かぶ。

「その通り。だが重要なのはその事実ではない。問題は父、オルガ・メルツが何を願ったのか……その答えだ。そして俺は、こう予想している。父はこう願った筈だ『真実を守る』と」

「……真実」

「父は何かに気が付いた。きっとこの世界でただ一人、メルツ家だからこそ気が付けた。そして決心をする。守らなくてはいけないと。自らが残してきた、記してきた真実を変えさせまいと、第十位階魔法を発現。そして、あっけなく死んだ。仕事に、任務にひたむきでプライドを持っていた父を知っていたからこそ、そう仮説を立てられた」

言葉の雨はやまない。

僕はただ黙って話に耳を傾け続ける。

「だが、残念ながらオルガ・メルツの願いが叶う事は無かった。ご覧の有様だ。残っているのは空白のページと『ゼウス』という意味の分からない一文のみ。ユノ・アスタリオ。これはどういう意味だと考える?」

そう言って僕へと向けられるゼウスの一文字。

それを見て、僕は――。

「…………」

口を閉じた。

言える、訳がない。いいや違う、言えなかったんだ。

ロイド先輩から向けられるその視線の冷たさに、僕はたじろいた。

「ああ。勘違いしないで欲しいのだが、別に親の仇をとりたい訳じゃ無い。むしろ俺は嫌っていたさ。拷問に近い鍛錬と、文字通り血反吐を吐いた幼少期。まだ幼すぎる俺は地獄の日々を味わった。むしろ俺は父、オルガ・メルツを恨んでいたと言ってもいい。けれど、歳を重ねるごとに、ある好奇心が湧き出した。「真実を知りたい」そんなちっぽけな探求心だ」

そう自嘲するように笑ったロイド先輩。

だが、その顔はすぐに真面目なものになった。

「知りたいんだ。父が命をかけて守ろうとしたものを。そしてその答えを解くカギは唯一父が守り切った『ゼウス』という単語が握っている。そんな最中、お前が現れた。俺と同じく、この世界に疑問を抱くお前がだ。故に――『特異点』。真実を知る定めを背負う者。不思議な事にこの事を口にしても、笑ってごまかす者ばかりで困り果てていた。だが、ユノ。お前は違う」

そう言ってロイド先輩は、再び微笑む。

「陰謀がこの世界から真実を消し去った。だから、俺とお前で取り戻す。どうだ? 面白そうだろう? 同時に俺は邪神ノアこそが唯一の希望だと――」

そう語りながら無邪気に笑うロイド先輩を見て、僕は答えを出せずにいた。

ロイド先輩の声も、目の前に広がる景色も、頭から抜け落ちていく。

十二年前、生まれた瞬間に僕の目の前に現れた神ゼウス。

十二年前から昔の真実が消えた『真・黙示録』

十二年前に十位階魔法を発現し死んだロイド先輩の父、オルガ・メルツ。そして守り切ったのは『ゼウス」の一文字。

……偶然か?

「……ふふ、ははっ」

そんな笑い声が口を突いた。

何を呆けた事を。

偶然か? だと……バカか僕は。そんな訳、ある筈が無い……っ!

人一人の命が確実に消えている。

握った両腕が痛い。

足がふらふらしておぼつかない。

きっときっと、意味がある。

偶然なんかじゃない。全部繋がっている。

予想じゃない。確信だ。

同時に、僕自身がその中心にきっといる。

真実は何だ?

ロイド先輩から向けられる期待の視線。

真実とはなんだ?

こびり付いて離れない『ゼウス』の一文字。

探さなくちゃいけない。きっと、僕は無視してはいけない。

答えはどこだ?

真実は――――どこにある?

ゼウス、お前は一体何者なんだ……?

そして、なんでぼくなんだ。なんで僕には生まれたその瞬間に成熟していた?

誰か、誰か、教えて欲しい。

「神様……」

――僕って一体、何者なんだ?