軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 「月は東に日は西に」

「申し訳ございませんでした!」

フレイム公爵家に帰ってすぐ、僕は改めて深々と頭を下げた。

「別に? いいわよ。どの道参加する予定だったもの」

優雅にソファーに腰かけ、自らの指先を眺めながら、そう何でもない風に言うルナの言葉に一瞬胸を軽くするが、立場上そういう訳にもいかなかった。

「し、しかしお嬢様、あの合宿はお嬢様には少し過酷かと……」

そう。フェリス魔法騎士学園と聖フェリス女学園合同で行われる合宿。その内容は王都の外れにある《神獣の森》での二泊三日の自給自足生活。

普段何不自由なく暮らしているルナにとって過酷な合宿である事は明白だ。事実、フェリ女の生徒の参加率は五割を切っているという。

「ふふ……別にそんな難しく考える必要はないわ。要はキャンプのようなものだと考えればいいのよ。それに私、したことないの。キャンプ。楽しみだわ」

そう言って優雅に微笑む孤高の月。

僕は、どう判断するかを迷っていた。

森での自給自足生活。なるほど確かにキャンプのようなものだろう。今までそんな経験の無いルナが楽しみだと思うのも理解はできる。

しかし……。

「ゆのおぉぉぉ!」

背中にドスンという衝撃が走り、次いで悪魔が取り憑くように登ってくる、が僕はそれを無視してルナへと告げた。

「ですがお嬢様、あにょもりふぁ」

「あははは」

悪魔が爆笑しながら僕の頬を引っ張ったり、鼻の穴に指を突っ込んだりしてきた事により、僕はまず除霊をする事に決める。

「エリスお嬢様、申し訳ありません。後でお相手しましゅのでいまにゃだけば」

えりすぅぅ!

「エリス。私はいまユノと 大(・) 事(・) なお話をしているの。ユノで遊ぶのはそれからにしなさい」

そう言って何故か勝ち誇ったような顔をするルナに違和感を覚えつつも、僕は背中に張り付いていた悪魔を前に持ってくると、抱えるように腕に抱いた。

「「…………」」

……え? なに

何故か訪れる静寂。

ルナの顔は不思議と強張り、そして悪魔はニタリと笑い僕の腕の中で大人しくなった。

「……それで? 何かしら?」

静寂を切り裂いたルナの問いに僕は改めて懸念を伝える。

「いえ、お嬢様が良くてもアルゴス様がお許しにならないのでは?」

不参加を決めたフェリ女の生徒たちの約半数が親の意向を理由に挙げたという。

それもそうだろう。自分の可愛い娘をわざわざ過酷な合宿へ送り出す親はそうはいない。それが貴族なら尚更の事だ。

じゃあ、その合宿無くせばいいんじゃね? とも僕は思うが、万が一に備え、自ら生き抜く力をつけるという意味では、それなりに重要な課外授業の一つとして認められてはいるらしい。

「問題ないでしょうね。父上には反対されるでしょうけど、お母様にも参加の意向は伝えるもの」

……つまりお母様が良いと言えばお父様の意見はまったく意味がないという事だろう。

やはり、どうやらフレイム公爵家のカーストはシャル様を頂点に置き、その下にアルゴス様が位置付けられているらしい。

……あれ? 当主って誰だっけ?

「ゆのどこかにいくの?」

腕の中で大人しくしていたエリスがつぶらな瞳で僕を見つめる。

「学園の授業で森に合宿へ行く事になるかもしれません」

「行くかもではなく、行くのよ」

僕の言葉に被せるようにそう言い切ったルナの言葉を聞いて、悪魔エリスの瞳が怪しく輝く。

「えぇ! ずるい! わたしもいく!」

エリスはそう言って僕の胸に手を置くとぐっと顔を僕へと寄せる。

近いよ近い。

「ううふ……エリス。それは無理な相談ね。これは学園の合宿なの。あなたの参加は認められな――」

「ゆのもわたしといっしょがいいよね? ね?」

……かわい……くない!

なんてあざとい攻撃だろう。ね? の度に顔の角度を変え自らの可愛さを最大限引き出してる……!

そんなグラつきかけた僕の意識を引き留めたのはルナの氷の様な目と、不気味な笑みだった。

「エリス。しばらくの間どこかに行っていなさい。話が進まないわ」

少し不機嫌な声色のルナの言葉に、エリスは対抗するように頬を膨らませる。

「おねえさまだけずるい! いっつもそーゆーのはめんどくさがって行かないのに!」

「……別に。今回が特別という訳ではないわ。勉強しにいくのに理由はいらないでしょう?」

「ほんとうかなぁ? あやしいなぁ?」

……なんでだろう。あのルナが追い詰められているように僕は一瞬錯覚する。

「……あのお嬢様。僕からもソレイユ先生にお願いしてみますので」

僕がそう言うとルナはますます不機嫌になった。

「……なに? あなたは私と行く事に何か不満でもあるのかしら?」

「いえ、そういうわけでは……」

はっきり言おう。これは僕の失態だ。今回は僕のせいでお嬢様に確認を取らずに参加の表明をしている。

もちろん僕も『合宿』と聞いて楽しいイベントだと思っていたのが大きな理由だが、真実を知った今、改めて僕は自らの選択を恥じていたのだ。

「……何度も言うようだけど気にしすぎない事ね。ただ、これを機に女学園を覗こうとするのはやめなさい」

……なんでそれを。

「言っていなかったのだけれど、あなたの姿は私の教室の席からよく見えるわ」

……もうガン見するのはやめておこう。

「…………それとも……私と一緒では楽しめないかしら?」

ルナの瞳が不安に揺れる。

……そうか。僕はそんな心配をルナにさせてしまっていたのか。

「いいえお嬢様。僕もお嬢様とご一緒できるのは嬉しいです。ただ……」

そう。その合宿には当然のように危険が潜んでいる。

「ただ?」

ルナが僕をまっすぐに見つめた。

「《神獣の森》は魔獣が多く出没する事で有名です。もちろんそれが合宿の地として選ばれた理由でもあるのですが」

ゴブリンを始めとした低級の魔獣が多く出没する神獣の森での合同合宿。僕ら魔法騎士学園の生徒であれば対処は可能だが、それが貴族の御令嬢も共にとなれば話は別だ。

危険はないと判断する事は到底できない。

「なに? そんな事で悩んでいたの? 何の問題もありはしないわ」

だが、あろう事かルナはそれを『そんな事』の一言で片づけると、自らの美しい白銀の髪をすきながら、優雅に微笑む。

「だって――」

迷いのない紫の瞳が僕をまっすぐ見つめて。

「――あなたが守ってくれるのでしょう?」