作品タイトル不明
146話 「証明」
「……ッ」
驚いているジースの表情がすべてだった。
場に満ちる魔力の濃さはすでに常人の域を優に超えている。
薄暗い室内に広がるノアに扮する神獣ポチが放つ魔力の光。
もちろんベルフェゴールやカミラもすごかったが……なんというか。
「……綺麗だ」
そうポツリと呟いたフィーアさんの唖然とした表情を見て、僕は心の中で同意した。
青い流星とも呼ばれる邪神ノア。
ポチがそのイメージになるべく寄せているのは明白だろう。
しかし、きっとそれだけじゃない。
「……」
どのような言葉が正解なのだろう。
ポチ……伝説の獣である 神獣(フェンリル) の神聖さが……そのまま魔力の質として現れているとでも言えばいいだろうか。
場に満ちる静寂が物語る。
その神々しさは、 本(・) 物(・) だ(・) 。
ノアは無言で僕の横を通り過ぎて玉座の前へと行くと、見下ろすようにしてそこに座すベルフェゴールに視線を向けた。
「「…………」」
互いに無言。
しかし、それをただ眺めていることしかできない者達にとってはただごとではない。
姿を現しただけで場を支配してみせた邪神ノアと、悪魔の頂点であるベルフェゴール。
両者が視線を重ねた……その事実に、場の緊張感が一気に高まったのを僕は肌で感じとっていた。
「……」
事前に 諸(・) 々(・) を把握している僕ですら緊張してしまっているのだ。
このひりつくような緊迫感も仕方がないのかもしれない。
「…… 退(の) け悪魔」
そのノアの呟くような一言に応えるようにしてベルフェゴールがニヤリと笑う――その瞬間だった。
「……ッ!」
僕は思わず両腕を顔の前にかざしたまま瞳を閉じる。
爆発的な魔力の噴出。それから生じた突風は気を抜けば吹き飛ばされてもおかしくないほどのすさまじいものだった。
ノアに対抗するようにして膨れ上がっていくベルフェゴールの赤黒い魔力。
異なる二つの強大な魔力が空間を二分するようにしてぶつかり合う。
当然、吹き荒れていた突風は勢いを更に増していった。
「おいおいおいッ……!」
大剣を地面へと突き刺し必死の形相を浮かべるゼクス。
彼に限らずこの場にいる多くの者が動揺を隠しきれていなかった。
もちろん、例外はいる。
鬱陶しそうに腕を組むカミラ。
ニコニコとした笑みを崩さないツヴァイ。
獣のような獰猛な笑み浮かべているジース。
そして我関せず眠たそうな瞳で僕をじっと見下ろすネムと、壇上でにらみ合うノアとベルフェゴールに神妙そうな面持ちで視線を向けるロイド先輩の姿。
「……?」
ロイド先輩が浮かべる表情に僕が違和感を抱いた時、ベルフェゴールが魔力の放出をピタリと止めた。
「………………まぁこんなもんか?」
「……貴様」
涼しい顔で席をたつベルフェゴール。
「……」
ノアの表情を伺い知ることはできない。
けれど、恐らくポチは相当焦っていたはずだ。
というのも僕の見立てによれば、ベルフェゴールの魔力量は神獣であるポチを上回っている。
だからあのまま魔力のぶつかり合いが続いていれば、劣勢に立たされていたのはポチ……つまりはノアの方ということになる。
しかし、それは神獣ポチを正しく知っている僕だから予測できるものなわけで。
「……」
無言で玉座についたノアの姿に、この場にいる誰もが釘付けになったのが分かる。
当然だ。
悪魔の頂点であるベルフェゴールに魔力で 押(・) し(・) 勝(・) っ(・) た(・) 。
そうでなくてもベルフェゴールが席を譲ったという一点のみでこの場における優劣が明らかになったという見方もできるだろう。
「カミラ」
「我に命令するでない」
カミラの足元で蠢いていた黒い影から、生えるようにして現れた黒い椅子に腰かけるベルフェゴール。
その愉快そうな表情を眺めながら、僕は思う。
どこまで計算されていたのだろうか。
僕が危惧していたノアという邪神の力……その証明方法。
しかし、たった今ベルフェゴールの行動によってその証明は済んだ、ということになる。
少なくともネムの時のようにノアの力に疑問をもつ者は少ないはずだ。
それは口をはさむことなくおとなしく下がったジースの行動からも見て取れる。
「それで?」
静寂を切り裂くようにしてそう言ってベルフェゴールが小さく鼻を鳴らす。
「全員集まったわけだが……そういうことでいいんだよな?」
ベルフェゴールの問いに答える者はいない。
しかし、それが答えだと言わんばかりに、ベルフェゴールは笑みを浮かべて囁いた。
「 魔女の集い(ワルプルギス) ――開幕だ」