軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15話 「エリスの罠」

朝起きてまず目に飛び込んできたのは天使の可愛い横顔だった。

「……むにゃ」

小さな口をもごもごと動かし、そうぽつりと寝言をこぼす天使もとい、悪魔エリス。

なぜ僕の部屋の僕のベッドに入っているのかなど、気になる点はひとまず置いておくとして。

「むにゃ……おにいちゃん……」

うん。可愛い。可愛いとも。それは間違いない。

だが、それはこの寝言が 本(・) 当(・) だったらの話である。

僕は知っている。このエリスなる天使の皮を被った悪魔に心を許したその時に……。

――僕は終わるのだ。

すぐに体を起こし、学園へ行く準備を始める。すると、背後でゴソゴソとした 衣擦(きぬずれ) れの音が微かに響いた。

――くる。

「ゆの……もういっちゃうの?」

脳天を溶かす悪魔の囁き。

「そろそろ学園に行かなくてはいけないので」

僕はそう言うと背中越しにエリスへと視線を向け――。

「……っ!」

とろんとした瞳に大粒の涙を溜め、上目遣いに僕を見つめる悪魔エリス。サイズが合っていないのか、着ている白いネグリジェが肩からずり落ち、きめ細かな白い肌を露わにする。

……かわい……くない!

僕は思わず頭を撫でようと伸ばした右腕を左手で引き留めた。

………………何をしてるんだ僕は?

正式にルナの騎士となってから早数日。僕はそれなりに有意義な時間を過ごしていた。

フレイム公爵家の二階にあてがわれた僕の自室は、元々住んでいたアスタリオ家の自室に比べ倍以上の広さを誇っており、そのゆったりとした落ち着きのある空間に僕は満足を通り越して感動していた。

そしてすぐ隣の部屋には僕の神様――女神アテナの部屋がある。つまり、僕は会おうと思えばいつだって神様に会える環境が手に入った訳である。

加えて、王都に屋敷を構えているここ、フレイム公爵家からであれば、同じく王都にあるフェリス魔法学園への登校も容易になった。

そう。何も不満は無い――ある一点を除いては。

「そっかぁ、ゆのはわたしよりもお姉さまをえらぶんだね」

つぶらな瞳に涙を溜め、悲し気な声色でそう呟く悪魔エリス。

それが僕を油断させる罠だと分かっていても尚、どうしてもそのままにはできなかった。

「エリスお嬢様。僕はルナお嬢様と同じ位、エリスお嬢様を大切に思っています」

本音である。実際、もしエリスの身が危険にさらされる事があったなら、僕は迷わず自分の力を全力で使うだろう。

僕がそう言うと、悲し気な表情をしていたエリスはうって変わって笑顔になる。

良い事だ。やはりエリスには笑顔が似合う――とそんな事を考えた時だった。

「ゆのは、わたしの事、すき?」

エリスは首をかしげながら突然そんな事を聞いてくる。

「……ええ。そうですね」

「ちゃんと言葉にしてくれなきゃ、やだ」

そう言い可愛く頬を膨らませるエリス。

女神アスタロトとの一件以来、どうやら僕はエリスに気に入られたらしい。

それ自体に不満はない。むしろ嬉しい事だと僕は思う。

だが、個室であった筈のこの部屋は既にエリスの遊び場と化し、僕のプライベートは無いに等しい。加えて、毎日のように受ける悪戯に正直そろそろ限界を感じていた。

「……好きですよ。エリスお嬢様」

僕がそう言うとエリスはニヤリと口の端を上げ、満足げな表情を浮かべて僕を見る。

……嫌な予感がする。そして恐らくそれは間違っていない。

『エリスお嬢様を大切に思っています――好きですよ。エリスお嬢様』

僕の声が屋敷中に大音量で響き渡る。

エリスが魔法を発動させたのだ。

窓の外で優雅に羽を休めていた鳥たちは、その大きな音にびくりと体を震わせると逃げるように大空へと羽ばたいていく。

……僕も羽ばたきたい。

目から光が消えていく事を自覚していた時、窓の外から羽ばたいてくる人間が一人。

「貴様ぁぁ! 私の娘になにをしている!」

ガシャンという窓ガラスが割れる音と共に、フレイム公爵家当主アルゴス・フレイムが充血した目をして僕の部屋へと乱入してくる。

エリスは僕の背中へと回り、実の父親をやっかむような目で視線をやると僕の腰に腕を回した。

「お父うえ。私はきめました。ゆのとともに生きます」

勝手に決めるでない。

「アルゴス様。どうか冷静――」

「黙れ小僧! ルナばかりでなくエリスにまでその毒牙を向けるとは……! 貴様、覚悟はできているのだろうな!」

もうやだこの家族。

怒り心頭といった様子の公爵家当主。そしてそれを見て嬉しそうな顔をする悪魔エリス。

魔法の才能に愛され、密かに神童と謳われるその悪魔は、時々こうして僕を困らせては楽しそうに笑っていた。

助けて……神様。

そんな僕の神様は割れた窓からひょっこり顔を出すと、真紅の瞳を輝かせ、暖かい笑みを浮かべて僕を見つめている。

もはやこうなっては、止められるのはただ一人。

ガチャリと扉が開かれる。

僕の救世主は静かにため息をつくと、氷のような視線で僕を射貫いた。

「……行くわよ」

待ちに待った登校の時間だ。

僕は即座にその場で傅くと、万感の思いを言霊に乗せる。

「――御心のままに」

これが今の僕の日常。いつも通りの一日である。