軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 「フィーアの不安」

暗い室内。

揺れる蝋燭の火。

その迷いは視点を定めることを許さなかった。

彼女の美しい 黄緑色(ライトグリーン) の瞳は、所在なさげに映す対象を変えていく。

「……」

岐路に立ってようやく分かることがある――そのことをフィーアは本当の意味で実感していた。

自分の役割を自覚しているからこそ、どのような言葉が主にとって当たり障りのない言葉であるのかも当然彼女は理解している。

しかし、今求められている言葉はきっと違うのだろう。

そんな確信にも似た考えが、フィーアの口を閉ざしていた。

主であるロイド・メルツからの呼び出し。

その招集に応え、生徒会室に赴いた彼女は選択を迫られていた。

別段、言葉にするだけならば決して難しい言葉ではない。そのはずだった。

しかし、ロイドに対する忠誠心が、容易に口にすることを躊躇わせた。

「……」

その結果、机を挟んだ先で瞳を閉じたまま椅子に腰かけ黙り込むロイド・メルツとは対照的に、フィーアは額に汗を浮かべたまま立ちすくんでいた。

形式的な挨拶など、とっくに済ませている。

しかし、こうして向かい合ったまま動かない時間そのものが、フィーアにとっては紛れもない現実であり答えだった。

つまり、だ。

そういうことなのだろう。

この静寂は意図して創られているのだ。

「……」

ロイド・メルツは知っているのだろう。

フィーアが胸の内に抱える葛藤を。

「……」

数度、 瞬(まばた) きした後、フィーアは硬い声色で口にした。

「……邪神の配下となる件ですが」

「……」

「…………どうか、お考え直しください」

そう口にして、フィーアは美しい姿勢で頭を下げた。

肩から滑り落ちる麗しい金色の髪。

それをなんの気なしに眺めながら、ロイドは自覚なく口の端を吊り上げた。

「理由を聞こう」

ロイドは向かい直すようにして両肘を卓上につけると、重ねた両手に顎をのせてフィーアに視線をやった。

「……理由……ですか」

頭をあげてすぐ、フィーアは鋭い視線をロイドへと向けて簡潔に口にした。

「危険すぎます」

「それを承知の上で決めたつもりだ。理由も既に説明したはずだが?」

「……」

フィーアとてそんなことは理解している。

野良神が消失した一連の事件の結果、この世界では絶対とされている神々への不審が露わになった。

実際、女神アテナとバレット公爵家の令嬢を誘拐したのは、英雄神の一柱であったマルファスである。

その事実は、確かにフィーアの中で強い驚きと共に神々への不信を強める要因になっていた。

しかし、だからといって邪神の配下として動くというロイドの選択に同意することもフィーアにはできないでいるのだ。

ロイドの言葉の通り、ユノを含めた一部の幹部を除いた面々は 神無(カンナ) での集会の折、その方針についての説明を既に受けている。

マルファスを消滅させた邪神ノアの配下となること。

そして邪神ノアとの契約を目標にして動くこと。

決して複雑な内容では無かった。

むしろ分かりやすい説明であったと、今でも思う。

「……」

その時、フィーアにとってなにより意外だったのは、反対意見が無かったということだ。

つまり、自分以外の幹部はロイドの示した目的に同意したということになる。

たしかに。組織としての在り方はそれで正しいとも思う。

ロイド・メルツが右を向いたならば、それに付き従う者達も右を向くのは道理だ。

暗部と言う特殊な組織であるならば尚の事そうだろう。

――しかし、果たして本当にそれでいいのだろうか?

ロイドの出した結論はあまりにも極端なものだとフィーアは感じていた。

確かに神々への不審は明白だ。

しかし、だからといって神殺しを成した邪神に与する決断をするには、あまりにも早計なように思えてならないのだった。

しかし、今に至るまでフィーアはその考えを口にできずにいた。

説明を受けたあの日あの場で反対の立場を示せなかった不甲斐ない己への戸惑いも理由の一つだが、なによりこれまでロイド・メルツの選択に間違いが無かったことが何よりの理由だ。

ユノ・アスタリオの序列一位での暗部加入。

それに当初反対していたフィーアだったが、間違っていたのは自分の方であったことをフィーアは既に知っている。

いいや、ユノの件だけではない。

これまでロイドが下した決断の内、間違っていたことが果たしてあっただろうか。

だからフィーアは口を閉ざしていたのだ。

ロイド・メルツに対する揺るぎない絶対的な信頼が、フィーアの疑問を上回った結果である。

しかし、やはりそんな自分の決断すらもお見通しだったのだろう。

疑問を口にする機会を、フィーアは与えられているのだと悟った。

「邪神の配下として動くという事は、それは 即(すなわ) ち英雄神と敵対すると同義です」

「……」

「それだけの決断を下すには、理由があまりにも乏しいように思います」

当然、そんなことロイドとて承知の上であろうことはフィーアも理解している。

「…………つまり、なにが言いたい?」

フィーアは即答した。

「他に……理由があるのではないですか?」

会話の流れからしても当然の問いだった。

納得できるだけの理由がロイドの中にあるのであれば、フィーアとしても問題ないのである。

「……英雄神への不信。そして新たなる力への渇望。それだけの理由では不足だと?」

「……そう、考えています」

フィーアは小さく首を縦に振った。

「……ふむ」

ロイドは重ねていた両手を解くと、神妙な面持ちで右手を口許へとやった。

「実のところ、フィーア。お前と似たようなことをユノ・アスタリオからも言われていてな」

「……」

その言葉にフィーアは瞬発的に少年の姿を脳裏に想い浮かべていた。

疑問を抱いたのは自分ではなかったという事実に、感じていた緊張が薄くなっていくのを自覚した時、ロイドの顔に笑みが灯った。

「だから、お前にも同じことを告げよう」

ロイドは口の端を吊り上げて言う。

「その為の…… 魔女の集い(ワルプルギス) だ」

「……」

ロイドは席を立つと歩き始める。

静寂に包まれていた生徒会室に、足音が木霊した。

「神への謁見の場であると同時に、交渉の場でもある。そしてそこに新たな目的を創造することを禁じた覚えはない」

背中越しのような恰好のまま、振り返るようにしてロイドはフィーアに視線を向けて口にした。

「……納得する理由が欲しいのであれば、自分で見つけてみせろ。許されるならば直接問答を交わすのも良いだろう。ノア様の前では、俺もお前も等しく些細な存在だ」

「……その結果、神の怒りを買うことになっても……でしょうか?」

ロイドはフッと笑ったあと、フィーアの目をじっと見つめた。

「それは困る」