軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14話 「女神降臨」

「ふぅん……?」

ルナのお母さまが、興味深そうに僕を見る。

ただそれだけの事なのに、僕の体は石のように固まった。

「お初にお目にかかります。アスタリオ家が三男、ユノ・アスタリオです」

それでも口を動かせたのは、緊張以上にルナのお母さまに見惚れていたからだ。

目鼻立ちの整った顔、麗しき紫の瞳そして艶めく白銀の髪、それがサイドにまとめられており、彼女の動きに合わせてふわふわと動いている。

おお……神よ……っといかんいかん! 僕にはアテナという女神が既にいるじゃないか!

「そう。あなたがルナの騎士君なのねぇ……驚いたわぁ、まさかこの子がねぇ」

そう言ったお母さまは微笑みながらルナを見る。

「……何か問題でも?」

「いいえぇ? 何も無いわよぉ。ただ少し驚いただけで」

良く分からない雰囲気の中、エリスが明るい声でカットイン。

「えぇ! 本当におねえさまのきしなの?」

そう言って僕を指さしながらルナを見るエリスに、ルナは微笑みながら頷いた。

「ええ。そうよ」

そうルナが言うとエリスの頬がぷくりと膨らむ。

「えぇぇ! おねえさまばっかりずるい! 私もあれがいいぃ!」

そう言って僕を指さすエリス。

「ふふ……だめよ。あれは私のものなの」

エリスはそれを聞くと目に大粒の涙を溜めながら僕の元へと走り寄ると、僕の足に抱き着いた。

「やだぁ、これがいい」

飛び交う、あれ、これ、はさておき。そう言って上目遣いで僕を見るエリス。

かわい……くない! あぶない。駄目だ。慌てるな僕。

そんな葛藤をしている最中、美しく優雅な笑い声が響く。

「ふふふ……そうエリスまで。けれど、ルナの選んだ騎士君だから当然かしらねぇ」

そう言って微笑んだルナのお母さまは僕を真っすぐに見つめると、両手でスカートの裾をつまみ、優雅に持ち上げた。

「フレイム公爵家当主アルゴス・フレイムの妻、シャルロット・フレイムですわ。どうやらうちの主人がご迷惑をおかけしたみたいねぇ……後できつぅく言っておくから許してほしいわぁ」

「い、いえいえ、そんな」

優雅にそう言って微笑むルナのお母さま。けれども僕はその表情が一瞬恐ろしい形相になるのを見逃さなかった。

哀れなり、アルゴス・フレイム……。

「そうそう。そういえばずっと気になってはいたのだけれど……」

ルナのお母さまの目が、神様へと向けられる。

「こちらが噂の女神、アテナ様かしら?」

神様はびくりと体を震わせると、ぎこちなく口を開いた。

「わ、私はユノさんの、神様をやっています。アテナです! よろしくお願いしますっ!」

そう言って深々と頭を下げる神アテナ。

……可愛い。

「そう。ルナから聞いていた通りの美しさねぇ。私の神様もビックリする程よぉ」

そう言って暖かい眼差しで神アテナを見つめるルナのお母さま。

……やっぱり嬉しいな。自分の神様が褒められるのって。

「あ、あの、ありがとうございます」

神様もまんざらじゃない様子。顔を赤くして目を輝かせている。

と、そういえば。

「えっと、シャルロット……様?」

「ふふ、別にシャルでいいわよぉ? ルナの騎士君なのですし」

「では、シャル様、先ほど私の神様とおっしゃっていましたが、やはり既に契約を?」

「ええ。私は愛と美を司る神『アスタロト』様と契約を結んでいるわ」

驚いた。一目見た時から常人では無いと思っていたけれど、とんでもなく高名な神と契約を結んでいるらしい。

「そうですか……アスタロト様と……」

愛と美を司る女神アスタロト。その神の名を知らない者はいないだろう。

もちろん僕だって知っている。

知っている……筈……だよな?

何故だろう。僕は言いようのない違和感に苛まれた。

そんな時、神アテナが突然、肩を震わせながら膝をつく。

「か、神様!」

僕は大急ぎで神様の元へと駆け寄ると、その震える肩を抱いた。

「神様!? どうしたんですか!?」

「ユノさん……ごめんなさい……怖いんです」

恐怖に目を濁し、表情を引きつらせている。

その尋常ではない様子に僕は焦った。

病気? そんな事ありえるのだろうか? それともなにか――。

『なになに? 僕の話をしているの?』

――――空間が裂ける。

黒くぽっかりと空間に空いた楕円の暗闇。それが部屋の空気全てを飲み込むように風を起こした。

「皆さん! 下がってください!」

僕は同じように驚き固まっている彼女達にそう声をかけると、一人その暗闇の前へと進み出る。

鳥肌がたった。何だこれは?

魔法? いいや違う。そんな生易しいものでは無いだろう。

では何だ? この禍々しい力の塊は。

いくつもの可能性を頭の中で調べつくしてもまだ足りない。

僕のそんな焦りをあざ笑うように――

――答えは自ずとやってくる。

「よいしょっと」

最初に聞こえてきたのはそんな間の抜けた声だった。

暗闇から飛び出してきた少女が桃色のツインテールをなびかせ、僕の前へと降り立つ。

全身を黒と赤とで塗り固めたドレスを纏い、神アテナと同じ真紅の瞳を持つ少女が僕を見て楽しそうに微笑んだ。

「やぁ、やぁ、どうもどうも」

少女はそう言うと、短いスカートを両手でつまみ上げ優雅にお辞儀をして見せる。

僕はその美しすぎる姿を見て確信する。

――人では、無い。

「……アスタロト様?」

シャル様がそう、ぽつりと呟くと目の前の少女はにこりと微笑んだ。

「久しぶりだねぇ。シャル。元気にしていたかい?」

そう言って僕の横を通り抜け、シャル様の元へと向かう少女。

少女――違う。女神アスタロトだ。

今、シャル様はそう呟いていた。

あれが、愛と美を司る女神、アスタロト……。

僕は背中越しに女神アスタロトへと視線をやる。

「お久しぶりでございます。アスタロト様。こうしてお会いするのは三年ぶりでしょうか?」

「さぁ……どうだろう? それくらいになるのかな?」

「ふふ……もう会いにはきてくださらないかと思いましたわぁ」

「君はお気に入りだからね。特別なんだよ?」

……何も違和感は無い。

それどころかシャル様ととても親し気に会話をしている。

……何だって僕はそこまで女神アスタロトを気にしているのだろう。

僕は途端にバカバカしくなり肩の力を抜くと一つため息をついた。

そう。そんな馬鹿な話がある訳が無いのだ。

――アスタロトが神である筈、無いだなんて。

「ところでさぁ、君はだぁれ?」

女神アスタロトがうずくまったままの女神アテナへとそう問いを投げる。

「あ……あの……私は……」

未だ肩を震わせたままのアテナを見て、僕は動く。だが、その前にシャル様が口を開いた。

「女神アテナ様です。アスタロト様」

助け船のつもりだったのだろう。今のアテナに名乗れるような気力があるとは思えない。

だが、そうシャル様が口にした瞬間、女神アスタロトの瞳が怪しく光るのを僕は見た。

「…………アテナ? そう。女神アテナか……くふふ、そっかそっか」

女神アスタロトが嬉しそうに何度もそう呟いては、表情を隠すように小さな手のひらで顔を覆う。

「この子、野良神だよね? だぁれ? アテナ、なんて名前を付けたのは」

覆った手の先にあるであろう口からくぐもった声で、アスタロトは問いを投げかける。

「……僕です」

僕はアスタロトへと体を向ける。

「そっかぁ、きみかぁ」

アスタロトはそう独りでに呟くと、ふらふらとした足取りで僕へと近づいてくる。

僕の肩に小さな手が置かれる。

そして真紅の瞳が僕を覗き込んだ。

「どうして、アテナって、名前をつけたの?」

「……何となくです」

「…………」

僕がそう答えると女神アスタロトは少し考えるように口を閉ざす。

「ふぅん。そうなんだ。じゃあもう一つだけ」

アスタロトはそう前置くと、再び真紅の瞳で僕を見つめた。

「君の中にいるのはだぁれ?」

……ん?

緊張の糸が切れる音を聞いた。

この女神は一体何を言っているのだろうか。

「いや、あの、僕の中には……僕が……いますねぇ?」

そうですよねぇ? 僕間違ってます?

「……ふふ……そっか。なぁんだ。つまんないのぉ」

女神アスタロトはそう言って後ろ手を組むと、頬を膨らませ、ゆっくりと後ろへと下がる。

僕を見つめたまま――そのまま、僕へと掌を――。

「はい! ドカァン!」

瞬間赤い光線が僕を襲った。

――本気出す。

そのまま迎え撃つように僕は右足を振りぬく。

「……っ!」

重い手応え、しかしこの程度なら……!

僕は部屋にある窓へと向けてその光線を弾き飛ばす。

ガラスの割れる甲高い音を聞きながら僕の目はアスタロトを掴んで離さない。

「あ、アスタロト様! 一体何を!?」

あのシャル様が焦っている。

他のみんなは大丈夫だろうか?

僕はそう思い周囲へと視線をこらす。

神様は依然としてその場に蹲り僕を心配そうに見つめている。

ルナは……たぶん大丈夫だ。氷のような表情を浮かべて神アスタロトを睨んでいた。

そしてエリスは……ソファーで寝そべりながら目を輝かせている。

…………エリスぅ。

「あはっは、すごいなぁ君ぃ! 合格だ!」

明るい女神アスタロトの声が重く沈んだ空間に響き渡る。

「あ、アスタロト様、合格とは?」

「そんなに驚くなよシャル~。彼、君の娘の騎士なんだろぉ? だから僕がこの目で直接見に来たって訳さ」

そう言ってケタケタ笑う女神アスタロト。

「じゃ、そゆ事だから!」

アスタロトはいてもたってもいられない様子で再び楕円の暗闇を発生させると、その中へと飛び入る。

「――また会おうね。ユノ・アスタリオ」

――そう言ったアスタロトの顔に、暗い笑みが灯るのを僕は見た。