軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真面目すぎるのも考えものだ

薄暗い部屋の中でゆっくり瞼を開ける――知らない天井……ではないな。うん。宿の天井だ。

そのまま上半身を起き上がらせて、ふと気がつく。あれ? 俺、怪我してなかったっけ?

腕は確実に折れてたと思うし、肋骨とかも折れてた気がするけど……その痕跡すらなかった。

成程……夢か。

あまりに綺麗に体が元通りなので、ブラックベアーと戦ったのは夢だったんじゃないかと頭の中に思い浮かべたとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開かれる。

「カイト!」

「へ? うわっ!?」

開いた扉から現れたのは、この場に居ない筈のアイシスさんだった。

アイシスさんはそのまま物凄いスピードで俺に飛びついて来て、その衝撃で俺の体はベットに軽く叩きつけられる。

「……良かった……カイト……」

「え? あれ? アイシスさん?」

何だろう、状況が全く分からない。

なぜアイシスさんがここに居るのかも分からないが、何より現在の状況が大変危険だ。

アイシスさんは俺にピッタリとくっつく様に強く抱きついてきており、大変柔らかく華奢な体が全身に押し付けられている。

何と言うか、地獄の様な夢を見ていたと思ったら……目が覚めたら天国だったとか、そんな感じだ。

「……カイト……もう大丈夫だよ……カイトの事……虐めた奴等は……私が全部殺したから」

「……へ?」

告げられた言葉の意味が、いまいちよく分からなかった。

俺を虐めた奴? ブラックベアーの事だろうか?

しかし俺が戦ったブラックベアーは、リリアさんが真っ二つにした筈だけど……他にも居たって事かな?

アイシスさんに詳しく話を聞いてみると、どうやら俺が気絶した後でブラックベアーの大群が現れたらしく、それをアイシスさんが全滅させたそうだ。

うん。アレだ……ブラックベアーは十分怪物だったけど、アレが1000匹束になったとしても、アイシスさんに勝てる光景が全く思い浮かばないし、実際そうだったんだろう。

ともかくアイシスさんのお陰で、リグフォレシアの街に被害等は殆どゼロらしい。

そのままアイシスさんはしばらく俺を抱きしめた後、少し寂しそうに見える顔を浮かべて立ち上がる。

「……私は……そろそろ帰るね……私がいると……リリア達……怖がるから」

「……アイシスさん」

成程、心配性のリリアさん達が俺が目覚めても部屋に来ていないのは、アイシスさんの死の魔力の影響で近付けないと言う表現が正しいみたいだ。

アイシスさんは足元に魔法陣……おそらく転送魔法の魔法陣を浮かべ、居城に帰ろうとする。

「あ、あの! アイシスさん」

「……なに?」

「今日は、その、ありがとうございました。それで、えと、ちゃんとお礼とかしたいので……今度一緒に、え~と、食事とか行きませんか?」

「……っ!? ……いいの?」

「はい。その時は俺にご馳走させて下さい。でないとお礼になりませんしね」

「……うん……すごく……楽しみ」

お礼=食事を奢るとは、我ながらなんとも短絡的な思考だが……とっさに思いついたのはそれしかなかった。

しかしその言葉の効果は絶大だったようで、寂しそうだったアイシスさんの表情が明るいものに変わって頷く。

そしてアイシスさんは小さく手を振りながら転移魔法の光に包まれて去っていった。

アイシスさんが去った後、リリアさん達に心配をかけた事を謝ろうと、部屋を出て宿の廊下を歩く。

この宿は公爵であるリリアさんが利用するだけあって、リグフォレシアの中でも屈指の高級宿であり、広い廊下は貸し切りかと思う程静かだった。

そのまましばらく歩くとロビーと言うか談話室と言うか、広めの部屋があり、遠目にリリアさん達の姿が見えた。

「ッ!? カイトさん!?」

「……ッ!?」

「目が覚めたのですね。良かった」

そこに居たのはリリアさん、ルナマリアさん、ジークさんの三人で、俺の顔を見ると皆安堵した様な表情を浮かべる。

「心配をおかけしてすみません」

「いえ、どこか痛んだりはしませんか?」

「ええ、それは全く大丈夫です」

「そうですか……本当に良かった」

心配そうに話しかけてくるリリアさんに、体調は全く問題無い事を伝える。

「そう言えば、楠さんと柚木さんが居ないみたいですけど……もしかして怪我をしたとか?」

「あ、いえ、お二人共『怪我は』していません」

柚木さんと楠さんの姿が無かったので、もしかして俺が気を失った後で怪我でもしたのではないかと思って尋ねたが、どうやら二人とも無事な様だ。

だけど、怪我は? 何か引っかかる言い回しだ。

「怪我はって、他に何かあったんですか?」

「アオイさんとヒナさんは今、部屋で寝ています」

「……死王様の死の魔力に当てられて、気を失いました」

「あ、あぁ……」

俺の疑問にリリアさんとルナマリアさんが若干言い辛そうに答えてくれる。

成程、ブラックベアーの被害があった訳じゃなくて、アイシスさんの死の魔力によって気絶したらしい。

「ちなみにレイ様とフィア様は、ほぼ壊滅した警備隊の再編成会議へ出席しています」

「ほぼ壊滅!? 再編成? え? 被害は無かったって聞いたんですが……」

「ええ、ブラックベアーによる被害は、ありませんでした。ですが、死王様の凄まじい死の魔力を目の当たりにして、半数近く心が折れてしまった様で……」

「無理も無いでしょう。私もしばらくは震えが止まりませんでした。最初に気絶したクスノキ様とユズキ様は、むしろ幸いだったと言えるでしょうね」

余波で警備隊の心へし折った!? どんだけとんでもないんだ死の魔力って……

その時のアイシスさんがいかに凄まじかったのかは、今思い出した様に震えている三人を見ればよく分かる。

その死の魔力による恐怖を理解するより先に、気を失った楠さんと柚木さんはある意味幸運だったらしい。

っとそこまで話したところで、リリアさんが真剣な表情で立ち上がり、俺の前まで歩いてきて……いきなり地面に膝をついて土下座した。

「……え?」

「カイトさん、本当に申し訳ありませんでした」

「り、リリアさん!? ど、どうしたんですか急に!」

なぜいきなり土下座されているのか分からず戸惑う俺に、リリアさんは昨晩俺が渡したネックレスを差し出してくる。

「クロのネックレス?」

「……このネックレスには、強力なものではありませんが、防御魔法の術式が施されていました……つまり、コレを私がお借りしていなければ、カイトさんがあんな怪我をする事はありませんでした」

クロのネックレスに防御魔法が込められている? 初めて知ったんだけどそれ……どうも、探索魔法だけなのかと思ってたら、他にも色々な魔法が込められているらしい。

リリアさんも詳細までは分からなかったみたいだが、先の事件後に元宮廷魔導師であるレイさんに見てもらって、防御魔法が込められている事を知ったらしい。

リリアさんはそのまま深く頭を下げ、震える声で言葉を続ける。

「いえ、そもそも、もっと私がしっかりしてさえいれば……初めにカイトさん達の安全を保証すると言ったのに、自分の事ばかりに頭がいっぱいで、カイトさん達に護衛を付ける事すら忘れ、カイトさんに怪我をさせてしまいました。全部、全部、私のせいです」

「……い、いや、別にリリアさんのせいとかじゃ……」

「いえ、私がしっかりしてさえいれば防げたはずです。私が、もっとちゃんとしていれば……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

涙声に変わり、変わらず頭を下げて謝罪の言葉を続けるリリアさん……なんだろう、何かイライラしてきた。

繰り返しになるが俺は聖人君主じゃない。あまり覚えは無いけど、怒ることだってある。

「カイトさん。本当に、ごめんなさい……」

「……リリアさん。先に謝っておきます。すみません」

「……え?」

謝罪を続けるリリアさんに謝罪の言葉を伝えてから、俺はリリアさんの頭に思いっきりゲンコツを振り下ろす。

「いっ!?」

いくらリリアさんが凄い実力を持った人とは言え、普段から身体強化魔法を常に使っている訳ではない。

素の状態で喰らったゲンコツは相当痛かった様で、リリアさんは両手で頭を抑える。

「黙って聞いてれば、ウジウジと訳の分からない事を……どんだけ生真面目拗らせたら、そんな結論に達するんですか!」

「え? え?」

「今回の件は事故みたいなものでしょ? 俺が怪我したのだって、俺が無茶したからで、リリアさんは少しも悪くないんです! と言うか、リリアさんが謝るんじゃなくて、俺がお礼を言うべきでしょう? 助けていただいてありがとうございました!」

「え? あ、は、はは、はい。ど、どういたしまして?」

捲し立てる様に告げる俺の言葉を受け、リリアさんは戸惑った様子で慌てて頷く。

「はい。じゃあこれでこの話は終わりですね! これ以上自分のせいだとか何とか言ったら、もう一回殴りますからね」

「は、はい!」

「そもそも、そうやって何でもかんでも自分のせいだって思うのは、リリアさんの悪い癖ですよ。リリアさんが真面目な人だと言うのは分かってますが、時と場合によりますからね。この前だって……」

土下座から正座の体勢になったリリアさんに、俺はそのまま説教じみた言葉を続けて行く。

正直柄ではないと思うし、俺が言えた事ではないのかもしれないが、それでもこの気真面目すぎる人には一回誰かがガツンと言うべきだと思う。

少なくとも今回みたいな件の時に、全部自分が悪いとか訳の分からない超理論が展開しないようにしておこう……主に俺の今後の為に。

「素晴らしい。私は今、ミヤマ様に心から拍手を贈りたい気持ちです。よくぞ言って下さいましたと……」

「……」

「ル、ルナ!? ジークも頷いてないで、助けて下さい。なんだか、今のカイトさん凄く怖……」

「リリアさん! まだ話は終わってませんよ!」

「は、はい!? ごめんなさい!」

先程とは別の意味で涙目になって来たリリアさんだが、今回ばかりは容赦するつもりも無いので、俺はそのまま説教を続けて行く。

拝啓、母さん、父さん――本当に柄ではないけど、説教なんてものをしてみたよ。まぁ、何て言うか――真面目すぎるのも考えものだ。