軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5・噂の毒舌令嬢、噂の悪役令嬢の姿でぶった斬る

ミスティアはこの定例化したお茶会の場があまり好きではなかった。

昔はまだよかった。ミスティアの兄や、フェリクスの側近たちが加わることもあったが、それでも、穏やかな時間を過ごせていたから。

いつからそこに王女が混ざるようになったのだろう。

今ではまるで、彼女の主催だというような顔をして、フェリクスと並んで座っている。少し前までは、ミスティアの場所だったそこに、我が物顔で。

これまではその現実を見るたびに切なさを感じていたのだが、今日は不思議と心が凪いでいる。

それがチェリーと体が替わっているからだからと気づいたとき、心と体は密接に繋がっているのだということを改めて思い知った。

フェリクスと王女はまず最初に、チェリーの意識の入ったミスティアを見て、それから、残りのふたりへと目を移した。ミスティアの意識の入ったやや顔色の優れないチェリーと、にこにこ機嫌のいいグレアムである。

ちなみにミスティアとチェリーのふたりは、真ん中で両手を差し出したグレアムにエスコートされている。

彼にとってはチェリーがふたりいる認識らしく、ふたり揃ってのエスコートをしたがったのだ。それぞれ半分ずつミスティア要素があってもそこは関係ないらしい。俺得過ぎる〜、と終始ご機嫌である。

フェリクスがミスティアのために椅子を引こうと席を立つ前に、さっさとふたり分の椅子を引いて座らせる。彼は苦笑しながらも、めずらしくはっきりと嫌味を含んだ礼を言った。

「頼んだ覚えはないけれど、私の婚約者をエスコートしてくれてありがとう」

「両手に花で光栄でした、殿下」

グレアムの堂々とした振る舞いは意外なほどに完璧だ。やはり普段の軽薄な態度はフェイクなのだろう。

直前に先触れを出していたためふたりの参加をフェリクスから咎められることはなかったが、王女はどこまでもミスティアを貶し足りないようだ。

「まあ……。こんなに素敵な婚約者がいるのに、ほかの方にエスコートをお願いするだなんて……」

お前が言うなよ、という、ぼそりとしたグレアムの声にチェリーが激しく同意しているが、なるべく事前の話し合いの通りに動いてほしいと思っているミスティアだ。

チェリーがミスティアを演じる上で決めた事柄がいくつかある。

まずひとつ目は、口調。チェリーの語尾を伸ばすしゃべり方はチェリーには似合うが、ミスティアがすると激しく違和感なのだ。なるべくミスティアの口調に近い話し方をしてもらうということでまとまっている。

そしてふたつ目は、王太子ないし王女の発言には、思っていなくても曖昧な微笑みで同意しておくこと。

これはいつもミスティアがしている処世術だ。

王族相手に己の意見をぶつけ合ってもいいことなどなにもない。

チェリーはそのことを思い出したのだろう。はっとしてから、頬に手を当て曖昧な微笑みを浮かべて王女へと言葉を返した。

「そうですね。わたしも 常々(・・) そう思っておりましたわ」

グレアムから、ぐふ、と笑いを堪えた音が漏れ聞こえた。おそらくそれは全員に聞こえていただろうが、さすがにフェリクスは鉄壁の微笑みのまま。王女の方はやや引き攣っている。

それはそうだろう。皮肉を言ったら皮肉で返ってきたのだから。今のチェリーの発言をグレアム風に要約するのなら、お前が言うなよ、だ。

もちろんチェリーにその自覚はなく、言われた通りに演じられた! という誇らしげな表情をミスティアの方に一瞬向けてくるほどであり、ミスティアはもう目を伏せるしかない。

(初手から詰んだわ……)

完全に王女の不興を買った。

むしろ喧嘩を売った。

いや、喧嘩を買ったと言うべきか。

どちらにせよ、王女から見ればその相手はチェリーではなくミスティアなのである。普段ならば胃が痛くなるのだが、あいにくこのチェリーの体は健康そのものでピンピンしている。うらやましい限りだった。

「ミスティア様はなにか誤解されているようですが、わたくしとフェリクス殿下は親しい友人です。婚約者のいないわたくしを気遣ってエスコート役を買って出てくださっているのです。とてもお優しい方ですから」

チェリーは一瞬きょとんとしてから、慌てて同意する。

「そう、その通りですわ。友人ですね、 ただの(・・・) 友人。それ以上でも、以下でもありませんよね」

なぜいちいち嫌味を込めるのか。これで無自覚なのがミスティアにはもはや恐怖だった。

「エスコートしてくださる婚約者がいないのは、さぞおつらいことですよね」

そしてチェリーは無自覚にトドメを刺す。

「負傷者に手を貸すのは人として当然のことですわ」

(終わったわ……)

完全に、完膚なきまでに、終わった。

愉快そうなのはグレアムだけで、ミスティアは一刻も早くこのお茶会が終わることだけを願った。だが、また開始数分。残酷なまでに時の流れが遅い。

この地獄のような時間がまだ続くと思うと絶望しかないが、チェリーのおかげで普段言えなかったことを言ってもらえたという清々しさもある。

概ね気が重いにしても、それはミスティアではできないことだ。

「ひどいわ……ミスティア様。わたくしになにかに怒っていらっしゃるの?」

「え? そ、そうですね、怒っているのかもしれません」

そこは否定してほしかった。

とりあえず同意さえしておけばうまくいくと言ったミスティアの痛恨のミスだ。

そこではじめてフェリクスが口を挟んだ。

「きみは、王女殿下に怒っているの?」

チェリーが縋るような目をちらちらと向けてくるが、ミスティアにはもはやなす術もない。とりあえず今は否定するよう、小さく首を振って見せると、彼女はこくりとうなずいてフェリクスへと向き直って言った。

「ええ。怒っていますわ」

なぜ伝わらないのか。

グレアムが笑いを堪えきれずにぷるぷるしながらも、自らの膝を指でとんとんと軽く叩いてチェリーの気を引いた。

あれは辺境ではよく使う暗号らしい。自分が知っても大丈夫なのだろうかと思ったミスティアだったが、負傷して救援を求めるときに空に光を点滅させて使う暗号なので、知っている人は多い方がいいとのことだった。暗号というより信号だろう。

暗号が伝わり、グレアムから助言を得たチェリーは、慌てて否定に転じた。

「いいえ、怒ってなどいませんわ」

「だけど今、怒っていると言ったよね?」

「そうですね」

なぜそこで肯定してしまうのか。

(わたしのせいね……)

チェリーがもう少し臨機応変に対応できると過信したミスティアの致命的なミスである。学年ワースト三に入るチェリーを舐めていた。ワースト三は、ミスティアが想像する以上に、ワースト三だった。

「きみはなにに対して腹を立てているの?」

そこで王女が切なげな声音で口を挟む。

「殿下、わたしが悪いのです……。殿下に頼ってばかりのわたしに、きっとミスティア様はお怒りなのだわ」

「えぇ……? ドラゴンだって、コシギンチャクイソギンチャクにわざわざ怒ったりはしませんよ……?」

「は? イソギンチャク……?」

ミスティアは両手で顔を覆った。無作法でも構わない。どうせみな、ミスティアの皮をかぶったチェリーの方しか見ていない。

事前の約束ごとの最後はもちろん、魔物の話題を持ち出さないこと、である。

コシギンチャクイソギンチャクがなにかは知らないが、その名前からはあまりいいイメージは浮かばなかった。

「えっ、王女殿下、そんなことも知らないでよく生きていられますね……?」

何度も言うが、嫌味ではないのだ。チェリーにとっては。本気で、魔物の知識もなくよくその歳まで生きてこられたね? と思っている。

フェリクスが言葉を繋いだ。

「上位種の魔物の腰にくっついておこぼれをもらう、イソギンチャクによく似た魔物だね。最強種のドラゴンからしてみれば瑣末な存在、という意味で主に辺境出身者が使っているのを聞いたことがあるよ」

博識なフェリクスに、途端にチェリーの顔が輝いた。

「さすが殿下、わかってらっしゃる! ……ですわ」

「ところでミスティア、いつから魔物に興味が?」

探るようにすっと目を細めた彼に、チェリーはあわあわしながらもどうにか及第点の回答をした。

「それは……そう! ミスティ……チェリーと仲良くなってからですわ!」

ミスティアはチェリーのふりをして、そつなく笑って補足するように応じた。

「よくふたりで、魔物を殺すにはどの得物が一番かの考察をしております」

もちろんそんな考察した覚えはないが、チェリーらしい受け答えができたと自負している。

「へぇ……? きみは、魔物を殺すにはどの武器がいいと?」

そこのところを突っ込んで訊かれると思っていなかったが、ミスティアはいつものチェリーとの会話を思い出してチェリーらしく対応した。

「接近戦なら断然剣ですけど、わたしは今、短弓を推しています」

「短弓? めずらしいね。扱いは難しくない?」

やたらと魔物の話題に興味を示すフェリクスに戸惑いつつ、会話に混ざりたそうなチェリーを押さえて、ミスティアは付け焼き刃の知識ながら自信を持って答えた。

「難しいですが、飛翔する魔物を射貫いたときの爽快感は、剣で斬ったときには得られないものです」

王女は前回同様顔色を悪くしているが、フェリクスは、ふふ、と楽しそうに笑っている。

(魔物にご興味がおありだったのね……)

これまで長くともにいたのに、なにも知らなかった。意外な発見だ。

(普通は魔物の話で盛り上がったりはしないものね……)

婚約者同士がする話題ではないので、知らなくて当然かもしれないが。

それでもこの国は、辺境伯率いる騎士たちのおかげでこの安寧が保たれているのだ。この平穏な暮らしを当然のように感じていたが、彼らの献身があってこそなのだ。

感謝を忘れてはならない。

少なくとも王太子の婚約者として、魔物の知識くらいは学んでおくべきだった。

「最近はどんな魔物を仕留めたの?」

さらに深掘りされるとは思っていなかったミスティアは内心慌てていると、グレアムから救いの手が差し伸べられた。

「王都には大した魔物がいないので、ガラカラスを追い払った程度ですよ」

言われてみれば確かにその通りだ。適当に魔物の名前を出しておかなくてよかった。

「それと、パンナコッタアナコンダ」

(それは知らない)

ミスティアはグレアムを見た。説明する気はないのか、のんびりお茶を飲みはじめた。自由過ぎる。

「メルヘンな名前だけど、人どころか家ですら丸呑みしてしまう全長十メートルはある大蛇だね。なにがパンナコッタなのかは不明だが……見た目が白くて鱗がプルプルして見えるからかな」

フェリクスが同意を求めるようにこちらを見るが、あいにくミスティアはその魔物を知らない。チェリーがにこにこしながら聞いているので、彼の考察通りなのだろう。

そこでどうにも辛抱できなくなったらしいチェリーが、一応ミスティアを演じつつ会話に参加してくる。

「コットンキャンディースパイダーも倒し……たと聞きましたわ」

チェリーとグレアムのふたりで、メルヘン縛りの魔物討伐でもしているのだろうか。

「パンナコッタアナコンダに、コットンキャンディースパイダー……。どちらも名前からは想像がつかないほどの強さと聞く」

この会話に乗れるフェリクスを、ミスティアは心の底から尊敬する。

王女などもはや目が点だ。メルヘンと魔物の融合に思考がついていけないらしい。

「コットンキャンディースパイダーの糸はなかなか厄介なんでね。やり方を間違えればすぐに捕食される。一般人は逃げる一択でしょう」

騎士科の上位者であるグレアムでも手こずるのなら相当なのだろう。きっとメルヘンな名前に油断していたら恐ろしいことになる。

「だからこそ弓ですよ!」

チェリーが水を得た魚にならないよう、ミスティアがチェリーの言いたいことを受け取って口を挟んだ。

「糸で獲物を捕らえる相手なら、距離を取って攻撃できる弓は有用です」

「人でもなんでも、頭からバリボリ丸齧りしますからね!」

人の顔で恐ろしいことを言わないでほしい。なぜその台詞で笑顔になるのか。

「……まぁ、基本は捕獲してしばらくは保存食扱いなんで、生きてる場合が多いですが」

グレアムなりのフォローなのだろう。しかしチェリーが笑顔で壊した空気は、もうどうにもならない。

ちらっと窺うと、顔色を悪くした王女が震えていた。ミスティアも青ざめたいところだが、なにせチェリーの体だ。魔物の話題に動じるどころか、ちょっと頰が紅潮してくるほどで困る。

「討伐依頼を受けてくれてありがとう。人のいるところに現れていたら、きっと被害は甚大だった。王族として、感謝してもしきれない」

フェリクスのその言葉にミスティアははっとさせられた。

そうだ。ドン引きしている場合ではない。まずはふたりに感謝を、と思ったが、残念ながら今はチェリーの体なのだ。自分で自分に感謝する変な子になってしまうので諦めた。

「いや、別に。俺もチェリーも、辺境伯から言われてるんで」

「民のために尽力するようにと?」

「いや? 勉強のストレス発散には魔物狩りが一番だから、なんでもいいから頼み込んででも狩らせてもらえ、と」

さすがにフェリクスが一度言葉を飲み込んだ。辺境伯に会ったことはないが、きっとチェリーとよく似た人なのだろう。血は争えないということか。

「腕が鈍るのも防げるし、素材も手に入るし、感謝されるしで、一石四鳥だからって笑ってましたね」

チェリーがこくこくうなずいている。勉強のストレスが魔物に向かっているのならいいことなのかもしれない。

「では、遠慮なく討伐依頼を回そう」

やったー、とチェリーが口の中でつぶやいた。本当に魔物狩りが好きらしい。

ハラハラするミスティアをよそに、その後もひたすら魔物談義が続けられた。

お開きになる前に王女が席を立ったのは、言うまでもない。