軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4・噂の毒舌令嬢、噂の悪役令嬢と入れ替わる

チェリーは基本的に頭を使う学問が苦手だ。

生死をかけた極限状態で、生きるためにどう行動すればいいかの的確な判断はできるものの、なぜその選択をしたのかと問われたら、勘と言わざるを得ないくらい、感覚だけで生きている。

生まれてこの方、本能だけで生きてきたと言っても過言ではないのだ。

覚えるだけでいい語学や歴史ならまだいいのだが、数学や理論を必要とする魔法学の授業は大の苦手。

理論を理解した上で繊細な調合の必要がある魔法薬学が、今やチェリーの進級を阻んですらいた。

「うわーん、ミスティア様ぁ……!」

チェリーはとりあえずミスティアに泣きついた。

理由は魔法薬学の補習中に、またしてもやらかしてしまったからにほかならない。

「今度は髪が抜け落ちたりしなかったのに! 若干、色も変わったのに!」

ただちょっと……チリチリになっただけで。

なぜかアフロヘアーになった先生は、チェリーに二度目の雷を落とした。しかも前回と違い、なかなか元に戻らなかったものだから怒りも長引いた。

次の補習で挽回しないと、本当にまずい。

単位を落としたら即留年。

辺境に帰るのも一年遅れるし、なにより……、

(一生グレアムに笑われ続ける!!)

「……なにをどう間違えているのかわからないから、まずは一度、調合してみてくれる?」

チェリーは半泣きのままうなずいた。

材料は支給されたものだし、手順も間違っていない。分量だってきちんと計っているのに、なぜか変な魔法薬ができあがるのだ。

ビーカーに、材料を順番通りにざっと入れて、ぐるぐるかき混ぜる。

「今のところ、間違ってはいないわね」

「でしょでしょ? ここから先に間違えるところなんてほぼないですし……」

そうしてできた魔法薬。

見た目も内容も、おかしいところなどなにもない。

それなのに先生の髪が一本残してずるりと抜け落ちたのだ。

先生の毛根がそのタイミングで死滅したとしか思えないのに。

「最後に……」

ミスティアの髪色と同じ葡萄色の色素を入れた。

せっかくなのでミスティアと同じ色になるようにした。ミスティアは少しだけ困った様子だったが、嫌そうではない。そういう、うまく表情を出せないところがかわいい。

ビーカーの中には葡萄色の液体。完成だ。

「本当に見た目も問題ないわね」

「でしょでしょ? 葡萄ジュースみたいでおいしそうですよね。じゃあ早速、飲んでみます」

「ええ」

チェリーはビーカーを煽った。単なる色変え薬なので、味は特にない。なにかが変わったという実感もない。

「どうです? 変わりました?」

ミスティアを見やるが、その表情は芳しくない。

「変わらないわね……」

「えぇ?」

チェリーはビーカーに半分残った液体へと目を落とし、もう一度ミスティアへと顔を上げて首を傾げる。

「もしかして、時間差で変化するとか?」

「それができたらあなたは魔法科に入れていると思うわ。……わたしも少し飲んでみてもいいかしら?」

チェリーは一瞬、ミスティアの髪が儚くなったらどうしようと逡巡したが、自分の髪が平気そうなので大丈夫かとビーカーを手渡した。

ミスティアは豪胆にも迷うことなく口をつける。

「……どうですか?」

「……特に、なにか変わったようなことは……」

ミスティアも首を傾げている。

「不発ってことですかぁ……?」

「そうみたい」

失敗作と成り果てた魔法薬のビーカーを引き受け、ミスティアの手と手が触れたそのときだ。

ぐらんっ! とめまいがし、チェリーは机に片手をついた――はずだった。

それなのに手が机をとらえた感覚はなく、一瞬ふっと意識が遠のいてから目を開けると、そこには生まれたときから見慣れた自分のびっくり顔があった。

「わ、わたしがふたりいるぅぅーー!?」

目の前にいるのは間違いなくチェリーであり、昼食のときに食べこぼしたパスタのシミもしっかりとシャツの裾についている。

もしや意図せず、分身薬を作ってしまったのだろうか。もはや禁術の類なのだが。

愕然としていると、目の前にいるチェリーのその唇がふるりと震えた。

「え、……まさか、チェリー?」

「えっ? ……まさか、ミスティア様……?」

「え、ええ……」

互いに自分の顔を見つめ合い、結論を導き出した。

「入れ替わっているわね……」

「入れ替わってますね……」

チェリーはミスティアの体で、ミスティアはチェリーの体で、それぞれ呆然と立ち尽くす。

「……えぇと、これはどうすればいいんでしょう……?」

普通に話しているのにミスティアの声で紡がれるので違和感が拭えない。

「時間が経てば元に戻ると思うけれど……」

「あっ、そうですね! よかったぁ!」

ほっとするチェリーとは対照的に、ミスティアは不安な面持ちだ。もちろん体はチェリーなので変な感じだ。

「……実はこの後、お茶会の予定が入っているの」

「えっ!? そ、それは……お断りとかは……?」

「殿下とのお茶会で、今から断るのは少し……難しいわね」

「え、ということは……わたしがミスティア様のふりをしてそのお茶会に挑まないといけないってことですか!?」

「すぐに元に戻ればいいけれど……」

「魔法薬学の先生の頭は、朝起きたら元に戻っていたそうです……」

詰んだ。チェリーとミスティアは同時に思ったとき、教室のドアが開けられ、グレアムがひょいっと顔を覗かせた。

「チェリー? 終わったなら帰ろ…………って、なんだこの激重な空気。ここ、瘴気でも発生してる?」

「グレアムぅぅ……!」

チェリーはミスティアの姿でグレアムに飛びついた。なんだかんだ言いながらも、本当に困ったときに縋りつく相手はいつもグレアムなのだ。

「うわ、ミスティア様? ……うん? え? ……は? まさか……チェリー?」

「じ、実はかくかくしかじかで……」

「いや、かくかく言われてもわからないから。一からちゃんと説明しろよ」

手抜きを咎められて、チェリーはきちんと最初から説明すると、グレアムは途中で耐え切れなくなったのか、ぶはっ、と盛大に噴き出した。

「てか、もうそれ才能じゃん! どんだけやばい魔法薬量産する気だよ!」

「確かに偶然とはいえ、これは国に知られたら少し問題のある魔法薬になるわ……」

「うっわ。チェリーが憂い顔でなんか賢そうなことを言ってる。……これはこれでアリだな」

「ひどい! わたしの外見だけが好きだったの!?」

「はあ? そんなわけないし。チェリーなら、中も外もどっちも平等に愛せるから。両手にチェリーを侍らせられるとか、俺得でしかないわ、今の状況」

そういうやつなのだ、グレアムは。

「で? お茶会? それって私的なやつ? 誘われてない人は行ったらだめなやつ?」

ミスティアがしばし考える仕草をしてから言った。

「私的なお茶会よ。殿下とわたしの交流を深める、という名目の。だけどわたしが招いたという形にすれば、たぶん許してくれるのではないかしら……? それに……きっと王女殿下もいらっしゃると思うから、こちらだけ咎められるということはないと思うわ」

「婚約者同士の仲を深めるための場に、いつも王女様も来るんですか? えぇ……? 厚かましいと言うか、本当に空気の読めない人ですね」

「いや、チェリーにだけは言われたくないと思う」

「ひどい!」

「それなら、三人で乗り込めばいいんじゃね? チェリーがアホなこと言ってもふたりでフォローすればいいし」

これまでの人生、グレアムが一度でもチェリーをフォローしてくれたことがあっただろうか。

だがもはやそれしかこのお茶会を乗り切る方法はない。

ひとりでも多く味方がいてくれるだけで、心の持ちようが違うのだ。

フォローは期待できずとも、最悪チェリーの代わりになにか不敬なことでも言って場を混乱させてくれればいい。

王太子の護衛が束でかかって来ても、殺し合いという意味ではグレアムには敵わないだろうから。

「でも、わたしもグレアムも、王女様みたく図々しい人間だなって思われたりしませんか?」

「本心からそう言える時点で振り切ってるから」

なにが振り切っていると言うのか。

「悪いけれど、わたしとしてはチェリーひとりで行かせる方が不安で」

「それな」

「ひどい、って言いたいところですが、わたしもひとりでは不安で……」

魔物の話題でしか場を繋げない。それでもいいのなら何時間でも語り尽くすが。

「正直に話すのはだめなんですか?」

「殿下はまだしも、隣国の王女にバレたらさすがにまずいだろう」

「た、確かに……!」

研究施設に閉じ込められて、再現できるかもわからない魔法薬を一生調合させられ続けるかもしれない。ぞっとする。

「わたしも普段話す方ではないから、黙っていても怪しまれないとは思うけれど、いくつか、約束事を守ってくれれば乗り切れると思うわ」

お茶会までのわずかな時間、ずっと肩を震わせ続けるグレアムを横目に、チェリーは無事にこの難題を乗り切るため、ミスティアからの助言を必死に頭へと叩き込んだのだった。