軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3・噂の悪役令嬢、噂の毒舌令嬢の由来を知る

チェリーと話していると自分の悩みが大したことないように思えてくるから不思議だ。

ミスティアにはこの狭い学院の中で強く生きて行くことすら難しいというのに、辺境の地で死と隣り合わせになりながら魔物と戦うブロッサム領の領民たちの生々しい話を聞いていると、こうしてのうのうと生きていることが恥ずかしくなる。

生きるか死ぬか、そんな環境に身を置いていたら、心も強くなるのだろうか。ミスティアのは見せかけだけの虚勢、つまり張りぼてだが、チェリーもグレアムも、こうして孤立していても平然と笑っていられる。羨ましいくらいに。……異常なくらいに。

チェリーとグレアムはチェリーパイを注文して食べているが、話の内容のせいで、赤く色つけされたさくらんぼがどことなく不気味に見える。

「それで、魔法薬学の授業で補習になっちゃったんですよ……」

チェリーとの会話は急に話が飛ぶのでちょっと困ることがある。

努力すればどうにかなる普通科目に比べ、魔法学はどうしても魔力や才能によって向き不向きが出てきてしまう分野だ。

そのため普通科の魔法系の授業カリキュラムは、かなり緩く設定されているのだが。

「……色変え薬かしら?」

「そうですそうです! 髪とか瞳の色を変える魔法薬です!」

「そう……」

調合さえ間違えなければ失敗しないのだが、チェリーは調合が苦手らしい。隣に座るグレアムがにやにやしている。

「チェリーの作った魔法薬で、魔法薬学の先生、髪が全部抜け落ちて阿鼻叫喚の地獄絵図だったって、マジ?」

「全部じゃない! かろうじて一本残った!」

「ぶはっ」

「……」

その一本はなんの救いにも慰めにもならない。むしろ切なさが増すだけだけではないだろうか。

ミスティアは静かに瞑目し、魔法薬学の先生を憐れんだ。

「そのせいで補習なんです……。絶対恨まれてる……」

頭を抱えるチェリーに、ミスティアは躊躇ってから提案した。

「わたしでよければ、教えましょうか?」

悲愴感たっぷりだったチェリーの顔に、ぱっと笑みが浮かぶ。ころころと表情が変わって愛らしい娘だ。こういう子ならばフェリクスにも愛されたのだろうかと、せんのないことを考えてしまう。

「ほんとですか!? やったぁー! ミスティア様が教えてくれるなら、補習ともおさらばで週末に魔物狩りにも行けるー! やっと新品の弓の試し撃ちができるー!」

どんな喜び方なのかしら……と思っていると、ふいに声をかけられた。

「ミスティア様」

視線をチェリーから、わずかに横へとずらすと、そこには王女が微笑みながら佇んでいた。いつものように数人の取り巻きを連れており、ミスティアの顔はわかりやすく曇る。

「ここ、よろしいですか?」

断るわけにはいかない。それをわかった上で言っている。

彼女がなにをしたいのかの想像はついた。ミスティアの評判を落とすために、チェリーにあることないこと吹き込み、距離を置かせる腹づもりだろう。

ミスティアを貶め、フェリクスの婚約者の座を得るために。

表面上は慈愛に満ちた王女様であり、本質は強かな王女様でもある。

それを悪いことだとは思わない。王族として必要な素養だ。短期間にこれだけ取り巻きを集められる人身掌握術はさすが王族という手腕だと尊敬すらしている。

「楽しそうでしたけれど、なんのお話を?」

王女が穏やかな微笑みを浮かべてチェリーに尋ねた。彼女は王女の思惑など気づきもせず、にこにこしながら弾む口調でこう言った。

「魔物を殺すにはどの得物が一番使い勝手がいいかの考察をしていました!」

「…………」

(……そんな話、していなかったわよね……?)

ミスティアは少し不安になった。自分が聞いていなかっただけで、そんな殺伐とした話をしていたのだろうか、と。

なんとなく、『考察』という言葉を使っておけば、いかにも高尚な会話をしているかのように聞こえるだろうという、チェリーの残念な頭の中が透けて見える。

「魔物……え、得物……?」

王女に悍ましいものを見る目を向けられたが、ミスティアも気持ち的にはそちら側なのだが。

「接近戦なら断然剣ですけどぉ……だけど、わたしは今、短弓を推していて!」

これにグレアムがにやにやしながら乗っかった。

「いやぁ、対魔物なら、剣一択だろう。飛翔する魔物をあえて不利な空中戦で仕留めるメリットって、なに? いかに地上戦に持ち込めるかが重要だから」

「飛翔する魔物を射貫いたときの爽快感は、剣で斬ったときには得られない独特なものだよ。特に、取り巻きをいっぱい連れた群れのボスを一撃で仕留めたときの快感といったら!」

ミスティアは青ざめなからチェリーを見た。狩りの楽しさについて語る彼女は、王女の顔が若干引き攣ったことにも、取り巻きたちの顔に険が乗ったことにも、まったく気づいていない。

チェリーには本当に他意はないのだろうが、その言葉を額面通りに受け取らないのが貴族だ。

「ボスを仕留めた後の取り巻きたちの慌て具合なんて、もう最高で! あいつら、ボスがいないとなんにもできないんですよー」

やれやれというように肩をすくめるチェリーに、ミスティアは血の気を引かせたまま縋るようにグレアムを見た。こちらはわかった上でにやにやしているだけで、チェリーを止める気配は微塵もない。あてにならないどころか、事態を悪化させそうな危うい気配すらある。

取り巻きたちの顔が怒りに染まっていくが、貴族令嬢としての矜持でどうにか耐えている。グレアムはにやけそうになった口元を手のひらで押さえながら、肩を震わせている。

この短い間でチェリーは王女たちを完全に敵に回したのだが、本人はやはりまったく気づいていなさそうで。

(毒舌令嬢という噂の由来はこれなのね……)

本人に少しも悪意がないのが恐ろしい。

嫌味を言っているつもりも、皮肉っているつもりも、まったくないのだ。壮絶に話題選びが下手なだけで。

そして絶望的なまでに、空気を読むというスキルが欠如している。

鉄壁の微笑みで耐えている王女に、チェリーはにへらっと笑って言った。

「魔物狩りに興味がおありですか?」

それは怒りを堪えるための引き攣った微笑みであって、魔物狩りに興味津々な微笑みではない。ミスティアの胃がキリキリと痛み出した。

「あっ、安心してください。解体とかはわたしが手を貸しますよ? こうやって――」

チェリーは笑顔で、ザンッ、とチェリーパイにナイフを突き立て、解体していく。

はっきり言って恐怖しかなかった。

さすがの王女の鉄壁の微笑みも崩れた。口元をハンカチで覆い、「気分が……」と具合が悪そうに席を立って行ってしまう。取り巻きたちはチェリーをにらみつけてから、後を追いかけて行った。

間髪をいれず、グレアムが声を上げて笑い出し、チェリーはきょとんとしてから、細切れになったパイを口に入れた。

「チェリーパイ、苦手だったのかなぁ?」

「確かに。“チェリー”が苦手になったのは間違いないな」

グレアムの揶揄に、ミスティアは深く同意した。

チェリーのおかげでミスティアは胃が痛んだものの、王女たちに嫌な思いをさせられることもなく、城に与えられている自室へと戻ると、そのタイミングでフェリクスが訪ねてきた。

彼が自ら訪ねてくるのはめずらしい。

だが、訪ねてくる理由ならばすぐに思いついた。

先ほどのチェリーの件だろう。

早速王女が話したのか。そして王女の顔を立てるために、ミスティアの交友関係に口出しに来たというわけだ。

案の定、彼はこう切り出した。

「つき合う相手は選ぶべきだよ」

普段のミスティアならば素直に従い、親しくしたいと思った相手でも、相手の立場を慮って距離を置いただろう。だが、チェリーはあの辺境伯の娘だ。この国の爵位を持つ家の中で唯一、家名がそのまま爵位名となっているのは、建国当初からブロッサム家が絶えず辺境を守り続けてきたという証でもあった。

爵位としてはミスティアの家の方が上ではあるが、王族とて蔑ろにはできない。それがブロッサム家なのだ。

ミスティアは俯けていた顔を、つっと持ち上げた。

「チェリーは、ブロッサム辺境伯の御息女です」

それがどういう意味を持つのかわからないフェリクスではないだろう。

ブロッサム家が魔物討伐から一切の手を引いたら、おそらく、一年以内にこの国全土が魔物によって蹂躙され尽くすだろう。他国に逃れたとしても、死ぬのが少し遅くなるだけの話。辺境のブロッサム領の領民たち以上に、魔物の生態を知り尽くし、討伐に命を賭けている者たちはない。近隣国も例外ではなかった。

フェリクスが静かに計算しているのが手に取るようにわかった。

そして彼は微笑んだ。完璧なまでに王太子の顔で。

「思い過ごしだったかな」

隣国の王女とブロッサム家を天秤にかけて、後者を選んだ。

ミスティアは内心ほっとしていた。チェリーは風変わりだが、せっかく仲良くなったのだ。交友を断たれてしまったら、またひとりきりになってしまう。

この様子だと、フェリクスが王女をうまく言いくるめてくれるだろう。国と辺境伯の娘との関係に亀裂が入らないように。

安堵していると、そっと肩を抱き寄せられ、一瞬胸の奥に秘めていた感情が揺らいだ。

「きみのことが心配なんだ。……わかるね?」

「……ええ」

真に受けたりはしない。

彼が愛しているのはミスティアでも、ましてや王女でもない。この国なのだ。

それを切なく感じる自分は妃の器ではない。

いずれ彼も気づくだろう。

ここにいるのは未来の国母という重圧に耐えられない、どこにでもいる貴族令嬢でしかないということに。

それなのに。

性懲りもなく心が歓喜している。

どれだけ理性で割り切っていても、感情だけはままならなかった。