軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第943話 結界見学ツアー

オーガ族族長ラキと神樹ユグドラツィの友誼は無事結ばれた。

次は八咫烏兄弟達の出番である。

「ツィ様、お久しぶりにございます」

「ツィちゃん様も、お元気そうで何よりです!」

『フギンにレイヴン、ようこそいらっしゃいました。貴方方も壮健で何よりです』

恭しく跪き頭を垂れるフギンに、同じく跪きながらも顔を上げてユグドラツィを見上げながら満面の笑みで挨拶をするレイヴン。

堅物長男とフランク三男、どちらの挨拶もユグドラツィは嬉しそうに受け入れている。

「前回ツィ様のもとを訪れた時に、ナヌス殿達と計画していた新たな結界が無事完成したとシア様から聞き及んでおります。無事運用開始、誠におめでとうございます。我が八咫烏一族全員、心よりお慶び申し上げます」

『ありがとう。その節は、八咫烏の方々にもとても心配をかけてしまいましたね……ですが、今ではこうして新たな結界に守られて、日々元気に過ごしておりますよ』

「本当に目出度いッス!」

ユグドラツィを守る新たな結界の完成を、我が事のように喜び寿ぐ八咫烏兄弟。

レオニス達人族とナヌス達小人族が、力を合わせて作り上げた新たな結界。その運用が無事開始されたことは、大神樹ユグドラシアを通じて八咫烏達にも知らされていた。

フギンやレイヴンも、最近ではユグドラシアの声がちゃんと聞こえるようになってきている。

一度はユグドラシアとの絆が薄れ、その声も久しく聞くことができなかった八咫烏達。その遠ざかっていた絆も、徐々に繋がりを戻しつつあった。

するとここで、レイヴンが今日の本題を切り出してきた。

「そしたらですね、ツィちゃん様。俺達、その完成した新しい結界を是非とも見学していきたいんですが。見ていってもよろしいでしょうか?」

『もちろんですとも。存分に見ていってくださいね』

「「ありがとうございます!」」

新たな結界の見学を申し出たレイヴンに、ユグドラツィも快く承諾する。

フギン達八咫烏が結界の作り方や仕組みを学べば、それを八咫烏の里に持ち帰って大神樹ユグドラシアを守る手段に用いることができる。

ユグドラツィの姉であるユグドラシアの身を守ることに繋がるのだから、彼女にレイヴンの願いを断る道理など微塵もない。

そしてユグドラツィは、レイヴンに一つのアドバイスを授けた。

『この新たな結界の作成には、そこにいるレオニスも大いに携わってくれました。ですので、レオニスに詳細を聞きながら見るといいでしょう。レオニス、案内をお願いできますか?』

「了解。そしたら、ついでと言っちゃ何だが、ラキにも見学させてやっていいか? こいつらオーガの里にもナヌスの結界があって、それとはまた別の結界のことも学んでおいて損はないからな」

『もちろんいいですとも。敬愛するイア兄様の枝を用いた、それはもう素晴らしい結界を存分に見ていってくださいね』

「ハハハ、イアが聞いたら喜びそうだな」

ユグドラツィの案内依頼をレオニスは快諾し、そのついでにラキの結界見学の許しも取り付けた。ツアーコンダクターレオニスの爆誕である。

オーガは魔法や魔術にはからっきし弱いので、結界も自力で運用することはできない。だが、不得手だからといって学ぶ機会を逃していい理由にはならない。

今ここでラキが見学しておくだけでも、いつか何かの拍子に役立つことだってあるかもしれないのだから。

「よし、そしたら皆で新しい結界を見に行くぞー」

「「はい!」」

「おう」

ツアコンであるレオニスの掛け声を皮切りに、四者は新しい結界の見学ツアーを開始していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

レオニスはまず、東西南北に置いた主要四駒のうちの一つ、一番北側の駒の前に移動した。

直径約1メートル、厚さ50cmの駒を、レオニスとラキ、フギンとレイヴンの四者で取り囲んでいる。

その駒はまるで年輪のような同心円状の模様があって、内側の真紅色から外側に向かって徐々に紫がかっていく、とても美しいグラデーションカラーになっていた。

ラキ達はまずその美しさに目を奪われ、ほぅ……と嘆息を漏らす。

「レオニスよ、これは我のような外部の者でも触ってもいいものなのか?」

「ああ、ただ普通に触ったり撫でる程度なら問題ない。動かして位置をずらしたり、傷つけるのは不可だがな」

「承知した」

結界を成す部品に触ることへの許可を得たラキ、そっと海樹の駒に触れる。

海から来た物のせいか、ひんやりとした感触がラキの手に伝わる。

それは明らかに普通の樹木とは全く異なる質感。

ラキに続きフギンやレイヴンも、駒に傷をつけぬよう爪を立てずにそっと手の内側で触れる。

「これはまた……何とも素晴らしく美しい石だな」

「だろ? だがな、これは石じゃないんだ」

「そうなのか? 我の目には、色鮮やかな美しい石にしか見えんのだが……」

「鮮烈かつ神樹特有の膨大な魔力を感じます……これが、シア様やツィ様が仰られていた『海樹の枝』ですか?」

「フギン、正解」

「じゃあこの枝に刻まれた魔法陣は、ナヌスの方々が彫り込んだものッスか?」

「レイヴン、正解」

レオニス達が海樹の枝を用いた魔法陣入りの駒の前で、様々な会話を繰り広げている。

まずはラキが駒の美しい色合いに目を奪われ、フギンやレイヴンが次々とその正体や魔法陣の制作者を当てていく。

何だか塾の講師と指導を受ける生徒のような図だが、存外皆楽しそうに学んでいる。

「先程ツィちゃんから賜った枝葉も、とても大きくて立派なものだったが……この駒を見る限りだと、ツィちゃんの兄であるという海樹も相当な大きさなのだな」

「これでも太いところを四分割したりして、そこからさらに円型に整えてるからな。枝の太い部分の直径は、これの倍以上あるぞ」

「そうなのか!?」

「世界で唯一海に住まう神樹……我らには想像もつきませんな……」

「きっとすっごく大きくて、すっごく綺麗なんでしょうねぇ……」

ラキや八咫烏にとって、生まれて初めて見る海樹の枝。

その色鮮やかさやレオニスから聞く話だけでも、海樹がとても立派な神樹であることが分かる。

カタポレンの森に住まう鬼人族や八咫烏族は、決して海に潜ることはできない。だがそれでも、今自分達の目の前にある海樹の枝の一欠片を目の当たりにすれば、 彼(か) の神樹の威容が如何に素晴らしいものか想像に難くない。

まだ見ぬ海樹の雄大さに思いを馳せるラキ達に、何故かレオニスがくつくつと笑う。

「クックック……お前らがあんまり海樹のことを褒めるもんだから、イアが照れてるぜ?」

「ン? レオニスは海樹の意思が分かるのか?」

「ああ、直接会話をしている訳じゃないがな。このカフスボタンはイアの枝で作ったものなんだ」

レオニスが右手首を左手で指差して、そのからくりを教える。

深紅のロングジャケットの右袖に着けられた、深紫色のカフスボタン。それは海樹の枝で作られた、アイギス製の特製アクセサリーだった。

もちろん海樹ユグドライアの分体入りである。

「ぃゃー、さっきツィちゃんが『敬愛するイア兄様』って言った直後から、ずっとモゾモゾしてたんだがな? お前らまでイアを褒めちぎるせいで、さっきからこのカフスボタンがモショモショ動いてるようでくすぐってぇんだ!」

「ほう……それは、お前がさっき言っていた『分体を通して世界を見ている』を実践している、ということか?」

「そそそ、そゆこと」

右手首を指差しながら、笑いを噛み殺しきれないレオニス。

実際に右手首のカフスボタンがモゾモゾと動いているわけではない。だが、ラキ達から褒めちぎられたイアの照れ臭恥ずかしいオーラが、分体入りアクセを通じてダダ漏れになっているのだ。

ラギロア島の向こうに住むあのツンデレ海樹は、きっと今頃『レオニス!てめー!要らんこと言ってんじゃねぇ!』とか悪態をついていることだろう。

それを想像するだけで、レオニスは込み上げてくるような笑いが止まらない。

するとここで、ラキとフギン、レイヴンがレオニスの右手首、カフスボタンに向かって恭しく頭を下げる。

「神樹のもとで、海樹にまでお目にかかれるとは光栄至極」

「畏れ多くもシア様の弟御にして、ツィ様の兄上であらせられるイア様に、八咫烏一族族長が長子フギンがご挨拶申し上げます」

「はじめまして!俺はフギン兄様の弟で、レイヴンと言います!」

カフスボタンを通して、海樹ユグドライアに向けて挨拶をするラキと八咫烏兄弟。

それまでレオニスの右手首をくすぐっていた、モショモショとしたオーラが次第に収まりほんのりと温かいものに変化していく。

ラキ達の礼儀正しくも心のこもった真摯な挨拶が、ユグドライアの胸を打ったのだろう。

そんなカフスボタンの変化を、レオニスがラキ達にも伝える。

「お、イアが嬉しそうにしてるぞ」

「それは重畳。我らが直接海の中に出向くことは叶わぬが、全ての神樹に今後とも末永く壮健であっていただきたいものだ」

「そうですね。それは我らがシア様のみならず、ツィ様にも、そしてイア様にも言えることですね」

「俺はいつの日か、イア様にもお目にかかりたいッスけどね!」

イアが嬉しそうだ、と聞いたラキやフギンも嬉しそうにしている。

レイヴンに至っては、いつかイアにも会いたい!とまで言い出した程だ。

そんな脳天気な 弟(レイヴン) に、 兄(フギン) が呆れたような顔をする。

「レイヴン……お前、何ということを……」

「ぃゃぃゃ、フギン兄様、そこは言うだけならタダだし、願いを口にするだけでもタダッスよ?」

「それはそうだが……」

渋い顔をして窘めるフギンに、レイヴンは涼しい顔で平然と答える。

レイヴンは以前から八咫烏兄弟姉妹の中でもかなり軽い性格で、末妹のミサキを少しだけ真面目にした性格と評されていた。

それがここへきて、近年ますます軽くなってきたような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!

「とりあえず、この駒の由来は皆分かったな?」

「「はい!」」

「ああ」

「これと同じものを東西南北、そしてその真ん中への配置を三回繰り返していき、合計六十個の駒を設置して結界を作っているんだ」

「「「六十個!?!?」」」

レオニスの解説に、三者揃って驚きを隠せない。

しかし、慌てて周囲を見渡してみると、広大な敷地の内周ギリギリとのところどころに海樹の枝の駒が等間隔で置かれているのが見える。

今彼らの目の前にある海樹の駒、これ一つだけでも相当な力を発揮していることが分かるのに、これと同じものが全部で六十個もある―――それが如何にすごいことであるか、ラキ達にもすぐに理解できた。

「やはり……これだけ広大な敷地と大きな神樹を全て包み込んで守るには、それ相応のものが要るのだな」

「我らもシア様のために、新しい結界を作りたいとは思っているが……これ程の品を用意するのは、かなり厳しいな」

「ですねぇ……」

ユグドラツィを守る新しい結界、その作りが想像以上に凄まじい物量を要していたことに、ラキも八咫烏兄弟も唸る。

オーガ族も八咫烏族も、自分達の里を守るための結界を展開してはいる。だが、このユグドラツィの新しい結界程のものではない。

特に八咫烏達の結界は、ナヌスの助けを得ているオーガのものよりも脆弱。今回の見学を機に、八咫烏の里の結界強化を図りたいところだった。

しかし、実際に新しい結界の仕組みを目の当たりにすると、これと同じものを導入するのはかなり厳しそうだというのが分かる。

しばし途方に暮れる八咫烏兄弟。

だが、諦めきれないレイヴンがレオニスに向かって問うた。

「レオニス殿、ツィちゃん様の結界を作られた時に余った枝はありませんかね? もしまだあるのなら、シア様の結界用にほんの少しだけでも譲っていただきたいんですが……」

「あー、枝の余りか? 余りはカイ姉達にほぼ全部渡しちまってなぁ……あ、カイ姉達ってのは、この駒を綺麗な円型に加工してくれた職人のことなんだが」

「そうですか……余ってないなら仕方ないッスよね。潔く諦めます」

ダメ元で尋ねてみたレイヴンだったが、やはりダメだったことに落胆を隠せない。

しょんぼりとするレイヴンに、レオニスが改めて声をかける。

「そしたら今度、俺がイアのところに行ってシアちゃんの結界用の枝をもらってこようか?」

「「!!!!!」」

思いがけないレオニスの申し出に、レイヴンだけでなくフギンもまたガバッ!と顔を上げてレオニスを見つめる。

そして身を乗り出すようにレオニスの肩に翼を置き、顔先3cm前までズイッ!と迫る。

「いいんですか!?!?!?」

「イアがいいって言ってくれたらな。まぁ、イアの性格なら嫌だとは言わんと思うが。何てったって、シアちゃんを守るためのものだし」

「「……ありがとうございます!」」

一度は諦めかけた、八咫烏の里の結界強化。それがレオニスの善意により、実現することとなった。

その喜びに、フギンとレイヴンはレオニスの前に改めて二羽並び、深々と頭を下げた。

大喜びする八咫烏兄弟に、レオニスが改めて話を続ける。

「ただし、さすがに今日明日すぐにイアのもとに枝をもらいに行ける訳じゃない。それに、ここの結界と同じような仕組みにするなら、枝をもらった後も円型の駒に加工したり、魔法陣の彫り込みなどナヌスの協力も仰がなきゃならん。それなりに日数がかかるから、多少待たせることになると思うが……それでもいいか?」

「もちろんですとも!準備が揃うまで待つくらい、何てことはありません!」

「そうですよ!百年でも二百年でも、いくらでも待ち続けますとも!」

「俺は普通の人族なんだから、今から百年も生きられねぇって……」

レオニスの語る注意事項も何のその、いくらでも待つ!と鼻息荒く返事をするフギンとレイヴン。

数百年を生きる彼ら八咫烏のような長寿族と、百年程度しか生きられない短命の人族とでは時間の感覚が異なるのは、もはやお約束である。

ふぅ……と軽くため息を一つついた後、レオニスが右手首を飾るカフスボタンに向かって声をかけた。

「そんな訳で。イア、近いうちにそっちに行くからよろしくな」

「イア様!シア様のために何卒、何卒よろしくお願いいたします!」

「俺からもお願いします!このレイヴン、いつか必ずご恩に報いると誓います!」

カフスボタンの向こうにいる海樹に向かって話しかけるレオニスに、フギンとレイヴンも懸命に訴えかけている。

そんな八咫烏兄弟達の声を受けてか、カフスボタンから熱いオーラが漂ってきた。

それは、怒りや憤怒といった負の感情をまとうものではなく、熱い決意や覚悟のようなものをひしひしと感じさせる。

「イアが、任せとけ!ってよ」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」

ユグドライアの意思を代弁するレオニスに、八咫烏兄弟の瞳はますます輝く。

海樹の枝を用いた結界が、妹を守るための兄からの贈り物ならば、ユグドラシアに捧げるのは弟が姉を思い贈るもの。

海樹ユグドライアは誰よりも家族思いだが、唯一海に住まう神樹であり他の神樹とは住む環境が全く異なる。

そんな彼の思いに手を差し伸べてやれるのは、人族でありながら強力な水の加護を持つレオニスやライト、そしてラウルだけだった。

「結界のことで、他に何か質問はあるか? 現物を見ながら聞けるのは、今のうちだけだぞ?」

「……我は特にはないな。我が里はここから近いし、再び結界を見たいと思えばいつでも来れる距離にあるからな」

「私も特にございません」

「俺も大丈夫ッス!」

「そしたら、せっかくだからここら辺を一周して全部の駒を一通り見ていくか」

「おう」

「「はい!」」

レオニスの案内で、六十個の結界の駒を見ていくラキ達。どの駒にも精緻な魔法陣が彫り込まれていて、駒のもとである海樹の枝の色の美しさや、それぞれの色合いが全て異なることにも感動している。

そうして結界見学を一通り終えたレオニス達は、ひとまずユグドラツィのもとに戻っていった。