軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第942話 鬼人族と神樹族の出会い

そうしてカタポレンの森の中を、空を飛ぶ八咫烏兄弟の案内を頼りに三十分程走り続けたレオニスとラキ。

途中レオニスがラキに声をかける。

「思ったより結構走れるじゃねぇか!」

「我とてまだ外に狩りに出てるからな!」

「それでもそろそろ息切れしてきてるんじゃねぇかー?」

「 吐(ぬ) かせ!お前には負けぬわ!」

笑いながら煽るレオニスに、ラキも負けじとニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

ラキはオーガ一族の中で族長という頂点に立つ者。里の中に篭ってばかりと思いきや、そんなことはないらしい。

里の外に出て、 灰闘牙熊(グレイファングベア) や 短首駝鳥(ショートネックオストリッチ) などの食糧を捕る狩猟部隊の現役隊長でもあるのだ。

途中レオニスがラキにエクスポーションを五本ほど投げ渡し、それをクイッ、と飲み干しては蓋を閉めて空き瓶を投げ返すラキ。

体格が良いオーガの一歩は人族の三歩分以上。それでもレオニスは、涼しい顔でラキと並走しているのだから大したものだ。

そして二人は突如開けた場所に出た。

駆けていた足を一旦止めるレオニスとラキ。広大な空間の先には、神樹ユグドラツィがいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

レオニスや八咫烏兄弟達とともに、神樹ユグドラツィのもとに辿り着いたラキ。

ここからはゆっくりと歩きながら、神樹のもとに近づいていく。

「おお……これが、神樹ユグドラツィ……」

ユグドラツィの根元まで辿り着いたラキは、首を真上に向けて眩い緑葉の茂みを見上げている。

初めて見る神樹の威風堂々たる佇まいに、ラキは感動に打ち震える。

ラキが族長を務めるオーガ族も、その巨躯と屈指の強さを誇る勇猛果敢な種族としてその名を馳せる。

だが、今彼の前に静かに佇む神樹は、優に100メートルの高さを超える。その大きさに至るまで、どれほど長い時を生きてきたのか。

この巨大な樹木の前では、己の存在など本当にちっぽけな存在に思えた。

秋も深まるこの時期にあって、なおも瑞々しい緑葉を生い茂らせる神樹。

その威容をただただ感嘆の思いで見上げていると、どこからかふわりとした光が湧いてきてラキの身体を包み込む。

これは一体何事か?としばし戸惑うラキの耳に、突如何者かの声が届いた。

『オーガ族族長ラキ、ようこそいらっしゃいました』

「ぬ?……この、柔らかくも嫋かな声は、もしや……」

『私は神樹ユグドラツィ。どうぞ気軽に『ツィちゃん』と呼んでくださいね』

「おお……やはり神樹のお声であったか!」

突然聞こえてきた優しげな声に、それまでキョロキョロと周囲を見回していたラキ。

その柔らかな口調は、明らかに女性的な響きを漂わせている。

だがしかし、ラキの周りにはレオニスにフギン、レイヴン、いずれも男しかいない。

もしや……と思っていたところ、やはりその声はユグドラツィのものであることを知り、ラキはハッ!とした顔になる。

そしてすぐさまその場に跪いてユグドラツィに敬意を払う。

「お初にお目にかかり光栄に存じ上げます。我はオーガ族族長を務めるラキと申します。神樹ユグドラツィ」

『ツィちゃん』

「うぐッ」

畏まりながら挨拶をしようとするラキに、ユグドラツィの容赦ないツッコミが炸裂する。

神樹族の末妹は、今日も何が何でも可愛らしい呼称で呼ばれたいようだ。

しかし、ラキにしてみれば想定外のことである。

ラキは猛烈に戸惑いながらも、おそるおそる神樹に物申す。いきなり馴れ馴れしく『ツィちゃん』などと呼ぶことに、かなり抵抗を感じているようだ。

「そ、それは……神樹と既に知己を得たレオニスや、同じく大神樹を慕うフギン殿達のような、親しき者達だけに許される呼び方では……?」

『ラキ、私自身が貴方にもそう呼んでほしいと願っているのだから、何も問題ありません。レオニス、フギン、レイヴン、そうですよね?』

「もちろん。ツィちゃんの言う通りだな」

「「はい!」」

「ぐぬぬぬぬ……」

『ツィちゃん呼び』に何とか反論しようとするも、当のユグドラツィに速攻で論破されてしまった。

そしてユグドラツィから同意を求められたレオニス達も、即座に彼女の意見を支持している。

神樹族女子の呼称問題、『ちゃん付け呼び』はユグドラツィだけではない。神樹族次姉ユグドラシアに、長姉ユグドラエルまでが皆それを望んでいるのだから、もはや誰にも覆すことなどできはしないのだ。

完璧なる四面楚歌状態に、ラキはぐうの音も出ない。

そんなラキに、ユグドラツィが穏やかな口調で語りかける。

『それに……ラキ、貴方は私の姿を初めて見るでしょうが、私は貴方のことを何度も見ているのですよ』

「……??? それは一体、どういうことですか?」

『レオニスやライト、そしてラウルにマキシ……この四人は、私の分体が入った装飾品を常に身に着けているのです』

「分体入りの……装飾品?」

ユグドラツィの話が今ひとつ理解しきれないラキ。

オーガは基本的に魔法や魔術といった類いは不得手なので、その手の要素が絡んだ話もすぐには飲み込めないのだ。

そんなラキに、ユグドラツィは丁寧に説明していった。

レオニス達は神樹の枝を装飾品に加工して、そこにユグドラツィが分体を入れていること。その装飾品を皆で身に着けることで、ライト達が見ている景色をユグドラツィも見ることができること等々。

それらの話を、ラキはずっと静かに聞き入っていた。

「何と……そういうことでしたか」

『ええ。ですからラキ、貴方やオーガ族達のことは、レオニスやラウルの装飾品を通して私も見ていたのです。オーガ族の宴にラウルの料理教室、どれも皆楽しそうに過ごしていて……それを見ている私も、とても癒やされているのです』

「いやはや、神樹にそう言われると何とも 面映(おもはゆ) いというか……」

ユグドラツィが以前からラキを見知っているというその理由を聞き、ラキが照れ臭そうにしている。

まさかどんちゃん騒ぎの宴やラウルの料理教室の中に、ユグドラツィまで紛れ込んでいたとは夢にも思わなかったからだ。

その照れ臭さを紛らわすためか、ラキはレオニスの方にキッ!と顔を向ける。

「レオニスよ、お前も人が悪い。神樹が我らの里を見ておられるなど、今まで一度も言わなかったではないか」

「ン? ぃゃ、そりゃまぁな? そんな話は一度もしたことはなかったが……でもな、ツィちゃんは樹木だからここから一歩も動けんのは、お前にも分かるだろ?」

「それはまぁ、そうだが……」

「そんなツィちゃんの代わりに、俺達がツィちゃんの目となっていろんな世界を見せてやるって約束したんだ。だから許せ」

ラキからの抗議に、レオニスが淡々とその理由を語る。

そしてレオニスに続き、ユグドラツィもラキに語りかける。

『もし貴方方が、私に里の中を見られるのが嫌だというなら―――今後一切、絶対に見ないと約束します。ですのでどうか……どうかレオニスやラウルを怒ったり、仲違いなどしないでください』

「え!? い、いや、見られるのが嫌だとか、決してそんなことはなく……」

『彼らは、ここを動けぬ私の望みを……彼らとともに世界中の景色を見たいという、樹木が持つには分不相応な願いを叶えようとしてくれただけなのです……』

「……!!」

しょんもりとした声音のユグドラツィの言葉に、思いっきり焦るラキ。

いつもなら嬉しそうな響きに聞こえる枝葉のざわめきも、心なしか寂しげなものに聞こえてくる。

偉大なる神樹にそこまで言われたら、ラキとしてもこれ以上どうこう言うつもりはない。

「そうですな……よくよく考えたら、神樹に見られて困るようなものは我が里にはありませんからな」

『では……これからもレオニスやライト、そしてラウルとともに私の分体もオーガの里にお邪魔してよろしいのですか?』

「よろしいも何も。我が里などでよろしければ、どうぞお好きなだけご覧になってくだされ」

『ありがとう……貴方の理解に、心より感謝します』

オーガ族族長のラキから、見学の許諾を得たユグドラツィ。

安堵と喜びが入り交じった嬉しそうな声になる。

その喜びのまま、今度はレオニスに向けて声をかける。

『レオニス、よければ今から私の枝をいくつか切り取ってくれますか? それをラキ達オーガ族に分け与えてやりたいのです』

「了解、五本くらいでいいか?」

『ええ、なるべく太めのものを選んでくださいね』

「はいよー。フギンにレイヴン、お前らも手伝ってくれ」

「「はい!」」

ユグドラツィの要請に、レオニスが早速宙を飛んで枝選びを始める。

人族のレオニスやフギン達八咫烏が使うなら細めの枝でもいいが、ラキ達オーガ族に向けて贈るとなるとなるべく太いものの方が良い。

既にユグドラツィ自身が許可しているので、レオニスも遠慮なく下の方の太い枝を選ぶ。そして空間魔法陣から出したオリハルコンの長剣で、スパッ、スパッ、と枝を切り落とした。

レオニスが切り取った枝を、フギンとレイヴンが空中で受け止める。

ただの烏には到底受け止めきれない太い枝でも、体格の優れた八咫烏兄弟ならばちゃんと受け止めきれる。

その枝をラキの前に恭しく置いて、二羽は再びレオニスのもとに戻っていく。

レオニスが切り取った神樹の枝の見事さに、ラキは惚れ惚れとした眼差しで見入っていた。

そうして五本の枝を切り取り終えたレオニスとフギン達が、再びラキの横に降り立った。

「ラキ、良かったな!ツィちゃんからこんなにたくさんのプレゼントをもらえるなんて、そう滅多にあるもんじゃないぞ?」

「あ、ああ……確かに畏れ多いことだが……こんなにたくさんもらってもいいのか?」

「ツィちゃんが良いって言ってんだから大丈夫だ、遠慮なくもらえ!」

『ええ、レオニスの言う通りです』

己の胴体ほどはあろうかという極太の神樹の枝。

神樹の枝がとても価値のあるものだということはラキにも分かる。

そんなものを五本ももらって、ラキが恐縮するのも当然である。

「この枝は、どう扱えばいいのだろうか」

「俺達のように、腕輪や首輪の飾りにして身に着けるのもいいし、置物を彫ってもいいんじゃねぇかな?」

「装飾品はともかく、置物では神樹の目にはならんのではないか?」

「ツィちゃんの目にするには、ツィちゃんが直々に分体を入れなきゃならんから大丈夫。むしろお前らに分け与えた枝で作った品には、後からツィちゃんの祝福を与えてもらうのがいいだろう」

「むぅ……分体とか祝福とか、我の頭では未だに理解に及ばぬのが口惜しい……」

下賜された枝の使い道に悩むラキに、レオニスが様々なアドバイスをする。

しかし、今日初めて会ったばかりの神樹のこと、その枝の効能?やら何やらがラキにはすぐに理解できようはずもない。

それを悔しがるラキに、レオニスはあっけらかんとした声で励ましの言葉をかける。

「要はだな、ツィちゃんが直々に祈りを込めたお守りをくれるって考えりゃ間違いない」

「それは、つまり……神樹が我らオーガの里をお守りくださる、ということか……?」

「そそそ、そゆこと。神樹ってのは、言ってみれば木の中の神様みたいなもんだ。その神格の高さは半端ないし、下手な雑魚魔物なんぞオーガの里に近寄ることすらできなくなる」

「それは……何とありがたいことか……」

レオニスの分かりやすい解説に、ラキは改めて神妙な顔つきになる。

レオニスの言う『下手な雑魚魔物』という言葉で、ラキの脳裏に思い浮かんだのは単眼蝙蝠の群れ。

かつてオーガの里を突如襲い、ラキ達オーガ一族を苦しめに苦しめ抜いた憎き敵。

それら外敵から身を守るため、オーガの里にはナヌスの結界が導入された。

そのナヌスの強固な結界に加え、ユグドラツィの加護という里を守るための新たな力を手に入れられる―――これはラキにとって願ってもないことだった。

「神樹のお心遣い、オーガの里の者達の代表として心より感謝いたします」

『どういたしまして。ライトやレオニス、そしてラウルの良き友である貴方方オーガの人達を守ることができるなら、私にとってもこれ程嬉しいことはありません』

再びその場で跪き、深々と頭を下げるラキに、ユグドラツィも優しい口調で語りかける。

だが次の瞬間、ユグドラツィの口調が変化した。

『ラキ。貴方もそんな堅苦しい話し方をしなくてもいいのですよ?』

「え?」

『というか、何故私のことを『神樹』としか呼ばないのです?』

「そ、それは……我々森に住まう民にとって、貴女様は偉大なる神j」

『ツィちゃん』

「うぐッ」

ラキが何気に『ツィちゃん呼び』を回避していたことに、ユグドラツィが不満を洩らす。

ラキとしては上手く避けていたつもりだったのだが、それに気づかぬほどユグドラツィは愚鈍ではない。

一度ならず二度もユグドラツィからツッコミを入れられて、またもぐうの音も出ないラキ。

珍しく焦っているラキを見ながら、レオニスがカラカラと笑う。

「ラキ、諦めろ、お前の負けだ」

「ぐぬぬ……」

「つか、この手の話でツィちゃん達に勝てたヤツなんて、今まで誰一人としていねぇからな?」

「ぐぬぬぬ……」

「オーガの里に加護をもらったことへの感謝として、ツィちゃんの願いをちゃんと叶えてやりな」

「……そうだな。レオニス、お前の言う通りだ」

滔々と諭すレオニスに、最初こそ呻り続けていたラキだったが、後半ではその言葉に納得していた。

極太の神樹の枝という貴重な品をもらい、その枝で置物や彫像を作ればオーガの里を守る強力な手段になるのだ。

『ツィちゃん』と呼ぶことでその礼の代わりになる、と言われれば、ラキにこれ以上拒否する理由などなかった。

すぅー、はぁー……と数回深呼吸したラキは、覚悟を決めてユグドラツィに改めて礼を述べた。

「ツィ、ちゃん……貴女の願い、 確(しか) と承った。これからは我も、貴女のことをツィちゃんと呼ぼう」

『うふふ、ようやく私の願いを叶えてくれましたね』

「我らが里に大いなる守護を賜り、誠に心強い。我らもこれから貴女のために力を尽くすと約束しよう。我らに何かできることあらば、いつでも頼ってくれ」

『ありがとう。これからもレオニスやラウルとともに、貴方方オーガの里を私も見守っていきましょう』

優しい秋風がユグドラツィの枝葉を揺らし、ラキの頬を撫でる。

心地よい葉擦れの音を響かせる中、鬼人族と神樹族の新たな絆が結ばれた瞬間だった。