軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第893話 権限委任と助力打診

ライト達の怒涛の土日が終わり、また平穏な平日がやってくる。

ラウルはあれから相変わらず多忙な日々を過ごしている。

引き続き天空島の野菜作りの様子を見に行ったり、週に一回はオーガの里の料理教室も開催している。

もちろんガラス温室の家庭菜園や、カタポレンの畑での巨大野菜作りの収穫、殻の焼却処理、土の手入れなども怠らない。

その合間にも、ラグナロッツァの屋敷の掃除やら料理の下拵えもこなすというのだからすごい。万能執事の肩書は伊達ではない。

レオニスはレオニスで、海樹の枝の加工の受け渡しやラウルに請われてたまに天空島に出向いたりしていた。

そして平日のとある日、レオニスは冒険者ギルドのギルドマスター執務室にいた。

レオニスが執務室に入ると、執務机で書類の山と格闘しているマスターパレンがいる。

魔術師ギルドのギルドマスターであるピースに比べたら、今日のパレンを囲む書類の山の高さはまだマシな方だ。

それでもパレンの第一秘書であるシーマが、時折現れては追加の書類を積み重ねていくので、書類の山は一向に減りそうにない。

その光景を見る度に、レオニスは『あー、俺には絶対に出来ん仕事だわ……』と思う。

マスターパレンよ、是非とも長生きして今後五十年くらいはギルドマスターの座に就いていてくれ!この冒険者ギルドをまとめ上げられるのは、あんたしかいないんだからな!

レオニスはそんなことを思いつつ、パレンに声をかける。

「よう、マスターパレン。忙しいところをすまんな」

「いやいや、何のこれしき。レオニス君からの訪問はいつでも大歓迎だ。ささ、そこに座って少々待っててくれたまえ。おーい、シーマ君、レオニス君にお茶を出してくれたまえ!」

「承りました」

書類にサインする手を止めることなく、レオニスに気さくな言葉をかけるパレン。

時折書類から目を外しては、レオニスに微笑みかける。

キリリとした糸目釣り眉に人懐っこい垂れ目、そしてニッ!と笑う爽やかな笑顔からは真夏の雲より白い歯がキラリ☆と輝く。

そんなパレンの今日の出で立ちは『体操着』である。

これはきっと、秋は運動会シーズンであることから来ているに違いない。

白の半袖ジャージに臙脂色の短パン、頭には赤白帽の赤側を被っている。

ジャージの襟元と袖は短パンと同じ臙脂色で縁取られていて、臙脂色の短パンの左右には縦の白いラインが入っている。

これはもう典型的な体操着で、如何にも学校の体育の時に着る正装です!というアピールが効いている。

そして、帽子を被っているというのに何故か帽子からうっすらと後光のような輝きが漏れている。

帽子を被ってもなおスキンヘッドの輝きを隠せないとは、パレンの頭部が放つ威光は一体どれ程凄まじいものなのか。

胸元には『3-A』のゼッケンに、ゼッケン上部には『パレン・タイン』のフルネームが書かれている。『3-A』とは『3年A組』である。

靴下は白のハイソックスで、靴は臙脂色の運動靴。完璧な紅白コーディネートは、パレンのこだわりの深さを表していた。

おお、今日のマスターパレンの服装は体操着か。しっかし、マスターパレンが着ると上も下も筋肉でパッツンパッツンだな……

俺は孤児院育ちだから、学校で開催される運動会というものにはほとんど縁がなかったが。このラグナロッツァに来るようになってから、そういう行事があるってことを知ったんだよな。

この体操着の上着に縫い付ける布……ゼッケン、だっけ? ライトのラグーン学園入学時に、俺が一針一針ちまちまチクチク縫ったっけ……懐かしいなぁ、あれからもう一年経つのか……

つーか、体操着なんてもんは学校に通う子供が着るもんだと思っていたんだが。大人でも着ていいもんなんだな。

これはきっと、マスターパレンの『童心忘るるべからず』という決意の表れなんだろうな。さすがだ、マスターパレン!

レオニスがいつものように、脳内でのんびりとパレンのファッションレビューをしている。

ちなみに今年のライトの体操着のゼッケンは、レオニスではなくラウルが担当した。

入学時こそレオニスがライトのために全て用意したが、やはりレオニスには裁縫の才能はあまりなかったようだ。

そんなことをつらつらと考えている間に、シーマが二人分のお茶とお茶菓子をテーブルの上に楚々と出していった。

それから程なくして、ようやくパレンが応接ソファの方にやってきた。

書類の山はまだ完全には片付いていないが、休憩も兼ねてレオニスとの話し合いをしに来たのだろう。

「待たせてすまなかった」

「いやいや、こちらこそいつも事前予約無しで来るんだ、多少待たされるのも当然のことだ」

「そう言ってもらえると助かる。して、今日はどんな話を聞かせてくれるのかね?」

ソファにドカッ!と座ったパレン。首筋に指先を当てて揉み解している。

やはり書類の山との格闘は、如何に有能なパレンであってもそれなりに草臥れるものなのだろう。

「今日は転移門のことについて、話をしておきたくてな」

「転移門、かね? レオニス君からの申請ならば、いつ如何なる時でも通ると思うが……何か問題でも起きたのかね?」

「問題という程のことでもないんだがな。前例のない使い方をするんで、マスターパレンにも事前に相談っつーか報告しときたいと思ってな」

「前例のない使い方、とな……?」

レオニスの言葉に、パレンが不思議そうな顔をしている。

そんなパレンに、レオニスはこれまでのことを話していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

神樹ユグドラツィを守る結界を作るために小人族のナヌスの協力が必要なこと、そのナヌスは小人族なので、彼らにとって自分達の里と神樹の間を行き来するのはとても大変なこと。

そんなナヌス達のために、移動が楽になる転移門を作ってやりたいこと、もちろんその転移門はナヌス達だけが使うものであり、ナヌス以外の他者が使うことは絶対にないこと等々。

それらレオニスの話を、パレンは静かに聞いていた。

「ふむ……つまりは人族以外の者にも転移門を使わせたい、ということだな?」

「ああ。もちろん誰彼構わず好き放題に使わせる訳じゃない。ナヌスの協力は神樹の結界作りに絶対に欠かせないし、神樹を守ることは俺達人族にとっても大きな意味を持つ」

「そうだな……もし先日のような、神樹の襲撃事件が頻発するようであれば……如何にレオニス君であろうとも、一人で防ぐにはもはや限界であろうな」

「ああ。だが、カタポレンの森が廃都の魔城の奴等の手に落ちることだけは、絶対に阻止しなきゃならん。そんなことになったら……間違いなく奴等は今以上に力をつけて、もはや俺達では手がつけられなくなる」

「だろうな……」

レオニスの説明に、パレンは深く頷く。

実際のところ、人族がカタポレンの森に対して出来ることはかなり少ない。今のところ出来ることと言えば、レオニスをカタポレンの森に常駐させて異常がないかを見張らせる程度だ。

人類最強のレオニスが監視役を務めるので、多少のことならばレオニス一人で何とか対処できる。

だが、そのレオニスでも手に余るような事態が起きれば、今後どうなるか分からない。先日の神樹襲撃事件だってそうだ。

あの時は八咫烏や天空島からの援軍、ラウルやピースの尽力により何とか事無きを得た。

しかし、それらの助力がなければ今頃どうなっていたか分からない。少なくとも、レオニス一人の力だけで対処しきれる問題ではなかったことは明白だった。

「分かった。もともとカタポレンの森の警邏はレオニス君に一任していることだし、その防衛のために付随する諸々の判断と執行も君に任せるとしよう」

「ありがとう!念の為に、そのことを書類にしてもらえるか?」

「もちろんだとも。シーマ君、公文書用の書類とギルド印を持ってきてくれたまえ」

「承知いたしました」

パレンの判断により、レオニスにカタポレンの森の安寧を維持するための措置を施す権利を与えられた。

せパレンの判断に、レオニスも破顔しつつ喜ぶ。

そしてパレンの言を公的書類に残して示すべく、シーマが専用書類とペン、そしてギルド印と朱肉を持ってきてパレンの前に置いた。

パレンはテーブルの上でスラスラとペンを走らせながら、レオニスに話しかける。

「ただし、どこに何を設置したかだけはな、事後でも構わんから一応我等冒険者ギルド側にも報告しておいてくれたまえ。もし万が一何かあった時に、我等も把握しておかねばならんからな」

「もちろんだ。誰に伝えておけばいい?」

「そうだな、今日のところはシーマ君に対応してもらおう。以後はクレナ君などの窓口でも構わん」

「承知した」

パレンの横に立っていたシーマに、レオニスが関与した転移門の件を伝えるレオニス。

先程話したナヌス用の二ヶ所の他に、ついでとばかりに天空島の三ヶ所も伝えておく。

「え? 天空島?」

「そう、天空島。今度天空島の連中とともに、俺も邪竜の島の討滅戦に加わることになってんだ」

「て、天空島となると、我々が使う地図には記載されていないんですが……」

「そりゃしゃあねぇな、天空島なんて地図に載せられるようなもんじゃねぇし」

天空島などという想定外の場所が出てきたことに、戸惑いを隠せないシーマ。

だがそれ以上に、今度はパレンが食いついてきた。

走らせていたペンを止め、レオニスにズズィッ!と迫る。

「……レオニス君? 今、非ッ常ーーーに聞き捨てならんことを聞いたのだが。邪竜の島の討滅戦とは、一体何の話だね?」

「あー、マスターパレンにはまだ相談してなかったっけ?」

「ああ、少なくとも私は聞いた覚えがないぞ?」

「そ、そうか……ぃゃ、だいぶ先の話なんで言うの忘れてたわ……」

邪竜の島だの討滅戦だの、物騒な初耳ワードが連チャンで出てきては、パレンも黙ってはいられない。

レオニスにグイグイと迫るパレンの顔は、3cm手前まで来ている。そのド迫力たるや、レオニスはただただ仰け反り後退るしかない。

「あー、俺達こないだ念願の天空島に行くことができてな。そこで光の女王や雷の女王、天空樹ユグドラエルなんかに会えて、様々な話を聞いたんだ」

「ほう、光の女王に雷の女王、果ては天空樹にまで会えたとは……さすがはレオニス君だな」

「ありがとよ。でな、様々な話の中に俺も聞き逃せない話があってな。何でも数ある天空島の中で、邪竜に占領されている島があるそうで―――」

レオニスの顔面1cm前まで迫りくるパレン。

そんなパレンを押し留めるべく、レオニスはパレンの両肩を必死に手で押し返してソファの椅子に座らせる。

そして天空島で聞いた話や討滅戦について説明していった。

「ふむ……なるほど、それで討滅戦という訳か」

「ああ。廃都の魔城の連中は、その手駒として邪竜を使うことが多いことが分かってきている。その手駒である邪竜の拠点を叩けば、廃都の魔城の戦力を削ぐことができる」

「廃都の魔城の戦力を落とすことができるなら、議論するまでもない。我等にも力になれることはあるか?」

「うーん……天空島での戦いだから、少なくとも空を飛べる者でないと厳しいんだよな」

「そうか……そうなると、我等の出番はほとんどないか……」

「一応魔術師ギルドマスターのピースにも、参加を要請するよう女王達から言われてはいるがな」

「おお、マスターピースか!それは大いに活躍が期待できそうだな!だが……人族からももう少し戦力を出したいところではあるな」

レオニスの話を聞いたパレン、大いに納得している。

邪竜の島の討滅戦は、人類の仇敵である廃都の魔城の殲滅に一歩近づく重要な作戦だ。

もちろんそれは冒険者ギルドとしても望むところであり、協力できることなら何でもしたいとパレンも思っている。

だが悲しいかな、その舞台は天空島。レオニスの言うように、少なくとも飛行能力のある者でないと参戦は厳しい。

するとここで、パレンが何かを思いついたように顔を上げた。

「ならば、竜騎士団に参加を打診してみるのはどうかね?」

「竜騎士団、か? あいつらって基本的に、ラグナ大公一族やラグナロッツァを守護するのが仕事じゃねぇのか?」

「基本はそうだな。だが、人族が扱える飛行種族といえば、飛竜もしくは鷲獅子、翼竜くらいしかない。そして鷲獅子は飛行高度に限界があるし、小型の翼竜ではなおのこと役不足だ。その点竜騎士団ならば、騎手も騎士の端くれ。空中戦ならお手の物だろう」

「まぁ、そう言われりゃそうなんだが……」

パレンが竜騎士団への助力打診案を出してきたことに、レオニスが驚きつつ若干渋い顔をする。

今のレオニスは、その手の連中とは極力顔を合わせないようにしている。その昔、レオニスが孤児院を卒院して本格的に冒険者活動を始めた頃に、一度衝突したことがあったのだ。

当時のレオニスは、まだ冒険者として駆け出しだった。それ故に舐められて小馬鹿にされることも多かった。

しかし、レオニスもいい大人になった今、いつまでも過去の遺恨を引き摺ったままではいられない。

邪竜の島の戦力がどれ程のものか分からない今、戦力は多ければ多いほど良いのだから。

それに、人族側からの参加者がレオニスとピースの二人だけというのも、パレンは懸念しているのだろう。

とは言え、どれ程戦力になったところで、他者との輪を乱すような輩では駄目だ。特に天空島には高位の者も多いし、何より邪竜の討滅戦には竜の女王である白銀の君も参加することが決まっている。

穏和な性格の二人の女王達や天空樹はともかく、苛烈な一面を持つ白銀の君を怒らせたら洒落にならない。

彼女の逆鱗に触れたら、連携どころではなくなるだろう。

パレンの提案である、竜騎士団への助力打診。

レオニスの頭の中で、賛否を行ったり来たりしていた。

しばし苦悶の表情を浮かべていたレオニス。ようやくその口を開いた。

「ぁー……マスターパレンが竜騎士団に打診したいってんなら、無理には止めん。だが、俺の方からも条件がある」

「何だね?」

「もし竜騎士団が討滅戦に参加するというなら、その前に必ず研修に行ってもらう」

「ほう、研修とな? それはどこで行うのだね?」

「シュマルリ山脈の南方、竜の女王白銀の君のもとで修行してもらう。期間は……そうだな、現地で一週間程も過ごせば親睦を深められるだろう」

「…………!!」

レオニスの出した条件に、今度はパレンが息を呑む。

シュマルリ山脈南方が竜の縄張りであることは、冒険者なら誰でも知っている基礎知識だ。

ただでさえ危険に満ちた一帯だというのに、さらにレオニスはその中でも最も危険な場所を指定してきたではないか。

その無茶振りに、パレンはふぅ……と小さくため息をついた。

「シュマルリ山脈南方は、かつて私も若かりし頃に出向いたことがあるが……なかなかに過酷な場所であった」

「あー、そういや迅雷のやつが、マスターパレンらしき人族に会ったことがあるって言ってたな」

「おお、あの時の雷をまといし竜はまだ健在であったか!……懐かしいな」

パレンが語る昔話に、レオニスが迅雷竜から聞いた話を思い出す。

迅雷竜がかつてレオニスに語っていた、二十年くらい前に彼の地に訪れたという人族。その特徴は『マルデ太陽ノヨウナ男』で『頭ニ毛ガ一本モ無クテ、ツルットシテテ、眩シイ程ニ全身ガ光リ輝イテイタ』という。

シュマルリ山脈に行ける程の人物で、これらの特徴に該当する人物といえば、パレンを置いて他にはいないだろう。

そしてレオニスの予想通り、迅雷竜が語っていた人物はやはりパレンで正解だったようだ。

そんな風にかつてを懐かしむパレンに、レオニスは話を続けた。

「今回の討滅戦には、竜の女王である白銀の君も参戦するんだ。何しろ白銀の君が敬愛する竜王樹、ユグドラグスのもとにも邪竜の群れが襲いかかってくるらしいんでな。白銀の君が邪竜の島を完全に殲滅する気満々なんだよ」

「そうか。では飛竜を駆る者達にも、その白銀の君との連携を取れるようにしておいてもらわねばならない、ということだな?」

「そういうこと。竜族同士で連携を取れるようになるのは最低限必要なことだし、何より竜の女王の機嫌を損ねるようでは彼女の信頼は得られん。討滅戦への参加なんぞ到底認められんよ」

レオニスが提示した条件に、パレンは理解を示す。

先程までペンを走らせていた紙とは別のメモ用紙を出して、レオニスが言った条件を書き留めていく。

「来年一月末に行われる予定の、邪竜の島討滅戦……それに参戦するには、シュマルリ山脈南方での一週間の研修が必須……特に竜の女王である白銀の君との交流を深める必要性あり……と」

「それが飲めなければ参加は無用、と竜騎士団に伝えといてくれ」

「承知した。結果が分かり次第、レオニス君にも伝えるとしよう」

「ああ、頼んだ。……ま、あまり期待はしないでおくよ」

竜騎士団の参加条件をメモ用紙に書き留めたパレン。引き続き書きかけだった、二枚の『カタポレンの森における防衛措置権限の付与』を全て書き上げる。

書類下部にマスターパレンのフルネームの署名をし、その上に冒険者ギルド総本部の印を捺した。パレンの署名とギルド印を捺す、この二つが揃うことでこの書類は公的書類となるのだ。

一枚はレオニスに渡し、もう一枚をシーマに渡すパレン。

パレンのお墨付きの書類を受け取り、話も一通り済んだところでレオニスがお茶をクイッ、と一気に飲み干す。

レオニスは書類を空間魔法陣に仕舞い込みながら、席を立った。

「確かに受け取った。では俺はこれで失礼する。マスターパレンも、体調を崩さない程度に仕事頑張ってな」

「気遣いありがとう。邪竜の島の討滅戦参加に関しては、私も出来る限り迅速に話を進めていくつもりだ」

「よろしくな」

レオニスは最後にパレンと固い握手を交わし、ギルドマスター執務室を後にした。