軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第867話 破格の報酬

時は少し遡り、レオニスとラウルが謎に満ちた『開かずの宝箱』と格闘した日の昼間のこと。

レオニスはアイギスを訪れていた。

「あ、レオニスさん!いらっしゃい!」

店の前の外で掃き掃除をしていたマキシが、レオニスの姿を見つけて明るい笑顔で駆け寄る。

「マキシもお勤めご苦労さん。セイ姉はいるか?」

「はい、三人ともいらっしゃいますよ。お店から入りますか?」

「いや、裏口から直接作業場に行くわ。ちぃとデカいもんを出して見せなきゃならんから」

「そうですか。では、後ほど僕がお茶とお茶菓子を出しに行くと思いますので」

「おう、また後でな」

マキシが店の入口の扉に手をかけたが、レオニスは直接作業場に行くという。

もともとセイは店舗内での接客業にはあまり出てこない。接客担当はメイであり、セイはメイが接客中に他の客が来た場合に出る二番手である。

そしてレオニスは、アイギス三姉妹全員とは孤児院仲間で幼馴染の間柄。 昵懇(じっこん) の仲なので、セイに会いたかったら裏口から直接作業場に入っていった方が早いのだ。

マキシと別れて、アイギスの裏口に向かうレオニス。

裏口から入っていくと、そこにはカイがいた。

「よう、カイ姉。久しぶり」

「あら、レオちゃん、いらっしゃい」

カイは作業の手を止めて、椅子から立ち上がりレオニスのもとに歩いていく。

「マキシ君のお姉さん達の職場訪問以来ね」

「ああ。カイ姉達も元気にしてたか?」

「おかげさまで、皆元気に過ごしているわ。今日はどうしたの、何か作ってほしいものでもできたの?」

「ああ。セイ姉の腕を見込んで頼みたい仕事があってな。セイ姉は奥か?」

「ええ、向こうで仕事してるわよ。呼んできましょうか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

「ちょっと待っててね」

カイはそう言うと、奥の方に入っていった。

そしてしばらくすると、カイとともにセイが作業場に来た。

「いらっしゃい、レオ!久しぶりねー、今日は私に何か仕事の依頼があるんですってね!」

「よう、セイ姉。元気そうで何よりだ。早速だが、まずは見てもらいたいものがあるんだ」

セイと軽く挨拶を交わした後、レオニスが空間魔法陣を開いて何かを取り出した。

それは、海樹ユグドライアの枝を板状にスライスしたものだった。

「こ、これは……」

「レオ……ま、まさかとは思うけど……これ、宝石珊瑚?」

「正解。もっと言うと、これは海にいる神樹の一つ、海樹ユグドライアの枝だ」

「「!!!」」

レオニスが出してきた海樹の枝の枝を見て、思わず息を呑むカイとセイ。

それは形だけで見れば木の切り株状の板だが、切り口はもちろんのこと外側の樹皮まで全てが艶やかな紅色に染まっている。

二人はその色を見ただけで、それが宝石珊瑚であることをすぐに見抜いたようだ。

だが、それが海樹と呼ばれる高位の存在であることまでは予想できなかったらしい。

これまでカイ達は、レオニスが何度か持ち込んできた神樹の枝で様々な品を作ってきた。そしてそれらは、あくまでも樹木の範疇だった。

しかし、今レオニスが目の前に出してきたものは全く違う。

その直径は優に2メートルを超えており、厚みも50cm以上ははある。

こんな巨大な宝石珊瑚など、日頃から宝石類を扱うことが多いカイ達ですら見たことがなかった。

「まぁ……海樹の枝なんて、レオちゃんってばまたすごいものを手に入れたのねぇ……」

「まぁな。一昨日海底神殿に用事があって出かけてな。その時にライトとラウルが海底神殿の近所にいる海樹のもとを訪ねて、海樹から直接採らせてもらったんだ」

「海樹から直接もらうって……本当にすごいわね」

相変わらず予想もできない成果を持ち帰るレオニス達に、カイもセイもただただ感嘆する。

「今回セイ姉に頼みたい仕事ってのは、この珊瑚の板から直径1メートル、幅50cmの円形のものを、なるべくたくさん切り出してほしいんだ」

「何、巨大なコースターみたいな感じ?」

「そうそう、イメージ的にはそれで合ってる」

「一体何に使うの?」

「それはだな―――」

セイの率直な問いかけに、レオニスが順を追って説明していく。

海樹ユグドライアは、レオニス達が懇意にしている神樹ユグドラツィの兄であること、先日のユグドラツィ襲撃事件では何も手助けしてやれなくて、とても悔しい思いをしていたこと。

襲撃事件解決後、ユグドラツィを守る結界を作るという話になったこと、その結界維持のために枝を使ってほしい、と海樹から託されたこと。

結界作りには、その道の達人である小人族のナヌスと協力して推進すること、そのナヌスの立てた計画が『直径1メートル✕厚さ50cmのコースター状に切り出したものに、魔法陣を彫り込んで使う』であること等々。

「……という訳なんだ」

「すっごい壮大な計画なのねぇ……」

「でも、神樹のツィちゃん?の身を守るためなら、それくらいしても当然なんでしょうね……」

レオニスから事のあらましを聞いたカイとセイが、深く頷く。

「でな、結界の魔法陣に使うものだから、なるべく均一な出来の方がいいんだ」

「でしょうね。そこで私の出番、ということね?」

「ああ。天下にその名を轟かせるアイギスの、宝石研磨を担うセイ姉なら朝飯前だろ?」

「さすがに朝飯前とまでは言わないけど……いいわ、その仕事引き受けるわ」

「ありがとう、セイ姉!」

レオニスからの依頼を快く引き受けるセイに、レオニスは嬉しそうに礼を言う。

もちろんレオニスとて、セイがこの仕事を断るとは思っていなかった。だがそれでもやはり、こうもストレートに快諾してくれれば嬉しくなるというものだ。

するとここで、セイから早速追加の質問が飛んできた。

「で? この巨大な板状の宝石珊瑚は、一体何個ある訳?」

「あ、えーとだな、大小合わせて百個はあると思うが……今ここで全部出してもいいのか?」

「ぃゃぃゃぃゃぃゃ、そんなに大量に出されても困るし。置き場所もないからやめて?」

「だよな。そしたら、全部マキシに預けておくってことでいいか?」

「分かったわ、是非ともそうしてちょうだい」

板状の宝石珊瑚が百個以上はあると聞き、慌ててレオニスを止めるセイ。

確かにそれら全部を今ここで出すのは無理だ。そんなことをしたら、セイやカイが作業する場所まで埋まってしまう。

だが、何故そこでマキシの出番が出てくるのか? それは、マキシも空間魔法陣を覚えて既に使えるようになっているからだ。

「じゃあ、切り出したものもマキシに預けてくれ。そしたらマキシから俺に渡してもらえるから」

「そうね、そうすれば互いの手間も省けていいわね」

「だろ? マキシには後で俺が説明しておく」

「よろしくね」

レオニスの提案に、セイも納得しつつ頷く。

マキシが海樹の切り株を預かり、セイが切り出しを完了させる毎にマキシが新たに一個づつ未加工の切り株をセイに渡していく。

そして切り出したものをマキシが預かり、レオニスに渡す。そうすれば、素材や出来上がり品の受け渡しがマキシを介してスムーズに行える、という仕組みである。

「さて、そしたら今回の仕事の報酬だけど……今度は何をくれるの?」

「端材と言っちゃ聞こえは悪いが……海樹の枝の切り出した以外の、残りの部分を全部好きに使ってくれ」

「え!? 切れ端全部もらっちゃっていいの!?」

「もちろん。切れ端とはいえ、全部宝石珊瑚だからな。それなりの報酬にはなるだろ?」

「それなりなんてもんじゃないわよ……これだけ上質な宝石珊瑚、一欠片だけで一体いくらするか……」

セイの方から仕事の報酬話を切り出したのに、またも予想をはるかに上回る返事が返ってきたことに驚きを隠せない。

宝石珊瑚は貴族の間でも人気の高いアイテムだ。

ネックレスや指輪などのアクセサリーにはもちろんのこと、ドレスに直接縫い込むのもとても好まれる。

しかし、宝石珊瑚とは他の鉱物系の宝石類とは違って海の産物だ。故に宝石珊瑚だけは、レオニス以外のルートで買い付けていた。

それが、今回は何とレオニスが宝石珊瑚を持ち込んできた。しかもとんでもない巨大さなのに、色艶は間違いなく極上の逸品。

それを、レオニス達が望む分の切り出しさえ済ませれば、余分な切れ端を全て譲ってくれるという。その切れ端の量は、一体如何程になるか。

この先アイギスで必要とする宝石珊瑚の何十年分、いや、百年分以上はあるに違いない。

そんなセイ達の話し合いに、カイも入ってきた。

「レオちゃん、それはさすがに姉さん達が貰い過ぎよ?」

「いや、そんなこともないだろ? だって俺がこのまま宝石珊瑚を持っててもしょうがないし。なら、カイ姉達のアクセサリーやドレス作りに役立ててもらった方が有益ってもんだ」

「でも……それにしたって多過ぎるわ……」

レオニスの論に、それでも納得しきれないカイ。

確かにレオニスの言う通りで、海樹の枝の切れ端がどれ程高価な品であろうとも、切れ端のままレオニスが持っていてもしょうがない。

ならば、それを必要として活かしてくれるカイ達に譲りたい―――レオニスがそう考えるのも当然だった。

だが、カイはまだ納得してくれていない。そんなカイの顔を見たレオニスが、小さく笑いながら話しかける。

「……じゃあさ、俺やライト、ラウル、マキシのために、海樹の枝を使ったアクセサリーをいくつか作ってもらえるかな?」

「ええ、もちろんよ!どんなのがいい?」

「そうだなぁ、俺はいつも通りカフスボタンがいいな。ブローチやベルトのバックルなんかもいいし、そこら辺はカイ姉に任せる」

「カフスボタンにブローチ、ベルトのバックルね、分かったわ!」

レオニスの妥協案に、カイの顔がパァッ!と明るくなる。

そしてレオニスが、はたと何かを思いつき追加のお願いを口にした。

「……あ、あと、切れ端の中でも紫や緑なんかの珍しい色のものを使ってくれると嬉しいかな」

「まぁ、この宝石珊瑚には紫や緑もあるの!?」

「ああ、海樹の枝を選ぶ際に、紫や緑が混じっているのは魔力量が豊富な証だって教わったんだと。もちろん今回採ってきた枝の中にも、紫や緑が含まれている部分がある」

「それは初めて聞いたわ……私達もこれまでたくさんの宝石珊瑚を見てきたけど、紫や緑の宝石珊瑚なんて一度も見たことがないもの」

「そうなのか。やっぱり紫や緑は貴重な色なんだな」

レオニスが言う『紫や緑の宝石珊瑚』に、カイもセイも目を丸くして驚く。

宝石珊瑚と言えば、赤や桃色、白などが一般的だ。その中でも血の色に近い赤が最上級とされる。

紫や緑の宝石珊瑚とは、そんな常識を根底から覆す稀少品なのだ。

「じゃあ、とりあえず今回はこの板の加工を頼む。他の分は後でマキシに渡しておくからよろしくな」

「任せて!出来上がったものはマキシ君に渡せばいいのよね。皆の分のアクセサリーも、カッコいいのをたくさん作ってあげるからね!」

「ハハハ、ありがとう、セイ姉。いつも忙しいだろうに、仕事増やして悪いな」

「そんなの今更よ!」

いつになくご機嫌のセイに、レオニスも笑いながら礼を言う。

「むしろ私達の方がレオに感謝しなきゃね、これでもう私達の老後の資金の心配はしなくて済みそうだわ!」

「まぁ、セイったら、もう……」

ウッキウキのセイに、カイが呆れながらため息をつく。

セイが上機嫌なのは、今回もレオニスの報酬が莫大だったからのようだ。

ご機嫌なセイの饒舌はなおも続く。

「レオも、もしこの先もずーっと一生独身だったら、その時は私達といっしょに老後を過ごしましょうね!」

「ぉ、ぉぅ、誘ってくれるのは非常にありがたいが……俺はまだ諦めちゃいねぇぞ……?」

セイからの思わぬ誘いに、レオニスの顔が思いっきり引き攣っている。

老後のシェアハウスにお誘いいただくのは非常にありがたいが、それはレオニスが一生独身だった場合を想定した話だ。

アイギス三姉妹はどうだか分からないが、レオニスは自分の家庭を築くことをまだ諦めてはいない。

そんなレオニスに、なおもセイは容赦ない一撃を放つ。

「あら、レオってばやぁねぇ。『備えあれば憂い無し』って言うでしょ?」

「セイ姉の言葉を聞いてるだけで、俺の憂いは深まるんですが……」

「レオに憂い? あらヤダ、今日は四月一日だったかしら?」

「……うん、セイ姉の機嫌が良いだけでもよしとしよう……」

これまでになく上機嫌でパワフルな 次姉(セイ) の様子に、レオニスはため息をつきながら諦めるのであった。