軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第842話 価値観の相違

海樹の方からユグドラツィ襲撃事件のことに触れてきたことに、ライトもラウルも黙り込む。

ライトがレオニスに海樹にも会うように伝えたのは、まさにその件についてきちんと海樹に報告してきてほしかったからだ。

『ツィがあんな酷い仕打ちを受けている間……俺はここで指を咥えながら見ているだけで、何もできなかった……』

「それは……海樹さんはカタポレンの森からすごく遠いところにいて、しかも海の中にいるんだから……仕方ないです」

『それでもだ。シア姉は八咫烏を援軍に遣わしたし、エル姉だって雷光神殿守護神なんてものすごい助っ人を向かわせた。それに比べて俺は……俺だって、探せばきっと何かが、あの時できたはずなのに……』

「…………」

心底悔しそうに呟く海樹に、ライトはそれ以上慰めの言葉がかけられない。

ユグドライアが吐露する強い悔恨は、神樹族末弟のユグドラグスが抱いていたのと全く同じものだ。

遠く離れた地にいたから仕方がない、ましてや海樹は海の中にいて陸地のことに干渉できようはずもない―――そんな当たり前で陳腐な慰めなど、彼らは微塵も欲していない。

頭では理解できても、心ではその悔しさは到底消えず納得できないのだ。

だが、そんな沈痛な空気を読まずに打ち破る者がここに一人。

「そうだな、海樹がそう思うのも無理はない」

『…………』

「俺だって、もし海樹と同じ立場だったら―――絶対に後悔しまくる自信あるし。だから、海樹が悔しがる気持ちもよく分かる」

『…………』

「だが、あの場に駆けつけられた全員の力によって、ツィちゃんは救われた。そしてツィちゃんの意識も無事戻ってきて、今ではすっかり元気になった。今はただ、そのことだけを喜ぼうじゃないか」

『……そうだな……ツィが五日も目を覚まさない間、本当に生きた心地がしなかった……だが、お前達のおかげで、ツィは戻ってこれた』

ラウルがユグドライアにかけた言葉は、奇しくもレオニスが竜王樹ユグドラグスにかけたものと同じであった。

悔恨よりも、まずは妹が無事助かったことを喜ぼう―――その言葉に、沈んでいたユグドライアの声にだんだんと活気が戻っていく。

そして、改まった声音でライト達に礼を述べた。

『我が妹の生命を救ってくれたこと、心より感謝する。どれほど礼を言っても言い足りないが……本当にありがとう』

『お前達はツィだけでなく、このユグドライアの恩人でもある。これから先、お前達が望む時、いつでも俺はお前達に力を貸そう』

『俺にできることであれば助力を惜しまない。遠慮なく頼ってくれ』

海樹の心からの礼と助力の申し出に、ライト達の顔は明るくなる。

普段は 森(カタポレン) や 内陸部(ラグナロッツァ) に住んでいるライト達だが、いつかは海に出かけることもあるだろう。

海底神殿や海樹以外にも、海にはまだ見ぬ景色がたくさんあるに違いない。

その時に海樹の力添えがあれば、これ程心強いことはない。

「ありがとうございます!海樹さんからそう言ってもらえるなんて、すっごく嬉しいです!」

「ツィちゃんを助けるのは当然のことだったが、そのおかげでツィちゃんの兄貴とも仲良くなれるならありがたいことだ」

『おう、これからは『海樹さん』なんて堅苦しい呼び方は無用だ。俺のことは他の兄弟姉妹に倣って『イア』とでも呼んでくれ』

「はい!」「おう」

ライト達の礼の言葉に、ユグドライアはますます機嫌を良くしていく。その褒美とばかりに、何と海樹自らがライト達に対し『イア』という愛称で呼ぶことまで許してくれたではないか。

これまでずっと、人族の醜い欲望ばかりを目の当たりにしてきたユグドライア。彼の人族不信を解いていくには、かなり時間がかかるだろうな、とライトは思っていた。

だが、あの神樹襲撃事件という不幸を経て、結果としてライト達はユグドライアの信頼をも勝ち得たのだ。

ライト達としては、親友であるユグドラツィの危機は絶対に見逃せないし、彼女を助けるのは当たり前のことだ。だから、ユグドラツィの兄であるユグドライアに恩を着せるつもりは全くない。

しかし、ユグドライアとて妹の恩人をこれ以上無碍に扱う訳にはいかない。事実、ライト達がいなければユグドラツィはあの事件で生命を落としていただろう。

故に、ユグドラツィの恩人であるライト達限定ではあるが、家族が認めた人族ならば自分も認めよう―――ユグドライアはそう思い至ったのだ。

『さぁ、そしたらツィやシア姉がいるカタポレンとやらの森の話や、エル姉、ラグスなんかの話を聞かせてくれ』

「はい!」

上機嫌なユグドライアの要請に、ライトも明るい声で返事をする。

それからライトとラウルは、神樹達にまつわる様々な話を海樹に聞かせていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『ほう、ラウルの唯一の友達が八咫烏のマキシで? その縁でシア姉と出会ったのか』

『エル姉のいる天空島に行くために、野良ドラゴンをとっ捕まえて友達になる? 何だそれ、面白過ぎるだろwww』

『で、その野良ドラゴンはラグスんとこの近くに生息していて? それでラグスとも知り合ったのか』

ライトが語る神樹達との出会い。その話を聞いている海樹は実に楽しそうで、時折くつくつと笑い声を上げている。

それらの話はライト達が海樹に出会う前の話なので、ユグドライアは詳しいことは知らない。なので、ライトから聞く話は全てが新鮮で面白いのだろう。

『つーか、お前ら、本当に世界中を飛び回ってんだな。しかも陸地だけに留まらず、はるか高い空にある天空島やこんな海の底まで来るとはなぁ……』

「それこそが冒険者というものでして。世界中を旅して回って宝探しをしたり、魔物に襲われて困っている人達を助けたりするのが仕事なんです!」

『宝探しか。それならこいつらも負けてねぇぜ? なぁ、マシュー?』

ライトが熱く語る冒険者像を聞いたユグドライアが、すぐ横の根元付近に控えていた一人の男人魚に向かって声をかける。

マシューと呼ばれたその男人魚は、先程ライト達を出迎えた三人とは違う人物だ。

周囲にいる男人魚達と比べて、その体躯は一回り以上大きく立派な身体をしている。そして右手には巨大な三叉槍を持っていて、明らかに男人魚の中でも別格の存在感を放っていた。

『そうですな……私も若い時分には、世界中の海という海を散々旅して回ったものです。もっとも、ここ最近は海樹のお守りで滅多に出歩かなくなり、身体もすっかり鈍ってしまいましたが』

『お守りだとぅ!? コノヤロー、言ってくれるじゃねぇか』

『私も歳を取って、若い頃のようにフラフラと遊び回ってはいられなくなった、ということですよ。海樹をお守りするのは、我等男人魚達の役割にして使命ですからね』

『ぉ、ぉぅ……そこら辺はな? まぁ、感謝してる、ぜ?』

海樹をお守りしている、というマシューの言い草に、海樹が一瞬気色ばむ。

しかしマシューは意に介することなく、シレッとした顔で海樹の守護は男人魚達の使命だと語る。顎髭を 擦(さす) りながら宣う姿は、実にダンディだ。

側仕えのマシューにそう言われては、ユグドライアも悪い気はしない。照れ臭そうにマシューに感謝の意を示す。

その様子を見ていると、まるで仲の良い幼馴染同士のようで何とも微笑ましい限りである。

『……あ、そうだ。こいつらが他の海域で拾ってきた様々な品があるんだが、お前ら、要るか?』

「え? もらってもいいんですか?」

『ああ。こいつら、いろんな海に出かけていろんなものを拾ってくるのはいいんだが、結局使わないままお蔵入りするものも多くてな……そもそも一体何に使うんだ?って代物も多いし』

「そ、そうなんですか……」

ライトの『宝探し』という言葉で思い出したかのように、ユグドライアが男人魚達が持ち帰ってきた品を褒美にくれると言い出した。

それは、男人魚達が世界中の海から持ち帰ったものだという。他所の海で見かけた珍しいもの、いいなと思ったもの、そうしたものはとりあえず持ち帰ってくるのが男人魚の習性らしい。

しかし、中には使い道が全く分からないもの、価値が見い出せないものも多いようだ。

『だからな? この際ツィを助けてくれたお前達への褒美として、お前らがここに来た時に好きなもの、欲しいと思うものをいくつか選ばせてやるかって話にはなってたんだ』

「でも、それってマシューさん達にとっては宝物なんじゃないですか?」

話を持ちかけられたライトが、心配そうな顔でマシューを見る。

男人魚達がせっかく遠い海からわざわざ持ち帰ってきたのに、それをそのままもらってしまっては申し訳ない気がしたからだ。

ライトの視線に気づいたマシューが、コホン、と軽く咳払いしてから答える。

『ぁー……本当に我等に必要なものは、きちんと別の場所にて活用していますよ。今回海樹が提案したのは、拾ってきてから長年使われていない品々です。言わばガラクタばかりですので、どうぞお気になさらず』

『ちょ、おま、ガラクタって……マシュー、お前ね、もうちょい言い方何とかならねぇの?』

『申し訳ない。ですが、我等にはガラクタでも陸の者には計り知れない価値あるものも中にはありましょう』

『そりゃそうだけどよぅ……』

マシューのあまりにも身も蓋もない言い方に、ユグドライアが慌てたように苦言を呈する。

基本的に穏やかで上品な性格の者が多い神樹の中で、ユグドライアはかなり大雑把な性格だ。そのユグドライアに苦言を呈させるとは、マシューもかなり大雑把で大胆な性格である。

実際のところ、妹の恩人にあげるご褒美がガラクタとは、杜撰過ぎてかなり不遜に思える言い草だ。

しかしマシューの言うことも尤もで、陸と海では何もかもが違う。

価値観はもちろんのこと、生きていく上で必要なもの、全く要らないもの、使えるもの、使えないもの、全てがライト達と異なる。

故に、彼ら男人魚達にとっては不要品でも、ライト達にとっては壮絶に稀少価値の高いお宝である可能性は大いにあり得る話だった。

そのことに、ライトも気づかない訳がない。

男人魚達が拾い集めてきたというガラクタに、非常に興味を唆られたライト。慌てるユグドライアを宥めるかのように、ゴニョゴニョと話すユグドライア達に声をかけた。

「あのー……もしよろしければ、そのガラクタ?を一度見てみたいんですが……例えばどんなものがあるんですか?」

『ン? あ、ああ、大きな貝殻やら骨、石、魚の鱗なんかが多いが、中には人族の沈没船から持ち帰ってきたものもたくさんあるぞ』

「沈没船、とな……」

「大きな貝殻、とな……」

ユグドライアが挙げたガラクタの一例に、ますますライトの興味が湧きまくる。

その横で、ラウルが『大きな貝殻』に反応している。もしかして、その貝殻も畑の肥料にするつもりであろうか。

何はともあれ、これは絶対に見ておかなきゃならないでしょう!とばかりにライトはユグドライアに申し出た。

「すっごく興味があるんで、是非とも見せてもらえますか?」

「俺もそのガラクタに興味がある。特に貝殻ならば、是非とももらって帰りたいところだ」

『そうか? もしお前達が気に入ったものがあれば、好きなだけ持っていっていいぞ。何せガラクタだからな、遠慮なんてしなくていいぞ』

「ありがとうございます!」

ライトとラウルの申し出に、快く応じるユグドライア。

褒美を遠慮なく好きなだけ持っていけとは、何とも太っ腹である。

とはいえその太っ腹さは、渡すものが海樹や男人魚達にとってガラクタだからなのかもしれないが。

というか、ユグドライアももう取り繕うことなく『ガラクタ』と言ってしまっているが。海樹よ、果たしてそれでいいのか。

『そしたらマシュー、ライト達をガラクタ置き場に連れていってやってくれ』

『承知いたしました。客人達よ、ついてきてくだされ』

「はい!」「おう」

ユグドライアの命に、マシューは素直に従う。

男人魚達が持ち帰ってきた品々は、こことは違う別の場所に保管?しているらしい。

ライトとラウルは、移動し始めたマシューの後をついていった。