作品タイトル不明
第839話 ウィカの優しさと心遣い
翌日の朝。
ライトはレオニスやラウル、マキシとともにラグナロッツァの屋敷で朝食をともにしていた。
「ふゎぁぁぁぁ……」
「何だ、ライト、あんまり寝てないのか?」
「ンー、そういう訳でもないんだけど……今日のお出かけが楽しみ過ぎてさ、なかなか眠れなかったんだー」
「珍しいこともあるもんだな? いつもは布団に入ったらすぐ寝る方なのに」
朝食を摂りながら、大きな 欠伸(あくび) が出たライト。
どうやら昨晩はあまり寝られなかったようだ。
というのも、今日のお出かけが楽しみで仕方がなかったライト。
何せ今日はBCOにおける二大美女、属性の女王とクレア姉妹を同時に拝めるのだから。
属性の女王の一角である海の女王と、クレア十二姉妹の次女クレエ。どちらもライトがこよなく愛するBCO由来のキャラだ。
そして、この両者が同じ場所で会することなど滅多にない。今世ではもちろんのこと、前世のBCOでも一度も実現しなかったことだ。
言ってみればそれは『奇跡のコラボレーション』。ライトがこのコラボに興奮して、昨晩なかなか寝付けなかったのも無理はなかった。
とは言え、寝不足でレオニスに心配させる訳にはいかない。
ライトは両腕を上に上げて思いっきり背伸びをし、しゃんと目を覚ますべく気合を入れる。
「海の女王様やデッちゃんに会うの、一ヶ月半ぶりだから楽しみー」
「俺はクレエを連れていかなきゃならんから、海の女王達にはクレエと合流するまで会えんが……よろしく言っといてくれな」
「うん!デッちゃんの方もまだレオ兄ちゃんのことが怖いだろうから、後でクレエさんといっしょに会った方がいいだろうしねー」
「まぁなー。俺だって別に、ディープシーサーペントを怖がらせるつもりはないんだがなー……ま、そこら辺はしゃあない、追々和解していくさ」
ライトの尤もな言い分に、レオニスも軽くため息をつく。
かつてレオニスは、エンデアンに襲来したディープシーサーペントの尻尾を切り落として撃退したことがある。
その時の痛みや恐怖をディープシーサーペントも覚えていて、レオニスのことを『赤い悪魔』と呼んで怖がっているのだ。
とは言え、レオニスにも言い分はある。
巨大な蛇龍神であるディープシーサーペントが襲来したら、非力な人族は街を守るために結束して撃退しなければならない。
レオニスはたまたまその時エンデアンにいたので、冒険者ギルドの出動要請に従い迎撃に向かって退治しただけなのだ。
言ってみれば完全なる正当防衛なのだが、人族の思惑など蛇龍神に通じるはずもない。
しかし、今ではディープシーサーペントと会話ができるようになった。
これからは海の女王とともに、できることならディープシーサーペントとも仲良くしていきたい。ディープシーサーペントのトラウマが強過ぎて仲良くなるのが無理だとしても、これ以上敵対関係を継続したくはない。
過去の因縁を乗り越えて、いつか和解できるといいなぁ……とライトは心から思いながら、ラウル特製フレンチトーストをもっしゃもっしゃと食べる。
そして一足先に朝食を摂り終えたマキシが、席を立ちながらライト達に声をかける。
「そろそろ僕は出勤します。皆さん、お気をつけて出かけてきてくださいね」
「うん、ありがとう!マキシ君もお仕事頑張ってね!」
「カイ姉達にもよろしくな」
「俺もエンデアンで何か良い土産を見つけて、今度カイさん達のところに行くわ」
「うん、ラウルもライト君の護衛頑張ってね!じゃ、いってきまーすー」
「いってらっしゃーい!」「「いってらー」」
笑顔で食堂を退出するマキシを、ライト達三人が笑顔で見送る。
程なくしてライト達も朝食を食べ終えて、各々出かける支度に移る。支度ができたら玄関ホールに集合だ。
ライト、レオニス、ラウルの順に玄関ホールに集い、まずは冒険者ギルド総本部に向かうレオニスを見送る。
玄関を出て、外の門扉まで歩いていくライト達。
今日は二手に分かれて行動するため、レオニスが出かける前に歩きながらライトに向けて最終確認をする。
「最後にもう一度確認な。俺はクレエといっしょにエンデアン郊外の崖、その中でも最も高くて海側に突き出た場所に行く。あの周辺で切り立った崖状の陸地は一ヶ所しかないから、海側から見てもすぐに分かると思う」
「分かった。前にエンデアンからウスワイヤの街に出かけた時に、途中で見た崖っぽいところだよね?」
「そうそう、エンデアンから出てしばらく走ったところにあるやつな」
レオニスの確認に、ライトが頷きながら肯定する。
落ち合う予定の崖は、以前ライトがレオニスとともにウスワイヤに行く途中で見かけたことがある。
それは、今年の黄金週間の終盤頃。海の女王の安否を確認するために、海底神殿の最寄りの島ラギロア島に行くための時のことだ。
まずはラギロア島の最寄りの街ウスワイヤに行くために、ライトとレオニスはエンデアンからウスワイヤまで走っていった。
その道中に、プールの飛び込み台のように海に突出した形の小さな崖があったことを、ライトはしっかりと覚えていた。
門扉の前に辿り着いたライト達。
右手で門扉を掴んだレオニス、今度は振り返りながらラウルに向かって声をかけた。
「ラウル、ライトの護衛しっかり頼むぞ」
「おう、任せとけ。小さなご主人様の身は、何があっても俺が守る」
「頼もしいな。じゃ、また後で落ち合おう」
ラウルの頼もしい言葉に、レオニスは左の握り拳の手の甲側でラウルの胸をトン、と軽く叩く。
今日のライトとレオニスは、二手に分かれての別行動となる。
レオニスはクレエを迎えに行き、ライトとラウルはアクア達とととに海底神殿にディープシーサーペントを迎えに行くのだ。
ライトの身の安全のために、いつもならレオニスが必ずともに行動するのだが。ラウルがいっしょにいれば大丈夫だろう。
門扉を開けて、外に出ていくレオニス。
レオニスのトレードマークである、アイギス特製の深紅のロングジャケット。眩しいまでに見目鮮やかな深紅色を羽織った、広く頼もしい背中にライトは元気いっぱいの声で見送りの挨拶をした。
「レオ兄ちゃん、気をつけて行ってきてね!」
「いってらー」
ライト達の見送りの言葉に、レオニスは少しだけ後ろを振り返って笑顔を見せる。
そして無言のまま左手をひらひらと振り、冒険者ギルド総本部へと向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスを無事見送り出したライトとラウル。
屋敷の中に戻り、早速二人も目覚めの湖に向かう。
と言っても、カタポレンの森の家に移動するのではない。屋敷の浴室の浴槽から直接行くのだ。
ライトもラウルもアクアから『水神の鱗』をもらっており、目覚めの湖に行くだけなら世界中のあらゆる水場から瞬間移動できるのである。
ちなみにラウルがいつの間にか水神の鱗をもらっていたことを、ライトもレオニスも全然知らなかった。
それを知ったのは、本当につい最近のこと。何かの話の流れでラウルが「あ、俺もこないだアクアから鱗もらったわ」と言い出したのだ。
あまりにも突然なラウルの爆弾発言に、レオニスは「お前ね……何でそんな大事なことをその日のうちに言わないのよ?」とぼやき、ライトは「ラウルって、ホントにすごいね……」と感心することしきりだった。
そして、ラウルがもらったという鱗をその場で出して見せてもらったライトとレオニス。
その鱗の色合い、大きさ、硬さ、そして輝き、どれをとってもライト達がもらったものと全く同じものだったので、それが水神の鱗であることは間違いない。
話に聞くと、ラウルはいつも皆の移動手段として働いてくれるウィカに、何度か御礼しに目覚めの湖に行っていたようだ。
その他にも、カタポレンの家の畑の収穫や手入れ、殻処理焼却の合間やユグドラツィの様子を見に行ったり等々した時にも、そのついでにちょくちょく目覚めの湖に顔を出していたらしい。
それだけ足繁く通い、その都度極上スイーツやらお茶を振る舞っていれば、ウィカだけでなく水の女王や水神アクアの覚えも目出度くなるというものだ。
浴室の浴槽から、目覚めの湖へ行くべくダイブするライトとラウル。二人の首には、アイギスで作ってもらったペンダントがかけられている。ペンダントには、同じくアイギスでペンダントトップに加工してもらった水神の鱗がゆらゆらと揺らめいていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラグナロッツァの屋敷の浴槽から、瞬く間に目覚めの湖に到着したライト達。
ウィカの水中移動は数秒かけていくもので、水中の景色を眺め楽しむ余裕があるが、アクアの水神の鱗を使った移動は本当に瞬時に終わる。
それこそ瞬き一つする間に景色が一変する。まさにビフォーアフターである。
そして瞬時に移動したライト達の横には、アクアと水の女王、そしてウィカとイードがいた。
「アクア、水の女王様、ウィカ、イード、皆おはよう!」
「皆、おはよう」
『ライト、ラウル、おはよう!』
『ライト君、ラウル君、おはよう』
『ヤッホー☆』
『おひさー♪』
目覚めの湖の仲間達と、朝の挨拶を交わすライトとラウル。
水神の鱗を使っての移動は、その移動先は『アクアのいる場所』という定義になっている。なので、自動的にアクアのすぐ近くに現れる仕様だ。
ラグナロッツァの屋敷の浴槽から水中移動したライト達が現れたのも、アクアの横で水の女王がいつもいる水草の褥がある場所だった。
アクアの近くには、いつも水の女王やウィカ、イードがいるのだ。
『今日は海の女王ちゃんのところに行くのよね?』
「はい。前にデッちゃんが話していた、デッちゃんのお気に入りの人族、クレエさんと会わせてあげるために海底神殿に行くんです」
『それはきっとデッちゃんも、すっごく喜ぶだろうね!』
「うん!」
『デッちゃんが喜んでくれれば、海の女王ちゃんもすっごく喜ぶわ!』
「ですよね!」
ライトに話しかける声が、実にウッキウキの水の女王。今日のお出かけを、とても楽しみにしていたのだろう。
そして、アクアもいつもより声が弾んでいる。常にクールなアクアにしては珍しいことだが、きっと自分と同じ神殿守護神であるディープシーサーペントに会えるのが嬉しいのだろう。
するとここで、ウィカがライトの肩に乗ってきた。
『ライト君、僕は今日は目覚めの湖でお留守番してるから、気をつけてお出かけしてきてね☆』
「え? ウィカは今日はお留守番なの?」
『うん。だってほら、いつもイードちゃん一匹でお留守番してるからさ。たまには僕もお留守番くらいしないとね!』
ライトはてっきり、今日もウィカが同行するものだとばかり思っていたのだが、今日は目覚めの湖で留守番するという。
それは、いつも留守番しているイードが寂しくないように、というウィカの配慮だった。
確かにウィカの言う通りで、ウィカだけでなくアクアや水の女王まで出かけてしまったら、この目覚めの湖にはイード一匹だけ残ることになってしまう。
例えそれが日帰りで、泊まりがけのお出かけではないにしても、イードに寂しい思いをさせたら可哀想だから―――というウィカの優しさ、その心遣いに気づいたライトも思わず微笑む。
「そっか、ウィカは優しくてお利口さんだもんね」
『うん、それ程でもあるかな♪』
「じゃあ、今日はイードといっしょにお留守番しててね!」
『はーい☆』
ライトに頭を撫で撫でしてもらったウィカ、満足そうな糸目笑顔でイードのところに移動する。
イードはその大きな触腕で、ウィカの身体をそっと包み込みながら抱っこする。
『お留守番ならワタシ達に任せて♪』
「うん。イードとウィカがお留守番してくれれば、皆安心してお出かけできるよ!」
『そうね!イーちゃん、ウィカちー、なるべく早く帰ってくるからお留守番よろしくね!』
『僕達にお任せあれ☆ 水の女王ちゃんも、妹ちゃんとたくさんお話して楽しんできてね!』
『ありがとう!』
水の女王がイードとウィカに感謝しながら抱きつく。
その後ろで、アクアがニコニコしながら眺めている。
『じゃ、そろそろ行きましょうか!』
『はーい。じゃあ皆、僕の背中に乗ってねー』
「アクア、今日もよろしくね!」
「水神の背に乗せてもらうなんて光栄だ。よろしく頼む」
『アクア様、よろしくお願いします!』
アクアの背中に乗り込むライト達を、イードとイードに抱っこされたウィカがじっと見守っている。
ライトとラウル、水の女王、三人が乗ったところで、アクアがふわりと水中で浮かび始めた。アクアが水中での瞬間移動を行う前触れ動作だ。
『じゃ、行くよー!』
「『いってきまーす!』」
アクアの背の上で、イードとウィカに手を振るライト達。
イードとウィカも軽く手を振りながら応えている。
そして次の瞬間、アクアは海底神殿に向かうべくライト達とともに消えていった。