軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第827話 氷の女王との約束

満を持して氷の洞窟に入ったライトとラウル。

洞窟の入口から数歩進むと、そこは既に一面氷の世界に変わる。

「おおお……中は普通に凍ってて寒いねぇ」

「洞窟の外は、まだ雪も降ってないってのにな……」

「氷の女王様のおうちだからねぇ。夏でも凍ってたし」

「そのおかげで魔力たっぷりの氷がいつでもが入手できるから、俺的にはありがたいけどな」

二人は白い息を吐きながら、のんびりと氷の洞窟を歩いていく。

ライトも洞窟に入る前に、ツェリザーク探索用のアイギス特製コートとズボンに一応着替えてはいた。耳当てやマフラーのおかげで寒さ自体は凌げているが、それでも肌に触れる空気はかなり冷たい。

そう、ライト達は氷の女王の加護を得たことで氷属性の攻撃や凍傷などで怪我を負うことはなくなったが、寒さまで感じなくなる訳ではないのだ。

滑って転ばないように、ゆっくりと慎重に歩いていくライトとラウル。

そうして三十分ほど歩いた先の、洞窟最奥の大広間に辿り着いた。

大広間には、まるで外にいるかのような明るく白い光が降り注ぎ、実に美しい白銀の世界が広がっている。

二人して大広間に足を踏み入れた瞬間、鈴の音を転がすかのような愛らしい声が響いた。

『ラウル!』

それは氷の洞窟の主、氷の女王の歓喜の声だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『ラウル、よく来たの!』

氷の女王はラウルの姿を見ると、玉座から飛び降りてラウルに向かって駆け出す。

そのまま一直線に走り、ボフッ!という音が聞こえてきそうなくらいに勢いよくラウルの胸に飛び込んだ。

ラウルの首っ玉に両腕を回して、嬉しそうに抱きつく氷の女王。氷という属性に反して、実に情熱的である。

「氷の女王、久しぶり。といっても、前回ここに来たのが二十日くらい前のことだから、そんなに久しぶりでもないんだがな」

『何を言うか! 其方(そなた) なら毎日ここに居てくれても良いのだぞ!なのに、二十日も離れて……我はとても寂しかったのだぞ!』

「そうか、それはすまなかった」

ラウルの軽い挨拶に対し、氷の女王は飛び込んだ胸元から顔を上げてラウルの見上げる氷の女王。

とても寂しかった!と訴えるその顔は、頬をぷくー、と膨らませている。

不満であることを如実に表している氷の女王に、ラウルは苦笑いしながら困ったように釈明している。

「でも、俺もここにずっと住める訳じゃないからな……たまに顔を出す程度で許してくれると嬉しいんだが」

『うむ、それも分かっておる……其方を困らせたい訳ではないのだ』

「分かってくれてるならいいんだ」

ラウルは氷の女王を宥めるように、彼女の頭をそっと撫でる。

氷の女王はこの洞窟の中で、ずっと一人で過ごしている。そんな孤独な彼女が寂しいと訴えるのも、当然のことである。

日々孤独に過ごす女王の寂しさに寄り添うラウルは、今日も紳士である。

しかし、ライトにしてみたら疎外感が半端ない。

目のやり場に困る、という程ではないが、二人にずっとイチャコラされ続けても非常に困る。

もっとも、氷の女王はともかくラウルはイチャコラしているつもりは微塵もないのだが。

氷の女王様、ホンットにラウルのことが好き過ぎるよね……でもまぁね、ラウルって女子供にはすっごく優しいからレオ兄以上にモテるし。

そりゃあね、ツェリザークの雪を守るために邪龍の残穢を一撃で撃破する姿を見たらね、氷の女王様だって惚れちゃうよねー。

ライトはそんなことを考えながら、コホン、と軽く咳払いをする。

その咳払いで、ようやく氷の女王はライトの存在に気づいた。

『ぉ、ぉぉ、ライト、だったか? 其方もよう来たの』

「氷の女王様、こんにちは!今日はぼくもラウルといっしょに、氷の洞窟の氷をいただきに来ました!」

『そうか、我は其方のことも歓迎するぞ。其方らは、我の姉妹達のために働いてくれているのだからな』

「ありがとうございます!」

ライトの存在に気づくのが遅れて気まずいのか、少しだけバツが悪そうに言い繕う氷の女王。

だが、ライトを歓迎するというのは彼女の嘘偽らざる本音である。

氷の女王の姉妹である、他の属性の女王達。彼女達の安否を確認すべく、ライトとレオニスは世界各地にいる属性の女王達のもとをわざわざ訪ね歩いているのだから。

その働きに対し、女王達は皆ライト達に感謝していた。

『ささ、こんな入口で立ち話を続けるのも何だ、もっと奥に来ておくれ』

「はい!」

「おう、お邪魔しよう」

氷の女王に手を引かれ、ライトとラウルは大広間の奥へと移動していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ここでもお茶会をすべく、いそいそと準備を進めるライトとラウル。

ラウルがテーブルと椅子を出し、ライトはお茶菓子をテーブルの上に出していく。

テーブルも椅子も木製なので凍りつくことはないが、それでも氷に囲まれた大広間でのお茶会は身体が芯まで冷えそうだ。

心ばかりの防寒策として、ライトとラウルが座る椅子には柔らかいクッションを敷くなどしている。

今日のお茶会のラインナップは、ライトにはバニラクッキーと温かい紅茶、ラウルにはマドレーヌとホット珈琲、氷の女王にはアップルパイとアイスクリームである。

温かい紅茶とホット珈琲は間を置かずに冷えてしまいそうだが、出してすぐなら適温のうちに飲めるだろう。

温かい飲み物が冷めないうちに、お茶会を始めるべくライトが手を合わせる。

「「いっただっきまーす!」」

『いっただっき、まぁーす?』

ライトとラウルの仕草を真似る氷の女王。

小首を傾げながらいただきますを言う彼女は何とも愛らしい。

そして、生まれて初めて食べるスイーツの美味しさに、氷の女王は目を大きく見開いていく。

『これは、何という素晴らしきものか……得も言われぬ、心躍る極上の味わいぞ!』

「これは全部ラウルが作ったんですよー」

『何と……ラウル、其方は天才か? 才能の塊なのか?』

「お褒めに与り光栄だ」

ラウル特製の珠玉のスイーツに、氷の女王がその頬をますます白くして歓喜している。

しかもそのスイーツは、ラウルが作ったものだとライトから聞かされたら、さぁ大変だ。

ただでさえラウルのことが大好きな氷の女王、ラウルのことを『天才!』『才能の塊!』と称賛して憚らない。

しかし、氷の女王がラウルのスイーツを大絶賛するのも当然だ。

この氷の洞窟には、氷の源である水以外の味覚など存在しようはずもないのだから。

生まれて初めて味わう極上スイーツに、氷の女王の顔も自然と緩む。

最初の頃の、警戒心剥き出しで敵意に満ちた表情はどこへ消えたのやら。

こんなにも警戒を解いて無防備なのは、きっとラウルの存在が大きいのだろう。

長く続いた人嫌いはそうそう治らないだろうが、それでもこうして心を開いてくれたことにライトは内心で喜んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうしてお茶会をしながら、様々な話に花を咲かせる三人。

特に氷の女王は、ライト達の話に目を輝かせながら聞き入っている。

氷の女王にとって、ライトやラウルが語る外の世界の話は未知のものばかりで興味は尽きないようだ。

『外の世界の話は、時々フェネりんから聞いていたが……ライトやラウルの話を聞いていたら、ますます興味が湧いてきた』

「「フェネりん……」」

『ああ、そういえば其方達もフェネりんのことを知っているのだよな? フェネりんは、人族に似つかわしくない強大な魔力持ちで……なのに、我に対して驕るでもなく、媚びへつらうでもなく、極々普通に接してくれた……そう、今の其方達のようにな』

氷の女王が、彼女の唯一の人族の友だったフェネセンのことに触れる。

しかもその呼び方が『フェネりん』ということに、ライトとラウルはしばし絶句する。

彼女はフェネセンの本名がフェネセンだということは知っているようだが、それでもやはりここでも独自の愛称があるようだ。

『つい先日フェネりんがここに来て、我の安否を確認していったことがあってな。その時に、珍しくフェネりんが人族の街での話をしていたのだ』

「フェネぴょんは、どんな話をしていたんですか?」

『吾輩に、新しい友達ができたんだ!ライトきゅんっていってね、とっても賢くて可愛らしい男の子なんだよ!と……それは嬉しそうに話しておった』

そこまで話した氷の女王が、はたと気づいてライトの顔を見た。

『……そうか。フェネりんがあの時言っていた『ライトきゅん』というのは、其方のことだったのだな』

「多分というか、間違いなくそうです……フェネぴょんは、ぼくのことを『ライトきゅん』と呼んでいるので」

『ライトきゅん、か……フェネりんらしいの』

「ええ、実にフェネぴょんらしいですよね」

『フフフ……』

「ぷくくくく……」

唯一の友フェネセンが、かつて嬉しそうに語っていた『ライトきゅん』という新しい人族の友。それが目の前にいるライトのことだったことを、氷の女王は今ようやく気づいたのだ。

そして『ライトきゅん』『フェネりん』『フェネぴょん』、そのどれもがあまりにも独特で特徴的過ぎるフェネセン独自の愛称に、どちらからともなく笑いが溢れる。

「ちなみにラウルのことは『ラウルっち師匠』と呼んでるんですよwww」

『ラウルっち師匠? フェネりんはラウルに何を師事しているのだ?』

「料理を習っているんです。ラウルは料理の達人なので」

『おお、そうなのか!確かにラウルが作るこのスイーツ?とやらは、とても美味だものな!』

「度重なるお褒めの言葉、誠に光栄だ。だがあの馬鹿弟子は、料理を作るよりも食うことの方が断然得意なんだよな……」

話の流れで、ラウルの愛称についても話が及ぶ。

フェネセンは、料理を作るラウルの苦労を知るためにラウルに弟子入りした。その関係で、ラウルのことを『ラウルっち師匠』と呼ぶようになった。

しかしラウルの中では、フェネセンは弟子というよりフードバトルの因縁の相手という方が未だに印象として強いようだ。

まぁ、かつて二者が繰り広げた壮絶なフードバトルのことを思えば、それも致し方ないことか。

『我はこの氷の洞窟から出ることはできぬ故、これからも其方達が外の世界のことを話してくれるのを楽しみにしよう』

「……あ、そのことですが。もしかしたら、氷の女王様も少しだけなら洞窟の外に出れるかもしれませんよ?」

『何!? それは 真(まこと) か!?』

「はい。実は、こんなことがありまして―――」

ライトはこれまでに起きた、属性の女王達の行動を話して聞かせていく。

火の女王が炎の女王に会いに行ったこと、水の女王もそれを真似て海の女王に会いに行ったこと、さらには水の女王がウィカに勝手についていって天空島まで出かけたこと等々。

その話を聞いていた氷の女王の顔は、どんどん驚愕に染まっていく。

「水の女王様は、氷の女王ちゃんにも会いたい!と言っていました。水の女王様と氷の女王様とでは、いろいろと違うところがあるかもしれませんが……それでも、水の女王様だって少しの時間なら目覚めの湖の外に出かけることができましたし。氷の女王様も、何かいい方法があるかもしれません」

『前に其方達とともにここに来たレオニス?という者から、水の姉様が我に会いたい、と言っていたというのは聞いていたが……もしかして本当に、水の姉様は我に会いたいと思ってくださっておられる、のか……?』

「はい。水の女王様は、同じ水属性である海の女王様と氷の女王様に特に会いたいようです」

『我も……もし会えるものなら……水の姉様にお会いしたい……』

ライトの言葉に、氷の女王の瞳がみるみるうちに潤んでいく。

確かに前回ライト達がここに来た時に、レオニスが氷の女王に水の女王の気持ちを伝えてはいた。だがそれは、氷の女王にとって俄には信じ難いことだった。

何故ならば、属性の女王は己の居場所である洞窟や神殿から出ることなどできない、と思っていたからだ。

だが、今のライトの話を聞いたら、水の女王が湖の外に出かけたというではないか。これは、水の女王が氷の女王に会いに来ることが本当に可能なことなのだ、ということを示していた。

これまでずっと、氷の洞窟の中で一人過ごしてきた氷の女王。洞窟探検という名目で侵略してくる人族以外、他者と相まみえることなど全くなかった。

他者の領域を侵略してくる人族のことなどどうでもいいが、同じ属性の女王である姉妹がもし本当に自分に会いに来てくれるのなら―――これは氷の女王にとって、間違いなく望外の喜びだった。

『ライト、どうすれば水の姉様に会える? 我も是非とも水の姉様にお会いしたい。我にできることなら何でもしよう』

「そうですね、まだはっきりとしたことは言えませんが……氷の女王様が目覚めの湖に出向くよりは、水の女王様にツェリザークに来てもらった方がいいと思います」

『そうなのか?』

「はい。氷の女王様よりは、まだ水の女王様の方が気温や水温の変化に柔軟に対応できるでしょうし」

『そうだな……我が水の姉様のいる湖に出向いて、その湖を凍らせてしまうようなことになってはマズいだろうし……』

水の女王に会いたいと願う氷の女王の真剣な眼差しに、ライトも真摯に考えて答えている。

水の女王と氷の女王、二人が会うにはどちらかが相手の拠点に出向かなければならない。どちらが動くのが良いか考えると、氷の状態を維持しなければならない氷の女王が他の地域に動くよりも、水の女王が水の状態を維持する方がはるかに楽そうだ。

そしてしばらくあれこれと考えていたライト、何かを思いついたようだ。

「この洞窟の近くに、黄泉路の池という水場があります。そこは冬でも凍らない池なので、その池に水の女王様を連れてくれば氷の女王様と会えると思います!」

『本当か!? 本当に水の姉様が来られる池があるのか!?』

「はい。ぼくや水の女王様の友達で、ウィカという水の精霊がいまして。ウィカは黄泉路の池に来たことがあるので、水を介して瞬間移動できるんです。そのウィカに、水の女王様を黄泉路の池に連れてきてもらうんです」

ライトの提案に、氷の女王の顔はますます期待に満ちていく。

氷の女王はライトの顔の真ん前まで迫り、興奮気味に尋ねる。

『それはいつできる!? 明日!? それとも明後日!?』

「ぃゃ、さすがに明日明後日はまだ無理かと……洞窟の外はまだ雪も降っていませんし」

『そ、そうか……そういえば、洞窟の外はまだ雪がない季節だったな……』

「はい。ですので、少なくとも洞窟の外が雪一面になるまで待った方がいいかと」

顔面10cm前まで迫る氷の女王に、ライトは仰け反り気味になりながらも答える。

確かに洞窟の外はまだ秋で、初雪すら降っていない。

地面に土が見えるうちは、氷の女王が洞窟外に出るのは無謀というものである。

そのことは氷の女王にもすぐに理解できたようで、ライトに迫った勢いがみるみる萎んでいった。

萎れる氷の女王を可哀想に思ったのか、ライトが励ますように言葉をかける。

「でも、外の世界も冬はもうすぐそこに来てますよ!あと一ヶ月……三十日もすれば雪も降り始めますし!」

『……三十日待てば、水の姉様にお会いできるのか?』

「外の雪の様子を見て、またぼく達がお知らせしに来ます!」

『そうか……三十日、か……それくらいの日数なら、我にとってはほんの僅かよな』

ライトの励ましが効いたのか、一度は落ち込んだ氷の女王の表情が再び明るくなっていく。

永い時を生きる女王達にとって、一ヶ月など些事にも等しい。

一ヶ月待てば、水の女王に会える。それは氷の女王にとって、暗闇の中に射した一条の光にも等しかった。

氷の女王が手を伸ばし、ライトの手をそっと握る。

『ライト、ラウル、我に新たな希望を与えてくれてありがとう』

「そ、そんな!氷の女王様にそんなこといってもらえるなんて、とんでもない!」

『それでも礼を言わせてくれ。水の姉様に会えるなんて、思いもしなかった』

「お礼はまだですよ、本当に水の女王様とお会いできてからお願いします!」

『……そうだな。我もその日が来るのを、首を長くして待っていよう』

ライトは氷の女王の手をしっかりと握りしめる。

本来なら凍傷を起こしてしまうところなのだが、氷の女王の加護を得たライトの身体にはもはや凍傷は絶対に起こらない。

ひんやりとした冷たい手を握る程度の感覚があるだけだ。

ライトが敬愛して止まない氷の女王。

その彼女のために、ライトが一肌脱ぐ約束を交わした瞬間だった。