軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第828話 極上の氷

氷の女王との楽しいひと時を過ごしたライトとラウル。

そろそろ本来の目的である氷の採掘を始めたいところだ。

ここら辺は基本空気を読まないラウル、さらりと口火を切る。

「さて、ではそろそろ氷の採掘をしないとな」

「そうだね、あまり帰りが遅くなると次の予定がこなせなくなっちゃうもんね」

『何だ、其方達……もう帰ってしまうのか?』

そろそろ退出するというライトとラウルに、氷の女王が寂しそうに問いかける。

久しぶりにできた友人との楽しいひと時が終わってしまうのが名残惜しいのだろう。

そんな氷の女王に、ラウルが申し訳なさそうに話しかける。

「すまんな、今日は氷の洞窟の氷をもらいに来たんだ。まずはここの主である氷の女王にも挨拶できたし、いっしょに楽しくお茶も飲めた。後は洞窟の入口付近で氷を採掘するだけなんだ」

『……氷が欲しいのなら、何も入口付近で採るなどと言わず、ここで採ればいいではないか』

「そんなことしていいのか? ここは氷の女王が常に住まう玉座の間だろう?」

『構わぬ。ここの主である我がいいと言っているのだ、何も問題はなかろう?』

氷の女王の思わぬ提案に、ラウルもライトもびっくりしている。

この大広間は氷の女王が御座す場所。人間世界に例えるなら、王のいる謁見の間のようなものだ。

そんな玉座の間の氷の壁を削り取るなど、不敬以外の何物でもない。

だが、その玉座に座る当の本人、氷の女王自らがそうしていいと言っているのだ。本人が言う通り、何の問題もないだろう。

「そうか、そしたらお言葉に甘えさせてもらうとしよう」

「そうだね、氷の女王様がいいって言ってるんだもんね!」

『そうだとも。そしたら我も、其方達の作業を見ていても良いか?』

「もちろんです!」

「ああ、果たして見ていて面白いもんかどうか分からんが、好きなだけ見ててくれ」

テーブルも椅子も仕舞わず、置いたままで席を立つライトとラウル。

暗黒の洞窟同様、このテーブルセットも氷の女王用に進呈することにしたのだ。

大広間の入口付近の壁に移動したラウル。空間魔法陣を開き、ウォーハンマーを取り出す。

先日このウォーハンマーを用いて、氷の洞窟の入口の氷を散々切り出したラウル。採掘作業もお手の物である。

まずラウルはウォーハンマーを軽くひと振りし、玉座の間の壁の氷を砕く。

そして地面に落ちた小さな氷の欠片を手に取り、じっと眺めている。

その氷を徐に己の口に放り込んだラウル。口の中で味わうように転がし、舐めて融けた水をコクン、と飲み込んだ後呟いた。

「……うん、やっぱり思った通りだ」

「ラウル、どうしたの? この氷に何かあるの?」

「ああ。氷の女王が常にいる場所だけあって、今までのどの雪や氷よりも強くて良質な魔力がたっぷりと含まれている。ほれ、ライトも一口食ってみな」

ラウルの仕草に疑問を感じたライトの問いかけに、ラウルがはっきりとした口調で答える。

先日洞窟の入口付近で採取した氷も、これまでになく高い魔力を含んでいた。

だが今この玉座の間で採取した氷は、先日の氷でさえも薄く感じる程に濃密な魔力が含まれているらしい。

ラウルに促され、あーん、と口を開けるライト。その中にラウルが一欠片の氷をポイ、と入れた。

「……ッ!!ホントだ!すっごく甘くて濃い魔力があるのが分かる!」

「だろ? ただ、ここまで濃いと普通の人間にはちとキツいかもしれん。飲み水や料理に使う時には薄めた方がいいだろうな」

「だねー。でもぼくやラウル、レオ兄ちゃんやツィちゃん達神樹の皆なんかには、このままでも大丈夫だろうね」

「ああ、特に神樹族は大喜びしそうだな」

ラウルがくれた氷の味の濃さに、ライトは目を丸くして驚愕する。

いや、味そのものは他の普通の氷や水と同じく無味無臭だ。だが、ライトやラウルは高魔力保持者なので、魔力の有無や濃淡といったものを感覚として感じ取れるのだ。

しかし、何事にも限度や適度というものがある。

高魔力保持者のライトやラウル、神樹達なんかには美味なる氷でも、魔力が普通レベルの者にはこの氷の高魔力は逆に有害になる可能性がある。

それは、身の丈に合わない大量の魔力に中てられることで、頭痛や腹痛など体調を崩したりするかもしれない、ということだ。

植物の肥料だって濃ければいいというものではないし、栄養価だってたくさん摂ればより健康になる訳でもない。

何事も、適切な用法用量を用いなければならないのである。

そしてこれは、ライトが後日自室で様々な検証をして分かったことなのだが、玉座の間で採取した氷には本当にMP回復効果があることが判明した。

その量は、エーテル瓶一本分の融水でMP1500。これは、アークエーテル以上セラフィックエーテル以下の回復値だ。

しかも、セラフィックエーテルのMP回復量が1600であることを考えると、玉座の間の氷はセラフィックエーテルとほぼ同等ということになる。

これは世紀の大発見というか、MPお化けのライトにとっては画期的かつ有用なアイテムだ。

回復剤ひと瓶は、今のライトは十口で飲み切る量だ。MP1500を十回に分けて飲むと、一口あたりのMP回復量は150。

これは最下級のエーテル三本分、その上のハイエーテル一本の二分の一に相当する。

氷の洞窟の玉座の間の融水を一口飲むだけで、ハイエーテルの二分の一と同じ量のMPが回復する―――これはライトにとって実にありがたいことだった。

「よし、そしたらツィちゃん達のためにたくさん氷をいただいていくか」

『ラウルよ……その『ツィちゃん』というのは、誰なのだ? もしかして、ラウルの伴侶……とかなのか?』

「ン? ……ああ、氷の女王はツィちゃんのことは知らないよな。ツィちゃんってのは、カタポレンの森にいる神樹のことで―――」

ラウルが言う『ツィちゃん』という、女性っぽい名前?に、氷の女王が反応する。

あからさまにヤキモチを妬いているようには見えないが、内心では気が気でないのだろう。

もちろんラウルがそんな繊細や乙女心に気づくはずもない。ラウルは親友である神樹ユグドラツィのことを氷の女王に語って聞かせる。

ユグドラツィはカタポレンの森にある神樹の名であること、神樹は世界に六本しかない超貴重な種族であること。

五年後には千歳になろうかという超長寿であること、それでも神樹の中では下から二番目の若さであること。

そして、そんなにも長生きしている神樹なのに、自分のことを『ツィちゃん』と呼んでもらいたいお茶目な性格であること、等々。

そしてそのユグドラツィが、先日何者かに襲われて瀕死の重症を負ったこと。その治療のために、昨冬に採取したツェリザークの雪を全部ユグドラツィに与えたこと。

そのおかげで意識がなかったユグドラツィは目を覚まし、見事復活を遂げたことなども、ラウルは氷の女王に聞かせていった。

ラウルの話を静かに聞いていた氷の女王。

特にユグドラツィが瀕死の 件(くだり) では、息を呑むようにしてハラハラしながら聞き入っていたようだ。

そうして一通り語り終えたラウルの言葉が途絶えた時、氷の女王は静かな声で呟いた。

『神樹、か……我もこの洞窟から動けぬ身ではあるが、それでも樹木ほどではない。生ある限り、ずっとその地に縛られ続け、一歩も動けぬというのは……さぞかし歯痒いことであろうのぅ』

「きっとそうだろうな。だから、そんなツィちゃんのために少しでも美味しい水を届けてあげたいんだ」

『その美味しい水というのが、この氷の洞窟の氷であり、冬には外に限りなく降リ積もる雪だという訳なのだな?』

「そうだ。そしてここの美味しい水は、ツィちゃんだけじゃない。俺が作る料理にももはや欠かせない、最も大事なものなんだ」

『そうか……』

ラウルの言葉を聞いた氷の女王が、静かに微笑む。

ラウルが必要としている氷雪、それは氷の女王の魔力をふんだんに含むツェリザーク、引いては氷の洞窟ならではのものだ。

そしてそれは、氷の洞窟の主である氷の女王なくしては決して生まれない。それをラウルが欲して止まないということは、氷の女王にとっては自分を求めてくれているも同然だった。

自分が好いた者にこれ程熱烈な賛辞を送られて、嬉しくならない訳がない。

好きだの愛しているだのの直接的な言葉でこそないが、彼女が愛するラウルに好意を向けられていることに変わりはない。

氷の女王は、自分の魔力がラウルの役に立っていることが本当に嬉しかった。

『先程其方が作ったという、スイーツ?なるものを食したが……あれは本当に美味なるものだった。其方が美味なるものを作るために、我の生み出す氷や雪が役に立つならば、これ程嬉しいことはない』

「ああ。ツェリザークの雪や氷の洞窟の氷には、俺だけじゃなく皆本当に助けられている。いつもありがとう」

『ならば、今から我が直接氷を生み出してしんぜる故、容れ物を出すがよい』

「容れ物? これでいいか?」

氷の女王の要請に、ラウルが空間魔法陣を開く。

その空間魔法陣に向けて、氷の女王が手を翳して直接魔力を放出し始めた。

氷の女王の手のひらからは槍のような氷の矢が無数に生み出され、その全てがラウルの空間魔法陣に収納されていく。

その氷の槍は、おそらくは外敵を蹴散らすための攻撃魔法なのだろう。その氷の槍を、直接ラウルに譲渡するために空間魔法陣に放っているのだ。

ものすごい勢いで生み出される氷の女王の氷の槍を、これまたものすごい勢いで吸い込んでいくラウルの空間魔法陣。

その勢いは周囲に猛烈な風を起こすが、氷の女王の手とラウルの空間魔法陣は至近距離にあるため、立っていられないほどの暴風には至らない。それでも氷の女王の美しい髪はバサバサと靡き、ライトもラウルも両腕で顔を覆わなければ目を開けていられない。

もしこの氷の槍を攻撃として受けたら、絶対にただでは済まないであろう。それくらいに強力な攻撃魔法だった。

そうして二分か三分くらい経過しただろうか。

氷の女王は手を休め、氷の槍を生み出していた攻撃魔法を止めた。

それに伴い猛烈な風も止んで、周囲に静寂が戻った。

その静寂を、氷の女王の愛らしい声が破く。

『……これくらい氷があれば良いか?』

「あ、ああ……こんなにたくさんもらえるとは思っていなかった。氷の女王、ありがとう」

「すごい魔法だったね……ラウル、氷の女王様から直々にたくさんの氷をもらえて良かったね!」

「ああ、おかげで今よりもっともっと美味しい料理が作れそうだ」

氷の女王自らが生み出した氷をたくさんもらえて、大喜びするライトとラウル。

玉座の間の壁の氷にも魔力がたくさん含まれていたが、女王が作り出した氷の槍はきっとそれ以上に高い魔力を含んでいるに違いない。

この氷の洞窟の中で、最も貴重ともいえる氷の大量収穫に二人が大喜びするのも当然である。

主目的である氷の採取を、思わぬ形で実現させてもらったライトとラウル。

人里の街(ツェリザーク) に帰還するため、三人は大広間の入口に向かって移動していく。

『ラウル、我の氷が欲しければいつでも訪ねてくるが良い。大怪我を負ったという神樹のツィちゃんにも、たくさんあげてやってほしい』

「もちろんだ。ツィちゃんもきっと喜んでくれるだろう」

『そしてライト……我と水の姉様を引き合わせてくれる日を、心より待っておるぞ』

「はい!水の女王様とも打ち合わせしておきますね!」

大広間の入口に佇む氷の女王に見送られながら、ライトとラウルは氷の洞窟の玉座の間を後にした。