作品タイトル不明
第640話 突然の訪問者
ドライアド達とともに、天空島の森の中に入っていくライトとラウル。
しばらく行くと、開けた場所にある泉に到着した。
澄んだ水が湧き出ている泉を見たライトが、思わず感嘆の声を洩らす。
「うわぁ、とっても綺麗な泉だね……ここがドライアドの里なの?」
『そうよ!私達ドライアドは皆いつもこの泉の周辺にいるの』
『そして島にある全ての木に、水を与えているのよ』
泉に近づき、水面を覗き込むライト。空の色が映り込んでいるのか、とても綺麗な青色の泉だ。
森に囲まれた清らかな泉―――天空樹のお膝元にあるに相応しい美景である。
「じゃあ、早速ウィカを呼ぶね!」
「ウィカ、おいでー!」
ライトは水面に向かい、ウィカの名を呼ぶ。
すると、いつものように小さな気泡が一つ二つ、ポコポコ、と浮かんだ後にウィカがその姿を現した。
「うなぁーん♪」
「いらっしゃい、ウィカ!……って……え?」
ライトの呼びかけに応じて現れたウィカを、早速抱っこしようと迎えたライトの身体がピタリ、と止まる。
何故ならば、ウィカの後ろに思いがけない人物?がいたからだ。
「……み、水の女王、様?」
ウィカの後ろから、ヒョイ、と出てきた、ここにいること自体があり得ない人物。それは、誰あろう水の女王であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全く想定外の人物の登場に、ライトもラウルも茫然自失となりしばし固まる。
いつものようにウィカを呼んだと思ったら、何と水の女王までくっついてきたのだ、ライト達の度肝が抜かれまくって当然である。
ンギギギギ……と軋んだようにライトの手がゆっくりと上がり、ぎこちなく小刻みに震える指で水の女王を差しながらウィカに問う。
「ウィ、ウィカ?……そ、それ、一体、どゆこと……?」
「うなぁーん?……ぅに"ぇッ!?」
それまで普通に糸目笑顔だったウィカ。
呆気にとられた顔のライトが指差したので、一体何事かと己の後ろを振り返ると、何と水の女王がいるではないか。
ウィカはそのことに全く気づいていなかったようで、水の女王の顔を見るなりびっくりしている。
目をぱちくりさせながら、水の女王を凝視するウィカ。いつもの糸目笑顔など、どこかに吹っ飛んでしまったかのようだ。
『えへへ……来ちゃった☆』
「うにゃうにゃ、うななにゃ!?」
『えーっとね? 今さっき、ウィカちーがライトに呼ばれたでしょ? ウィカちーが消える瞬間にね? 何となぁーく、ウィカちーのぉー、尻尾にぃー、軽ぅーく、ね? 触ってみたの。そしたら……ついて来れちゃった☆』
「にゃごにゃご、にゃにゃーにゃ!」
『大丈夫大丈夫!ウィカちーだって、ライトがカタポレンの森に帰るために呼ばれたんでしょ? だったら私もすぐに湖に帰れるんだから、ちょっとくらい留守にしたって大丈夫だって!』
慌てて水の女王を問い詰めるウィカに、水の女王はどこ吹く風でにこやかな笑顔のまま答える。
水の女王の話によると、どうやらライトがウィカを呼んだ時そのすぐ横に水の女王がいたらしい。
それまでいっしょに遊んでいたウィカがふと止まり、両耳をピクピクと動かしながら上を見上げる。これはウィカがライトに呼ばれたことを察知する時の仕草だそうだ。
それを見た水の女王が、咄嗟にウィカの尻尾に触れたのだという。
その行動は、本当に何気なくしたことだったらしい。だが、その心の奥底にはきっと『移動する瞬間のウィカちーに触っていれば、もしかしていっしょに行けちゃう、かも?』という、淡い期待があったのだろう。
水の女王が抱いた淡い期待は、見事に的中し成功した、という訳である。
身振り手振りを交えて、それこそ大慌てで水の女王を詰問していたウィカ。水の女王が全く堪えないどころか、終始にこやかな笑顔でいることにがっくりと項垂れた。
これはもう何を言っても無駄だ、と悟ったのだろうか。
『と、とにかく、半日くらいなら外に出ても大丈夫よ!』
「それは、目覚めの湖の中にいる場合の話、では……?」
『だってほら、今も特に何ともないもの!』
「というか、目覚めの湖を留守にして大丈夫なんですか……?」
『大丈夫大丈夫!あっちにはイーちゃんがいるし、何より水神のアクア様がおられるもの!』
項垂れたウィカの代わりにライトが問うも、少しくらい私がいなくたって全然平気よへーき!とばかりに、懸命に言い募る水の女王。
属性の女王が絶対にいなければならない場所を、自ら抜け出して外に出るなんて見たことも聞いたこともない。正真正銘前代未聞である。
だが、外の世界に出てみたい!と思う彼女の気持ちもよく分かるライト。
それまでずっと何十年、何百年と目覚めの湖の水底に縛りつけられていた水の女王。ライト達と出会ったことにより、湖の小島までなら出ることができるようになった。
それは歴代の水の女王の中で、誰一人として成しえなかったことだ。
水の上の景色を見ることができる、それだけでもかなりの進歩といえる。だがやはり、それだけでは次第に物足りなくなってくるのも時間の問題だった。
長い間、ずっと孤独に耐えてきた水の女王。彼女の環境や気持ちを思うと、今ここですぐに帰れ!というのも酷なことに思えたライト。
はぁ、と小さなため息をつきつつ、水の女王に向かって話しかけた。
「水の女王様、絶対に無理はしない、と約束できますか?」
『もちろんよ!』
「もし万が一、気分が悪いとか具合が悪いとか感じたら、すぐにぼく達に伝えてくださいね?」
『うん!絶対に約束するわ!』
「ウィカ、おいで」
項垂れて萎れたウィカを呼び寄せて、その胸に抱っこするライト。
ウィカの頭そっと撫でながら、優しく語りかける。
「水の女王様がここについてきてしまったのは、ウィカのせいじゃないよ」
「……うなぁん……」
「水の女王様も、たまには目覚めの湖の外を見たいんだよ」
「にゃごにゃご……」
「ぼく達ももうすぐ帰るから大丈夫。向こうにレオ兄ちゃんもいるから、水の女王様といっしょに行こう」
「……うにゃッ」
ライトに優しく諭されて、俯いていたウィカも次第に頭を上げる。何とか気を取り直したようだ。
すると水の女王がウィカに近寄り、その背中にそっと触れながら謝る。
『ウィカちー、貴方の許しを得ずに勝手についてきてしまって……本当にごめんなさい』
「うにゃぁ……」
『……許してくれるの?』
「にゃうッ」
『ありがとう、ウィカちー!ウィカちー、大好きよ!』
素直に謝る水の女王に、ウィカも許したようだ。やはりウィカも水の女王の気持ちが痛いほど分かるのだろう。
仲良しのウィカと和解できて、破顔しながらウィカに抱きつく水の女王。ウィカは『しかたないにゃあ』といった顔で、その長く靭やかな尻尾で水の女王の背中をポン、ポン、と軽く叩く。
そんな二者の仲睦まじい様子を、ライトとラウルも苦笑いしつつ温かな目で見守っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウィカと水の女王が和解できたところで、ライトは改めて泉を見渡し全体像を眺める。
その大きさはライトが思っていたよりも結構大きくて、ライトは内心で『前世の学校プールくらいはありそうだなー』などと考えている。
これだけ大きな水場ならば、白銀の君でも通行できそうだ。
いつもレオニスが往復で使う、シュマルリ山脈のラグスの泉。あれも白銀の君二体くらいは入れる大きさがある。
今朝ライトが初めて見たラグスの泉と、ここにある天空島の泉を比較すると、だいたい同じくらいの大きさだった。
「ねぇ、ラウル。この泉の大きさなら、白銀さんも通れるかな?」
「ンー……多分通れるんじゃないか?」
「じゃあ早速レオ兄ちゃん達のところに戻って、話をしてみようか!」
「おう、そうしよう」
サクッとラウルとの相談もまとまり、ライトはウィカと水の女王に元気よく話しかける。
「ウィカ、水の女王様、今から天空樹のもとに行きますよ!」
『え? テンクウ、ジュ?』
「そう、天空樹ユグドラエル。そこにレオ兄ちゃんと竜の女王が待ってますので」
『え、ちょ、待って待って? テンクウジュとか竜の女王って、一体何のこと? ……って、そういえばここ、どこ???』
ただ単にウィカにくっついてきた水の女王には、ここがどこだか全く分かっていなかった。
今更ながらキョロキョロと辺りを見回す水の女王に、ライトがその疑問の答えを教える。
「ここはですね、天空諸島です。天空諸島とは、その名の通り空に浮いている島々のことです。ここはその中の一つで、天空樹ユグドラエルがいる島ですよ」
『……天空諸島!? ……天空樹!?』
ようやく事態が飲み込めてきた水の女王。ただでさえ水縹色の全身青い身体なのに、いつも以上に青褪めたような顔になる。
ここが天空に浮く島々で、しかも原始の神樹ユグドラエルがいる場所だと聞かされた水の女王。あまりにも予想外過ぎて、今度は水の女王が茫然自失で固まる番である。
『あばばばば……そそそそんなとんでもないところに来ちゃったの?』
「はい、そうです。なので、せっかくここまで来たんですから、水の女王様もユグドラエルさんや竜の女王様に会っていきましょう!」
『ちょちょちょ、ちょっと!ホントに待って!私、そんなつもりでついて来た訳じゃ……』
ほんのちょっとした出来心で、ウィカについてきて飛び出した水の女王。一番最初に目にした目覚めの湖の外の世界は、木々に囲まれた美しい泉だった。
しかし、まさかその初めてのお出かけ?でそんな大それた場に連れていかれることになるとは、夢にも思わなかったのだ。
水の女王は大慌てでウィカに抱きつき懇願する。
『ウィカちー!私が悪かったわ!だから今すぐ私だけ目覚めの湖に帰して!』
「うなぁーん?」
『そ、そんなこと言わないで!ね、ね、ウィカちー、お願ぁーい!』
「うなにゃにゃーん♪」
『ぅぅぅ……』
水の女王が必死に頼み込むも、ウィカは極上の糸目笑顔で顔を横に振る。
ウィカも『せっかくだから、会っていけば?』『僕もついていくから大丈夫!』と言っているようだ。
原始の神樹という超大物に怖気づく水の女王に、ライトとラウルが優しく声をかける。
「水の女王様、大丈夫ですって!神樹族って、本当に優しい樹木ばかりですから!」
「そうだぞ。目覚めの湖の近くにいる神樹のユグドラツィ、ツィちゃんだって本当に優しい木だしな」
『ぅぅぅ……突然お邪魔して、怒ったり嫌な顔されたりしない……?』
半べそをかきながら、ライトに問いかける水の女王。
アポ無しの突然訪問することに、彼女は抵抗感があるようだ。
しかし、アポ無し訪問如きで怯むライトやラウルではない。そんなことで毎回怖気づいていたら、冒険者などやっていられないのである。
「大丈夫!ぼく、今までに三本の神樹と会ったことありますけど、どの神樹も皆優しいですよ? ね、ラウル?」
「ああ。ツィちゃんやシアちゃんが怒ってるところなんて、今まで一度も見たことないな」
『ほ、本当に……?』
「ぼく達もいっしょにいるんだから、大丈夫ですよ!」
「そうだぞ。それにあっちには、水の女王もよく知る大きなご主人様もいるしな」
ライト達の懸命な説得に、水の女王の半べそも止んできた。
スン、スン、と鼻をすすりながら眦に浮かんだ涙を、ウィカが慰めるように舐める。
「うにゃぁ、にゃうにゃう」
『……そうね、ウィカちーも、ライトも、ラウルも、レオニスもいてくれるもんね……』
「にゃごにゃぁーご♪」
『……うん、もう大丈夫!皆についていくわ!』
やっと天空樹のいるところに行く気になった水の女王。バッ!と顔を上げて、両手を握りしめて気合いを入れている。
水の女王の気が変わらないうちに、とばかりに、ライトは水の女王の手を握り引っ張った。
「じゃあ、今すぐ行きましょう!ここからすぐ近くに、皆がいますから!」
『わ、分かったわ!』
「おう、慌てて走って転ぶなよー」
「ラウルも早く行こう!レオ兄ちゃんが首を長くして待ってるよ!」
「はいよー」
「うなぁーん♪」
ユグドラエルのいる方向に向かって、駆け出すライト。水の女王の手を引っ張りつつ走り出したライトに、ラウルが後ろから声をかける。
カタポレンの森で日々走り込みの修行をしているライト、森の中を駆けるのは得意中の得意だけに、転ぶことなどまずあり得ない。
ライトに「ラウルも早く来て!」と催促されたラウル、小さく笑いながら早速彼の肩に乗ってきたウィカとともに木々の間を縫うように飛んでいった。