作品タイトル不明
第607話 白銀の君
竜王樹のもとに向かう、四頭のドラゴンと一人の人間と一体の精霊。
ドラゴン達はのっしのっしと闊歩し、散歩の如くゆっくりのんびり歩いているのだが。如何せん人間とは歩幅が違い過ぎて、レオニスはほぼランニング状態である。
だがそこは、日々カタポレンの森を警邏しているレオニスのこと。この程度の走り込みなど、朝飯前のお茶の子さいさいである。
「ここからどれくらいのところに竜王樹はいるんだ?」
「アノ山ノ、向コウ側ニ、イル」
「そっか、なら昼前には着けるかな」
タッタッタッタッ……と軽快に走りながら、鋼鉄竜と会話するレオニスの後ろで、迅雷竜や獄炎竜が雑談している。
「イヤー、竜王樹ノ旦那ノ、トコロニ、行クノナンテ、久シブリダナー」
「俺モ、カナリ、久シブリダワー。元気ニ、シテルカネ?」
「特ニ、何モ、起キテネェシ、大丈夫ジャネ?」
「マァナー、何カアッタ方ガ、ヤバイシ、怖ェワナ」
「モシ、竜王樹ノ旦那ノ身ニ、何カ、起キテタラ……ココラ辺一帯、全部、壊滅シチマウワ」
何やら若干物騒さが漂うその会話を聞いたレオニス。
横にいた鋼鉄竜に問うた。
「そういやさっき、注意しなきゃならんことが一つだけある、と言っていたが……一体何を注意すればいいんだ?」
「アア、ソレカ。竜王樹ノモトニ、着ク前ニ、オマエニモ、知ッテオイテ、モラワネバナ」
「竜王樹を怒らせるような地雷とかあるのか?」
「ソウデハ、ナイ。怒ラセテハ、ナラナイ、存在ガ、他ニイル」
「他の、存在……?」
レオニスは竜王樹の話を聞きたいというのに、鋼鉄竜は竜王樹とは違うものを恐れているようだ。
「常ニ、竜王樹ノ、横ニイテ、寄リ添ウ者。ソレハ―――」
「『 白銀(シロガネ) ノ 君(キミ) 』ト、呼バレテ、イル」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『白銀の君』―――鋼鉄竜の話によると、それはこの一帯に君臨する、竜の女王だという。
全身が白銀の鱗に覆われた、眩いばかりの美しい煌めきを放つ巨大な竜。女王というからには、雌の竜なのだろう。
その体格は、鋼鉄竜達ですら比べ物にならないほど大きいらしく、彼らの三倍は優に超える大きさらしい。
鋼鉄竜達は中位ドラゴンなので、白銀の君とはそれよりもさらに高位の存在―――つまりは上位種に相当すると思われる。
「竜王樹モ、神樹ト、ナッテカラ、百年クライハ、経ッテイル。性格モ、良クテ、皆ノ尊敬ヲ集メル、偉大ナ、存在デアルノハ、確カダ」
「ダガ、竜王樹ガ、神樹ト、ナリ得タノハ、竜王樹ダケノ、 力(チカラ) デハ、ナイ」
「常ニ、ソノ横ニ、『白銀ノ君』ガイタカラダ、ト、言ワレテイル」
鋼鉄竜の話に、レオニスも大凡のことを察する。
つまり、怒らせてはならないのは竜王樹ではなく、常にその横にいるという『白銀ノ君』と呼ばれる竜の女王の方なのだ。
「なら、その白銀の君を怒らせるようなことをしなけりゃいいってことだな?」
「早イ話ガ、ソウイウコトダ」
「これを言ったら、白銀の君は絶対に怒る!というような話題はあるか?」
「女王モマタ、性格トシテハ、寛大ナ、方デハアルガ……竜王樹ニ、対スル、不遜ナ、態度ダケハ、絶対ニ、許サナイ」
「ぁー……竜王樹とものすごく仲が良いってことなんだな」
竜王樹の方はどう思っているかは分からないが、白銀の君にとっては竜王樹はとても大事な存在らしい。
その関係性が、保護者、家族、親友、恋人、どれに該当するかもまだ全く分からないが、とにかく竜王樹を馬鹿にされると激怒するくらいには近しい間柄なのだろう。
「ま、俺は竜王樹をコケにするようなことは絶対にしないし、むしろ竜王樹と仲良くなりたくてここに来たんだからな。そこら辺は大丈夫だろ」
「本当ニ、本ッ……当ーーーニ、気ヲツケロヨ? ソノ昔、白銀ノ君ニ、言イ寄ルタメニ、竜王樹ヲ、排除シヨウトシタ、大馬鹿ガ、イタガ……」
かつて白銀の君に恋慕した者がいて、竜王樹を排除しようとしたことがあったらしい。
その事例を持ち出しておきながら、何故か言い淀む鋼鉄竜。
口篭る鋼鉄竜に、その事例の結果が気になって仕方がないレオニスが問い質す。
「何だよ、黙り込むなよ。その大馬鹿とやらは、一体どうなったんだ?」
「…………消シ炭ニ、サレタ」
「……消し炭?」
「アア。ソコノ、獄炎ノ、遠縁ノ、獄炎竜ダッタ、ノダガナ」
その愚か者の末路は、何と消し炭になったという。
しかもその愚か者とは獄炎竜で、今レオニスの後ろをのんびりと歩いている獄炎竜の縁戚だというではないか。
獄炎竜といえば、その名が示す通り強力な炎を吐くことで有名な竜族だ。もちろんガッチガチの火属性で、火炎系攻撃など効くはずもない。
だが、その獄炎竜は白銀の君によって消し炭にされてしまったという。一体どれ程の苛烈な炎を浴びたのだろう。
想像するだに恐ろしい話に、レオニスも思わず身震いする。
するとここで、獄炎竜が己の名を呼ばれたかと思ってレオニス達に声をかけてきた。
「ン? 何カ、呼ンダカー?」
「アア、白銀ノ君ヲ、本気デ、怒ラセルト、ドウイウコトニナルカ、トイウコトヲ、コレニ、話シテ、聞カセテイタ」
「アー、アノ色惚ケノ、オッチャンノコト? アレハマァ、消サレテモ、当然ッツカ、シャアナイワ」
「ダヨナー。アレノセイデ、隣ノ、俺ントコマデ、シバラク、火事ガ、消エンカッタモンナー」
「ン……ソノ節ハ、スマンカッタ」
遠縁の同族が迎えた悲惨な末路を、当然の報いだと言い切る獄炎竜。
どうやらその時に起きたことで、獄炎竜の縄張りだけでなく他の地域にも被害を及ぼしたらしい。
「アノ時ハ、氷牙竜ノ、一族ニ、逃ゲル手助ケヲ、シテモラッタカラ、マダ、良カッタガ……」
「アノ劫火ヲ、放置シトイタラ、イズレハ、ウチノ、縄張リマデ、燃エチマウカラナ」
「 獄炎竜(オマエ) ンチ、結局、アスコニハ、モウ住メナクナッテ、皆デ、別ノ山ニ、引ッ越シタヨナ?」
「アア……岩マデ溶ケテ、溶岩ガ、常ニ、湧キ出ス、場所ニ、ナッチマッタカラナ……サスガノ、俺達デモ、モウ住メネェワ」
当時のことを、ため息混じりで語る獄炎竜達。
直接の罪人ならぬ罪竜を出してしまった、獄炎竜一族。その縄張りだけでなく、周辺の近隣地域にも相当の被害を及ぼしたらしい。
これでは獄炎竜が、遠縁の身に起きた悲惨な末路を当然のことと斬り捨てても致し方ない。
ちなみにその事件は、今から約二百年くらい前の出来事だそうだ。その場所は一度陥没して溶岩溜まりとなった後、今は溶岩が固まってゴツゴツの岩だらけの殺伐とした、生き物一つ住めない不毛の地になっているらしい。
何にせよ、白銀の君と呼ばれる竜を本気で怒らせると、天変地異にも等しい大災害が起こるようだ。
これは洒落にならん、会話するにも慎重に言葉を選ばなければ……と、レオニスは内心驚愕する。
そうして一行がシュマルリ山脈を歩いていくこと約一時間半。
竜王樹がいるという山、その向こう側に辿り着いたレオニス達。
レオニスはずっと走りっぱなしだったが、時折エクスポーションを飲みつつ移動していたので、疲れなどは全くない。
むしろ飲み干した後の空き瓶を、ドラゴン達にクレクレとおねだりされて全部食べられてしまったことの方が、お財布的には微ダメージがあるかもしれない。
だが、鋼鉄竜のみならず他のドラゴン達までガラス瓶を「オオ、コレ、結構 美味(ウメ) ェナ」「ダロ?」「次ハ、我ニクレ!」とか言いながら、もっしゃもっしゃと美味しそうに食べる姿は、そこはかとなく愛嬌を感じさせる。
何だかポテチかチョコレートでも食べて喜ぶ子供のようだ。
レオニス達は一旦立ち止まり、山の頂上の方を見上げる。
山裾から上を見ると、頂上手前に何やら一本の木が生えているのが見える。
こんなはるか遠くからでも視認できるということは、それこそが竜王樹ユグドラグスなのだろう。
「……あれが、竜王樹か?」
「ソウダ。ソシテ、ソノ近クニハ、必ズ、白銀ノ君ガ、イル」
「分かった。ちょっと緊張するが、気を引き締めていこう」
「うにゃにゃーん♪」
鋼鉄竜に確認したレオニスは、改めて気合いを入れる。
そのレオニスの右肩で、ウィカがいつものようにのんびりとした様子で合いの手を打つ。
そんなレオニス達の後ろで、ドラゴン達が「オオオ……可愛エエ……」とウィカの仕草に悶えている。
レオニスは意を決したように、再び一歩一歩前に歩きだしていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山裾から山頂に向かい、一歩一歩大地を踏みしめる歩くドラゴン達。
レオニスも駆け足になるが、慌てたり焦ったりして見えることのないように努めて平静を装う。
裾からでも見えた木が、山頂に近づくにつれてどんどん大きくなっていく。ユグドラシアやユグドラツィ同様、まさに神樹と呼ぶに相応しい雄大さを誇るようだ。
だが、竜王樹の前に辿り着くよりだいぶ手前で、鋼鉄竜達の歩がピタリと止まる。
鋼鉄竜達が立ち止まったことに、慌ててレオニスも駆け足を止めてそこに留まる。
そのままずっとその場を動かない鋼鉄竜に、レオニスは不思議そうに尋ねた。
「どうした? 何かあったのか?」
「…………来ル」
レオニスの問いに、たった一言。鋼鉄竜が「来る」と呟いた瞬間。レオニスの背筋に強烈な悪寒が走る。
その悪寒は、圧倒的な強者が放つオーラを捉えた時に起こるもの。
それは即ち、レオニス達の前に強大な何者かが近づいている証拠だった。
レオニスはガバッ!と顔を上げて空を見る。
その数瞬後、太陽とは違う白い光がレオニスの目に飛び込んできた。
白い光が太陽と重なり、あまりにも眩い強烈な光になる。レオニスは咄嗟に目を覆うように額に手を翳す。
そうして天から舞い降りて来たのは、全身が白銀の鱗に覆われた『白銀の君』であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
急降下から一転、ふわりと浮いてからストン、と地面に降り立ち、レオニス達の前に現れた白銀の君。
太陽光を反射して白く煌めく鱗に、靭やかで曲線美溢れる長い尾。背には大小一対づつの、計四枚の皮膜型の翼。
四肢の先にあるその鋭い爪でさえも、優美な輝きをまとう。
それはまるで、天から舞い降りた御使いのような神々しい姿だ。
だがその優美な姿に反して、身体はまるで山のように大きい。中位ドラゴン達が言っていたように、優に彼らの三倍以上の背丈がある。まるで大人と赤子のような体格差だ。
数字にすれば15メートル前後、現代日本の五階建て相当の建物くらいである。
『五階建て』と聞けば大したことはなさそうに思えるが、実際にレオニス達の前に立つ白銀の竜はそれよりもっともっと大きく感じる。それこそ本当に、小高い山が動いているかのように大きく感じる。
それは、この辺りを支配するという上位種ならではのオーラ、強者のカリスマ性から来るものなのか。
圧倒的な強者を前に、他のドラゴン達と同様にレオニスも固まってしまって動けないでいる。
長い睫毛を瞬かせて、レオニス達をはるか高みから見下ろす白銀の君。淡い黄金色の瞳孔が、レオニス達を捉える。
その眼差しは決して冷たいものではなく、どこか優しさも感じさせるものだった。
『獄炎に氷牙、迅雷に鋼鉄……久しぶりですね』
「「「「ハハッ!」」」」
『 其方(そなた) 達が揃ってここに来るなど、珍しいこともあるものですねぇ』
「白銀ノ君、久方ブリニ、ゴザイマス」
「御尊顔ヲ拝スル栄誉、誠ニ恐悦至極」
「幾久シク、麗シキ、我ラガ、女王ヨ」
「イト尊キ、我ラガ、女王ニ、栄光アレ!」
白銀の君の 嫋(たお) やかな声が響く。
声をかけられた四頭のドラゴン達。即座にその場に跪き、口々に白銀の君に挨拶をする。
それまでの砕けた態度など、宇宙の彼方にでも吹っ飛んでしまったかのようなものすごい畏まり方である。
自尊心の高い竜族が、他者に自ら進んで頭を垂れるなど本来ならあり得ないことだ。
だが、今彼らの目前にいる強大な存在の前では、鋼鉄竜達でさえただただ平伏すしかない。
それ程に、白銀の君と呼ばれる存在は全てが大きかった。
その白銀の君が、今度はレオニス達に視線を向ける。
レオニスは中位ドラゴン達のように平伏すこともなく、その場に立ったまま白銀の君をただただ呆然と見上げている。
『ふむ……このような地に、何用で参られたのです?』
「…………」
『ン?……鋼鉄よ、この者は口が利けぬのですか?』
「エ? ィ、ィェ、決シテ、ソノヨウナ、コトハ……コ、コレ、人間!白銀ノ君ノ、御前デアルゾ、ボケット、シテナイデ、何カ、申サヌカ!」
ポカンと口を開けたまま、言葉を発しないレオニスを訝しがった白銀の君が、鋼鉄竜に問いかける。
白銀の君に突如話を振られた鋼鉄竜、慌ててレオニスに声をかける。
鋼鉄竜の必死の声が届いたのか、レオニスはΣハッ!とした顔になり、正気を取り戻す。
「……ぁ、ぃゃ、すまん。白銀の君のあまりの美しさに、つい見惚れてしまった。無礼を許してくれ」
『まぁ、何とも口の上手い人族だこと』
「オ、オマエ……何トイウコトヲ……」
レオニスが慌てて白銀の君に謝罪する。
そのキザったらしく聞こえる言い訳は、レオニスの偽らざる本音だ。そもそもレオニスは、この手の甘い言葉や美辞麗句を心にもなく並べ立てられるほど、口が達者でもなければ不誠実でもない。
本当にレオニスは白銀の君の美しさに見惚れ、しばし我を忘れて見入っていたのだ。
白銀の君もそこら辺の真偽は分かるようで、特に何を咎めるでもなく、フフッ……と小さく微笑むに留まる。
だが、レオニスの横にいる鋼鉄竜達にしたら、たまったものではない。白銀の君に向かって、ナンパか口説き文句のような言葉をさらりと言い放つレオニスを、信じられないものでも見るかのような目つきで眺めている。
「ォィォィ、トンデモネェヤツダナ……」
「命知ラズモ、良イトコダヨナ……」
「俺ダッタラ、絶対ニ、百回ハ、消シ炭ニ、サレテルゼ……」
ゴニョゴニョと小声で呟く中位ドラゴン達を尻目に、レオニスは白銀の君に改めて話しかける。
「俺はレオニス、見ての通り人族だ」
『……で? 人族が何用でここに来たのです?』
「竜王樹に目通りするために罷り越した」
『竜王樹に目通り……ですって?』
白銀の君の長い睫毛が、ピクリと動く。
レオニスの口から『竜王樹』という言葉を聞いた途端に、彼女の瞳に強い警戒心が浮かび上がる。
辺りの空気が一変し、ものすごい重圧がレオニス達にのしかかった。
それはまるで、強力な重力魔法でもかけられたかのような重圧。突然のことに、跪いていたドラゴン達は「……ヒッ!」と小さな悲鳴を漏らす。
ドラゴン達は顔面蒼白になり、ずっとガタガタと身体を震わせている。
レオニスは何とか直立不動で立っていたが、それでもビリビリとした空気にとんでもない重圧を全身に浴びて、背中を伝う冷や汗や鳥肌が止まらない。
全身の毛という毛が総毛立ち、レオニスの脳内で大音量の警戒音が鳴り響く。この場からすぐにでも立ち去りたい本能レベルの衝動を、何とか必死に抑え込んでいる。
如何にレオニスでも、ちょっとでも気を抜いたら膝から崩れ落ちてそのまま失神してしまいそうだった。
警戒心剥き出しの白銀の君が、レオニスを真っ直ぐに見据えなから徐に口を開いた。
『我が君に、一体何の用があるというのです?』