作品タイトル不明
第603話 シュマルリ山脈の道中
アクアに送ってもらった善十郎の滝から、さらに南方を目指して山中を進んでいくレオニスとウィカ。
この近辺には、複数の小型ドラゴンが生息している。火属性のレッドドラゴン、地属性のアースドラゴン、雷属性のサンダードラゴンなどだ。
それらはBCOにももちろん存在していて、倒してもしばらくすればリポップする通常モンスターである。
小型種とは言ってもレオニスよりも大きく、背の高さは3メートルくらいある。
体型は西洋型のドラゴンで、一対の皮膜型の翼を持っている。風貌は全部同じで、ぶっちゃけ色違いのコピペだ。
皮膚の色がそれぞれ違っていて、レッドドラゴンは赤色、アースドラゴンは明るめの焦茶色、サンダードラゴンはくすんだ黄色をしている。
小型ドラゴンは竜種の中でも特に知性が低く、動くものと見れば何でもすぐに攻撃するくらいには考え無しで凶暴だ。
攻撃手段は、単純な物理攻撃の他にそれぞれの属性がついた攻撃を持つ。例えば火属性のレッドドラゴンなら口から火炎を吐いたり、アースドラゴンなら地震や地割れなどを起こす。
ただし、小型種なので威力も然程高くはなく、そこまで脅威ではない。もっともそれは、レオニスのように経験や力のある冒険者や魔術師限定の話なのだが。
今もレオニスに向かって一頭のレッドドラゴンが突進してきていたが、レオニスがブーメランのように放った水属性魔法『水円月輪』で尻尾を斬られて這々の体で逃げ出した。
他のドラゴンも同様で、アースドラゴンの地割れ攻撃は飛んでいれば全く効かないし、サンダードラゴンの電撃攻撃もレオニスには効かない。ロングジャケットに付与されている各種防御魔法の一つに、雷撃吸収があるためだ。
BCOでも上級寄りの雑魚モンスターである下位ドラゴンでは、どう逆立ちしてもレオニスには敵わないのである。
そうして猪突猛進してくる下位ドラゴンを、殺さない程度に蹴散らして追い払っては先に進んでいくレオニス。
レオニスはこの地では余所者だし、侵入者と見做されて当然の立場だ。それに、何よりこれから野良ドラゴンと話し合いに向かうのだ、他者の縄張りに入り込んでおきながら好き放題暴れる訳にはいかない。
よほどの危機的状況でもなければ、ここでの竜種に対する殺戮は控えておくのが吉というものである。
ちなみに切り取ったドラゴンの尾や、鋭い爪で襲いかかってきた際に大剣で跳ね返した爪の欠片はその都度拾って空間魔法陣に収納していく。
そこは腐ってもドラゴン、下位種であってもそれなりの値段がつくものも多いのだ。
「はぁー、ここらで少し休憩するか」
「うにゃっ」
山の傾斜が少しなだらかになったところで、座って一休みできそうな岩を見つけてそこに腰掛けるレオニス。
空間魔法陣からエクスポーションと串焼を一つづつ取り出し、頬張っていく。
ウィカにはもっと小さな焼鳥を一本出して、串から外して与える。レオニスの手のひらの上に乗せられた焼鳥の肉を、ウィカも美味しそうに頬張る。
「さて、善十郎の滝からいくつ山を越えるんだっけか……」
エクスポーションの空き瓶と食べ終えた串焼の串を、空間魔法陣に仕舞いがてら二本目の串焼と地図を取り出す。
膝の上で地図を開いて眺めながら、二本目の串焼をもっしゃもっしゃと食べている。
「ここから山を五つ六つほど越えたあたりに、竜王樹と呼ばれる存在がいるはずだが……二日で辿り着けりゃいいがな」
「うなぁーん?」
「まぁなぁ、ホントは飛んで移動できりゃもう少し楽だし、もっと早くに着けるとは思うんだが。何しろここはもういろんなドラゴンのいる巣窟だからなぁ、何が起きるか分からん場所ではおちおち飛んでもいられん」
「にゃうにゃう?」
「ほれ、今も上空では翼竜の群れが飛んでるし」
レオニスが上空を見上げながら、串焼の串の先端で上を指す。
その先には、群れを成して飛んでいる翼竜の姿が見える。その数二十頭くらいはいるだろうか。
翼竜自体はレオニスの敵ではないが、それでも空は彼らのフィールドである。多数で囲まれたらレオニスはさらに不利になるし、わざわざ目に見える危険地帯に飛び込む必要もない。
「さて、と。そろそろ出発するか」
レオニスは地図を畳んで空間魔法陣に仕舞い、背伸びをしつつ立ち上がった。
ウィカは立ち上がったレオニスの右肩にヒョイ、と飛び乗る。
二人は再び竜王樹のある場所に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスとウィカがシュマルリ山脈を歩いて進んでいくこと丸二日。
レオニスがカタポレンの家を出立してから三日目の朝を迎えていた。
そもそもこのシュマルリ山脈は、人が立ち入るような場所ではない。平野に接している麓ならともかく、奥深い峰々にわざわざ入っていく者などほとんどいない。
故に山道など整った道もあるはずもなく、木々を掻き分け巨大な岩の間を隙間を縫うようにして歩いていく。
道なき道を進んでいくのは、如何にレオニスでもそう簡単ではなかった。
ただし、切り立った崖や深い亀裂などを飛び越えるのはお手の物だ。登山事故にありがちな滑落事故に遭う心配がないのは、飛行可能なレオニスならではの利点である。
ここに来るまでの間、様々なことがあった。
岩の間から流れ出る湧き水や小さな泉を発見したり、如何にも毒々しいキノコの魔物に囲まれたり、崖から降り立った先が飛竜の巣の真横だったり。
湧き水を発見した時は、横にいたウィカに「これ、飲んでも大丈夫な水か?」と聞いたレオニス。ウィカの「うにゃっ♪」という糸目の笑顔を『OK!』の合図だと理解し、早速手のひらに汲んで飲んでみる。
おお、こりゃなかなかに美味い水だ、と思ったレオニスは早速手持ちの桶やバケツに水を溜めて、空間魔法陣に仕舞い込む。
もちろんそれらはライトや神樹達への土産だ。
特にライトが各地の水を集める水マニアであることは、レオニスも知っている。
飲める水を持ち帰れば、ライトも喜ぶだろう。何ならツィちゃんにも飲ませてやれるしな!と考えたレオニス。
レオニスも着実に水コレクターの道を歩みつつあるようだ。
『毒々キノコ包囲網事件』は、二日目の朝に起きた。
少し開けた場所にテントを張り、周囲に退魔の聖水を撒いて寝たのだが、朝になって起きたら聖水を撒いた外側をびっしりと巨大なキノコに囲まれていたのだ。
そのキノコは、高さは120cmくらいで形はエリンギそのもの、地の色は紫。てっぺんの笠は黄緑色の水玉模様という、見る者の食欲を完璧に削ぎ落とす毒々しい色合いだ。
笠の下の柄の部分にも凶悪そうな目と口がついており、如何にもゲームによく出てくる雑魚モンスターらしい風貌である。
そんな凶悪な毒々キノコが、二重三重になってレオニス達を取り囲んでいる。常人ならば、腰を抜かすか失神するところだろう。
幸いにも前夜に聖水を何本も使用して、テントからかなり離れた距離まで広範囲に撒いておいたレオニス。そのおかげで、毒々キノコが胞子を撒いてもレオニス達のいるところまでは届かない。届く前に霧散してしまうからだ。
レオニス達に襲いかかりたいのに、目に見えない結界で前に進めない毒々キノコ達。かなり苛ついているようだ。
時刻を見ると、まだ聖水の効果が一時間ほど残っている。効果があるうちに、朝ご飯としてサンドイッチなどを食べて腹拵えをするレオニスとウィカ。
ド紫のキノコの大群に囲まれ睨まれつつの朝食とは、何とも奇妙にして落ち着かなさそうだ。
だがそこは現役冒険者たるレオニス、退魔の聖水の効果の程はよく知っている。
故に、退魔の聖水の結界の外でいきり立つ毒々キノコを尻目に、テントの中でのんびりと朝食を食べるレオニス達。実に豪胆な肝っ玉である。
あー、キノコは胞子攻撃とかめんどくせぇよなぁ……焼くにしても毒霧とか大量発生したら余計に厄介なことになるし。一体二体ならともかく、あんだけ大量のキノコ相手となると、少量の毒でも馬鹿にはできん。さて、どうしたもんか……
朝食を摂り終えたレオニスが、テントを畳みながらブツブツと呟く。
そしてテントを空間魔法陣に仕舞い終えたレオニスが、ふと毒々キノコの方を見遣ると何故だか毒々キノコ達がおとなしい。
先程までワシャワシャキーキー煩かった毒々キノコ達。よくよく見ると、水の膜のようなものに覆われているではないか。
「何だ、アレ……もしかして、ウィカがやってんのか?」
「うにゃっ☆」
ウィカの爽やかな糸目の笑顔がキラリン☆と光る。
どうやらその水の膜は、水の精霊であるウィカが張ったようだ。
毒々キノコ全体を水に濡らしてしまえば、空中散布が必須条件の胞子は飛ばせない。
植物系魔物なので窒息するには至らないが、それでもジタバタともがき足掻いている。
ウィカが全て分かっててやっているのかどうかは不明だが、何にしても立派なお手柄である。
「よし、今のうちに初夏のキノコ狩りといくか」
「うにゃにゃ!」
レオニスは大剣を取り出し、腰を落として低い姿勢で構える。
大剣を横一閃に薙ぎ払い、その衝撃波で毒々キノコが水の膜とともにスパッ!と柄の真ん中あたりで上下に分かれて切れていく。
最前列にいた毒々キノコが、そうやってバッタバッタと倒されていくと、後ろにいた毒々キノコ達はあからさまに怯み始める。
さらに大暴れして何とか水の檻から抜け出すと、毒々キノコ達は一目散にその場を逃げ出した。
四散して逃げ出す毒々キノコを追いかけるほど、レオニスも暇ではない。
綺麗に上下真っ二つになった毒々キノコの残骸を、レオニスが簡単に水を払ってから空間魔法陣に収納していく。
それももちろんラウルやライトへの土産だ。
特にライトが先日の目覚めの湖で、『もし毒キノコだったらぼくにちょうだい!』と言っていたのを、レオニスはちゃんと覚えていたのだ。
こんな毒々しいキノコが食用になるとは、とても思えない。それはレオニスでなくとも、ほとんどの人間がそう考えて忌避するだろう。
だが、土産に欲しい!と言われれば致し方ない。もし毒があっても食わなきゃいいだろ、と思いながら空間魔法陣に収納していくレオニス。
何だかんだ言いつつも、ライトやラウルの願い事を聞き届けるあたりがレオニスらしい。
そして飛竜の巣の横に着地したのは、二日目の昼過ぎのこと。
崖から下にヒョイ、ヒョイ、と下りていたレオニス。その途中でスカイダイビングよろしく「ヒャッホーイ!」と叫びながら高所から勢いよく飛び降りたはいいものの、その数秒後に見えた着地予定地点に何かの巣があるではないか。
レオニスは「うおッ、やべッ!!」と言いつつ、飛行魔法を発動したりして何とか落下軌道をずらし、巣への直撃を回避した。
着地後に巣を覗いてみると、飛竜と思しき雛とまだ孵化していない卵がいくつかあるのが見えた。
「はぁー、巣に飛び込まなくて良かったぁー……もし卵に直撃したら、本気で洒落ならんことになってたわ」
「……ぅ、ぅにゃぁん……」
「ン? どうした、ウィカ?」
レオニスは額に浮いた冷や汗を右手で拭いつつ、巣の中が無事なことを確認して安堵する。
そんなレオニスの頬を、何故かウィカが上空を眺めながらグイグイと手で押してくる。ウィカのぷにぷにの肉球タッチに、何事かとレオニスが問うた瞬間、レオニスの周囲が影に覆われた。
突然の影の出現に、ふとレオニスが上を見上げる。
するとそこには何と、巣の家主と思われる飛竜が飛んでいた。
「……あ"」
「「…………」」
レオニスと飛竜の目線がバッチリとかち合う。
目が合ったまま数秒の沈黙が流れ、そして両者が同時に動き出した。
「す、すまん!雛や卵を狙って来た訳じゃないんだ!」
「アンギャァァァァ!!」
「本当にすまん!」
「ギェェェェェェッ!!」
レオニスはバッ!と巣から離れたが、飛竜は問答無用で威嚇し襲いかかってくる。
親飛竜から見たら、レオニスが雛や卵を奪いに来たようにしか見えない図だ。侵入者相手に怒り心頭で襲ってくるのも当然である。
「本当にすまんかったーーー!」と叫びつつ、全力でその場を離れるレオニス。バビュン!と猛烈な勢いで飛んでいく。
親飛竜もほんの少しだけレオニスの後を追いかけたが、巣から猛スピードで離れていく 敵(レオニス) を深追いはしなかった。
そのまま一分ほど全力で飛行しただろうか。
親飛竜が追いかけてこないことを、背後を見て確認したレオニスは一度シュマルリ山脈の山中に降り立った。
「ぁーーー……えれぇ目に遭ったわ……」
「うにゃにゃにゃ、にゃうにゃう」
「おう、そうだな、今度はもっと気をつけて下に降りるわ」
「にゃごにゃご」
地面にへたり込み、そのまま大の字で倒れ込むレオニスに、ウィカが尻尾でペシペシとレオニスの額を叩く。
えれぇ目に遭ったのは、ひとえにレオニスの自業自得なのだが。ウィカにも軽く叱られたことで、きっとレオニスも反省しただろう。
大の字状態から身体を起こし、のそりと起き上がったレオニス。エクスポーションとアークエーテルを空間魔法陣から一本づつ取り出し、立て続けにグイグイと飲み干していく。
先程の全身全霊全力の逃避行で、HPやMPをかなり消耗したようだ。
飲み干した空き瓶を空間魔法陣に仕舞い、立ち上がって尻や腿の裏の土埃をパンパン、と手で払うレオニス。
「……さ、ここからはまた歩いていくか」
「うなぁーん」
休憩ついでに気を取り直したレオニスは、再びウィカとともにシュマルリ山脈の山中を歩き出していった。