軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第602話 旅は道連れ

様々な準備を整えて、ようやくレオニスがシュマルリ山脈南方に行く日が来た。

その日は明け方すぐに出立する予定のレオニス。カタポレンの家の自室で支度をしていると、ライトがレオニスの部屋に入ってきた。

「おはよう、レオ兄ちゃん……」

「おはよう、ライト。何だ、もう起きたのか?」

「うん……ちゃんとお見送りしたくて……」

「そんなん気にしなくていいのに」

まだ眠たそうに目を擦りながら、レオニスのもとに歩み寄るライト。

窓の外はまだ薄暗く、いつもならまだ寝ている時間帯だ。

だが、今回の遠征はいつもと事情が違う。少なくとも数日、長ければ一週間以上レオニスは帰ってこない。

それだけの長い時間、レオニスが家を空けてライトの傍を離れるのは初めてのことだ。それ故に、ライトもちゃんとレオニスを送り出したかったのだ。

ちょうど支度を終えたところだったレオニス。ぼさぼさ頭のライトを抱っこして外に出た。

夜明け前の外の空気は、ひんやりとしていて清々しい。朝の冷たい空気でライトの意識もはっきりとしてくる。

今日も天気は良さそうで、雲一つない薄暗い空が東の方から白み始めてきている。

「ライト、俺が留守の間もちゃんと勉強するんだぞ」

「うん」

「俺がいないからって、夜更かしばかりしてちゃダメだぞ?」

「うん」

「一人で家にいるのが寂しかったら、ラグナロッツァの屋敷で寝泊まりしててもいいからな」

「うん……」

レオニスの言葉に、ライトは静かにうん、うん、と答える。

だがその返事も次第に声が小さくなっていき、どんどん俯いていくライト。

「……なるべく早く帰ってこれるように頑張るから。ライトも、皆や家のこと頼んだぞ」

「……うん……早く帰ってきてね」

レオニスの腕の中で抱っこされているライトが、レオニスの首っ玉に抱きついた。

これからレオニスが向かうのは、サイサクス世界でも有数の危険地帯とされるシュマルリ山脈南方。そこはドラゴンの巣窟として有名で、レオニスの何倍も大きくて凶暴なドラゴンがうようよと犇めいているという。

如何にレオニスが世界最強の現役冒険者といえど、決して楽観視できるような場所ではない。

数日離れる寂しさに加え、危険地帯に赴くことへの不安でライトの胸は押し潰されそうだった。

そんなライトの気持ちを察してか、レオニスはライトを抱っこしつつその背をそっと擦る。

「大丈夫、心配すんな。俺は絶対にこの家に帰ってくるから」

「絶対に絶対だよ? 約束だよ?」

「ああ、絶対に絶対の約束だ」

「ただ帰ってくるだけじゃダメだよ? 大きな怪我なんてしちゃダメなんだからね?」

「もちろんだ。ちっこい擦り傷や切り傷くらいはできるかもしれんがな」

ライトの無事を希う要求に、レオニスは頷きながら応える

ドラゴン相手に無傷で帰ってこようとは、レオニスも思ってはいない。だが同時に、大怪我を負って逃げ帰るつもりもさらさらない。

大きな怪我を負うことなく、五体満足で皆のもとに帰ってこその最強冒険者なのだ。

「行く場所が場所だけに、土産は持って帰れんかもしれんが……土産話ならたくさんしてやるからな」

「うん!土産話ならたくさん聞きたい!」

レオニスの『土産話』という言葉に、大きく反応したライト。ガバッ!と顔を上げてレオニスの顔を見る。

その目はキラキラと輝いていて、まだ見ぬドラゴンやシュマルリ山脈の話をたくさん聞きたくてウズウズしているようだ。

一気に期待に満ちたライトの眼差し、その眦には先程までの不安の涙がうっすらと残っている。

ライトは己の不安を掻き消すために、手の甲でゴシゴシと目を擦り涙を拭い笑顔を浮かべる。

そんなライトを励ますかのように、レオニスはライトの頭をワシャワシャと撫でた。

「おう、任せとけ!そこら辺のドラゴンなんざ、俺の敵じゃねぇからな!」

「……え? まずは平和的交渉を試みるんじゃなかったの?」

「もちろん最初は会話での交渉を試みるぞ? だが、ドラゴンってのは基本的に完全実力主義だからな……知性の高いやつなら多少は聞く耳も持つが、それとて俺の話に聞く価値があるかどうかを見極めるために、まずは俺個人の力を試されるだろう」

「そ、そうなんだ……」

ここでライトの脳裏に、先日のラウルの言葉が蘇る。

『ドラゴンを相手にするなら力を誇示してなんぼだろ?』

『あいつらに言うこと聞かせたけりゃ、力で捩じ伏せるのが一番早くて確実だ』

この時の言葉はやはり真理らしい。

強者は強者にのみ従う、それが野に生きる者達の鉄則なのだ。

「とにかく、大怪我しないでね? エクスポはたくさん持ったよね?」

「おう、エクスポはいつもよりたくさん持ったぞ」

「アークエーテルもたくさん持った?」

「おう、俺は魔法も使うからな、魔力回復剤だって山ほど持ってる」

「エリクシルも、もし必要だったら全部飲んでもいいからね」

「ぉ、ぉぅ、ありがとうな……さすがにそこまでの事態になったら洒落ならんが……」

不安のあまり、持ち物チェックまで始めたライト。

まるで遠足に出かける子供を心配する 母親(オカン) のようである。

そしてエリクシルの飲み干し許可までもらったレオニス、礼を言いつつも若干頬が引き攣る。

どんな瀕死の重症でも、一滴服用するだけで快癒する【神の恩寵】。そんな神薬を飲み干すほどの事態が起きることの方がよほど怖い。

「……さ、もうそろそろ出かけるとするか」

レオニスは一旦玄関の中に入り、パジャマのままのライトを家の中に下ろす。

ライトは急いで靴を履き、レオニスの後を追いかける。

「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい!気をつけてね!早く帰ってきてね!」

大きな声で見送るライトに、レオニスは右手を小さく振りながらゆっくりと上空に浮遊する。

周囲の木々より高く浮いた後、スッ、とレオニスの姿が消える。目覚めの湖の方角に飛んでいったのだ。

ライトはレオニスが旅立った後も、レオニスの無事を願いながらしばし夜明けの空を見つめていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

払暁の空の下、レオニスは目覚めの湖に一直線に向かう。

単身かつ森の中での行動なので、誰憚ることなく空を飛んでいく。その姿は、さながら暴走車か銃弾の如き猛烈な勢いだ。

カタポレンの家を出て数分後には、もう目覚めの湖の上空に到着した。

レオニスは桟橋に降り立ち、静かな湖面に向かって声をかける。

「おーーーい、アクアーーー、起きてるかーーー?」

呼びかけた後、しばし待つレオニス。

すると程なくして湖面が盛り上がり、何かが出てきた。水神アクアのお出ましだ。

アクアの右横にはイード、左横には水の女王と女王に抱っこされたウィカがいた。

「おう、皆おはよう」

「クルキュア!」

『おはよう、レオニス』

「うにゃぁーん」

「キュルシュル!」

目覚めの湖の仲間達総出の出迎えに、レオニスも思わず笑顔になる。

「こんな朝早くに来てすまんな」

『いいえ、気にしなくていいわ。それより、貴方一人でここに来たということは……とうとう行くのね?』

「ああ。前に話した通り、シュマルリ山脈南方に行く準備が整ったんでな。アクア、すまんが善十郎の滝まで連れてってくれ」

「クルルゥ!」

「んにゃっ」

レオニスがアクアに頼むと、アクアは快くその長い首を縦に振り頷く。

そしてウィカが水の女王の腕からするりと抜け出し、アクアの背に乗りレオニスに向かってその黒く靭やかな手で手招きをする。どうやらアクアの背に乗れ、と誘っているようだ。

「水神の背に乗せてもらうとは、何とも畏れ多いことだが……よろしくな、アクア」

「クルキュルマキュモキュ!」

アクアの背におそるおそる乗るレオニスの肩に、ウィカがちょこんと飛び乗る。

アクアの背に乗ったレオニス達の横にいたイードと水の女王が、レオニスに向かって声をかける。

『レオニス、気をつけていってきてね』

「キシュルルル!」

「水の女王もイードも、お見送りまでしてくれてありがとうな。向こうの用事が済んだらすぐに帰ってくる」

『いってらっしゃい!』

「キュイキュル!」

アクアが高らかに一声鳴いたかと思うと、湖面に潜っていく。

水の女王達に見送られつつ、レオニスはアクアに乗って善十郎の滝に移動していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

目覚めの湖に潜ったと思ったら、アクアは次の瞬間にすぐに水上に浮上した。

再び水の上に出たレオニスは驚く。先程までは確かに目覚めの湖にいたのに、数秒もしないうちに全く別の景色の場所にいたからだ。

ウィカの水中移動は水の中の景色を数秒見る余裕があるが、アクアの移動は本当に瞬きする間もなく移動が完了している。やはり精霊と水神では格が違うということか。

滝壺から水上に上がったアクア達。レオニスを地上に下ろすため、アクアは近くの岩場に移動する。

レオニスはアクアの背から岩場に飛び移り、改めて周囲を見回して善十郎の滝の全貌を眺める。

ゴツゴツとした大きな岩場に囲まれた滝壺。見事な渓谷から流れる滝の幅はかなり太い。下から見上げる大きな滝は、まさに荘厳としか言いようがない。

そして、ドドドドド……と流れ落ちる水の量もさることながら、高所から落ちる勢いが凄まじい。

地響きのような轟音を立てて、盛大な水飛沫を上げる善十郎の滝。巌流滝と比べると、はるかに規模が大きいことは間違いない。

レオニスを岩場に下ろしたアクアは、再び滝の方に向かっていく。目覚めの湖に帰るようだ。

だが、レオニスの肩にはまだウィカがいるが、一向にアクアの方に行こうとしない。

レオニスは不思議そうな顔でウィカに尋ねる。

「ウィカ、アクアが目覚めの湖に帰るようだぞ。いっしょに帰るんだろ?」

「うなぁん? うにゃにゃ!」

レオニスの問いかけに、肩に乗ったまま頬ずりで答えるウィカ。

どうやらウィカは、このままレオニスとともに行動するつもりのようだ。

「……皆のところに帰らなくていいのか?」

「うにゃっ♪」

「そうか。じゃあ俺といっしょにシュマルリ山脈の探検をしていくか」

「うなぁーん♪」

糸目の笑顔で頬ずりしてくるウィカに、レオニスはその頭をそっと撫でる。

何故ウィカがついてきてくれるのかは分からないが、一人で探索するより誰かがいてくれる方が心強いことは確かだ。

それに、ウィカは水の精霊だ。レオニスにはウィカのレベルや強さなど分かる由もないが、そこら辺の雑魚魔物にやられるほど弱いとも思えないし、このまま連れていっても大丈夫だろう……と考えていた。

そうした諸々の成り行きにより、レオニスはウィカの厚意に甘えることにしてともにシュマルリ山脈の中を歩いていった。